「回避不能の物語」
8月13日
布団をけり上げて起き上がる。また戻って来たんだ。この日に。
「大丈夫か?」
未来の俺は心配しているようだったが、俺の頭はそんなことを考えていなかった。どうしたら変えられるんだ? その答えを必死に探していた。ゆっくり、じっくり考えよう。時間は無限にある。今までしたのは全てだめだった。なぜなら、夏祭り会場で死んでしまうから。なら、その逆をとってみよう。夏祭り会場に誰も行かせないんだ。
「なあ、こんなのはどうかな?」
さっそく提案してみる。
「まあ、いままでよりは助かる確率は高いだろう。ただ、確実ではないな」
そりゃそうだ。確立に絶対はないのだから。まずやってみるしかないんだ。
「よし、じゃあ早速二人を家に誘ってみる」
作戦はこうだ。8月15日の夜、俺の家で遊ぶ約束をたてる。それだけだ。しかし、そこで問題となるのが『加奈の誘いを断る方法』だ。『夏祭りには行けない』が『その時刻に遊べる』という状況をつくらなくてはいけない。嘘をついて予定があるから夏祭りにいけないと言ってしまうと、遊びに誘うことも難しくなってしまう。そこで思いついたのがお泊まり会だ。俺の家でお泊まり会をする。そして、俺はその日じゃないとできないという。これなら加奈も納得して乗ってくれるだろう。これで五
木も加奈も夏祭りに行かせないですむはず……
「もしもし、加奈?」
「あ、もしもし上原加奈ですけど、もしかして一君?」
「うん。あのさ、少し話があるんだけど」
「話って?」
「8月15日にお泊まり会しない?」
唐突すぎただろうか。しかも、今のところ俺と加奈の二人だけが参加予定だ。色々とまずいだろう。だが、そんなことで躊躇している余裕はない。これ以上二人を死なせないためにも……
「ちょっと待って、お母さんに確認してみる」
それから電話からはメヌエットが流れてきた。俺の心境とは全く合わない軽快な音楽に、俺をおちょくってるのかと思いながら、加奈が出るまでまっていた。
「おまたせ、大丈夫だって!」
よし。きた。
「でも、二人きりとかじゃないよね……」
「もちろん。五木とあと健太と」
「女子もいたほうがいいかな」
そっか、女子もいた方がいいか。
「じゃあ、美咲とか」
「え……?」
ん? どうしたんだ? 俺が美咲を誘うのが意外なのか? それとも美咲がいや? 違う。この反応は『お前それ本気で言ってるの?』の意味だな。じゃあどこがおかしい? 考えろ。俺の記憶を振り返るんだ!
家に帰ると美咲の母親から電話があった。どうやら二日ほど家に帰ってこないらしい。そこで、どこかで見かけなかったかという内容だった。夏休みの間、少しだけ出かけることはあったが、見かけてはいなかった。美咲の母親も、警察に捜索願いを昨日出したらしいが、未だにみつかっていないそうだ。美咲は夜遊びするような人じゃないから、何かあったのだろうか…。しかし、俺には何もできない。今度見かけることがあったら知らせよう。しかし、警察が一日捜査しても見つからないとは、もしかしたら。いや、そんなことは考えないでおこう。美咲に限ってそんなことはないはずだ。きっと――
そうだ! 美咲は行方不明だったんだ何度もリープしているせいですっかり忘れていた。なら、今の発言は色々とまずいぞ……
「いや、そのなんていうか」
「加奈って、今あれだよね……?」
「あ、うん。ごめん。とっさに思いついたのが加奈だっただけで……」
「ううん。気にしないで。やっぱり女子はいいよ。その日私は泊らない」
え? 何を言ってるんだ? 泊らない?
「泊らないって、どうして!?」
「いや、なんか、五木君とかも誘うんだったら男子だけの方がいいかなーって」
そんな、それじゃあ意味がない!
