閑話(青田とお嬢の日常)その三
今回は青田目線です。
お嬢がこの屋敷に来て、初めて母の日を迎えた時の話。
「青田。学校で母の日のコンクールに出す絵を描くけれど、私は誰を描けばいいと思う?」
学校は残酷だ。
もう少し配慮してくれたら良いのに。
「そうだね……。
僕は、お嬢のお母さんを描けば良いと思うけれど」
「母さんの背中に羽を生やした方がいいと思う?
母さんいつもありがとうって書けばいい?
あ。今までありがとうの方がいいかな?」
「……!」
何て答えたらいいんだ……。
そうだ。赤井君と桃だ。
「お嬢。赤井君と桃は去年、好きな食べ物を描いていたよ。
別にお母さんにこだわる必要はないかもしれない。
お嬢も好きな食べ物を描いたらどうかな?」
「……塩大福の絵?
塩大福って真っ白だから、白い丸を描けばいいのかな?」
アー! 母の日の馬鹿ー!
母の日が終われば、次は父の日だ。
僕はお嬢に何とアドバイスをすれば良いのだろう。
「青田、ごめんね。自分で考える」
僕が返答に悩んでいると、お嬢が少し悲しそうな顔をして向こうへ行ってしまった。
折角お嬢が僕たちの前で少しずつ笑顔を見せるようになってきたのに……。
また何も喋らなくなってしまったら、どうしてくれるんだ。
教育委員会に訴えてやる。
数日後、お嬢が賞状を持って帰ってきた。
桃の話によると、母の日のコンクールでお嬢が金賞を獲ったらしい。
「お嬢の絵が市民センターに飾られるんだって。
凄いよね!」
「へえー。それは見に行かなければならないな」
早速僕たちはお嬢の絵を見に、カメラを持って市民センターへ向かった。
金賞を獲ったお嬢の絵は、ひときわ目立つ場所に飾られていた。
「これは……」
お嬢の絵の中心に、恰幅の良い一人の男が描かれ、その下に赤文字で『ジジイ』と書かれていた。
これは、お嬢の爺さんなのだろうか……。
その『ジジイ』を取り囲むように、三人の男が描かれている。
黒川君と白石君らしき絵の下には、それぞれ『かあさん二ごう・くろかわ』『かあさん三ごう・しらいし』と書かれていた。
「く……、黒川君。今、とても恥ずかしい事になっていますが」
「ああ。今すぐこの絵を撤去してもらうように言ってこようか」
「いや。黒川君、白石君。
僕に比べれば、君たちの恥ずかしさなど大したことはないよ」
僕らしき絵の下には、赤文字ではっきりと『ドヘンタイ・あおた』と書かれていた。
何故……、何故僕が『ド変態』なのか。
何故この絵が金賞を獲ってしまったのか。
結局その日は、静かに市民センターを後にした。
後日戻ってきた絵は、今でも大切な思い出として屋敷に保管されている。
それからお嬢は毎年、母の日も父の日も僕たちを描き続けた。
感謝の言葉が書かれた作文を持って帰った時は、三人でこっそり泣きながら読んだ。
「青田。ここで何をしているのですか?」
「ああ、お嬢。
この部屋を整理していたら、お嬢が昔描いた絵が沢山出てきてね」
「ふーん……。あ、これ懐かしい!」
「お嬢。
お嬢が初めて母の日のコンクールで金賞を獲った絵の事だけど……。
あの時、何故僕の事を『ド変態』と書いたの?」
僕は、あの時のコンクールの絵を見せながら、お嬢に聞いた。
「……ああ、これね。
本当は『シハンダイ』って書きたかったの。
青田、華道の師範代で、着物姿が格好良かったから。
でも『シハンダイ』の言葉が思い出せなくて『ドヘンタイ』になってしまったみたい。
私って小さい頃から馬鹿だよね。へへッ」
お嬢が塩大福を食べて粉まみれになった顔でにっこり笑う。
何だ。そうだったのか……。
そんな間違え方が本当に出来るのか、にわかには信じ難かったけれど、お嬢の笑顔を見ていると、つい笑ってしまう。
「お嬢。キッチンにあった塩大福を盗み食いしたでしょう?
また黒川君に怒られるよ?」
僕はハンカチを出して、お嬢の口を拭いた。
「え? バレた? じゃあ、逃げなくちゃ!
青田、またねー!」
お嬢がバタバタと走っていく。
「しょうがないな……」
お嬢の存在に僕達は、笑ったり泣いたり驚いたりしながら毎日を暮らしている。




