噴火口
クレメンスはとっさにシールドを張り、ロジーナの後を追っていた。
本来であれば、時間稼ぎをするのはクレメンスのはずだった。それをロジーナが代わってくれたようなものだ。冷静に判断すれば、自分は避難するべきであった。ロジーナもそれを望んでいた。
クレメンにスにはわかっていた。
自分が追いかけたところで状況が好転することはない。無駄な行為になるのは確実だった。なんら利益を生まない。それどころか不利益のが大きいだろう。自分は避難しなければならないのだ。
頭では理解していた。だが、感情がそれを拒否した。
彼女一人を逝かせるわけにはいかない。
***
ロジーナはすぐそばに魔力を感じた。
よく知っている魔力の気配だった。紛れもない、ロジーナの師匠クレメンスの魔力だ。
「なんで……」
ロジーナは戸惑っていた。
救いたかった。救える可能性があるのなら、自らの命と引き換えにしてもいいと思った。
だから噴火口へ飛び込んだのだ。
「お前ひとりで逝かせはしない」
クレメンスは、ロジーナの脳内に直接語りかけてきた。
「どうして?これじゃ私が犠牲になった意味がないじゃないですか」
ロジーナは叫んだ。
「お前を見捨てないと約束しただろ?」
「そうじゃなくて。協会は? 国はどうするんですか?」
クレメンスは魔術師協会の会長であり、国の重鎮でもあった。クレメンスを失うことは、協会にとっても、国家にとっても大きな痛手となる。協会や国のためにも生きていてもらわなければならない。
「私に何かあっても問題ないように、後進を指導してきたつもりだ」
ロジーナにはクレメンスの言っていることが分からなかった。が、分かりたくはなかった。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
ロジーナが救いたかったのはクレメンスただ一人。国も協会も関係ない。ロジーナにはそんなものはどうでもよかった。他の誰でもないクレメンスには無事に生き延びてほしかった。
クレメンスがいたからこそ、ロジーナは何のためらいもなく噴火口に飛び込んだのだ。
「お前のいない世界になど未練はない。お前と死ねるなら本望だ」
「師匠……」
ロジーナの視界が歪んだ。
マグマの熱のせいなのか、そうではないモノのせいかは、ロジーナには判断できなかった。