「信頼の物語」
8月15日
気がつくとそこは俺の部屋。隣には健太が座っている。なんだ、夢だったのか……
「一先輩? 今のは?」
「いや、なんでもない。で、なんだっけ?」
「そうですか? まあ、いいですけど。それで、ここが分からないんですけど」
健太は教科書を指さしながら言う。理科の教科書だ。そんなことはどうでもいい。俺はまず世界が変わったのかどうかを確かめなくてはいけない。しかし、その必要はなかった。
「ん? ビデオチャット?」
俺のゲーム機にビデオチャットに連絡がきている。誰からだ?
「健太、ちょっとごめん」
「あ、わかりました」
俺は部屋から出る。
「もしもし……」
「先輩! 俺ですよ!」
この声は……
「健太!?」
少し低くなっているが健太の声だ。画面に健太が映りそれは確信へと変わった。
「どうやら、お前がタイムリープの話をして、彼は自分なりにできることを考えたらしい。そして、俺たちの研究に参加したんだ……」
「そんな!? 健太の未来を懸ける必要なんてないんだぞ!」
「いいんですよ、先輩。これが俺の選択ですから。俺は、先輩の役に立ちたいんです。あと、科学者になるのも憧れでしたから」
「だ、そうだ」
「お前は止めなかったのか?」
「俺はそんなことは知らない。世界が変わったらそうなっていたからな」
そうか、未来の俺にも記憶がないのか……
「とにかく、これで美咲さんを救うことができるんじゃないですか?」
そうだ、目的はそれだった。美咲を救うことで二人を救う。未来を変えることはできないが過去を変えることはできる。普通の考えかたとはちょっと違うがこれが今の俺の常識だ。ならば、変えよう。美咲が殺されるという世界を!
「だが、それは不可能だ」
健太の提案はあっさりと打ち砕かれた。
「どうしてなんだ!?」
俺が問いかける。
「俺が以前タイムリープの仕方について説明をしたな」
以前、そういえばあの時だな……
まずはタイムリープの制約についてのおさらいから始まった。俺は「アプリケーション」を使用し「2015年8月15日」から「2015年8月13日」のリープしかできない。また、俺以外の人物のリープは不可能。これについてはリープの仕方のせいだという。俺のリープのしかたは記憶を過去に飛ばすという方法だ。簡単に言うとシュタインズ・ゲートのように、俺の記憶をデータ化、その後ゲーム機から俺の脳へデータを送る。そんな感じだ。そのため、リープ後に頭痛、めまいが起こる場合があるらしい。
「問題はそのタイムリープの仕方だ。一つは『記憶を過去に送る』こと。もう一つは『時間に制約がある』こと」
「時間はともかく、記憶を送るのじゃだめなのか?」
「いいか、記憶を送れるのはゲーム機からゲーム機だ。しかも、過去のお前が『ゲーム機を立ち上げてデータを頭に取り込む』という行為が必要だ。しかし、美咲を救うためにタイムリープした時のお前がその行為ができるかどうか、それがわからないとタイムリープはできない」
「そうか、つまり『俺の記憶をデータ化したものを受け取るポストがない』という状況か」
「そうだな」
せっかく健太が助けてくれたのに、手詰まりか。そんな……
「物理的にタイムリープしたらどうですか?」
「物理的?」
「そうです。今まではデータを過去に送ってましたけど、それを人間を送るようにするんです。和仁さんが過去に行ったように。そうすると、受取り先が必要ないですよ」
「でも、物理的なリープの研究担当は和仁さんだったな……」
どうやら、未来の俺の研究所ではタイムリープについて、研究担当があって未来の俺は『リープをする』ということに研究をしていたらしい。それ以外は和仁さんが担当だったそうだ。しかし、健太が研究に参加し『時間の操作』の担当をした。したがって現段階で『時間に制約があること』の条件は克服できている。なら、あとは物理的タイムリープ、いやタイムトラベルについての研究をする人を探さなくてはいけない。
「とうことは、また健太のように全てを話して協力してくれる人物を探さなくてはいけないのか」
「心辺り、あるか?」
自分の未来をも捧げてくれるような人物、そもそも俺の二人を助けたいという勝手な思いに未来を捧げてもらっていいのだろうか? そんな疑問は残るが、ある人物が俺の頭の中をよぎった。
「ある」
「まあ、予想はつくがな……。とにかく、一回リープをして、8月13日にまたその人を説得するんだ。いいか?」
「了解」
その日はそれで終わった。
「健太、ごめん、遅くなった」
「大丈夫ですよ」
「よし、じゃあ早速教えるぞ!」
その時だった、いきなり健太が後ろから抱きついてくる。
「なんだ!? いきなり……」
黙ったままだ。
「なんだよ!!」
少し強く言う。
「前にも、こうしたこと、ありますよね」
どういうことだ? 前に健太に後ろから抱きつかれたことなんて……、ある。ついさっきのことだ。俺が泣いていて、その後ろから健太が抱き付いて来た。
「ある、と言ったらどうする」
「僕にもわからないんです。そんなことしたはずないのに、したことあるんです。だから、先輩の背中、さびしそうに見えて……。気持ち悪いですよね、すみません」
「あ、いや、大丈夫だよ」
「そうですか……」
それから、健太は普通の調子に戻った。それにしても他の世界の記憶が健太にもあるということか? それと偶然? その謎は解けないまま、健太は家へと帰った。そして、俺は8月13日へと戻った。
8月13日
さあ、これからが勝負だ。これは俺だけの問題ではなくなってしまった。これは俺だけではない。健太をも巻き込んだ皆の物語になっている。ならば、ここで諦めるわけにはいかない。俺は、進まないといけない!
