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「忘れられない物語」

2012年8月29日


 タイムマシンから出る。そこは、あの廃ビルの裏だった。ここなら人が来ないと判断したのだろう。学校の裏の山だと、拠点としたときに中学校と小学校、どちらとも距離が少しある。廃ビルからだったら意外と小学校は近くにある。そういえば、さきから廃ビルと言っている建物、今の時代も廃ビルだったんだな。ビルと言うほど高い建物じゃないけれど、森の中にある廃屋みたいで不気味だ。実際、人影のない少し森を進んだところにある。こんなところで、最初一先輩は死んでしまったのか……。今更それを考えたところでどうにもならない。今回は、とにかく一先輩のトラウマを解消することが目的だ。


 トラウマはウサギが死んでしまったことだ。美咲先輩は「じゃがいもをウサギに食べさせて自分が殺してしまったのではないかと責任を感じた」と考えているらしい。自分がよかれと思ったことが裏目に出てしまうほど辛いことはないだろう。では、ウサギにじゃがいもをあげないようにすればいいのか。それならば、知らない人を装って、じゃがいもをあげようとしている一先輩を阻止すれば問題なく解決できる。一先輩からは「知らない人、たまたま通りすがった人が親切に教えてくれた」という記憶になるだろう。ならば、早速学校へ行かなくては。


 小学校に行くと、どうやらちょうど下校の時間だった。一斉に下校する集団のなかで、一人だけ外れた子がいた。その子はまず、犬小屋へと向かっていった。どうやら一先輩らしい。その子はそのまま今度はウサギ小屋へ向かって来た。


「よし、じゃあ今日は特別だぞ!」


鍵を開け、鞄を下ろした。中から何かを取り出す。


「ああ! 逃げようとするな!」


黒いウサギが逃げ出そうとしたため、一先輩はそれを捕まえた。そして、鞄から取り出した。


「君? 何しているんだい?」


なるべく優しい感じの声で話しかける。


「誰、ですか……?」

「この辺に住んでいる中学生だよ。いやあ、ちょっと袋の中身が気になってね。もしかして、じゃがいもじゃない?」


この時代の僕は先輩より一つ下の小学4年生だろう。


「お兄さん、見たこと無い顔ですね」

「そうかい? 最近引っ越してきたばかりだからね……」


実際この年に僕は引っ越してきている。だから、小学校ではあまり親しい人がいなかったんだ。そんな僕に優しくしてくれた先輩、絶対に救うんだ!


「それで、ジャガイモもがどうかしたんですか?」

「そうそう、ウサギにジャガイモは危ないからやめなさい。もしかすると死んじゃうかもしれないからね!」

「そうなんですか! 知らなかった……。危なく殺しちゃうところでした……。」

「よかったよかった。偶然気がついてね」

「ありがとうございます!」

「いえいえ」


おかしい、世界の変動を感じられない。まあ、先輩のトラウマは明日の出来事だから、変動が起きるのは明日なのかもしれない。そのあたりの詳しいことは僕も良く分からない。万が一のことにも対応できるように、学校近くで明日も見張っておこう。


「それじゃあ、さようなら!」

「ああ、さようなら!」


そう言って僕はそこをさろうとした。


「あ、そうだ」


一先輩がウサギ小屋へ戻ってきた。


「どうしたんだい?」

「鞄、中に入れっぱなしでした……」


再び鍵を開け鞄を取り出す。


「これで下校できます! では今度こそさようなら!」


一先輩はそのまま家へと帰って行った。僕も、先輩たちの家の様子をうかがうか。


 最初に美咲先輩の家に向かった。


「お母さん、次の発表会の練習に言ってくるねー」

「行ってらっしゃい」


どうやら美咲先輩はピアノの練習へ行くようだ。


「今度こそ、花梨ちゃんに勝つぞ!」


花梨ちゃん? どうやらピアノのライバルらしい。その後、美咲先輩の姿を見送り、今度は一先輩の家へと向かった。


 一先輩はもう帰っているようだ。しかし、家には人の気配は感じられない。五木先輩の家に遊びに行ったのだろうか? その時だった。


「お兄さん! またあったね」

「うわあ!?」


どうやら犬の散歩をしていたらしい。


「偶然だな……」


突然声を掛けられたため、声が震えてしまった。


「そんなに驚かなくてもいいのに」

「そうだな……」

「それじゃあまた今度!」


こんなに直接一先輩に干渉しても大丈夫だろうか? 少し心配になりつつ、今度は五木先輩の家に向かった。


 なんだ? 家から話声が聞こえてくる。


「どうする? 明日、病院行く?」

「一応行ってみる」

「分かった。じゃあ、準備しておくね」


どうやらお母さんと話しているようだ。この病院に行ったことで五木先輩は学校を休んだのか……。


 さて、事件の中心となる三人の家を回ったが、特別変わったことは無かった。しいていうなら、僕の知っている一先輩とこの時代の一先輩の雰囲気が違ったことだ。もしかして、あの明るい一先輩もトラウマのせいで……。でももう大丈夫なはず。僕がウサギを救ったから!


 朝が来た。あれから一睡もしていないが、全く眠くない。どうやら体が緊張状態にあるからだろう。


「おはよ」

「おっはよー」


この声は一先輩か? さて、ウサギ小屋の近くでスタンバイをしなくては……


「そうだ! ウサギ小屋の掃除があるんだ! 先、教室行ってて」

「わかった」


一先輩はこちらへ向かってくる。さあ、いよいよ世界が変わる時が来る!今まで多くの犠牲を伴い、そしてとうとうこの世界へたどり着いた。皆の苦しみや思いが報われる瞬間が!!


「あれ……? おかしいな……?」


様子がおかしい。


「しろー! くろー! いない……?」


どういうことだ!? 二匹とも居ないだと!?


 その日はウサギの失踪事件の話で教室が盛り上がっていた。


「おい! 一! どう責任とるんだよ! 皆で頑張って世話したのに!」

「このやろう!」


一先輩への罵声は凄まじいものだった。とても小学5年生が堪えられるようなものではなかった。それでも、一先輩は涙一つ見せなかった。


 どうやら一先輩は鞄をとった後、鍵を閉め忘れたらしい。そして、ウサギは居なくなってしまった。僕は、失敗してしまったのか……?


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