「再び終わる物語」
8月9日
到着したのは学校の裏にある山の中だ。さすがに人の目につくところにワープすることは難しいからな。さて、ここからまずは美咲の家に向かわなくてはいけない。ちょっと距離があるが、まだ正午前。殺されるとは考えにくいだろう。可能性があるのは夜だ。それに……
家に帰ると美咲の母親から電話があった。どうやら二日ほど家に帰ってこないらしい。そこで、どこかで見かけなかったかという内容だった。夏休みの間、少しだけ出かけることはあったが、見かけてはいなかった。美咲の母親も、警察に捜索願いを昨日出したらしいが、未だにみつかっていないそうだ。美咲は夜遊びするような人じゃないから、何かあったのだろうか…。しかし、俺には何もできない。今度見かけることがあったら知らせよう。しかし、警察が一日捜査しても見つからないとは、もしかしたら…。いや、そんなことは考えないでおこう。美咲に限ってそんなことはないはずだ。きっと…
11日からみて二日ほど、最低でも9日の朝まではいるはずだ。朝から居ないのであれば9、10、11日で三日ほどになるはず。だから、いなくなるのは今日の夜だと考えられる。でも、それもあくまで可能性。美咲の家に行くのがいいだろう。
美咲の家についたが、今のところあやしい様子はない。まあ、あやしい様子があったら美咲の両親が何かしらのアクションをとってるはずだからな。さて、美咲の家を見るいいポジションが決まったところで、俺はどうやって救うかを考える。まずは犯人の犯行方法だ。どうやって殺したかはしらない。拳銃? 刀? 毒? それともロープ? だから、こちらから下手に対処することはできない。俺が未来から持ってきたのは包丁とキンチョールだ。キンチョールは目くらましにでも使えるかもしれないと思ったんだけど、どうかな? あと、家の鍵。未来の俺が持ってこいと言っていたから持って来たけど……。使わなそうだな。さて、それでどうやって犯人に対抗しようか。まずは様子を見なくてはいけない。もし、俺が近づけないようだったら説得をする? それしかない。力で対抗しても負けるのが見えている。もし、近づけるようだったら、俺が脅してやめさせることもできる。それが俺ができる精いっぱいの犯人への対抗だ。俺も美咲も死ないようにするんだ!
夜になった。今のところ変化はない。眠い目をこするにながら玄関をみつめる。すると誰かがでてきた。なんだかきょろきょろとして落ち着きがない。あれは、美咲か? 美咲は車庫から自転車を出してくると、それにまたがり家を出た。こんな夜にどこにいくのだろうか? そんなことより、きっとこの時間、美咲は殺されてしまうのだろう。急いで俺は追いかけた。
どうにか自転車を見失わずついてこれた。いくら美咲が漕ぐのが遅いといっても、自転車と人では苦しい部分がある。ふう、陸上をやっていてよかった。長距離じゃないけど。着いたところは人気のない、森の中。俺もここには来たことがない。さて、ここにきっと事件の真犯人がいるはずだ。和仁さんなのだろうか……? 俺はさきから犯人と呼んできていた。それは、きっと心のどこかで和仁さんは殺人なんかしないという俺のなかでの希望なのだろう。だから、和仁さんを犯人と認めたくなかった。でも、これで最後。今、全てが明らかになる。そうしたら、全てを受け入れるしかない……。しかし、その予想は大きく裏切られた。
「ねえ、何か大事な用事があるって、それ何のことなの?」
誰かと話している?
「ああ。少し、話しておきたいことがあってね」
この、この声……
「俺は、君のことが好きだった。でも、君はよっしーのことが好きなんだよね?」
五木!?
「そう、なのね……」
会話は続く。
「まあ、それはいい。よっしーがいい人なのは俺も良く知っている。あの事件だって彼の本心じゃなかっただろう。だから、これからすることは別に美咲をよっしーにとられて腹が立ったからとかそういうのじゃない。俺は、したくてしてるんじゃないんだ!!」
声が震えている。いったい五木は何をしたいんだ? 何があったんだ?
「どうしたの!? 泣かないで……」
泣いているのか? その時だった。
「くそくそくそ!! このやろう!!!」
「きゃあ!?」
五木はポケットから拳銃を取り出す。どうしてあんなものを!? それより、今はこの状況をどうにかしなくては!!
「五木!! なにやっている!!」
「よっしー!?」
五木は拳銃を構えたままこちらを向く。
「なんでここにいるんだ!!」
「それはこっちのセリフだ。なんでこんなことをしている」
「それは……」
五木の顔が曇り、うつむく。こんな表情の五木はみたことがない。いつも明るく、俺の光を照らしてくれた五木の、あんなに暗い顔……
「よっしーにだけはいえないんだ……。ごめん!!」
泣きながら謝ってくる。いったいどうしたんだ!?
「どういうことだ!?」
「言えないんだ……。ごめん……」
それでもなお、拳銃は構えたままでいる。くそ、このままではいつ銃弾が発射されてもおかしくない。
「五木、その拳銃を下せ」
「嫌だ!!」
意外にも、五木は俺の指示に従わなかった。こいつ、今からすることわかってんのか!?
「いや……しにたくない……」
美咲は恐怖のあまり腰が抜けている。くそ、このピンチ、どう切り抜ける!? 落ち着け。俺は今まで地獄を見てきた。それに比べたらたいしたことはない。この状況。俺が変えて見せる!!
「おらあ!!」
五木に向かって体当たりをする。
「うわあ!」
バランスを崩し、五木は倒れる。それでも拳銃は握ったままだ。すまない、五木!
「このやろう!!」
よろけて倒れた五木の腹部を思い切り踏みつける。
「ぐわはっ」
ごめん、ごめん、ごめん。でも、今はお前を人殺しにしたくない、美咲を殺したくないんだ!!
「美咲、逃げよう!!」
座り込んでいる美咲の手を引っ張る。
「……」
恐怖で声が出ないようだ。俺は夢中で手を引っ張って森を走った。後ろから誰かが追いかけてくる。
「ここで、ここで終わらせるわけにはいかないんだ!!」
それは五木のセリフだった。はあはあと息を吐きながら、拳銃を構える。まずい、美咲が危ない!!
「よっしー!?」
とっさに美咲の前に出る。銃弾は俺の頬をかすった。美咲は無事だ。
「五木、もうやめろ」
「よっしー……」
それから五木は膝から崩れ落ち、焦点の合わない目を夜空に向け、動かなくなった。それを見て、俺は美咲のもとへいく。
「一君、五木君が……」
「いいんだ。はっきりいって俺にも何があったかなんてわからない。でも、きっとこれで皆幸せになれる……」
「一君、ありがとう……」
その言葉を聞き終わらない内に、世界は変わる。きっとその世界はとても素晴らしいのだろう。皆が生きる、皆が笑えるそんな世界だ。そうなることを祈り、俺は世界が変わるのを感じた。これで最後だろう。未来が変わると、俺はタイムリープの研究をしなくなる。だから、俺がこの世界の変化を観測する能力を得ることもなくなる。最後の世界の変化。それはとても心地のよいものだった……。
ありがとう、俺。ありがとう、五木。ありがとう、加奈。ありがとう、健太。ありがとう、先生……そして、また、よろしく!!
END
×月×日
世界が赤い。なんだこれ、体が焼けるように痛い……。俺は、どうしたんだ? 俺は、何があったんだ? ああ、意識が遠くなる……。俺は、死ぬのか……?




