「幸せの物語」9-A
8月13日
いつも通り電話で目覚める。その電話は何度も聞いた、加奈からの祭りの誘いの電話だ。でも、今回で最後だ。加奈の誘いはきっぱりと断った。既に断ることに対しての罪悪感は無い。ただただ、加奈を救う、そのことだけを考えていた。最初の目的は加奈を救うことだった。だから、俺の選択は正しいはずだ。そう自分を正当化する。そうでもしないと発狂してしまいそうで、頭がどうにかなってしまいそうだった。自分は誰かを殺してしまう、自分はまた殺してしまう。その思うがぐるぐると頭を駆け巡ってしまう。だから、『俺は俺の思うまま』に物語を動かしたことにするんだ。だから、五木には犠牲になってもらうんだ……
8月14日
今日は五木の家に行く約束をしていた。
「さあ、入って」
五木の部屋に入る。そこにはやはり雑誌、CD、ゲーム、それによくわからないものが散乱していた。そういえば、一番最初もそんなこと思ってたっけ。
「もう少し片付けたらどうなんだ?」
少し声が震える。これで、これで最後だから……
「いい? これが俺にとって理想の環境だ! 椅子に座ったままたいていの用事は済む。まさに画期的じゃないか!」
部屋が汚い人によくあるいいわけだ。まさに、五木っぽいいいわけってことだ。
「さっすが、五木だ……」
うつむいて小さくつぶやく。きっと五木には届いていないだろう。
それからはいままで通り過ごした。時折、涙がこぼれそうになるが、どうにかこらえる。ここで負けるんじゃない。ここで負けたって、何もないんだ。せっかく決断したんだ。最後まで貫くんだ!!
「五木、今度の夏祭り、一緒に、行かない?」
一言一言、かみしめて話す。
「あれ? 加奈、誘うんじゃないの?」
「いやあ、ちょっと色々あってね」
本当に色々あった。ありすぎた。
「そっか。いいよ、じゃあ六時に広場に集合な!」
「了解。じゃあ、俺帰るわ」
「んじゃあなー」
手を振る五木。その瞳を見ると、もう、なんていうかね。だめになりそうだったから、走って帰った。涙がこぼれないように、上を向いて……。その間、世界も変わった。五木が死んでしまう、そんな世界へ……
8月15日
結果が分かっているのはこんなに辛いことなのだろうか。未来とは知らないから楽しいのだとつくづく感じさせる時間があっという間に過ぎる。五木がやってきた。
「おし、じゃあ早速屋台みて回るか!」
「そうだな」
屋台なんかもう興味はない。たこ焼き、アイス、くじ引き……。どれも何度も見た光景だ。
「おお、あそこの綿菓子、見てみろよ! 面白い形してるぞ!」
指さす方向にはお花の形をした綿菓子を売っている屋台があった。それ以外に星や犬、ウサギの形をした綿菓子がある。ウサギ、また思いだす。でも、違う。今回は違う! 誰かをつけるため、残酷な結末に立ち向かうんだ。絶対逃げない!
「さて、そろそろいい時間になってきたなー」
時刻は八時四十分。そろそろ、運命の時がやってくる。心臓が痛い。吐き気がする。死ぬことが分かっていて救えないというのはこんなにも苦しいことなのだろうか。そもそも、俺は何故こんなことに巻き込まれているのだろうか。俺は何か罪でも犯したか? もちろん、嘘をついたり、いたずらをしたりはした。でも法に触れるようなことはあの不法侵入以外していないはず。なら、何故神様は俺のことをこんなにも虐めるんだ? それがわからない。なんで、なんで俺だけがこんな目に会うんだ!? そんなこと、考えたってしようがない。今はただ、あの時を待つだけだ……
遠くで爆発音が聞こえる。悲鳴が聞こえる。
「何があったんだ!? 皆走って逃げていく!?」
何があったか。それについては完璧にこたえられる。
「よっしー、逃げよう!! 俺たちも!!」
五木は走る。それを俺は追う。
「こっちだ!」
十字路に差し掛かる。俺は立ち止まった。
「今まで、ありがとう」
小さくつぶやく。それは五木には聞こえないだろう。
「何立ち止まってんだ! 早く!」
その言葉が言い終わらないうちに、車が来た。そして、五木は死んだ。
「ごめんね、役立たずの俺で……」
気がつくと、座りこんで泣いていた。五木が死んだから? 五木を救えなかったから? 自分が憎いから? そんなの知らない。でも、とっても悲しかったんだ……
8月30日
あれからいくつかの日が過ぎた。あれほど夢見てた8月16日がやってきたのに、全く嬉しくない。そればかりか、俺はあれっきりずっと部屋にこもっていた。ただ、ずっと天井をみつめていた。母は俺の気が狂ってしまったと心配していたが、大丈夫。俺はこれで普通だ。未来の俺にはもう用が無いので連絡はもう来ていない。五木の通夜には多くの人が来た。それほど五木は愛されていたんだなって思った。その通夜の後、五木の母からあるものを渡された。
「五木が一君にって以前書いていたんです。『二人を応援するんだ!』って」
それは手紙だった。封筒に『告白する勇気が出ないときはこれを!』と書いてあった。
「よっしーへ
念願の初デートですね。絶対告白は成功するよ。俺はそう思う。だって、よっしーは優しいから。いつもは静かで友達とかいらない、って感じに周りに見られやすいけど、ただクールなだけで、本当は仲間思いなの知ってますよ。五木君はなんでもお見通しなのだ! 小学校のあの時も、俺たちのこと心配して、やめろって言ったんでしょ? でも、俺は、心からよっしーを信頼してる。もし、あの時よっしーがウサギを殺したんだとしても、それはきっと善意が失敗しちゃただけだろうと思ってる。だから、勇気を持って! よっしーは自分が思ってる以上に優しいし、なにより強い。もし、よっしーお身に何かあったら俺が許さないからな! では、健闘を祈る!」
馬鹿だよな、あいつ。身に問題が出たの、五木じゃないか……
もう、涙も乾いてしまってその手紙を呼んでも泣けやしない。あれ、やっぱり俺、気が狂ったのかな?
