閑話(白石の過去)その5
あれから母の容態が治まってきて、またいつものように
「圭ちゃん、おかえりなさい」
と、言ってくれるようになった。
「圭ちゃん、あのね。
このしおりを、おばあちゃんに渡して欲しいの」
母から手渡されたしおりは、俺が一番始めに母に渡した四つ葉のクローバーとシロツメクサで作られた物だった。
「圭ちゃんが探したものだよと言ったら、おばあちゃん、きっと喜ぶと思うの」
あれから何度も四つ葉のクローバーを母に渡していたから、しおりなら沢山ある。
その中でも、母の大好きな小説にずっと挟んで、一番大事にしていたしおりを祖母に渡すなんて。
俺は不思議でならなかった。
家に帰り、母から渡されたしおりを祖母に渡した。
「こんな物で幸せになれるなら、安いもんだね」
そう言って祖母は母がくれたしおりをタンスの中にしまい込んだ。
翌朝、学校が始まる前に病院に呼ばれた。
家から病院まで、走った。
昨日のうちに摘んでおいたシロツメクサの花と四つ葉のクローバーを持って。
母はまた吐血したらしい。
「ごめんね、圭ちゃん。
学校は?」
「今日は行かないよ」
「圭ちゃん、……それ」
母がシロツメクサとクローバーを指差した。
俺は母にシロツメクサの束を持たせてやった。
母の手は、シロツメクサと同じぐらい蒼白くなっていた。
「圭ちゃん、おばあちゃんにしおりを渡してくれた?」
「うん」
「おばあちゃん、何か言っていた?」
「ううん。何も。」
俺は少しだけ嘘をついた。
『ゴホッ、ゴホッ……』
急に母が吐血を始めた。
「圭……、ちゃん……、苦し……」
母の手に持っていたシロツメクサが真っ赤に染まっていく。
「看護師さん!
早く来てください!」
ナースコールを何度も何度も押した。
「お母さん、大丈夫?」
母の背中を擦ろうとすると、母が俺の手を掴んだ。
「圭ちゃん……、ごめんね。
お母さん、圭ちゃんとの『約束』が守れなかったみたい……」
「先生、早く!
お母さんを助けてください!」
俺の手も母の血で真っ赤に染まっていった。