「無力の物語」
8月30日
さっきまで雪景色の中にいたのに、タイムマシンから出ると景色は夏になっていた。タイムトラベルは成功したのだ。さて、早速一先輩が飛び降りるビルへと向かう。事前に一先輩が僕と五木先輩に託してくれたビデオの背景から場所はとくていしている。そこに向かうにつれ鼓動はどんどんと速くなる。沈まれ! 落ち着け!
そうこうしている内にビルへ到着した。中に入って階段を上がる。人がいる気配はない。しかし、屋上へ着いた時彼はそこにいた。
「先輩……」
声を押し殺す。様子をうかがってから助けに入らなくては。万が一、ビデオの撮影の前に助けてしまっては因果律が崩れてしまう。僕がここにいる理由がなくなる。
「もしもし……」
どうやら誰かと通話しているようだ。きっと未来の人とだろう。ここで記憶がどうのこうのの話を聞く。だから、ビデオが撮影されるまで少し待たなくてはいけない。
どれくらい時間が経っただろうか。チャットでの会話が終わり、ビデオも撮影し終わった。さあ、今こそ行かなくては! しかし、なぜか足が動かない。どうしてだ!? 皆を救うんじゃなかったのか? 何故動かないか、理由ははっきりとしている。ここで一先輩を救ったらもう後戻りはできない。辛くても残酷でも乗り越えなくてはいけなくなる。でも、ここで救わなければ……。そんなのはいけない。馬鹿げてる。そんなの分かってるけど、でも、いざ世界の運命が自分にかかっているとなると、怖くて、重くて……。いや、やるんだ!! 覚悟を決め、足を少し動かした。
カラン
しまった。近くにあった空き缶を蹴ってしまった。
「誰だ!!」
くそ! こうなりゃやけだ!!
「先輩! 何してるんですか!?」
その時、なんだかふわふわとする感覚に襲われる。これはいったい……?
3月13日
「うわあ!?」
ふと目が覚め、自然と声が出る。まるで今まで夢をみていたようだ。ここは、五木先輩の家?
「大丈夫か?」
目の前には一先輩の顔がある。ということは……
「五木先輩は!?」
「どうした?」
すぐそばに五木先輩もいた。
「僕は、もしかして……」
「そうだ。俺を救ってくれたんだ」
どうやら、あの後世界が変動して、一先輩が自殺する世界から一先輩が自殺を止める世界になったらしい。
「過去に健太が戻ってよっしーの自殺をとめた、それが『吉田一が自殺をやめる』という事象を生み出したんだ。これは、少し世界がずれても変わることはない」
詳しくは良くわからないが、過去に変化を起こすとその変化した事象の一部が確定する世界に移動するらしい。まあ、この世界だと『僕が過去に一先輩の自殺を阻止して、現在に戻ってきた』という世界になるらしい。世界の変動に関しては、五木先輩は生まれながらなぜか観測でき、一先輩は特殊な超音波で脳に刺激を与え、観測できるようにしているそうだ。
「さて、計画も順調に進んでいるし、次のステップへと進むか」
「そうだな。たしか、美咲を救うんだったか」
一先輩がそう言った。美咲先輩を救う。たしか、五木先輩が殺害するからそれを阻止する……。
「それって!?」
そこで気がついた。彼女を救ったら
「ああ。俺が死ぬな。また」
せっかく救った先輩が再び死んでしまう。
「まあ、これも計画の内だからな」
たしかに、たしかにそうだ。でも……
「先輩は自分が死んでしまうことはどうでもいいんですか!?」
「それは……」
目が熱くなる。顔が熱くなる。胸が熱くなる。
「健太、それでもやらなくちゃならないんだ」
「そんな……五木先輩はどうなんですか!? 大事な友達が死ぬんですよ!? いいんですか!?」
「そんなこと、分かっていただろう?」
たしかに説明されたときは混乱していた。でも、冷静に考えるとそれは当たり前のことだった。
「でも……」
「でも? だって? それがどうしたんだ。やらなきゃならなんだから、やるしかないだろ!」
でも、少しくらい悲しんだって、少しくらいさみしがってもいいじゃないか。なんで二人とも、冷静でいられるんだよ!?
「言っておくがな、俺が誰よりもよっしーを救いたいんだ。この世界で誰よりも。もちろん健太よりもな。そのために、なんだってしてきた。なんだって……だから、実際、今の世界のままでいてもいいって思う。でも、それじゃあだめなんだよ。なあ?」
僕じゃない。一先輩に訪ねている。
「ああ。それじゃあ意味がないんだ。皆の、全ての行動に意味がなくてはいけない。五木も、俺も、健太も……」
そうだ。僕は一先輩のことばかりを考えていた。でも、一番大事なことに気がついていなかった。一先輩自身のことを分かってなかった。一先輩は加奈先輩を救うために今まで苦しんで来たんだ。それに気がつけなかった自分が今度は情けなくて、また泣きそうになった。
「すみません、ちょっと一人にしてくれますか?」
「あ、おい!?」
トイレへ駆け込む。悔しい。とても悔しい。僕だって一先輩をとっても好きで、とっても尊敬していて、とっても救いたい。それなのに、どうにかしようとすればするほどこんがらがってきて、まるで、絡まったあやとりみたいに。自分ってこんなに無力なんだなって、そう思えてきて……
「健太? 大丈夫か?」
「一先輩?」
ドアの向こうから声がきこえる。とても優しい声だった。
「その気持ち、とてもよくわかる。きっと、全力で頑張って俺のことを救いたいんだろ? その気持ちはとっても嬉しい。でも、うまくいかないんだろ? 俺もそうだった。俺には二人ともを救うことはできないってなったとき、絶望したよ。俺が死んで皆が助かるならそれでもいいと思った。でも、そんなことない。皆に意味がある。皆に役目がある。『さあ どうする! 今こそ決断する時だ 死んで楽になるか 生きて悲しみと戦うか! 自分の心で感じたままに 物語を動かす時だ!』って言葉知っているか?」
「いいえ、きいたことあるようなないような……」
「あるゲームのセリフでさ、自分の物語は自分が主役なんだよ。皆が主役で皆が脇役。なら、健太にも、何かできること、健太にしかできないことあるんじゃないのかな?」
「そうですけど……」
「じゃあ、もうひとつある話をしようか……」
それは、ある少年の話だった。ゲームかアニメの話だろうか。少年の父は国の王様だった。王様は、隣の国を攻めようとしていた。少年はその話を隣の国に漏らしてしまった。争いに負け、王様は死んでしまい、少年は攻められてしまったんだ……
「その話が……?」
「そういうときに限って、余計に日が多いんだよな」
「どういうことですか?」
「いや、なんでもない。俺の地獄の誕生日の話だよ。まあ、その話の意味は自分で考えることだな。意味がわかったら、トイレから出てこい」
そういって、一先輩は行ってしまった。




