第五話
これは早く教室に行って、じっとしていた方が良いな。
何かのオブジェと間違えてくれるかもしれないし。
「ごきげんよう。……って、さち子?」
「エビちゃん!」
エビちゃんは高校一年からこの学園に編入してきた、唯一無二の親友だ。
ちなみにエビちゃんの名前は本当に『エビ』だ。
『海老で鯛を釣る』のエビになるようにと、親の期待を一身に背負わされた、何とも可哀想な子である。
そのまたちなみに私の名前は『さち子』で、何故『幸子』と漢字にしてくれなかったの? だからいつまでたっても幸せになれないんだよ。可哀想。という共通点から友達になったのである。
まあ、私が『さち子』と呼ばれるのは学園内ぐらいなので、割とどうでも良い話だが。
「どうしたの? さち子、その姿」
「エビちゃん、よくこの姿で私だと気が付きましたね」
「当たり前じゃない。
そんな姿で出歩けるのは、この学園でさち子ぐらいよ」
え? 私って、こんな姿で出歩けちゃうイメージなの?
「さち子のそんな飾らない所が好き」
いや。今、めちゃくちゃ飾っていますよ?
この破れて私の頭が突き出た真っ赤なチューリップハット。
なかなかのアクセントだと思いませんか?
まあ良い。
エビちゃんに私だと認識してもらえただけでも良かった。
私達は永遠に親友だよッ!
「席に着いてください」
あ。授業が始まる。
……良かった。
エビちゃんにくっついていれば、今日一日が、あっという間に終わりそう。
「このクラスの担任が、とある事情で辞めましたので、新しい担任を紹介します」
とある事情って何だ? 何をしたんだ? 先生よ。
「このクラスの担任と化学を担当する白石先生です」
「キャー!」
黄色い声援。
白石? 白石って……。
……!
やっぱりお前かー!
白衣なんか着て、何を企んでいるんだー!
白衣は似合っているけどね!
ん? 前担任の『とある事情』って……。
まさか!
いやいや。考えるのは止めておこう。無だ、無。
ここは黒川の『般若心経』だ。
黒川の低い声って、結構癒されるよね。
ヒーリング効果だよね。グゥー。
「そこの赤い奴」
あ。ついつい居眠りをしてしまった。
赤い奴って誰? 誰のこと?
「そこの赤い帽子から頭の先が突き出ている奴だ」
え? 私?
……と、言うか、白石。屋敷では敬語で話すのに、何で黒川みたいな口調になっているの?
「授業中に派手な帽子を被って何をしている」
いえ。何故こうなったのかは白石先生の方がよくご存じかと。
一時間前まで一緒に過ごしていましたよね?
「早くその帽子を脱げ」
鬼か? 公開処刑だよね?
「いえ。脱げませぬ」
「何故脱げない」
「頭が……。帽子にめり込んでしまったからです」
「ハッ! 面白い。俺が脱がしてやるわー!」
キャー! 助けて、PTA会長!
この暴力教師を何とかしてください。
権力を与えてはいけない人物がここにいますよ!
ぐぎぎぎ……。
「……。授業を始める」
白石、あっさり諦めた。
黒川と違って、執着心とパワーが足りませんな。
……て。
白石が中途半端に引っ張ったせいで、突き出ていた頭部が伸びて『ドジっ子ミーちゃん』がますます怨念キャラになってしまったのですが。