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第六十一話

「お嬢ー。

 晩ごはんが出来たってー」


桃が私を呼びに来た。


黒川とケンカをした時は、大抵桃が私の部屋に来る。


別に黒川とケンカしているわけではないけれど。


「お嬢ー。入るよー?」


桃が私の部屋に入る。


「お嬢。黒川君と何かあった?」


「別に……。何もないですよ。

 黒川が何か言っていたのですか?」


「ううん。

 青田君が怒っていたからさ」


「青田が?」


そう言えば、黒川が私の迎えを忘れていたわけではなかった事を、まだ青田に伝えていなかった。


「……。何もないのなら別にいいや。

 お嬢、晩ごはんを食べに行こう?」


「あ。う、うん」


桃がニコッと笑いながら手を差し出してきたので、私は桃の手を取り、一緒に手をつないで食卓に向かった。



テーブルの上には既に料理が並んでいた。


肉豆腐と白和えと豆腐の味噌汁……。


黒川、どれだけ豆腐を買ったんだ?


「いただきます」


いつもなら必ず誰かが話題を振って、皆好き勝手に話し始めるから、割りと賑やかな食卓なのに、今日は誰も喋らない。


静かだ……。


食器の音だけが妙に響いて、居心地の悪さになかなか箸が進まない。


そんな空気の中、青田が口を開いた。


「黒川君。

 今日、お嬢を置いてけぼりにして帰ったよね?」


「あ……、青田、違……」


「お嬢が中庭で黒川君を待っていたのに」


「違います、青田。

 私も黒川も勘違いしていただけですから……」


「お嬢。

 僕は黒川君に聞いているから」


「……」


いつも笑っている青田の顔から笑みが消えている。


こんな青田を見るのは初めてだ。


私は次の言葉が出なくなって、持っていた箸をぎゅっと握りしめた。


「青田君、済まなかった。

 お嬢と一緒に帰ってくれたんだってな」


「黒川君。何故、僕に謝るの?」


「青田君。

 お嬢も勘違いだったって言っているんだし、良いじゃない。

 ね? お嬢」


桃が何とかこの場を収めようとして、私の方を見た。


「う、うん」


「良いか悪いか、桃が決める事じゃないよね?」


「青田君が決める事でも無いよね?」


そう言って、青田と桃が睨み合った。


「や……、止めてください、二人とも。

 青田、どうしたのですか?

 私の代わりに言ってくれているのは分かるけれど……。

 青田らしく無……」


私がそう言いかけると、青田は食べ終えた自分の皿を持って席を立った。


「待って、青田」


私も自分の皿を持って、青田の後を追いかけた。


「青田……」


青田は振り向かず、キッチンに入った。


シンクの前に立ち、自分の皿を洗い始める。


「青田。あの……、さっきは……」


「駄目だね、僕は」


「え?」


「お嬢が悲しそうにしている姿なんか見たくないのに。

 今、僕がお嬢を悲しませている」


「青田……」


「黒川君に置いてけぼりにされて悲しそうにしているお嬢の姿が、過去の自分に重なって」


「……」


「ごめんね、お嬢。

 僕は『僕らしく』いることに、少し疲れてしまったみたいだ」


私は青田の視界に入っていないのに、黙って首を横に振った。


たぶん青田は、私が『青田らしく無い』と言おうとした事を気にしている。



人と上手くやっていく為、時には自分の気持ちを押さえなければならない。


いつも笑顔でいる青田は、普通の人の何十倍も何百倍も自分の気持ちを押さえてきたのだろう。

 

「お嬢には、ずっと笑っていて欲しいから」


食器を洗い終えた青田が、蛇口の水を止めて振り返った。


「……」


青田は私の顔を見て、悲しそうに笑った。


「本当に駄目だね、僕は……」

 

そう言い残して青田がキッチンから出て行った後、黒川がキッチンに入って来た。


黒川が食器を洗い始めたので、私も片付けを手伝う。


「お嬢。今日は悪かった」


「え?

 あー。私も勘違いしていたから」


「後で青田君に謝っておく」


「うん」


私も青田に謝らなければ……。


「だから、青田君の事は心配するな」


「うん」


「明日、必ず迎えに行く」


「え? あ、うん」


何故だろう。


黒川達となら、すぐ仲直り出来るのに……。


青田と仲直りするのは難しいような気がしていた。


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