Wikimedia(ウィキメディア)
夏のホラー企画作品です。
七不思議の一つっぽく書いたつもりですが文字で恐怖を表現するのはやっぱり難しいです
7月15日
中学校では期末試験を終え目の前に迫りつつある夏休みへの期待で浮わついた雰囲気に包まれていた。
そんな中PCルームの中で汗だくになりながらパソコンに向かう少年がいた。
豊平有喜
新聞部の部長である有喜は夏休み前最後の校内新聞の仕上げを行っていた。
普段PCルームは授業以外での生徒の使用を禁止している。そのため部屋には有喜一人しかおらず、パソコンを叩く音だけが響いている。有喜は新聞部のデータが入っているために他のものよりも古いパソコンが妙に気に入っていた。
パソコンの音が止まったと同時に有喜は大きなため息をつき椅子に寄りかかった。
「ふぅ、終わった。あとは先生にチェックしてもらえば帰れるな」
思ったより早くに仕事を終えた有喜はインターネットを開いた。
普段禁止されている学校のパソコンで遊べるという背徳感が有喜の心を踊らせていた。
好きなゲームやマンガのサイトを一通り巡ったあと、有喜は検索サイトで友達の名前を検索し始めた。
頭の悪い友達の同姓同名が医者をやっていたり、優等生が指名手配されていたりと明日の話題には事欠かないほど面白い情報が集まった。
有喜は最後に自分の名前を検索した。氏名ともにメジャーではない自分の同姓同名はいないだろうと諦めながらも。
検索結果は1件
画面には巨大オンライン参加型百科事典Wikimediaの見出しが表示されていた。
Wikimediaに自分の名前の記事があるとは自分のことでないとわかっていても胸が踊る。有喜は嬉々として検索結果をクリックした。
開いたページは概要も無く経歴のみの簡素なものだった。パッと見この豊平有喜という人物、歴史的偉人どころかWikimediaに掲載されるような目立った経歴を持つ人物とは思えなかった。
しかし有喜はこの経歴に既視感を覚えた。
「これ…僕のことだ…」
出身地、誕生日、通っている学校名
その全てが今パソコンに向かっている豊平有喜のそれと同じだった。
有喜は背中が冷たくなるのを感じた。誰が、何のために自分の記事を書いたのか。いや、それどころではない。このページには有喜本人ですら覚えの無いような細かい経歴まで記されていた。
初めて立った日時
初恋の相手
学校の窓ガラスを割って逃げ出したこと
豊平有喜の全てがそこにあった。
どこかに冗談だと書いてないか。すがるような想いで画面を見回した。
しかし願いとは裏腹に明かされるのは自分も知らない自分自身。
そして最後の行、
『7/15 16:42 新聞の原稿を顧問に渡そうとするが帰宅しており無駄足に終わる』
有喜は時計を見上げた。現在の時刻は16:30。手元には作り上げたばかりの新聞の原稿。
「これは、未来の出来事?」
そう呟いた瞬間有喜は吹き出した。
なんともばかばかしい。過去を暴かれるのは気味が悪いが未来の出来事まで書かれてはいくらなんでも荒唐無稽すぎる。冷静に考えればここに書かれていることのほとんどは自分でも心当たりの無い出来事。おおかた友達の誰かが悪質なイタズラを試みたのだろう。
犯人探しは明日にするとしてさっさと帰ろう。
有喜は原稿を手に取り職員室へ向かった。提出の時間は17時頃と伝えてある。先生が忘れて帰るなどありえない。
「先生なら奥さんが倒れられたとかで今しがた帰られたよ」
職員室で有喜を待ち受けていたのは信じがたい言葉だった。有喜は半ば無意識に時計を見た。時刻は16:42。
空となった顧問の席に原稿を置き足早に職員室を出る。PCルームに戻りまだ電源のついたままのパソコンの前に座ると、画面には豊平有喜のWikimediaページ。見間違いなどではない。このページには有喜の未来が記されていた。
信じられない気持ちで画面を見つめていると突然画面が更新された。マウスやキーボードには一切触れていない。勝手に更新したページには新たな一文が追加されていた。
『7/15 17:14 頭に石をぶつけケガをする』
有喜は周りを見渡した。このページを更新している者が近くにいて自分に石を投げつける機会を伺っているのではないかと。
人の気配はない。このまま17:14までこの部屋にいれば回避できるのだろうか。しかし門限もあるし遅くなった理由を信じてもらえる自信もない。有喜は意を決して学校を後にした。
道中、有喜はしきりに後ろを振り返りながら歩いた。17:14は目前に迫っている。警戒を強めていると突然叫ぶ声が響いた。
「あぶない!」
