第六十九話
放課後になって、黒川がいつもの駐車場で待っていた。
「お嬢。もう少ししたら青田君が迎えに来るから、今日は青田君の車で帰ってくれ」
「いいですけど……。
黒川、どうして?
……!
もしかして、また学長室に呼び出されているのですか?」
「いや、違う。
ただ、今日あった出来事を、白石君が学園長に報告するだけだ」
「じゃあ、違わないじゃないですか。
青田と同じように、白石まで……」
「青田君が言っていただろう?
『僕達は、何も悪いことをしていない』って。
お嬢は何もしていない。
だから、堂々としていたらいい」
「青田は何もしていない。
だけど、青田は学校を辞めさせられた。
悪い事をしていなくても、辞めなければならないなんて。
そんなの絶対……」
「お嬢。この話は屋敷に帰ってからにしよう」
黒川が私の言葉を遮った。
こんな事は初めてだ。
いつもなら、私が納得するまで話を聞いてくれた黒川が。
「お嬢。お待たせ」
青田が迎えに来たのを見て、黒川が走り去った。
私は黙って青田の車に乗った。
「…………」
青田がカーラジオを掛けていたので、車内にニュースが流れていた。
青田とは、ずっとギクシャクしたままだ。
折角、二人きりになったのだから、何か話をして、この場を和まさなければ……。
「…………」
何を話せばいい?
こんな時に限って、緊張して何も話せなくなる。
「ねぇ、お嬢。
久しぶりにゲームをしよう」
突然、青田が声を掛けてきたので、びっくりした。
「ゲーム?」
「そうそう。
昔、よくしていたゲーム、覚えてないかな?
お嬢と僕で、今日1日で嬉しかった事と悲しかった事を1つずつ発表し合うの」
「あー」
私が黙ってしまうと勝手に始まる青田のゲーム。
「まずは僕からね?
嬉しかったことは、隣の二階堂さんが旅行土産に饅頭を持ってきてくれたこと。
皆が帰ってきたら、一緒にお茶しようよ」
「あー。
そうですね……」
今の状況で、皆と一緒にお茶する気分にならないけれど……。
「悲しかったことは……。
久しぶりに僕一人で屋敷にいたことかな?
この屋敷にいるとね、色んな音が聞こえるんだよ。
2階の足音や、赤井君のエレキギターの練習音、お嬢が廊下を駆け抜ける音、黒川君がお嬢を探す声……。
今日は、2階のバルコニーにずっといたんだけどね。
風の音しかしなくて、小鳥のさえずりしか聞こえてこなくて。
悲しい……、というより、寂しかったかな」
「青田……」
「さて。次はお嬢の番だよ」
「私は……」
バックミラー越しに青田の笑顔が見えた。
「私は……。
もう、黒川から聞いているかもしれませんが、今日は、白石と私が一緒にいるところの写真を教室に貼られていて……」
「うん。
知っている。
……それで、嬉しかったことは?」
「嬉しかったこと……。
白石が……。
白石が、青田と私のために怒っていた事でしょうか。
白石、いつも『家族じゃありませんから』とか『俺には関係ありませんから』と、言って、他人に無関心なのに」
「フフ……」
「……?」
「僕たちの答えは同じだったね」
「同じ?」
「皆が傍にいるから嬉しくて。
皆が傍にいないと、寂しくて悲しい」
「……うん」
スカートの上にボタボタと涙がこぼれ落ちた。
駄目だ。
また白石に怒られてしまう。
「お嬢。
『人の心』は複雑だけど、今の僕たちは案外単純に似ているのかもしれないね」
「……うん」
「皆が帰ってきたら、お茶にしよう?
ね?」
「……うん」