「でも!」
「大丈夫、遊びには行くよ」
「そう、か」
遊びにはくる。つまり、祭りには行かないということか。まあ、泊らなくても目的は果たせているからな……。
「うっ!!」
受話器を戻すと、すぐあの感覚がやってきて、また少しの間、意識が吸い込まれていった。
8月14日
その日、五木の家に行き「お泊まり会」の話を切り出した。
「おお! それで誘った結果は?」
「お泊まりはしないって、でも遊びにはくるらしい」
「そうかー。まあ、お前にしてはいきなり泊りにこないかってさそうなんて張り切った方だな」
「そうだよなー。自分でも思うからな」
「たぶん、俺も泊れないかもしれない、でも遊びに行くからな!」
よし。計画通りだ。これで、五木も加奈も夏祭りに行かなくて済む。
「でも、なんで夏祭りじゃなくてお泊まりに誘ったの?」
げ、その質問か。一体どう切り抜けたらいいんだ? たしかに前から「夏祭り」に誘うという話だった。それがいきなり「お泊まり会」になったら違和感を感じるだろう。なぜ、夏祭りじゃなくてお泊まり会にしたか……。いや、そうじゃなくて夏祭りがダメな理由を話せばいいんだ。
「夏祭りに、脅迫状?」
どうやら、『十和田市の夏祭りを開催させると、会場を爆破させる』といった内容の脅迫状が届いたらしい。
「いやね。最近物騒なニュースばかり」
確かに物騒なニュースだった。しかし、それよりも加奈との約束のほうが俺は気がかりだった。加奈を誘おうと思って、そしたら加奈に誘われ、しかも二人きりでいくことになった夏祭り。それが中止になんかなったら…。
「あんた、夏祭り五木君とでも行くつもりだったの?」
母が訪ねてくる。
「ああ、まあ友達と行くつもりだったけど…」
「いくなとは言わないけど、あんまりお勧めはできないねえ」
加奈とのせっかくの約束から、少し遠ざかってしまった。
これだ!
「今さ、夏祭りに脅迫状きてるってニュース知ってる?」
「ああ、あれね。本当なのかな?」
「でも、お母さんが『危ないから行ったらだめだ!』って行ってくるからさ」
「なるほどな。それで代わりにお泊まり会というわけか」
「そうそう」
ふう、なんとか切り抜けた。どうやら事件の原因に救われたようだ。なんとも複雑な気持ちだが、ここは我慢するしかないだろう。
それから、五木とは他愛もない話をし、何事もなく一日が終了した。明日がいよいよ決戦だ。何度あの日を繰り返しただろう。もう、二人の死ぬ姿なんか見たくない。もし、救えないのなら俺は……。何を考えているんだ! 救えないわけがないだろ! しっかりしろ、吉田一!!
8月15日
夕方、俺の家に五木と加奈と健太がやってきた。健太は五木が誘ったらしい。四人でお菓子をかけて人生ゲームをして遊んでいた。
「ん? 『誕生日、プレゼントに10万ドルの土地を貰う』か」
10万ドルの土地って、プレゼントの規模じゃないだろ! そうツッコミたくなるが、所詮ゲーム。少しは多めにみよう。
「誕生日、そういえば誕生日っていつもなにもらう?」
その話題を切り出したのは五木だ。
「誕生日かー、まあゲームとか本とか、後は部活の用具とかですかね。一先輩はどうですか?」
その時、ほかの二人がはっとした顔をする。あの日のことを思い出したのだろう。
「健太、んーと、よっしーはほら、お金持ちだしほしいものは自分で買ってるって、ね」
無理やり空気を変えようとしているのがばればれだ。まあそれでも、五木はそういうのに気が付けるいいやつなんだが。
「別に気にしなくてもいいよ」
そう、あの誕生日、うるう年のあの日……。今は、もう封印したんだ。あの思い出は。
「じゃあ、次加奈の番だよ」
「よし、張り切ってまわしちゃうよー!」
ルーレットの針を指ではじく。その針は「5」を刺した。
「いち、にい、さん、しい、ご。えっと、『友人に10万ドルの土地をプレゼント』ええ!?」
偶然なのか、まるで加奈が五木に土地をプレゼントしたようになってしまった。
「おい! 俺の土地返せよー!!」
「いやですー」
楽しそうでなにより。そんな二人を見ていると、絶対救ってやりたくなる。守りたくなる。それは、二人の為だけじゃない。自分の為にも……
6時30分を過ぎ、加奈と五木は帰る準備を始めた。健太は既に帰っていたので、これで最後だ。五木は自転車で来ていたが、加奈は少し家が遠いので車で迎えを呼んでいた。その迎えを今は待っている。
「あ、来たみたい」
外から車の音がする。そしてチャイムがなる。
「加奈ちゃーん、お迎え来たよー」
お母さんが加奈を呼ぶ。
「じゃあ、私帰るね!」
「俺も、そうするよ」
「おう、じゃあまた!」
玄関まで見送り、先に五木、次に加奈の順で家を出発していった。それを見てすぐに俺は自転車で後をつける。家に帰るまで安全とは言い切れない。だからだ。
五木の後ろをばれないように自転車で走行する。今のところ安全のようだ。と思ったその時だった。
「うおお!!」
急に猫が茂みから飛び出してきた。それをよけようと五木が右にハンドルを切る。しかし曲がり切れずバランスを崩す。
「五木!!」
叫んだときには遅く、後ろから来た車が衝突。そして、その後ろから加奈の家の車がやってくる。衝突した車に驚きあわててハンドルを切る。その先には……
「ガソリンスタンド……!!」
そのまま止まれずに車は突っ込み、爆発、そして炎上。
「そんな……」
またしても二人は死んでしまった。未来は変わらなかった。