「忘れられた物語」
どんな物語にも結末がある。それは普段見ているテレビでも、本でも言えることだし、人間の人生にだって結末がある。国にもある物語があり、この世界にもある。そして、いつかは結末を迎える。それがどんなに残酷であろうとも……。しかし、もし物語の結末に背く者がいたら、どうなるのだろうか。まっているのは残酷な結末より残酷な結末だろうか。それとも……
遠い記憶。ふと思い出すときがある。「だれかを愛して、守れるようになりなさい。友人でも、彼女でも、家族でも」その言葉を。母の言葉だった。その時のことは覚えていない。けれどもその言葉だけは忘れていない。その意味もよくわからない。その言葉をその時母が言った理由もわからない。それでも、忘れてはいけない、そんな気がした。
8月15日
目の前に転がっている炭のような物体。それは、つい先ほどまで「上原加奈」
と呼ばれていた。何度この彼女の焼死体を見ただろうか。やはり、俺は殺してしまうんだ。何度繰り返しても、彼女の死からは逃れられないのだ。そう、あの日と同じように、俺は殺してしまうんだ……
8月29日
この日、給食にあいつが出てきた。
「はぁ。なんでこんなものがあるんだろう……」
ジャガイモだ。俺はそいつが嫌いだ。食べ物のなかで唯一嫌いだ。周りからは珍しいといわれる。小学生ならピーマンとかニンジンとかが嫌いなイメージがあるのだろう。でも、俺はジャガイモが嫌いなんだ。どうしても食べることができない。しかし、残すと先生にまた何か言われそうなので、こっそりと袋に詰めて、鞄の中に隠した。
「よっしー! 一緒に帰ろう」
俺の親友である大谷五木が誘ってきた。よっしーというのは俺の名前の吉田一の吉田の部分からきている。なぜ姓でニックネームを作ったのかは謎だが。
「ごめん、今日は餌やりがあるから」
「そっか、じゃあ先帰ってる」
俺は生き物係で、週に何回か餌やりと掃除当番がある。今日はその餌やりの当番の日だった。といっても、俺の学校は田舎にあって、全校の人数が非常に少ないから『学校で育てている』に近い。それでも一応係が存在するのだ。
「レオー、ご飯だぞ」
レオというのは、学校のマスコット的存在の犬のことだ。レオという名前に似合わず柴犬である。誰がここに連れてきたのかは知らないが、みんなにとても愛されている。レオは俺が餌を持って近づくと、振り切れるんじゃないかと言わんばかりに尻尾を振ってきた。
「ちょっと待てって。今あげるから!」
飛びついてきそうになったので、それを回避しつつ小屋の近くのお皿をとり、餌を入れて元に戻した。
「いっぱい食べるんだぞ」
皿を戻すと、レオの注目は俺から餌に移る。それを見て、さっさとウサギ小屋へと向かう。ウサギは二羽いる。黒いウサギと白いウサギだ。それぞれ「くろ」と「しろ」という名前がついている。ウサギ小屋のカギは特殊で、鍵をかけるときはカギがいらないが、鍵を解除する時にはカギが必要だ。そのため、職員室から前もって借りてこなければいけない。
「よし、じゃあ今日は特別だぞ!」
鍵を開け、鞄を降ろす。中から今日の給食を取り出す。
「ああ! 逃げようとするな!」
慌ててくろを捕まえる。くろは隙があればすぐに逃げ出そうとする性格だ。それに比べてしろはおとなしい。くろももう少し落ち着いてくれたらな。そんなことを考えながら、さらに給食を開ける。
「召し上がれ!」
そう言って小屋を出る。おっと、鞄を取るのを忘れていた。もう一度カギを開け、鞄を取り出す。そして、やっとのことで下校をした。
夕方、買い物から帰ってきた時だった。
「ん? ウサギ?」
見覚えのある黒いウサギ。あ、くろだ。もしかして、よっしーがカギを閉め忘れでもしたのかな? 捕まえないと。すると、こちらの考えを感じたのかくろは走って逃げてしまった。
