閑話(黒川とお嬢の日常)その二
黒川は私の教育係だ。
返ってきたテストの答案は必ず黒川に見せなければならない。
必ず。
隠しても捨てても燃やしても、後で絶対黒川にバレて説教時間が増えるだけ。
私は知っている……。
奴の手下どもが情報をリークしている事を。
ああ、気が重い。
答案一枚につき一時間の説教だとして、今日は三時間コースか……。
見たいテレビドラマがあったのにな……。
「黒川様ー。黒川様は、おられるかー?」
私は黒川の部屋の扉をノックした。
……。返事がない。
買い出しにでも行ったのか? ラッキー!
この答案は黒川の枕の下にでも敷いておこう。
隠すわけでも捨てるわけでもありませんからねー。
ちゃんと提出しておきますからねー。
黒川の部屋に入ると、珍しく黒川が机で居眠りをしていた。
チィッ! いたのかよ!
黒川がうたた寝している姿を見るのは初めてだ。
机の上に料理のレシピが書かれた本が広がっている。
今日の晩ご飯のメニューでも考えていたのだろうか……。
黒川の手の下に『今日はハンバーグが食べたいな☆』と書いたメモをそっと置き、黒川の枕の下に答案用紙を敷いた。
それにしても、こんなに熟睡している黒川の姿は激レア。
黒川って、寝顔だけは可愛いよね。
フフッ……。フフフフ。
黒川の顔に油性ペンで落書きしてやろう。
日頃の恨み!
私は黒川の机の上に転がっていた油性ペンを握りしめた。
何を書こうか……?
鼻毛? 取りあえず鼻毛書いちゃう?
うー。いつ起きるか分からないこのスリル。
ドキドキ感がたまりませんなー!
そっと黒川の顔に鼻毛を書こうとした時、黒川にガシッと手首を掴まれた。
「お嬢……。そのペンで何をしようとしていた?」
ヒィィィ……!
しまった!
鼻毛に……、鼻毛にするんじゃなかったァァァ!
シンナーの匂いで気付かれた。
「ギャフッ!」
私はそのまま立ち上がった黒川に柔道の大外刈を決められた。
仰向けで倒れた私の上に、黒川が馬乗りになる。
「く……、黒川様。
じ……、女子の上に馬乗りになってはなりませぬー」
「女子ィー?
お前を女子だと思ったことは一度もねえな」
ヒィ! 黒川が滅茶苦茶ドSな顔をしている。
目がギラギラと輝いている!
「助けてー! 誰か、助けに来てくださーい!」
「ハハハッ! さーて、何を書こうか?」
この角度! この角度から見る黒川、滅茶苦茶怖い!
今日からこの角度から見る黒川を『黒川ビュー』と呼ばせていただきます。
「もう何でもいいから早く書いちゃってくださイィィ……!」
私はぎゅっと目を瞑った。
……。
あれ? 黒川が動かない。どうした? 黒川。
そっと目を開けると、黒川が私の顔を見ながら固まっていた。
何を書けば良いか、思い付かないのね。
「く……、黒川様?
書くことがないのなら、無理して書かなくていいですよ?」
黒川は我に返り、私の額にキュキュッと何かを書いて部屋から出て行った。
何だったのか……。
私は黒川が書いた顔の落書きを消すため、洗面所へ向かった。
黒川、何を書いたのだろう……。
鏡を見ると、
「肉……」
ハハハ。王道だな。……ん? いや、違う。
「肉……、じゃが……?」
その日の晩ごはんは、肉じゃがだった。
「お嬢。何で額で今晩のメニューをアピールしているの?」
「桃。これはただの黒川のメモ書きです。
何度も洗ったのですが、消えなかったのです」
「ふーん……」
ちなみに説教は翌日に持ち越されたため、見たかったテレビドラマは無事見ることができた。