「はじめ! お客さんだよー」
母が久しぶりに元気そうな声を出した。俺がこうなってから、母も元気がなかったので、一体だれがきてそんなに元気になったのか不思議だった。でも、その顔を見て、俺は納得する。
「一君、久しぶり」
「加奈……」
「最近学校来ないから、私さみしくて。ねえ、学校来てよ!」
そう言われても俺に学校を行く、いや生きる資格なんてないんだ。
「無理だよ……」
「ねえ、何があったの? あの日」
あの日、俺は、俺は……
「大丈夫。誰も一君を責めたりしないから。だから、話してくれない?」
「加奈……」
「だって、一君が優しいの、私も知ってるから。そんな一君のこと私好きだったよ……」
「ありがとう、でももう俺は……」
顔を上げる。すると唇に何かが触れる。これは、加奈の唇……!?
「今でも好きだよ。ねえ、だから……」
だから、何だろう……。その続きは俺には分からない。でもなんとなくわかる気がする。
「俺は、五木を助けたかったんだ……」
全てじゃない。どうせ言っても信じてもらえない。でも、できるだけ簡潔に話せることだけ話した。もちろん、加奈が死んでしまうことは隠して。
「こんな話信じれないよね……」
「その話が嘘かどうか、そんなの関係ないよ。大事なのはそれで一君がどうしたかってこと。もし、五木君を救えなかった。それなら、今一君がするべきことはここで後悔すること? 違うよ。きっと、五木君を置いて幸せになんかなれない、生きてなんかいけない。そう思ってるかもしれない。でもそれは違う。人はいずれ死んでしまう。形あるものはいずれ壊れる。それは避けられない。だったら、それをばねにするの。無駄にしちゃダメ! 苦しいかもしれない。でも前に進むの! もし、辛かったら、私が支えてあげるから。だから、がんばろう……」
「加奈!!」
思わず抱きつく。自分の世界を少しでも共有してくれる存在が嬉しかった。加奈がこんなにも俺のことを思ってくれていて嬉しかった。そうだ。俺はここで立ち止まるわけにはいかない。なんのための選択だったんだ!!
『さあ どうする! 今こそ決断する時だ 死んで楽になるか 生きて悲しみと戦うか! 自分の心で感じたままに 物語を動かす時だ!』俺は、生きて悲しみと戦う!!
3月13日
これで、中学校生活も終わりを告げた。あの長い三日間は一年と半年前の出来事になった。俺は加奈と付き合い始めて一年と半年たった。高校も一緒だから、きっとこの関係はずっと続くだろう。
「加奈、一緒に写真」
「わかった!」
ツーショットを撮る約束は以前からしていた。その様子をみて周りの皆は「今日もアツアツですなー」とはやし立ててくる。
「へーんだ、お前らも彼女つくればいいじゃんか」
「だって、そんなに可愛い子居ないし……」
「私が可愛くないってこと!?」
いつも通りの光景だ。ふふっと笑みがこぼれる。
「一先輩! ご卒業おめでとうございます! あ、加奈先輩も、おめでとうございます!」
「ありがとう」
あれから、健太も一緒に俺のサポートをしてくれた。おかげで自然と笑えるようにはなってきた。でも、心の穴はどうにも埋まらなそうだ。でも、それでいい。人間は完璧な生き物じゃないから、少しくらい穴があった方がいいんだ。それだけ前向きに考えれるようになった。
「あと、一先輩、高校行っても、その、加奈さんとお幸せに」
あの可愛いスマイルを見せる。
「お前のにこにこは可愛いな、もしかしたら加奈よりも……」
「一君!!」
「すみません……」
「ははは、いつも通りですね!」
それから、俺は皆に祝われて卒業し、高校に入学した。俺は、幸せだ。こんなにも多くの人に祝われて。俺は、幸せだ。幸せ……俺は、幸せ?
加奈エンド