登山
カルロスは飛翔術を使い、ひたすら山を駆け登っていた。
ときおり、山が唸るように揺れる。
肌がチリチリする。
余震が起きるごとに、山の内部から感じる力が大きくなっていくのを感じていた。
一刻も早く、山頂付近にある噴火口にたどりつかなければならない。
**********
エナプロトス山が突然火山活動をはじめた。
エナプロトス山は火山ではあったが、ここ三百年ほどはずっと休眠状態だった。
つい先日まで、全く火山活動の兆しはなかった。
それでも過去に大噴火を起こしたことがあったので、山頂付近には監視用の魔晶石とゲートが設置されていた。
すぐさまゲートを使って山頂の様子を直接確認することができるはずだった。
ところが、突然はじまった余震でゲートが破損し、監視用の魔晶石も使い物にならなくなってしまった。
山頂で何が起こっているのか全く分からなくなってしまった。
師範魔術師ともなれば、瞬間移動するのにゲートは必要ない。
その場所をよく知っているか、よく知っている魔術師がいる場所になら瞬間移動することができる。
だが、山頂の様子が全く分からない状態では、瞬間移動することはできない。
無理をしてよく分からない場所に瞬間移動しようとすれば、失敗して異空間に閉じ込められる危険性が高かった。
誰かが自力で山頂に行くしかなかった。
カルロスは真っ先に名乗りをあげた。
カルロスは肉体派だ。
体力勝負なら誰にも負けないと自負している。
ここは自分の出番だと思った。
それに、誰かが山頂に到着するのをヤキモキしながら待っていることなどできない性分なのだ。
**********
噴火口の近くに立ったカルロスは、思わずめまいをおぼえた。
地熱のせいなのか、辺りは山頂とも思えないあたたかさだ。
凄まじい圧迫感がカルロスを襲う。
辺りの景色が歪んで見える。
いつ噴火していももおかしくない状態だった。
カルロスは肩で息をしながら、クレメンスに報告をした。
すぐさまクレメンスをはじめとした数名の師範魔術師が、カルロスの傍に現れた。
「カルロス。ご苦労だった」
クレメンスはそう言うと、師範魔術師たちと目で合図を交わした。
師範魔術師たちは噴火口を取り囲むような体形をつくると、呪文を唱えはじめた。
ゆっくりと指を動かし、慎重に着実に魔力を編んでいく。
それぞれの魔力が複雑に絡み合っていく。
師範魔術師たちの額に汗がにじむ。
呪文の詠唱が終わった。
編み込まれた魔力が七色に輝き、結界が完成した。
辺りを包む圧迫感が一気に和らいだ。
カルロスはふぅっと息を吐くと、ゲートの修復をしようとした。
その瞬間、山が唸った。
ゲートに亀裂が走る。
「師匠。これじゃあゲートの修復は……」
カルロスは肩を落としながら言った。
大がかりな結界でも余震まで抑え込むのは無理だったようだ。
余震が続くこの状況では、ゲートを修復しても、すぐに使い物にならなくなるのは明らかだった。
「そうだな。思ったよりも状況が悪い……」
クレメンスはため息をつきながら言った。
カルロスは他の魔術師たちを見まわした。
みな、表情が硬い。
熟練した彼らでさえ、この結界を維持するだけで精一杯なのが見て取れた。
「避難が終わるまでもちそうですか?」
「なんとも言えんな。状況によってはお前に加わってもらうことになりそうだ」
クレメンスは顔色を変えず、いつもの口調でそう言った。
しかし、内弟子として長い間傍で見てきたカルロスには、クレメンスにも相当な負荷がかかっているのがわかった。
カルロスはもう一度、魔術師たちの様子をじっくり観察する。
ここにいるのは師範魔術師の中でも優秀な者ばかりだ。
いわば、魔術師協会の精鋭部隊。
この面子ならば何の不安もないはずだった。
しかし、今はただの緊急事態ではない。
極限状態に近い。
誰かが倒れる可能性もじゅうぶん考えられた。
その時には自分が代わりに入ることになるだろう。
カルロスはかなり疲れていた。
果たして、今の自分の状態で代わりが務まるのだろうか。
「んじゃ、俺は寝ます。ヤバそうなら起こしてください」
カルロスはそう言うと、ゴロンと横になった。
少しでも体力と魔力を回復しておかなければならないと考えたからだ。
「カルロス。私の足元で休みなさい」
この結界を維持するには、その場から動くことはできない。
起こすには、カルロスの位置は遠すぎる。
クレメンスはそのことを言っているのだ、とカルロスは気がつき、起き上がると、クレメンスのそばに移動し、再び横になった。
「師匠。あんまり強く蹴らねぇでくださいよ。俺は繊細なんで」
カルロスは目をつぶりながら言った。
クレメンスは「フン」と鼻を鳴らした。