第十二話
「黒川ー、いますかー?」
寝る前に、私は黒川の部屋の扉を叩いた。
「何だ? お嬢」
黒川は何かの資料に目を通している最中だった。
よく働くな……。
「少しご相談がありまして。
学校の送り迎えの件ですが、今まで通り黒川にお願いしたいのです」
「何故だ? 白石君では不満なのか?」
「不満? 不満と言えば不満。洗面器持つの面倒だし……。
いやいや、そんな事ではなくて」
「だから何だ?」
「白石、学校の女子の人気が絶賛うなぎ登り中で。
もし白石が私の執事だということが皆にバレたら、後々大変なことになりそうなのです」
「ああ。白石君、学生の頃からドSだったから、一部の女子に人気があったな」
いえ。ドS度でいったら黒川の方が上ですよ?
おお嫌だ。自覚が無いって怖い。
あ。でも、黒川がドSなのは私に対してだけか。
黒川、他の女の子の前では優しいのかな……。
駄目だ。今はそんな事など、どうでも良い。
「とにかく私は、女子達の嫉妬の業火に焼かれて死にたくはないので、白石と私の関係を秘密にしておきたいのです」
「白石君とお前の関係って……。
そんなの知られたところで、お前など敵にもならないから華麗にスルーされると思うが?」
わー。酷い。
黒川、ドSが過ぎると女子にモテませんよー。
「とにかく私は白石と一緒に通学したくありません。
白石、何で教師になったんだー!」
「分かった分かった。だが俺も最近忙しいからなぁ……。
青田君に送り迎えを頼んでも良いが、青田君、早起きが苦手だからどうしたものか……」
青田……。真面目に仕事しろ。
「まあ良い。明日までに考えておくから心配するな。
お前は早く寝ろ」
「はい。おやすみなさい」
翌朝、桃と赤井は白石の車に乗って先に行ってしまった。
「黒川。青田がまだ起きてこないけれど……。
遅刻したらどうしよう」
「ああ。青田君はやはり起きられそうにないから、朝は俺が送ることにした。
帰りは青田君の車で帰って来い」
「送るって……。黒川の車がありませんよ?」
「もうじき来る」
「ん? 来る?」
屋敷の前に一台の高級車が止まった。
運転手が出てきて、車の扉を開く。
「会長。おはようございます」
「ああ。おはよう」
ん? んん?
「お嬢様、どうぞこちらへ」
私が運転手に促されるまま黒川の隣に座ると、車は学校に向かって走り出した。
「……あの。黒川? 黒川様?」
「何だ? 車の中では静かにしていろ」
黒川は車内でパソコンを操作している。
「いえ。この車は一体何かと……。
それに会長って……。
もしかして町内会長になったのですか?」
「は? お前の爺さんの会社の会長だ」
「え? 仰っている意味が全く理解できません。
ん? んん? んんん? んー?」
「だから、車の中でいちいち騒ぐな」
「ンンー!」
黒川が私の口の中に饅頭を詰め込んだ。
つぶあんだ! 美味しい!
私は訳が分からぬまま、ただ饅頭の美味しさに舌鼓を打って、学校の前に到着した車から降りた。
その日の授業は全く頭に入ってこなかった。
いや。いつも入ってこないけれど。
白石が私に向かって滅茶苦茶怒っているようだ。
ごめん、白石。
今の私は何を言われても、全然耳に入らないのだよ。
回りの女子達は『白石のお宝ボイス』録り放題で大喜びしているようだ。
『ガスッ!』
痛ッ。
白石。教科書の角で殴らないで。
爺ちゃんの会社の会長ということは……。
黒川が爺ちゃんの会社を乗っ取ったという事?
私はどうなるの?
あ……。だから私を他の男と結婚させて、屋敷から追い出そうとしているのか。
「嫌だ! 見捨てないでッ!」
教室が静まり返った。
失礼。つい感情が高ぶって叫んでしまった。
「見捨てられたくないのなら、授業に集中しろ!」
白石が怒鳴る。
「白石……、白石先生は私の事を見捨てたりしませんか?」
「あ? ……ああ。
真面目に授業を受ける気があるのなら、見捨てたりはしない」
「分かりましたッ!
今後、生活態度を改め、真面目に授業を受ける所存ですから、決して私を見捨てないでください。
どうぞ良しなに……。ううう」
「おい、授業中に泣くな。
具合が悪いのなら保健室にでも行ってこい。
保健係、コイツを保健室まで連れて行け」
山田が立ち上がった。
山田、保健係だったのか……。
途中まで山田と一緒に歩いていたが、私は立ち止まり、山田に向かって言った。
「山田。私に優しくしないで。
今、お前に優しくされて、気の迷いでお前の事を好きになってしまったら困ります。
だから私の前から消えてください」
山田が手で顔を覆いながら去っていった。
ごめん、山田。包み隠さず言ってしまって。
『山田とくっついてハッピーエンド』だけは回避したい。
保健室に着くと、白衣姿の青田が椅子に座って新聞を読んでいた。
「青田……。何をしているのですか?」
「あ、お嬢。スクールカウンセラーだけど?」
青田、何でもやるな……。
いや、何でもやっているようで何もしていないよな。
「お嬢こそ授業中にどうしたの?
……もしかして泣いている?」
「黒川が……。
いいえ。執事達全員が私を厄介払いしようとしているのです。
ううっ」
「執事達って……。僕もその中に入っているの?」
「当たり前でしょう?
お金もなくて、落ち着きもなくて、食い意地が張っていて、馬鹿でスカポンタンの私など、誰が面倒を見ようと思いますか?」
「ハハハ。お嬢の自己分析は面白いな」
「冗談で言っているのではありません。
私はいつだって本気です。
また置いていかれる……。皆、私を置いていくんだ……。
置いていかないで……。置いて……、行かないで……」
「お嬢? ……? お嬢! ……!」
途中から青田が何を言っているのか聞き取れないまま、私はその場に崩れていった。




