閑話(お嬢と五人の執事)お正月編②
私がお寿司を食べ終える頃には、皆ダラダラし始めていた。
黒川、白石、青田の大人組は酒のせいでぐったりしているし、赤井と桃も疲れて眠たそうにしている。
その点、しっかりと仮眠を取った私はここからが本番だ。
「今年の歌合戦はどちらが勝つと思いますか?」
「白」
黒川が間髪を入れずに答えた。
「黒川。かなり適当に答えましたね?
私など過去五年間のデータを集約した結果、白と予想しました」
「結局お前も白か。
……何だ? そのノート。見せてみろ」
お。黒川。
私の『歌合戦戦略ノート』に興味を持ちましたね。
仕方がないな。丁重に扱ってくれたまえ。
戦略ノートを手渡すと、黒川はノートをパラパラとめくった。
「お前……。
この情熱をもっと有意義な事に使えなかったのか……」
「へへッ」
「いや。何一つ褒めていないからな。
さて、そろそろ年越し蕎麦の準備をするか」
黒川が私の戦略ノートを寿司桶の上に置いて立ち上がった。
ぎゃー。五年間の集大成を乱暴に扱わないでー!
白石がコタツの上を片付け始めたので、私も手伝い、コタツの上がすっかり綺麗になった頃、黒川がファンシーな模様の箱を持ってきた。
「黒川、何ですか? それは」
「今年の始めに書いた、皆の決意表明だ」
「ぬ!」
いつの頃からかこの屋敷で始まった、今年一年の決意表明をしたためる『書き初め大会』
一年で達成できなかった者には恐ろしい罰が待っている。
私、今年は何て書いたっけ……。
「目標を達成出来なかった者を発表する。
お嬢。以上!」
「ちょっ、ちょっと待ってください。
私の目標って何ですか?」
「テストで百点を取る」
「え? でも、一度だけ百点を取りましたよね?
黒川の部屋の額縁に、あの時の答案を飾っていますよね?
あの日、皆でお赤飯を食べましたよね?」
「今日の大掃除に白石君が発見した大量の答案用紙で相殺された」
くそう。白石。
「そもそも私は決意などしていませんから。
黒川が二人羽織りで勝手に私の手を動かしていましたから。
あの時の私は、何の意思も持たない悲しいマリオネットでした」
黒川は私の話など聞きもせず、ラジカセの準備を始めた。
「さあ。お嬢は正座をして除夜の鐘を聞きながら煩悩を振り払ってもらおう」
「待てー!
皆の……、皆の決意表明は何だったんだー!
黒川、その箱を寄越せー!」
私は黒川に体当たりをして箱を奪った。
「黒川ー『栄養バランス』って何だー!
お母さんかー!
白石ー『驚きの白さ』って何だー!
洗剤頼みではないかー!
青田ー『美味しい野菜』って何だー!
確かに美味しいけれどッ!
赤井ー『身長が伸びますように』って。
決意じゃなくて願い事だろう!
桃ー『今年もモテますように』って。
誰にモテたいんだー!
男かー! 女かァァァー!」
私は皆の書き初めを一枚一枚破って放り投げた。
半紙が雪のように舞い落ちる。
美しい……。
「またお嬢が暴れだした。押さえろ」
雪のように散らばる半紙の中で、皆が私を押さえつけ、縄でぐるぐる巻きにしてゆく。
私は、あっという間にミノムシのような姿になった。
「お嬢。正座をして大人しく除夜の鐘を聞いていろ。
聞き終えて煩悩を消し去り、清い心になった時に食べる年越し蕎麦は格別に旨いはずだ」
「除夜の鐘を聞き終えた頃には年が明けていますよね?
年越し蕎麦って、年内に食べなければ縁起が悪いんでしょう? ……ううっ」
「安心しろ。
これは録音した除夜の鐘だから、年内に終わる」
皆が黒川特製の年越し蕎麦を食べている間、私は大広間の隅でミノムシのような格好で正座させられ、ラジカセに録音された除夜の鐘の音を聞いた。
今、ミノムシの格好をして除夜の鐘を聞いているお嬢様は、世界中を探しても、恐らく私以外いないだろう。
「年越し蕎麦の良い匂いが漂ってきますね。ううっ」
「お嬢、食欲も煩悩の一つですよ。
ちゃんと消し去ってください」
「うるさい、白石。
録音した除夜の鐘なんだから、別に今聞かなくても良いでしょう?
明日、寝ながら聞きますから、早く年越し蕎麦を食べさせてください」
皆は既に年越し蕎麦を食べて終えて、まったりとテレビを見ている。
『ゴーン……』
今で五十回目。あと約半分。
またもや睡魔が私に襲いかかってきた。
寝たら駄目だ……。
寝たら更に罰が増えてしまう。
寝たら………、駄目……、ぐぅー……。
はッ! しまった!
うっかり寝てしまった。
録音された除夜の鐘も、すっかり終わっている。
あ……。
皆もコタツで眠っている。
「黒川ー、黒川様ー。
全ての煩悩を打ち払いました。
だから年越し蕎麦を作ってください。
……と、いうか、誰かこのミノムシ状態から開放してください」
黒川は完全に熟睡している。
「あー、お嬢。
ごめんごめん。よく頑張ったね」
目覚めた青田が、ぐるぐる巻きの縄を解いてくれた。
「黒川ー。
早くしないと年が明けてしまいますよー。
起きてくださーい。
カマボコの約束はどうなったのですかー?」
「うーん……」
黒川の肩を揺すると、黒川がセクシーボイスで寝返りをうった。
無駄なセクシーボイスが腹立たしい!
「くっそー! 許さん!
皆の顔に油性ペンで書き初めしてやる!」
「お嬢、止めてあげて。皆、疲れているんだよ。
特に黒川君は、おせちも全て自分で作っていたからね」
「でも、でもっ!
年越し蕎麦を楽しみにしていたのですよ?
私だけ食べられないって……。
イジメだと思いませんか?」
「お嬢の分は代わりに僕がつくるからさ。
一緒にキッチンへ行こう。ね?」
私は青田に連れられて、キッチンへ向かった。