「あ、おい! 待て!」
慌てて走って追いかける。その直後。
「うわ!?」
頭に衝撃が来た。誰かとぶつかったようだ。自転車かな? 幸いけがはなかったが、頭を撃ったせいでずきずきとする。
「って、お前か!」
ぶつかった相手は兄さんだった。兄さんはタイムトラベルの研究をしている。その大学が今夏休みになって帰ってきているのだ。
「五木、道路渡るときはちゃんと左右を確認、いたた」
どうやら兄さんも頭が痛いようだ。後頭部を手でおさえている。
「兄さんこそ、そっち止まれだよ」
どっちもどっちということだ。まあ、知らない人とぶつかったわけではなかったのでよかったが…
その夜、どうにも頭痛が治まらない。なんだかぶつけたのとは違く感覚の痛みだった。どうやら兄さんも同じようだ。
「どうする? 明日、病院行く?」
母さんは尋ねてきた。頭を強く打ったので、万が一のこともあり得る。しかも、普通とは違う痛みならなおさら。
「一応行ってみる」
「分かった。じゃあ、準備しておくね」
母さんと話して、明日は病院に行くことになった。どの科にいくのかは知らないが。
8月30日
今日、五木は病院にいくから学校を休むらしい。しかたがないので一人で学校へ向かう。校門に入る前に鈴原美咲に会う。
「おはよ」
「おっはよー」
美咲は優しい性格だ。細かいことに気配りができて、誰かが調子悪い時などにすぐ気付いたりする。動物が大好きで、動物に関する知識は人一倍だ。そういう部分に僕はひかれ、現在恋をしている。
「そうだ! ウサギ小屋の掃除があるんだ! 先、教室行ってて」
「わかった」
ウサギ小屋の掃除を思い出し、少し悔しいが美咲と別れる。そして、そこで衝撃的なものを目にする。
「しろ……?」
いつもなら近づいてくるしろがピクリとも動かない。おまけにくろもいない。まさか…。案の定カギを閉め忘れていた。鞄を取って、そのあと閉めていなかったんだ!! じゃあ、しろは?
「おーい、大丈夫かー?」
少し体をゆする。動かない。体に手を当て少し静かにしてみる。呼吸をしていない…。
「うわあああああ!!!」
しろが、死んだ……。
その日は朝からしろの死亡で話題がもちきりだった。そして、ある子がこんなことを言いだした。
「一君が殺したんだ!!」
たしかに、カギを使えるのは俺だけだ。でも、俺には殺す理由がない。
「そんなわけないだろ!」
「へっへーん。そういうこと言う奴こそ怪しいんだよ!」
それからの、俺へのブーイングはすさまじかった。
「サイコパス!」
「殺人鬼! お前と一緒にいられるか!」
そこで、先生が教室に入る。一気に静かになり、先ほどまでブーイングをしていた子が説教をされる。
「たしかに、一君もミスをしました。でも、それをそんな風に攻め立てるのは絶対にいけません!!」
それから、少しは収まったものの、陰で俺は非難されていた。そんななかでも、美咲は俺の味方でいてくれた。そこで、一つ質問をしてみた。
「なあ、美咲。俺が殺してないって本当に信じてる?」
「もちろんよ。ただ、昨日の放課後何があったのか教えてくれない? それを言わないとみんな納得
しないと思うから」
実は、給食をこっそりあげていたことがばれないように、放課後のことは曖昧に話していた。だから初めて美咲に全てを話した。すると、急に美咲は顔色を変えた。
「美咲? どうした?」
「一君……」
それから、嫌な空気が流れる。そして、美咲は思い唇を持ち上げ、ある言葉を発する。
「ウサギにとって、ジャガイモは『毒』だよ……」
ジャガイモは毒。それでしろは死んだんだ。じゃあ、誰がジャガイモをあげた? それは、俺だ。俺は、しろを殺してしまったんだ。