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「別れの物語」 9-B

8月13日


 いつも通りの電話で目が覚める。耳に響く加奈の声。俺はその加奈の祭りの誘いに乗った。それが、俺の選択だから。結局加奈を救うという当初の目的は果たせなかったが、もともとタイムリープなんて不可能だと考えれば、俺に責任はない。俺は何も悪くない、そう思える。そう、思わないと発狂してしまいそうで、頭がどうにかなってしまいそうだった。自分は誰かを殺してしまう、自分はまた殺してしまう。その思うがぐるぐると頭を駆け巡ってしまう。だから、『俺は俺の思うまま』に物語を動かしたことにするんだ。だから、加奈には犠牲になってもらうんだ……



8月14日


 五木の家に遊びに行く。散らかった部屋はもう見慣れてしまった。


「五木、俺、加奈から祭りに誘われたんだ」

「おお! まじで!? すげーじゃん!!」


まるで自分のことの用に喜んでくれる。さすが俺の親友。


「そうだ、そんなこともあろうかと思って」


五木が机の引き出しのなかから封筒を取り出す。


「これ、祭りで告白する勇気が出ないときに読んで」


手紙? なんで今になって手紙を渡して来たんだ? まあ、何度もタイムリープする内に世界が少しずつずれてきたということは考えれる。


「ありがとう、まあ、俺はそんなに臆病者じゃないから自分の力で告白できます!」

「そうか、ならいいけどね」


嘘だ。臆病者というより、俺は弱い。未だに小学校の頃の出来事を引きずっている。未だに後悔している。前に進めていない。そして、また同じことを繰り返している。でも、いいんだ。もう……



8月15日


 いよいよこの時がやってきた。最後の8月15日。そして、加奈の命日。


「一君! 待った?」

「いや、俺も今きたばかりだよ」


加奈の顔をまじまじと見る。これで、最後になるのか。本当に。その明るさも、きれいな歌声も、可愛い顔も、全て今日で最後なんだ。


「どうしたの、もしかして、顔に何か付いてる?」

「いや、なんでもないよ。さ、行こう!」

「うん」


一緒に屋台を見て回る。こんなにも近くにいるのに、いなくなってしまうのが、すごく辛くて、思わず、手をつかんでしまった。


「加奈、手、つないでもいい?」

「ちょっと、恥ずかしいよ……」

「大丈夫、俺も恥ずかしいから」

「何が大丈夫なのさ! まあ、いいけどね」


加奈なりの照れ隠しなのだろうけれど、全く隠せてない。そういうところも可愛げがある。


「ねえ、もう少し力、抜いてくれない?」


おっと、結構強く握っていたようだ。どうしても、この手を離したくない、その思いが滲みでてきてしまったのだろうか。


「いや、ちょっと緊張しちゃって…」

「緊張か。私も二人っきりって初めてだから緊張してたの。だからさ、競争しない?」


気がついたらすでに櫓の近くまできていた。時刻は9時にそろそろなる。


「よし、俺もがんばるぞ!」


笑え、笑えよ。なんで泣きそうになってるだ? 念願の加奈とのデートだぞ! なにが悲しんだ!!


「スタート!」


加奈が勝手にスタートする。


「おい! ずるいぞ!!」

「いいの! ハンデ!」


笑いながらこちらを振り向いてくる。こらえきれず、涙が落ちる。だが、加奈は気がついていなようだ。


「はやくー!!」


あと少し、あと少しで終わる……


「加奈!!」


大きな声で叫ぶ。


「今まで、ありがとう」


その言葉は爆発音にかき消されてしまった。


「加奈ああああ!!」


涙がとめどなくあふれる。


「ごめんね、役立たずの俺で……」


加奈は死んでしまった。俺はやっぱりそんな現実、受け入れたくなかった……




8月26日


 東京とは違い、こちらでは八月いっぱい夏休みがない。だから、今日で夏休みが終わりのはずなのに、俺は学校に行けていなかった。母は俺の気が狂ってしまったと心配していたが、大丈夫。俺はこれで普通だ。未来の俺にはもう用が無いので連絡はもう来ていない。


「はじめ! お客さんだよー」


母が久しぶりに元気そうな声を出した。俺がこうなってから、母も元気がなかったので、一体だれがきてそんなに元気になったのか不思議だった。でも、その顔を見て、俺は納得する。


「五木……」

「久しぶり」


あれから、加奈の通夜があって、それ以来俺は誰とも顔を合わせていない。


「なあ、学校、行こうよ。何があったか知らないけど、ね」

「嫌だよ。俺に生きる資格なんてない……」

「何言ってんだよ! 皆お前のこと待ってんだぞ!」


いつもより少し強い口調で五木が喋る。その調子で、俺もつい強く喋ってしまった。


「お前に何がわかるんだ!!」

「何が?」

「俺の苦しみ、お前に分かるはずがない、なら、ほっといてくれ。学校に行く? そんなの俺の勝手だろ」

「お前……、ふざけるな!!」


右の頬に衝撃がくる。殴られた?


「ってー……」

「お前の苦しみ、ああ。わかりっこないよ。でも、お前に同情するつもりはない。ただ、お前を待っているやつがいるんだ! お母さんだけじゃない、学校の皆も先生も、『吉田一』を待っているんだ! 今の、お前は、もう、吉田一なんかじゃない」


そういうと、彼は部屋を出て行ってしまった。俺はもう、吉田一じゃない。そうかもしれない。心のなかで、きっぱりと否定できない自分に腹が立った。




8月30日


 階段を上る。ここには今、誰もいない。屋上への鍵もかかっていない。まあ、俺なんかのことを心配している奴はどこにもいない。だから、俺の最後に打ってつけの場所だろう。元凶となったゲーム機をもって俺は階段を上る。その時、


「ん? ビデオチャット?」


どうやら、誰かが連絡をしてきているらしい。でも、ここはインターネットにつながっていない。なら、誰だ?


「もしもし……」


しばらく、チャットをし、俺は覚悟を決めた。深呼吸をする。よし、決着をつけよう。

カラン

何かが落ちる音がした。


「誰だ!!」


誰もいない。気のせいか。疲れすぎだろうか。でも。これで最後。俺の決断は……


「俺は、『死んで悲しみと戦う!!』」


その声と同時に重力に身を任せる。ふわふわとした浮遊感の中、全てが頭をよぎる。ウサギの死体、健太のスマイル、五木の笑い声、先生の起こる声、加奈の歌声、尻尾をふるレオ、イチゴジャムのついたトースト、メヌエット……


「あとは、まかせたよ……」


そして俺は、最後を迎えた。

                                Dead End


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