星空パレット
先輩に言われるまま、火が到達したときに上手く爆発するよう、ロープの先端に細い糸でマッチを数本括り付けた。
正直、もっとちゃんとした火薬があるに越したことはないが、ないものはないのだから仕方がない。
それから、火が点きやすいように油を染み込ませたロープを、鉛直方向に伸びる梯子付きの空間に沿うように、本来点火されるべきところからロープのマッチの付いた側を固定し、各所を別の細くて頑丈な糸で梯子に結びつけていった。
「導火線はここまでか……」
下の点火口から見て梯子の三分の二あたりで、ロープは終わってしまった。
三分の二と言っても、底での爆発の威力を上の設置した部分まで伝えなければならないから、梯子の長さはそこまで長くはない。
「うーん、頑張れば行けなくもないか……」
「なにがですか?! 先輩、さっきも言いましたけど、危険ですよ!?」
「いや、俺がここで導火線の先に火を点けるだろ? で、その火が底の点火口に到達する前に、俺は急いでこの中から外に逃げる!」
「ええっ! 駄目ですって! じゃあ僕は、先輩が無事に上がってくるのをここで一人待ってろってことですか?!!」
「まあ、そうなるな」
こっちは涙目で訴えているというのに、さらっとそう言う先輩の顔は爽やかだ。
この人、自分が何を言ってあるのか分かっているのかな……。
「先輩……」
「あのなあ、自分がどれだけ危ないことを言っているかは理解しているつもりだ。だからこそ生半可な覚悟で挑むつもりはないし、失敗は不必要な分は考えない。あ、そうだ。お前がこの出入口で、腕を掴んで引き上げてくれていいぞ」
「なんですかその今思いついた感じの提案。やるのは別にいいですけど、もうちょっと考えません?」
「まあ、準備しながらすでにいろいろ考えたあとなんだがな……」
「そういう僕も、直ぐには何も思いつきそうにないんですけど」
「そうか……それなら、もうやるってことで決まりでいいんじゃないか? 一つ言っておくが、俺はここで死ぬつもりも怪我するつもりもないぞ。最後にひと仕事やり終えて、二人で無傷で帰ろうではないか」
「先輩のその自信はどこからくるんですか……」
「うーん、あれだ。前回の体力テストのとき梯子登りで優勝だったしな」
「そういえば言っていましたね」
「だから上手く火が点いて伝わっていけば、あとは大丈夫だと思う。俺に任せてくれるか?」
「そうですね、わかりました。ただし、危ないと思ったら直ぐに自分の命を優先してくださいね」
「おう、それは心配いらんよ」
不安はあるが、十分に話し合って、納得したうえでの決断だ。
僕もできる限りの手助けをしよう。
「れ、練習とかは……できませんよね」
「火を点けたらもはや本番だしな。全力での脱出は何度もしたくない。もしかしたら、疲れで一回目のパフォーマンスができない可能性もある」
「そうですよね。分かりました。いつでも、先輩のタイミングで始めてください」
先輩は力強く頷くと、体をほぐすように軽くストレッチをしたあと、火を点けるためのライターを携え、下へ下りていった。
余計な引火の心配をなくすため、点検用の小さなライトは消してある。
暗闇の中へ行く先輩の頭が見えなくなってから少しして、
「準備はいいかー?」
と声がした。
「僕はばっちりです!!」
穴を覗き込むかたちで応えた。
「よし。始めるぞ」
その声に少し遅れて、暗闇の中にライターの火の灯りが灯った。
初めはロープに火をつけるのに苦戦していたようだが、三回目にしてジジジッと焦げる音がして、火をロープに伝わらせるのに成功したことが分かった。
火の伝わり方は想像より速く、どんどんとロープの長さを減らしていく。
「先輩! 早く、ここから出られなくなる前に!」
「わかっている!!」
先輩はライターを胸ポケットに滑り込ませ、そのまま右手を梯子の届く限りの上部に伸ばし握った。
足も一段飛ばしで梯子の金属棒を踏みつけ、僕には真似できない速さで足を回転させていく。
さすが先輩、速い!!
一方、火も負けじと、暗闇の奥へと走っている。
「せんぱいっ!!」
僕も必死に手を伸ばすが、まだ届かない。
一秒、二秒、三秒――。
時間が流れるのが、ひどく遅いように感じられた。
どうか、間に合ってくれ――!
そう願いながら伸ばし続ける僕の手に、先輩の手が触れるのと、下方で爆発の音が弾けるのは、ほぼ同時だった。
「先輩! 跳んでください!!」
「あ、ああ! いくぞ!!」
先輩は掴んでいない左の手で支えをとり、両脚を揃えて、跳んだ。
僕は両手で先輩の腕を掴み、しゃがんでいる状態から立ち上がろうとする動きに合わせて、力いっぱい先輩を引き上げた。
「おりゃああああ!!」
宙に浮いた先輩は、一瞬のうちに重力に絡め取られ、尻餅をついた僕の横に、音を立てて落ちた。
「わっ! 先輩大丈夫ですか」
「いたたた……お前なあ、ちょっとは受け止めようとしろよ」
「は、はい。すいません」
「ま、結果なんとかなったんだし、いいよ。許す。それより、ほら」
上を見てみろと、先輩はクイと顎を上に向けた。
開いた天井から覗く空。
それは、新しい星空だった。
まるで、適度に宝石を散らしたベールのよう。
「きれいだな」
「はい。本当に、よかった」
こんなにキラキラした空を見るのはいつぶりだろうか。
暫し間、先輩と二人並んで星空を見ていた。
星々から目を逸らさずに、これまでのひと月の日々を僕は心の中で振り返る。
エネルギーを押して引いて、山小屋で一旦休んで、また運んで。
ようやく発射台のある施設の入り口に着いたと思ったら、光を食う生物に出くわして、中に入れず何度も行き来をした。
それから、なんとかエネルギーを発射台に設置し、目的が達せられると確信してからも、もう一つトラブルがあって、先輩の活躍でついにエネルギーを打ち上げることに成功した。
そのエネルギーは、今、新たな星として、空から僕らを照らしている――。
そうか、僕らは星空を運んだのか。
そのとき、ふと思ったことがあった。
荷物運搬用の荷台のことを、パレットと言うのを聞いたことがある。
僕らは、星空運搬者。
End
これは、創作仲間さんとお題交換をして小説を書こう!という企画のもとに書いた小説です。
私の引き当てたお題は以下の通り。
タイトル:星空パレット
セリフ1:また間に合わなかった???
セリフ2:早く、ここから出られなくなる前に!
セリフはいい感じに潜り込ませることができたんじゃないかな、と思います。
その他の経緯など詳しいあとがきは、活動報告に投げておきます。
ちょっとでも気になったら、見てくるとうれしいな。
それでは、また別の小説でお会いしましょう。
空端 明