星空対策委員会
「ずいぶん暗くなってきましたね」
「ああ、前の補給隊が出発して一カ月か……また間に合わなかったようだな」
「そのようですね……」
「今度は俺たちが行く番だな」
「ついに僕たちの番……!」
「怖いか?」
「いえ、この時のために、僕はこの仕事に就いたんですから」
「ほう、そうか。まあ、心配すんな。お前が大事に至ることはない」
「大げさですね。でもそれほど危険が伴うってことでしょうか?」
「生半可な覚悟じゃ辿り着けないだろうな。と言っても、俺だって実際に行くのは初めてなんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺は前の作戦のときは実行班でなくて計画班にいたからな。とりあえず今日はもう寝ろ。明日も、計画班と運搬戦略を立てるぞ」
「はい!」
いつの頃だっただろうか。
空一面に瞬く星々を見て、目を輝かせたのは。
窓の外に目を向けるが、今の夜空には、あの頃の輝きは見る影もない。
どんよりと薄い雲がかかっているわけでもないのに、この憂鬱な空には星がほとんど見えなかった。数えるほどの小さな点が、今にも消えそうに弱々しく光っているにすぎない。
そう。今、この世界からは、星空が消えつつある。
原因のひとつとして言われているのが、人口の増加。人は生まれてから死ぬまで、微量ながら星のエネルギーを吸収しているのだそうだ。医療技術が発達し、人の寿命が延びたことで、星のエネルギー吸収量は増加。次第に星は輝きを失っていった。
この星空の消滅は世界規模の問題だった。この問題を対処するため、各国の人々が集まった。
それが、星空対策委員会。
僕らの会社も、この委員会に加盟している。
そして、この問題への解決策はすでに確立されている。
それは、誰かが燃料炉にエネルギーを注入し、空へ打ち上げるということ。
しかし、そのエネルギーは、本来上空にあるものを人工的に作ったものなので、地上だと一カ月程度で環 境不適のため消えてしまうという。
いわばスピード勝負なのだ。
世界各地でそれぞれの国の燃料炉へ、運搬が試みられている。
この日本では、いくつもの会社が従事していて、今度は僕らの会社の番、ということだ。
あの頃の星空を取り戻したい。
せっかくのチャンスを無駄にしたくない。
明日の運搬戦略会議に向け、僕は目を閉じるのだった。
翌朝。
夜とは違って、薄柔い日の光が部屋中に差し込んでいた。
「おーい、起きろ。朝だぞ」
「ん……あ、先輩。おはようございます」
「おう」
僕と先輩は、来たる運搬の出発日に備えて、今は会社の隣の寮で生活をしている。
もちろん、僕らの他にも、寮で暮らしている人はたくさんいるのだが、こんな早朝に起きている人は少ない。
僕は顔を洗ってしっかり目を覚まさせ、着替えてから食堂で朝食をとった。
「さあて、これから計画班と話し合いだが」
「わかっています。準備が出来次第、小会議室に向かえばいいんですよね?」
「ああ、もうあまり時間がないからな。一息つく間もなくてすまないが……」
「それは先輩も同じじゃないですか。謝らないでください」
「それもそうだな」
自室で資料を揃えると会議室に向かった。
計画班の人たちによって提案されたいくつかの運搬ルートをもとに、吟味と話し合いが繰り広げられた。
「――だが、何組もの運搬実行班がさまざまなルートで炉に向かった訳だが、ここ何年もの間、どういうわけか誰も打ち上げという目的を達成できていない」
「だから、我々はルートではなく、炉自体に問題があると考えている」
「その話は聞いたことがあるな。炉の問題について見当はついているのか?」
「いや……炉を調査しようにも、誤発防止のため、ある程度のエネルギーがないと炉が開かないんだ。部品の不具合なのか……新しい建物だし、老朽化ってことはないだろうが」
「なるほど。つまり、僕たちはエネルギーの運搬だけでなく、炉の問題究明と解消をしなければならないかも、ってことですね」
「ああ、そうだ。炉の問題ではなくて、単に時間切れの可能性もあるがな」
「ううん……もし炉の問題が見つかったとして、僕らだけで対処することはできるでしょうか?」
「うむ……どうだろうな。でもどんな問題が起こっているのか分かるだけでも収穫ありじゃないか? またエネルギーを無駄にしてしまうことになるが……」
「そういえば、今まで運搬に当たったやつらはなんと言っていたんだ? この緊急事態なんだ。会社の守秘義務などと言っている場合ではないだろう」
「全くもってその通りだ。だがな、教えてくれるところと教えてくれないところが半々といったところだな」
「そうですか……」
「その報告も、道中土砂崩れがあって辿り着けなかったとか、想定外に足場が悪くて期限内に間に合わなかったとか、そもそも打上炉に到達すらしていない……だが、その中にひとつ、興味深いのがあってだな」
「ほう、どんなのだ?」
「しっかり期限内に到着し、ちゃんとエネルギーを炉にセットして空に発射させた……だが、なぜか打ち上がらなかったそうだ」
「うーん、あの話の原因は、いったい何なのでしょう?」
会議のあと、先輩と並んで二人、廊下を歩いて自分たちの部屋へ向かっていた。
「さあ、あの情報だけでは判断しかねる。今そのことだけをを考える時間の方がもったいないな」
「確かにそうですね。それよりも、出発の準備をしてしまいましょう」
その後、数日にわたって会議が行われ、その中でついに今回使う運搬ルートが決定された。
期間内に運搬を完了させるだけではなく、打ち上がらない原因の究明と解決も理想目標としたため、迂回はせず安全な中で一番短いルートを、会議に参加した全員で考えた。
結果、やや足場の険しいところも通ることになったが、僕も先輩も体力にはそこそこ自信があったので異論はなかった。
体力自慢の理由が、僕は長距離走でもペースが乱れず、速さも安定していることに対し、先輩は前回の体力テストの梯子登りで優勝だったというのには笑えたが。