「もしもし、健太? ちょっと頼みごとがあるんだけど……」
この世界では俺はタイムリープのことを健太に話すことになっている。だったら、健太にさっさとタイムリープのことを話して、一緒にあの人物を説得したほうがいいだろう。
「今から俺の家に来てくれないか?」
「先輩の家ですか? いいですよ」
「ありがとう」
すこしして健太がやってきた。俺の部屋に招く。
「先輩の部屋、あいかわらずきれいですね」
「そうか?」
「五木先輩の部屋とは大違いです」
「あいつの部屋は相当汚いからな……」
「それで、頼みごとってなんですか?」
「そうだったな、じゃあ本題に入ろう」
一呼吸置く。健太にタイムリープの説明をするのは以前にもやったことがあるが、どうしても緊張してしまう。そして、やはりどこから説明していいのかわからず、頭がこんがらがってしまう。それでも、どうにか説明をし終わった。
「タイムリープ……」
今回はわりとすんなりと話を理解してくれた。
「本当のことなんですよね」
「ああ。信じる信じないは健太にまかせるよ」
「僕は、信じます。一先輩がそんな顔で、そんな嘘つくわけがない!」
「健太……」
おもわず抱きつく。感謝、そんな言葉じゃ言い表せない感情が湧いて来た。
「ちょ、先輩やめてくださいよー」
「ああ、ごめん、思わず」
落ち着きを取り戻す。ふう、さてここからが問題だ。健太を誘って彼女のもとへいかなければならない。今の状態なら健太は一緒に頼みにいってくれるだろうが、問題はその彼女だ。彼女が協力してくれないと計画は進まない。
「やるしかないよな……」
そうだ。ここまできたらもう戻る道はない。進むしかない。さっきもいったけど、これは俺だけの問題じゃない。そう簡単に挫折するもんか。
「それでだ、タイムリープをして二人を救うには、ある人物の協力が必要なんだ」
「ある人物?」
「そう。その人に、一緒に協力を依頼しに行ってくれないか?」
「いいですよ! でも、ある人物って?」
「それは、健太もよく知ってる人だよ……」
着いたのは学校だ。ここにその人物がいる。それはもう確認済みだ。
「すみません、吉田一ですけど、柏木先生いらっしゃいますか?」
「ああ、一君? 何か用事?」
「はい、少し相談したいことがあるんですけど」
「そうなの? 珍しいわね」
そういいながらパソコンをスリープ状態にする。
「さて、じゃああっちに行きましょうか」
先生に案内されて、二回の相談室へと向かった。
今回は俺が先に沈黙を破った。
「先生、相談。いえ、頼みごとがあるんです?」
「頼みごと? 先生にできることなら……」
健太と顔を見合わせる。そしてうなずく。よし、行こう。
「今年の夏祭りで、加奈か五木が死んでしまうんです」
「え……? 加奈ってあの上原さん? 五木ってあの大谷……」
「そうです。そこで、先生に二人を救ってほしいんです!」
「ちょっとまって、話がつかめないわ。まず、どうしてそんなことを言えるの?」
「それは、話すと長くなります……」
そこから全てをまた語った。健太に話したように。そして、俺の話が終わった後、健太の決意について語った。無理でもいい。自分の将来は自分で決めるべきだから。だから、先生の未来を犠牲にしろとまでは言えない。でも、俺はできることがあるならば、やるしかないんだ。
「そんな……、でも、健太君も信じているのよね?」
「そうです。逆に嘘だという証拠がないですから」
「でも、真実だという証拠もないわよ」
「それは……、でも、嘘をつく必要がまずないです。それに、僕にはあるんです。はっきりとではないけど、先輩の背中をなでた記憶が。でも、僕はそんなことしたことないんです! これってきっと他の世界の……」
「そうなのね……でも、ごめんなさい。信じたいけど、私には信じることができない」
「そんな」
証拠か……。俺がリープしている証拠……
「これ、見てください」
「これは……ゲーム機?」
「はい。ちょっと待ってて下さい」
俺は未来の俺にビデオチャットをかける。
「もしもし、俺だけど」
「お前か。もしやと思って準備しておいたぞ」
「ありがとう」
これを見せれば先生は嫌でも信じるだろう。
「これ、未来の俺です」
「この、画面の方が? たしかに面影はあるけれど……でも、本当?」
すると、未来の俺はあるものを取り出した。
「あまり、見せたくはないんだが、これ」
それは卒業アルバムだった。中学校の。
「これ、卒業アルバムなんだ。俺の」
「あなたの卒業アルバム?」
「ああ、しっかり写ってるぞ」
全体集合写真のページを開く。ぱっと見た限りで、加奈と五木を見つけれなかったが、どちらが死ぬ世界なのだろうか……。そんなことより、俺の存在の方が今は重要だ。
「これ、本当だ……」
「な? 俺は未来の『吉田一』だ」
「本当なのね……」
その一言。それは世界が変わるサイン。そして、俺が物語の最後の舞台へと向かうサインだった……




