第五十二話
学校帰り。
黒川が車で迎えに来たので、青田と赤井と桃と一緒に帰る。
「お嬢。パン屋の衣装が仕上がった」
「おお。早い!
黒川、ありがとうございます」
「じゃあ、屋敷に帰ったらパン屋姿のお嬢のお披露目会をしようよ」
「桃。お披露目会は遠慮しておきます」
「えー? 何で?
皆、お嬢の初舞台を楽しみにしているんだよ?」
桃と赤井は知らない。
『さち子パンツ丸出しで白石蕁麻疹発症事件』の全貌を。
黒川が衣装を仕上げたと言っても、パンツ丸出し部分を修正しているとは限らない。
黒川にとって私のパンツは、どの位の価値があるのだろう。
「メガネとマスクで顔を隠しているのだから、今さら恥ずかしがる必要はないだろう」
いえ。いくら顔を隠しても、パンツ丸出しは恥ずかしいものなのですよ? 黒川。
「あー。そうだ、お嬢。
今朝、庭先を掃除していたらね、隣の二階堂さんが羊羹を持って来てくれたんだよ。
衣装のお披露目をするのなら、お茶会も兼ねよう」
「嫌だ。皆が羊羹をモリモリ食べながら、パン屋の娘姿の私をジロジロ見るなんて。
私に何のメリットも無いではありませんか」
「ならば俺が代わりに着てやろうか?」
「は? 何で黒川がパン屋の娘の衣装を着るのですか?
私と黒川では体格が違うのだから、衣装がパツンパツンになりますよ?」
「それもそうだな。ハハハ!」
「ハハハ! じゃありませんよ。
黒川はデリケートな乙女心について学んだ方が良いと思います」
そう言っている間に車が屋敷に到着し、結局私は皆の前でパン屋の娘姿を披露しなければならなくなった。
毎年、皆でお正月を過ごす広間の机の上に、お茶やお菓子が並べられた。
「お嬢、これが衣装だ。着てみろ」
「黒川、ありがとうございます。
……て。パン屋の娘の衣装の原型を留めていないのですが」
確かに枯れ草色の生地は使われている。
しかし、ウエストからふんだんにあしらわれたフリルがフリフリヒラヒラしていて、パン屋の娘らしからぬ衣装に仕上がっている。
「可愛い! アイドルみたいじゃん!」
桃の目がキラキラと輝いている。
「あの……、黒川。
作っていただいた身で大変申し上げ辛いのですが……。
とりあえずこちらに完成予想図というものがありましてね。
それと全くかけ離れた衣装に仕上がっているわけですよ。
こんなフリフリヒラヒラしたミニスカートでパンを売るパン屋など、中世ヨーロッパにも現代社会にもいないと思います」
「面白い作品を作るには、見る者の予想を裏切らなければならない」
「黒川。言っている事が難しすぎて、全く意味が分かりません」
「まあ、せっかく黒川君が作ってくれたんだからさ。
一度ぐらい着てみてよ」
「でも……。脇役が目立ってはいけないのですよ」
「仕方がないだろう。
お前が生地に大きな穴を開けてしまったから、やむを得ずフリルで尻を……」
「ノォォォー!」
何度も言うが、赤井と桃は『うれしはずかし尻丸出し』事件を知らない。
知らない方がいい。
神様、お願い。
赤井と桃の前だけでいいから『汚れを知らぬお嬢』のままでいさせてください。
私が神に祈りを捧げていると、白石が現れた。
「あ……。白石」
サングラスにマスク姿で。
「白石も……、
パン屋の娘の衣装を見に来たのですか?」
「いえ。俺はお茶に呼ばれただけですから」
白石が畳の上に腰を降ろした。
……。
結局見るんだね。
「お嬢。皆、待っているんだ。早く着替えろ」
黒川が羊羹を切り分けながら言った。
「わ、分かりました。
廊下で着替えますから絶対覗かないでくださいね?
この襖を開けた瞬間、三段蹴りが炸裂しますよ?
あ、黒川。私の羊羹は一番右がいいです」
「お前。その距離から切り分けた羊羹の大きさが分かるとは……。流石だな」
「へへッ!」
私は衣装を持って廊下に出、襖を閉めた。
それにしてもフリフリが過ぎる衣装だな……。
丈もかなり短くなっているし。
クルッと一回転したら、パンツがチラリと見えるのではないだろうか……。
さすがにスカート丈が短すぎるので、下にジャージーを履いた。
病み上がりの白石に、刺激の強いものを見せるわけにはいかない。
あ。付属の三角巾にまでフリルが付いている。
黒川はフリルが趣味なのか?
「お嬢。着替えたか?」
「あ。う、うん」
「お嬢、早く登場してよ」
「う、うん」
恐る恐る襖を開けると、皆が一斉にこちらを見た。
み、見ないでくだされ……。
「わー! 可愛い!
お嬢、凄く似合っているよ。ね? 皆」
桃が駆け寄って来た。
「そ……、そうですか?」
私は白石の方をチラリと見た。
白石は私を見ながら羊羹をモリモリ食べている。
……良かった。
私の姿を見ながら羊羹が食べられるようになるまで回復しているようだ。
サングラスを掛けているから、本当は何処を見ているのか分からないけれど。
「黒川。やはりこの衣装はパン屋の娘には見えないと思うのですよ。
スカートの後ろのフリフリは、まあ……、私に責任が無いとも言えませんから仕方がないとして……。
三角巾までフリフリにしてしまったら、ただの目立ちたがり屋ですよ。
それに何ですか? この小道具の麺棒に付いたポッチリは」
いつの間にか小道具の麺棒に、小さな押しボタンが付いていた。
「そのポッチリを押してみろ」
「え?」
黒川に言われるがままポッチリを押すと、麺棒がペンライトのように赤く光った。
「何ですか? これは」
「戦うパン屋の娘だ」
「だから黒川。勝手にアレンジを加えないでくださいよ……。
あッ! 一番右の羊羹が無くなっている!
誰ですかッ? 一番右の羊羹を食べたのは!」
青田が黙って手を挙げた。
「おのれェェェー、青田ァァァ!」
「お嬢、そこまで怒らなくても。
羊羹の大きさは大体同じだったよ?」
「大きさの問題ではないのです。
羊羮って表面がツルツルしているでしょう? 切った断面は少しザラザラで。
私はそのツルツル部分が好きなのです。
羊羹の端はツルツル部分が一面多いのですよ」
「何だ? そのこだわりは」
「そんなどうでもいい話は置いといて。
お嬢、セリフを言ってみてよ。
どんなセリフか知りたい」
「いえ。セリフはまだ練習していませんし、脇役なので大したセリフはいただいていませんし」
「棒読みでもいいから言ってよ。
皆も聞きたいよね?」
皆、お茶を飲んだり煎餅を食べて寛いでいる。
コイツら、本気で私のセリフを聞く気があるのだろうか?
「仕方が無いですね……。では、一度だけ。
ゴホン。
『てぇへんだ、てぇへんだ。おっ父、てぇへんだってばよ』」
「はあ?」
急に黒川の表情が険しくなった。
え?
黒川、何で怒っているの?




