「愛の物語」
意味もなく過去の自分の家へとやってきた。鍵は基本あそこにある。そう、ポストの中だ。といってもポストも一応ダイヤル式のロックがかかっている。たしか743と。今、両親どちらも仕事で、僕は学校だろう。だから、家には誰もいない。さて、これからどうしようか。未来へも帰れない。そして、世界も帰れなかった。僕は絶望へただ浸るしかないのだろうか……。
「くそ!」
結局人の力なんてこんなものだ。そう思う。あれだけ格好つけても、世界なんてものは簡単には変えられないんだ。そんなの分かってた。でも……。ぷるると不意に携帯がなる。今の時間は誰もかけてこないはずだけど……。
「もしもし?」
電話に出てみる。どうせ、過去の僕に用があったら適当にごまかせばいい。
「お、出た出た」
しかし、その人物はどうやら、過去の僕に用があったのではないようだった。
「どちらですか……?」
良く考えると、携帯の画面には名前が表示されていない。知っている人だったら、名前が表示されるはずだ。
「僕は、未来の君だよ」
「なんだと!?」
未来の僕……!? どうして!?
「失敗、したんだよな」
「失敗?」
「ああ。一先輩のトラウマを取り除くことができなかった。そうだろう」
「なんでそれを……」
「未来の健太だからな」
本当に、未来の僕なのか……?
「それで、何の用事だ?」
「まだだ。まだ失敗とは限らない」
「でも! もう、ウサギは……」
「いいか、まだ方法はある。過去に戻る方法が!」
過去に戻る方法? タイムマシンの燃料はもう無いはずだけど……
「水筒みたいなもの、もっていないか?」
水筒みたいなもの?
「そういえば、これお守りだかなんだかだって……」
五木先輩から渡されたのはなんだかよくわからない水筒より一回りくらい小さい、ポケットに入る筒の入れ物だった。
「なんでしょうか、これ?」
「タイムマシンが転送されたときにいっしょに送られてきていたんだ。なんでも、ピンチになったらこれに託せって」
これに託す? まったく意味がわからないが、一応もっておこう。
「あれが、どうかしたのか?」
「あれは携帯型時空移動装置だ。要するに、持ち運びできる使い捨てのタイムマシンだ」
「使い捨てのタイムマシン……?」
「ああ。それを作るために一度一先輩の記憶が必要だったんだ」
「そうだったのか……」
じゃあ、この世界は、失敗したのではなく、成功の為の過程にすぎないということか?
「あれを10回ふり、蓋の部分を少し回す。その後、おでこに筒の底を当てろ。そうすることで一日だけリープできる」
「一日だけ……」
「それが最後のチャンスだ」
これが本当の最後のチャンス……
「でも、ウサギの死はきっと避けられない。美咲先輩の告白が阻止できなかったように……」
「違う。そうじゃない」
違う? 一体どういうことだ?
「良く考えろ。皆の思いを感じたお前ならきっとできる」
「何をだ!?」
「一先輩のトラウマとはなんだ? そしてそれを阻止する方法はなんだ?」
「一先輩のトラウマ……」
一先輩のトラウマ……。何か勘違いをしている。ウサギが死んだこと事態じゃない。二人を巻き込んだこと。それが一先輩のトラウマだ!!
「二人を事件に巻き込まないことが……」
「ああ。でも、それは無理だ。きっと二人はなんとしてでも一先輩に手を差し伸べ、一先輩のトラウマになってしまうだろう」
「だから、そもそもの事件をなくせば……。でも、それはウサギの死……」
「いいか。お前が過去に、一日前に戻ってするべきこと。それはウサギの死の回避だ。しかし、それは不可能。ならばウサギの死の回避の前の段階で止めるんだ。しかし、大勢に干渉するのは危険だ。一先輩一人ならともかくだが、それもなるべくは避けた方がいい。つまり『過去の人物の記憶に残らず、ウサギの死の原因を排除』これがお前がするべきことだ」
ウサギの死の原因? それはジャガイモだ。でも、それはもうやった……。
「いいか、全てを考えろ。最初から考えろ。お前ならできる! それでは」
そこで通話は切れた。
ジャガイモ……。ウサギ……。一先輩……。どれがどのような因果関係なんだ? 落ち着け。僕ならできるんだ。一先輩のトラウマの原因はウサギの死。ウサギの死の原因はジャガイモ。ジャガイモの原因は一先輩……。まてよ……。そういうことか!!
「誰!?」
突然玄関から声が聞こえた。しまった! 誰かが家に入ってきたようだ。
「あなたは……?」
「ど、泥棒!!」
「いや、違います!! えっと、その、お母さん!」
「お母さん……? もしかして……」
「僕だよ! 健太だよ!」
「健太……?」
「うん」
しまった。過去の母にあってしまった。でも、ここで下手に嘘をつくより、正直に話した方がいいだろう。
「未来から、来たんだ」
「未来から!?」
驚いた様子だが、自分の息子の顔はわかるのか、すぐに落ち着きを取り戻した。
「どういう理由か知らないけれど、健太なのね」
「そうだよ」
「そっか。立派になったのね……」
お母さんは僕の顔を見て、体を見て、足を見た。僕は、この人にここまで育てられ、今、大きなことを成し遂げようとしているんだ。
「お母さん、僕はもう行かなきゃいけない!」
「そうなの? 未来の健太、もう少し話したいけど、そういうわけにはいかないのね」
「これだけ、過去の僕に伝えてくれ」
遠い記憶。ふと思い出すときがある。「だれかを愛して、守れるようになりなさい。友人でも、彼女でも、家族でも」その言葉を。母の言葉だった。その時のことは覚えていない。けれどもその言葉だけは忘れていない。その意味もよくわからない。その言葉をその時母が言った理由もわからない。でも、この言葉のおかげでここまでこれた……。
「だれかを愛して、守れるようになりなさい。友人でも、彼女でも、家族でもって」
「わかったわ」
「それじゃあ」
「頑張ってね!」
母の顔を見ると、また足が止まってしまいそうで、それで、振り向かず、急いで廃ビルへと向かった。
あと少し。それで皆幸せになれる。僕がするべきことはあれだけ。そうすることで皆を救えるんだ!!




