休息
その山小屋についたのは翌日の昼過ぎだった。
時刻や気温からするとまだまだ運搬向きではあるが、事前の計画の時点からここで一晩休むことになっていた。
「うーん、ベスト予定より半日遅いくらいか……なかなかじゃないか」
「すみません……僕、足引っ張っちゃっていましたよね……?」
「いや、あの予定は全てがうまくいった場合のものだし、この遅れくらいどうってことない。それに、遅れただいたいの原因は天候だ」
「昨日の霧雨ですか?」
「そうだな。山の天気は変わりやすいというし、あれで足場が悪くなったうえ余計に体力も削がれた。それでもお前は十分頑張っているよ」
「あ、ありがとうございます」
ポンと背中を軽く叩かれた。
先輩だって僕と同じように頑張って同じように疲れているはずなのに、 僕を労ってくれている。
「先輩も今日は休んでください」
それから荷物が勝手に動き出さないよう固定して、すぐ使うものだけを持って山小屋の中に入った。
この小屋の持ち主が定期的に、管理のために出入りしているそうで、中は比較的きれいな状態だった。
とは言っても、長らく人の訪れがなかったことは、うっすらと積もった埃から明らかだった。
僕と先輩は軽く掃除をしてから、近くの沢から引いている水道の蛇口をひねり、薪を設置して風呂の支度をした。
火の番を交代でしながら、ついに念願の熱い湯につかる準備が整った。
言わずもがな、一番風呂は先輩だ。
僕の比にならない量の物事を考え、僕のことを気にかけ、全体を見ているのだから当たり前だろう。先輩は少し遠慮する素振りをしたが、せっかくの湯が冷めるのはもったいないと、あまり時間をかけずに入っていき、そして十分ちょっとで出てきた。
僕は昼食の用意を少しでも進めようと、食材を並べ終わったところだった。
「えっ、早いですね!?」
「もともと長風呂はしない質だ。お前もさっさと入ってこい。いい湯だったぞ」
「あ……はい。行ってきます」
先輩が昼食の用意を終わらせてしまいそうだが、風呂に入るのを後回しにすればするほど、湯が冷めて疲れを癒やす効果が減ってしまう。
温める労力も考えて、僕もさっさと入ってしまうことにした。
「ああ~、気持ちいい~、最高だ~~」
久しぶりの熱い湯にどぶんと浸かり、僕は思わず心の叫びを口にした。
体中に染み渡るお湯の暖かさは、ここ十日近くの疲れをゆったりとほぐしていった。
風呂からあがると、やっぱりというか案の定というか、温まった食べ物の匂いが漂ってきた。
「先輩……僕の仕事は……」
「お、上がったか。ちょうどスープも温まったところだ」
「それ、僕がやろうと思っていたのに……」
「あっはっは。そうだろうと思って、俺も急いで支度をしたんだ」
ドヤ顔をきめる先輩。
確かにこの運搬中で仲良くなれた気がするけど、こんな人だったっけ。
「先輩のいじわる、よく分からないです」
「いや、ちょっと驚かせたいのがそんなにおかしいか? まあ、気にするなら、食後の片付けはお前に任せるよ」
「も、もちろんやりますよ!」
今日はこのあと夜まで休めるからか、運搬業務に徹していたときと違って、先輩が軽口をたたいてくる。
……別にいいんだけどさ?
仕事中の先輩の姿を考えると、返し方が分からない。
「あーー気持ちのいい朝だーー!!」
「んーー、本当最高ですね!」
久しぶりの布団の感触。
夢も見ずに熟睡できた感じでいっぱいだ。お布団のありがたさがよく分かったよ。
とはいえ、昨日の昼からの休息も、このあと朝食を食べれば終了だ。あっという間だった。
それから僕らは小屋に戻って朝食をとり、荷のチェックをした。
さらば、快適な現代生活!
片付けた小屋から出て、僕はつかの間の休息生活に別れを告げた。