正体
ロジーナは目を覚ますと、ゆっくりと起き上がった。
傍らに一人の女性がいる。
会ったことも見たこともない人だったが、ロジーナはとても懐かしいと感じた。
「お母さん?」
ロジーナは、なぜかそう思った。
ロジーナは両親の顔を知らない。
両親の名前すら、どんな人だったかも何も知らない。
物心ついたときには、すでに独りぼっちだった。
女性――フィオナは微笑むと、ロジーナを優しく抱きしめた。
憶えている。
お母さんの香り。
顔は名前も憶えてなかったけど、この甘い優しい香りは覚えている。
ずっと会いたかった。
もう二度と会えないと思っていた。
「私、死んだの?」
ふとロジーナの口から出た言葉にフィオナはうなずいた。
「人としてのあなたは死にました」
フィオナの言い方に、ロジーナは何かがストンと腑に落ちた気がした。
ロジーナは人間でなくなってしまった。
いや違う。
もともと人間ではなかったのだ。
元の姿に戻っただけなのだ。
ロジーナには分かっていた。
自分は誰なのか。
自分はいったい何者であるか。
「お母さん。私……」
「おかえりなさい。ウィドゥセイト神も、あなたが帰ってくるのを楽しみしておられたのよ」
フィオナは優しく微笑む。
冥界の王・夜の支配者ウィドゥセイト神。
それがロジーナの父だ。
ロジーナは人間であって人間ではない。
冥界の王ウィドゥセイト神と人間フィオナとの間に生まれた、神の娘だ。
「さあ、お父様がお待ちよ」
フィオナに促されて、ロジーナは立ち上がると歩き出した。
廊下には薄い闇が漂っていた。
穏やかな静けさの中を、二人の衣擦れの音が響く。
ロジーナは歩きながら感じていた。
今までの感覚と全く違う。
まるで宙を浮いているかのようだ。
自分の身体は、こんなにも軽いものだったのだろうか。
それだけではなかった。
感覚が研ぎ澄まされている気がするのだ。
集中力が極限に達したときの感覚と似ている。
しかし、ここまで研ぎ澄まされた感覚になったことは、経験したことがなかった。
今なら、その気になれば、世界の果てで起こっていることすら、手に取るようにわかる気がする。
この世で起きているすべてのことを感じるのだ。
もうロジーナは人間ではなくなってしまったのだ。
ロジーナはハッとして立ち止った。
急に鼓動が早くなる。
なにかある。
なにか、とても重要なことがある。
ロジーナは必死に記憶をたぐり寄せた。
「師匠……。師匠は?」
ロジーナは息苦しさをおぼえ、両手で胸をおさえた。
クレメンスはどうなったのだろう。
もしかして……。
ロジーナは浅い呼吸をしながら辺りをキョロキョロと見回した。
「ロジーナ。大丈夫よ。落ち着いて」
フィオナがロジーナの両肩を優しくポンポンとたたいた。
ロジーナはフィオナの顔を瞬きもせずにじっと見つめる。
フィオナは優しい笑みを浮かべながら目でうなずくと、あやすようににロジーナの肩を抱きながら一室へといざなった。