第六十五話
その日の放課後、騒ぎを起こした当事者として青田、担任の白石、保護者の黒川が学長室に呼び出された。
騒ぎの原因を作ったのは私なのに。
「黒川。私も学長室に行きます。
黒川も白石も知らなかった事ですから、私が学園長に説明しなければ」
「お嬢。説明なら僕がする。
僕達は何も悪い事をしていない。
だから大丈夫だよ」
青田が微笑んだ。
「でも……。
私が原因なのに、何故、三人が呼び出されるのですか?
どうして私だけ呼び出されないのですか?」
「心配するな。
学園長はお前の爺さんと旧知の仲だったし、俺達が学生だった頃からこの学園にいた。
青田君の説明を聞いた後は、昔話でもするつもりだろう」
黒川も笑顔でそう言ったけれど、きっと心の中では笑っていない。
昨日、黒川に『何でもない』と、嘘をついてしまったから。
「今日は赤井君達と一緒に先に帰ってください。
数学の宿題の期限が明日までだったでしょう?」
「……はい」
結局、皆に迷惑を掛ける事になってしまった……。
私は、この状況をまだ知らない赤井と桃と一緒に帰り、二階のバルコニーで黒川達を待った。
黒川達の車が見えると、急いで玄関に向かった。
「おかえりなさい。
学園長は、何と言っていましたか?」
「誰かのイタズラだったって事で話が終わったよ」
青田がにっこり笑った。
「そうですか。良かった……」
一安心して黒川の方を見ると、黒川がそっと目を逸らした。
「……」
「それにしても、あんな事をしたのは誰でしょうか。
早めに犯人を見つけなければ、またお嬢に何かしてくるかもしれませんね」
「白石、いいですよ。
クラスがあれだけ大騒ぎになったのだから、しばらくは何もしてこないと思います」
「だったら良いのですが……」
翌朝、制服に着替えてキッチンへ行くと、黒川が朝食の味噌汁を器によそっていた。
「黒川、おはようございます。
それ、良かったら運びますよ?」
「おはよう。
……。それなら、お前の味噌汁だけ運んでくれるか?
お前に全て任せると、大惨事になりそうで怖い」
「ム! 大丈夫ですよ!」
「ハハハ」
黒川が小さいトレーに味噌汁の入った汁椀を一つだけ乗せ、カウンターの上に置いた。
「お嬢」
トレーを持ってキッチンから出ようとすると、黒川に呼び止められた。
「ん?」
「お前と赤井君と桃は、しばらく俺の車で通学する事になったから」
「白石は忙しいのですか?」
「……ああ。まあな」
「別にいいですよ?
白石が教師になるまでは、ずっと黒川が送り迎えをしてくれていたから」
「……ああ。そうだったな」
黒川は残りの汁椀を大きいトレーに乗せ、私の後ろを歩いた。
食卓で、赤井と桃が朝食のおかずを並べて待っていた。
「あれ? 白石は?」
「白石君なら、用事があるから先に行ったよ」
「青田は……。
いつも通り、のんびりしているのですね。
たまには皆と一緒に朝食をとって学校に行けばいいのに」
「あれ? お嬢、聞いてないの?
青田君なら、昨日で学校を辞めて……」
「桃」
桃が言いかけた言葉を黒川が遮った。
「え? 何で?
青田はそんな事を言っていませんでしたよ?」
黒川の方を見ると、黒川は黙って私の顔を見返した。
「……。
学園長に何か言われたのですね」
「え? 何?
青田君がどうかしたの?」
昨日の事を知らない赤井と桃が、不安そうに私と黒川を見ている。
「お嬢。それは違う」
「だって、おかしいよ。
どうして急に青田が辞めてしまうの?
白石は?
白石が早く学校へ行ったのも、もしかして……」
「お嬢。お前のせいではないから心配するな。
早く朝飯を食って、学校へ……」
「心配するなって、安心しろって……。
そんな言葉で安心できるわけないよ!
学校なんて行かない。青田の所へ行ってくる」
「お嬢、待て」
私は黒川の制止を無視して部屋を出た。
青田の部屋に行く途中、廊下にパジャマ姿の青田が現れた。
「あれ?
お嬢、学校へ行く時間じゃないの?」
「青田こそ……。
……学校に行かないのですか?」
「あー。
もう少しのんびりしてから行くよ」
青田が微笑む。
「嘘。桃から聞いたよ?
青田、学校を辞めたのでしょう?」
「アハハ。何だ。知っていたのか」
「青田……」
「お嬢。今、僕が学校を辞めたのは自分のせいだとか思っているでしょ?
昨日、言ったよね? 僕達は何も悪い事をしていないって」
「じゃあ、どうして学校を辞めるの?」
「僕が学校を辞めたのは僕自身の問題で、お嬢には関係のない事だよ。
だから、ほら。早く学校に行って?
お嬢が学校に行かないと、皆心配するから。
イタズラの事なら大丈夫。
白石君が守ってくれるから」
「青田……」
「早く行って! ……ね?」
青田が悲しそうに笑うから、これ以上何も言えずに学校へ行くことにした。