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第六十二話

 結局、青田に謝りそびれたまま、白石の車で学校に行った。


 いつも以上に授業内容が頭に入ってこない。


「エビちゃん、お手洗いに行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 黒川は青田に謝ったのかな。

 今日は黒川が迎えに来るから、その時聞いてみよう。


 トイレの個室でそんな事を考えていると、上からトイレットペーパーが降ってきた。


「痛ッ……」


 トイレットペーパーは私の頭に当たり、そのまま膝の上に乗った。


 誰かが投げ入れた?


「あの……。ご親切にありがとうございます。

 でも、トイレットペーパーなら足りていますので……」


「……」


 反応が無い。

 天井から降ってきたのか?


 そう思って見上げると、青いバケツが見えた。


「え? あ、ちょっ……、……!」


あっという間もなくバケツに入っていた水が私の頭上に落ち、私は全身水浸しになった。


「ギャー! あッ……、痛っ」


 空っぽになった青いバケツも落ちてきて、上手く私の頭にはまった。


「だ、誰ですか?」


 頭からバケツを取ると、クスクスと笑う声一緒に、パタパタ走る足音が遠ざかっていき、私が個室のドアを開く頃にはその姿がなかった。


 どうしよう……。放課後まで二時間あるのに……。



 仕方がないので、教室のロッカーに入れてあったジャージを持って保健室へ向かった。


 廊下ですれ違う人達が、ずぶ濡れになった私を見ている。

 み……、見ないで下され。恥ずかしい……。



 タイミング良く保健室には誰もいなかったので、ベッドの間仕切り用のカーテンを引き、そこでジャージに着替えた。


「……お嬢?」


 着替え終えてカーテンを開くと、私の姿を見て驚いた顔をした青田が立っていた。


「お嬢、そこで何をしているの?」


「あ……。青田」


「髪が濡れている……。どうして?」


 青田が私の髪に触れた。


「え……、っと……」


「制服も……。濡れているよね?」


「あー。今日は暑いから水浴びがしたくなって。……ハハ」


「僕に嘘なんか付かなくていいよ」


「ハハ……。……」


 いつも、冗談を言えば冗談で返してくれる青田が真剣な顔で私を見ているから、堪えていた言葉と涙が同時に溢れてきた。


「……最近、学校で変な事ばかりが続いているのです。

 青田達が描いてくれた舞台用の背景が破かれていたり、上靴に画鋲が沢山刺さっていたり、教科書に落書きされていたり……」



 小さい頃は何でも青田に話していた。


 黒川や白石に怒られたこと、桃や赤井と喧嘩したこと、誰かに意地悪されたこと。


 青田は「うん、うん」と返事をして、誰かを責めるわけでもなく、私の話が尽きるまでずっと聞いてくれた。



「気のせいだと思っていたのに。

 今日はトイレの個室でバケツに入った水が落ちてきて……」


 あの頃は、青田が話を聞いてくれるだけで気持ちが晴れて、いつの間にか別の話題に変わって青田と笑っていた。


「そう言えば、家庭教師の佐藤ミサが最後に言っていました。

 私を陥れようとしている人間が近くにいるって……」


「何それ。何で黙っていたの?」


「それは……」


 私は、青田に言った事を少し後悔した。


「青田、お願い。皆には……、黒川達には言わないで」


「言わないよ。誰にも」


 そう言って、青田はぎゅっと私を抱きしめた。


「青……」

「さち子」


 声がしたので振り返ると、保健室の扉の向こうにエビちゃんが立っていた。


「さち子、何をしているの?」


「エビちゃん……」


「ずぶ濡れで何処かへ行くところを見かけたから、探しに来たんだけど」


「エビちゃん、何でもありませんから」


「何でもないって……」


「君、彼女のクラスメイトかな?」


 エビちゃんが青田を見ると、青田は私を抱きしめたまま、エビちゃんに聞いた。


「……ええ。そうです」


「じゃあ、白石先生に伝えておいてもらえないかな?

 彼女、具合が悪いようだから、今から早退するって」


「……。はい」


「エビちゃん、待って……」


 エビちゃんは私の顔を一瞬見たけれど、黙って保健室から出て行った。


「青田。早退しなくていいよ。

 あと二時間ぐらい、大丈夫ですから」


「次、ホームルームだよね?

 ジャージ姿で髪が濡れているお嬢を見たら、白石君が黙っていないだろう?

 屋敷に戻って、その制服も乾かさなきゃ」


「でも……。黒川と帰る約束を……」


 見上げると、青田との距離が近すぎて、私の言葉は小さく消えてしまった。


「ん? 何?」


「いえ……」


「黒川君には連絡しておくから心配しなくていいよ?

 あ。確かあの棚にタオルがあったはず」


 青田はベッドの横の収納棚を開け、タオルを取り出して私の肩に掛けた。


「行こう?」


「う、うん」


 既に授業が始まって静まり返った廊下を青田と一緒に歩いた。


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