水道水がぬるすぎる
[ガチャ・・バタン]
電話を終えたようで、彩はドアを開けて玄関でバタバタとサンダルを脱ぎ、部屋に入ってきた。
「ふ~っ、暑かった、とんでもないよこれは。・・え? えっ!! な、なんだと、あーっ!! あ~っ!!! わ、私のアイスがっ!!! 全部食べちゃったの!? な、なんでこんなことに~っ!!!」
彩は部屋に息を切らして駆け込んでくるなりショックな表情を見せながら頭を抱えてとんでもない大事件が起きてしまった、と2歩3歩、フラフラと力なく片手を伸ばしながら足元もおぼつかず歩み寄ってきた。
「いや、でもアイスが溶けてきちゃってたから、つい一口、一口とね・・」
自分の少しの留守の間に“オアシス”を占有してしまった篤郎の方を睨みつけ、彩はアイスを見た。棒にせいぜい一口分程しか残っていない。篤郎の手までアイスが溶け落ちている。彩は額の汗を拭って、冷静になろうとふーっと一息ついた。
「・・これはあれだね、弁償だね・・こんなことになってしまった以上は・・」
「いや、あの、でも君がー・・。いや、は、はい」
「じゃ、買ってきて! 今すぐにっ! 外出ちゃったから暑くてもうだめだ・・早く! あーもう耐えられない!!」
彩は篤郎に詰め寄って篤郎のアイスを持っている方の手をむんずと掴んだかと思うと、アイスの棒に残っていた一口分のアイスをパクッと食べた。険しい表情をしながらも口をもぐもぐさせながら目をつむっている。
今は何も話しかけるなよ、と文句を言いたげな篤郎を手で制していたが、最後の一口分のアイスを堪能するにつれ次第にその表情は和らいでいった。
バニラアイスを味わい終えた彩は、何かを悟ったかのような穏やかな表情から目をゆっくりと開けて篤郎のアイスのどっぷりついている手をじっと見た。すると篤郎の顔を恨みがましく睨みつけた。
「・・あんた、ほぼ全部食べた上に今やこの部屋の唯一の“オアシス”だった、アイスをこんなに無駄にするとは・・」
彩は篤郎の腕を掴み、手首のところまで溶けて流れているアイスをもったいなさそうに見つめ、悲しげだった。
篤郎は最後の一口分が残っていたはずだったアイスの棒を見つめながら、あ~っと嘆息し、彩の顔を残念そうに見た。
「・・ふう、どうしようもない事態だなこれは・・。よし、何とか5分は持たせる! 早く買ってきて! ほらっ! 早く! GOだ!!」
彩が篤郎の背中をバシンとやると、篤郎はその勢いに圧倒されてすぐに立ち上がった。
「あ、あぁ! とにかくすぐに行ってくるよ!」
篤郎はバニラアイスの棒をキッチンの三角コーナーに捨て、溶けたアイスクリームでベトついている手と腕を水道の蛇口をひねって出てきた水ですぐに洗い流し、軽く手の水を切りながら驚いたように蛇口を見つめ、その後、彩の方に驚きの表情を向けた。
「・・水道水、ぬるすぎる・・。一瞬、お湯かと思ったわ・・。今日一体どんだけ暑いんだよ・・」
そう言うと、彩はそうだろうよ、と険しい表情で投げやりに頷いた。
篤郎は手を拭く間も取らずにテーブルの上に置いてあった財布をさっと手に取り、玄関に腰を下ろして、かかとが固定できる走れるタイプのサンダルを急いで履いた。
「あっ、『オロナミンC』も買ってきて~」
篤郎がサンダルを履きながら、彩の方を振り向いて頷くと、彩は薄目を開けながらフラフラと崩れ落ちるように横座りして、辛そうな表情で手をクネクネと振っていた。
篤郎は玄関のドアを勢いよく開けた瞬間から走り出した。近くのコンビニまではダッシュなら2分といったところだ。それにしても外の暑さはものすごい。
家の前の4車線道路に出て信号に目をやると運良く進行方向の交差点の信号は青だった。
横断歩道を走って渡りきった所で、ふと4車線道路の反対側の歩道に目をやると、見覚えのある姿が目に入った。宮越あおいがコンビニの袋をぶら下げて歩いている。篤郎は走りを緩めて、宮越あおいに手を振りながら声をかけた。
宮越あおいも3年生だ。
「あおいちゃーん!! どうもでーす!!」
声のする方向にキョロキョロと宮越あおいが顔を向け、篤郎を見つけておーっ! と口を開けた後、微笑んだ。