その声にとっさにカバンで頭をかばいその場に伏せる。その瞬間目の前に野球のボールが落ちてきた。グローブをつけた小学生が謝りながらボールを拾い戻っていった。有喜にボールが当たることはなかった。
「回避できた…?」
胸を撫で下ろし有喜は立ち上がろうとした。が、靴紐を踏み派手に転倒する。痛さと恥ずかしさの中、有喜は立ち上がり額に手を当てる。ヌルッとしたイヤな感触がする。開いた手を見ると赤い血で染まっていた。驚いて地面を見ると転んだ場所にはこぶし大の石。
「そうか、ボールじゃない。石を…ぶつけて」
有喜は傷口を押さえながら逃げるように家まで走った。
幸いなことに出血に比べて傷口は浅く、ガーゼをあててしばらくすると出血は収まった。しかし有喜の心には大きな恐怖が残った。石を投げつけるのであれば予告するのは大したことではない。しかしあそこで転んだのは誰にも介入することのできない全くの偶然だ。いったい誰があのページを更新したのか。たとえ自分があのページを見ることを止めてもこれから先ずっと自分の情報を全世界にさらされ続けるのか。
「そうだ、削除依頼」
有喜は自室のパソコンの電源をつけ自分の名前で検索をかける。
検索結果は0件
「あれ、消えてる?」
検索する単語を変えたりしてみたが結局ページを見つけることはできなかった。ふさわしくないページとしてすでに削除されたのか。それとも目的を達して自ら消えたのか。腑に落ちない幕引きにもやもやした気持ちが拭えず、有喜はその日眠ることができなかった。
その気持ちは朝が来ても消えることはなかった。有喜は放課後、新聞の手直しがあると理由をつけてPCルームへと入った。いつも使っているパソコンの電源をつける。ここで削除されたことが確認できれば気持ちが晴れるだろうと信じて。
検索結果は1件
有喜の期待は脆くも打ち砕かれた。
ページを開くと昨日見た内容が変わらずそこにあった。一度削除してまた投稿された?こんな長い内容を?
有喜はまさかと思い隣のパソコンの電源をつけ同じように検索をかけた。
検索結果は0件
他のどのパソコンで検索しても豊平有喜のページは存在しない。新聞部専用の古びたこのパソコンでのみ、有喜の過去と未来がWikimediaに現れた。
削除依頼なんて何の意味もない。何度も避けられない未来を見せつけられては精神がもたない。もう忘れよう。有喜はページを閉じようとマウスに手を伸ばした。しかしマウスを動かそうとしても画面のカーソルはピクリとも動かない。マウスが外れてしまったのか。有喜が確認しようとした瞬間、カーソルがゆっくりと動きだした。ひとりでに動いたカーソルは更新ボタンに重なったところで止まった。
カチ
クリック音とともにページが開き直される。
画面には豊平有喜の新たな経歴
『7/16 16:30 自転車にぶつかり捻挫』
もちろん有喜は操作していない。
カチ
続けざまにクリック音が響く。
『7/18 08:12 排水溝に落ちる』
避けられない未来の経歴が有喜の心を真綿でしめつけていく。
「もう、やめてくれ!」
有喜はパソコンの電源ボタンを押す。だがどんなに押しても画面は消えない。有喜はパソコンを放り電源コードを抜いた。それでもWikimediaは更新を続ける。
カチ…カチ…カチ
クリック音の間隔が短くなっていく。
それに合わせて表示される未来は全て有喜の身に降りかかる災難。その内容はだんだんと過激になっていく。
『8/5 13:04 食中毒により入院』
『8/8 07:55 院内感染により肺炎』
『8/24 11:44 プールで溺れる』
『9/2 8:10 車にはねられ骨折』
有喜は画面から目をそらすが、乾いたクリック音が容赦なく耳を刺す。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
有喜はたまらず部屋を飛び出した。
まだ耳に音がまとわりつく。有喜は耳をふさぎ目を閉じ一心不乱に逃げる。
「誰か助けて」
繰り返し祈りながら走り続けた。
そして、有喜の意識が途切れた。
誰もいないPCルーム。奥にあるパソコンだけが明かりを放っている。
画面にはwikimediaのページ。タイトルは豊平有喜。
カチ
静寂の中に大きく鳴り響く一つの音。
ページが更新される。
新たに表示されたのは訂正文。
『このページには誤った情報があったため訂正されました。』
『7/16 14:44 階段から転落し死亡』
最後まで読んでいただきありがとうございます。
学校の七不思議にもそろそろIT化の波が来てもいいかと思い今回のお話を考えました。
念のため名称を変えましたがwikimedia、元はあれです。
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