第四話
「嫌だー。学校行きたくないー。
今日は学校を休みますー。
休ませてくださいー」
「何、馬鹿な事を言っているんだ。
わがまま娘」
「わがままなんか言っていないです。
後頭部を強打したのです。
大怪我をしたのです」
「検査で異常が無かったのだから大丈夫だろう」
「こんな包帯グルグル巻きの姿で学校など行ったら笑われます」
「いや。
包帯を巻いていなくても十分笑えるから安心しろ」
何それ酷い。安心出来ない。
「変なあだ名を付けられたらどうするのですか?
いじめられたらどうするのですか?」
「経済制裁」
は?
黒川、お金が無いと言っていましたよね?
何処に経済制裁する金があるの?
「頭痛~い。
お腹痛~い。
とにかく休みた~い」
「お前、ラップが上手いな」
いやいや。
ラップなんて歌っていませんから。
……。確かに上手いな。
いやいやいやいや!
「お腹が痛いって。
先程ジュースを三回おかわりしていましたよね?」
当たり前だ、白石。
昨日の夜から芋しか食ってないんだ。
それに、包帯グルグル巻きのせいで水分しか摂れないんだYO!
「お前のわがままのせいで、赤井君と桃が遅刻をしたらどうするんだ」
「だったらさっさと二人を連れて行け!」
「お嬢、どうしたの? もしかして反抗期?」
青田。
半分……、否! 九割以上お前のせいだ!
何、優雅にシルクのパジャマ姿でコーヒーを飲んでいるんだ。
「お嬢。ボクの帽子を貸してあげるから。
ね? 目立たないでしょ?」
いやいや、桃よ。
赤いチューリップハットなんか被っていたら、余計目立つだろう。
「嫌だ嫌だ!
包帯が取れるまで、学校なんか行きませんからね!」
「……」
ふはは。
珍しく黒川が黙っているよ。
完全勝利!
「……。仕方がありませんね。
こんな事に使いたくはなかったのですが……」
何? 何なの? 白石。
「お嬢の昨日の下着を校庭に置きましょう。名前入りで」
ファッツ?
ああッ!
昨日の下着が綺麗に洗濯されて真空パックされている!
しかも白石のメッセージカード付きで!
「や、止めてください。お願いします」
「なら、学校へ行きますね?」
「ハイ……。
桃、チューリップハットを貸してください」
私は観念して車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃい」
青田と白石が見送る。
青田、いつまでシルクのパジャマを着ているの?
早く着替えて仕事しろ。
ああ。逃げたい。
セーラー服に、顔中グルグル巻きの包帯、赤いチューリップハット。
こんな姿、どう見たって可笑しいよ。
赤井も桃も私と目を合わせづらいのか、うつむいて黙ったままだ。
私は処刑台へ送られる罪無き罪人……。
「冤罪だー! 冤罪ですよー!」
私は車の窓を開け、外に向かって叫んだ。
「うるせー!」
即、窓を閉められる。
待って、黒川。チューリップハットが挟まりました。
車は無情にも校内に到着した。
回りの視線が突き刺さる。
見ないでッ! 見ないでください。見世物ではありませんよ。
私はチューリップハットを握りしめ、さらに目深に被った。
『バリッ』
ギャッ!
チューリップハットのてっぺんが破れ、頭半分が突き出た。
前が……、前が見えません。
「ブフッ!」
赤井、笑ってないで助けろ。
「ご……、ごきげんよう……」
あ。皆さん、こんな私に挨拶してくださるのね。
さすが躾の行き届いたご子息ご令嬢たち。
「皆様、ごきげんよう。
私は陽気で愉快なドジっ子ミイラです。
ドジっ子ミーちゃんって呼んでねー。
以後、よろしくー」
黒川。全く腹話術になっていないから。
そんなアホみたいなセリフ、よく真顔で言えるな。
黒川の低音ボイスのせいで、ドジっ子ミーちゃん、ただの怨念キャラだよ。
チューリップハットが押しても引いても脱げないので、頭が少し突き出た状態ですし。
「じゃあ、お嬢。頑張ってね!」
「俺達が、しっかり恋の相手を見つけてくるからな」
「え? 桃、赤井? 何処へ行くの?」
……そうだ。
赤井と桃はこの春から進学クラスに、私だけ普通クラスに別れていたことをすっかり忘れていたよ。
あ。黒川、行かないで……。
一日腹話術をお願いいたします。
「……って、何処へ行く黒川ッ!」
「あー。今日はPTA会議があるから、後は自分の力で頑張れ」
え? この人、PTAなの?
確か、長年うちの爺ちゃんが会長を務めていたような……。
後を継いで会長になったのかよ!
着実に主から権力を奪っているよな。腹黒執事。