第七十一話
翌朝、学校に行く準備をしている白石に声を掛けた。
「白石、おはようございます。
あれから白石のメール宛に、誰かから連絡はありましたか?」
「おはようございます、お嬢。
今のところ、誰からも連絡はありません」
「そうですか……。
もし、白石宛にメールがあったのなら、もう、この件は終わりになるかもしれないと思っていましたが……。
やっぱり『犯人』は、まだ何かを仕掛けてきそうですね」
「お嬢。
昼休みは、いつものベンチで過ごしてください。
あそこなら職員室も近いですし、俺も目を光らせておけるから、『犯人』も手を出せないでしょう」
「ありがとう、白石。
私なら大丈夫だよ」
昼休みになって、演劇部の更衣室でジャージに着替え、トイレに向かった。
個室に入って鍵を掛ける。
しばらくすると手荒い場の蛇口を捻る音と共に水が出る音が聞こえてきた。
私はトイレの個室の中で、じっと天井を見ていた。
『キュッ』
蛇口の水が止まる音がした。
『ガタッ』
トイレのドアの上から、青いバケツが覗いた。
……やっぱり。
青いバケツがゆっくりと私に向かって傾いて来るのがわかった。
私は手を伸ばしてバケツを押し返すように力をいれた。
ぐぬぬ……。
もし『犯人』が、この学園の生徒だとしたら、私は体力に自信がある。
絶対負けない!
相手も力があるのか、しばらくバケツの押し合いが続いた。
ぐぅぅぅ……。
力を込めて押し返した瞬間、バケツがグラリと向こう側へ傾き、落ちていった。
『バシャーン』
「キャァ!」
個室の扉を開けると、全身びしょ濡れになったエビちゃんが目の前にいた。
「エビちゃん……。
どうして……?」
「は?
どうして?
アンタが嫌いに決まっているからじゃない」
エビちゃんが半笑いをした。
「……私、エビちゃんに何か酷い事をしたかな?
……ごめんね。
私、馬鹿だから、どうして嫌われちゃったか、分からないよ」
「……フン。
馬鹿なら知らなくていいわ」
「エビちゃん、演劇部の更衣室に私の制服とドライヤーがあるから。
良かったら、それに着替えて髪を乾かし……」
「そういうところよ!
そうやって、偽善者ぶるアンタの何もかもが嫌い!」
エビちゃんは、そう言って制服が濡れたまま、走ってトイレから出て行ってしまった。
「エビちゃん……」
昼休みが終わり、教室に戻ると、エビちゃんは午後の授業を早退していた。