魔術師協会本部
魔術師協会本部に設置されたゲート――瞬間移動用魔方陣の中に、ロジーナは姿を現した。
ロジーナはゲートから出ると、魔術的な装飾を施された大きな扉の前に立った。
扉の中央には魔晶石がはめ込まれている。
ロジーナはそこに手をかざし、意識を集中させた。
魔晶石がピカっと輝き、扉全体が淡い光に包まれる。
扉は音もなくスーッと横にスライドした。
通り抜けようとしたロジーナの足が止まる。
扉の向こうから流れ込んできた空気に、ロジーナは息苦しさを感じたのだ。
いつもの穏やかな協会本部とはまるで違う空間に、ロジーナの動悸が早くなる。
ロジーナは気をとりなおし、大きく深呼吸すると、扉の向こうに続く通路を歩き出した。
ロジーナの横を、一人の魔術師が足早にすり抜けて行った。
前方に、忙しなく行き来する魔術師たちの姿が見える。
騒がしいなかにピーンと張りつめた緊張感がある。
一足ごとにロジーナの息苦しさは増していった。
ロジーナは緊迫した空気にのみこまれそうになる。
「ロジちゃん」
突然、ロジーナは肩を叩かれた。
「なにしてんの? こんなとこで」
振り向いたロジーナの顔を、体格のよい年配の女性が覗き込む。
「タチ姉」
ロジーナは、よく知ったタチアナの顔を見てホッと息をはいた。
「呼び出しが、ちょっと気になったから……」
ロジーナは視線をキョロキョロと動かしながら言った。
また一人、ロジーナの横を魔術師が駆け抜けて行った。
「ああ、それならだいじょぶよ。あらかた片付いたから」
タチアナはニッコリと笑いかける。
ロジーナは、なぜかその表情に不安をおぼえた。
胸がざわざわする。
「住民の避難も終わったし、今、フランクが報告に行ってる」
タチアナは明るい声で言った。
「うちの師匠たちは?」
ロジーナはタチアナの顔をじっと見つめながら言った。
何か引ひっかかる。
何か見落としている気がする。
「ん?クレ君たちは念のために結界張ってるんじゃなかったかなぁ」
タチアナは相変わらず笑顔のままだったが、わずかにロジーナから瞳を逸らしていた。
「そう……」
なにかおかしい。
この違和感はなんだろう。
とりあえず行ってみよう。
ロジーナは意識を集中させ、師であるクレメンスの気配を探す。
見つけた。
術を使おうとしたロジーナの手をタチアナが抑える。
「行かない方がいい」
タチアナが先ほどとはうって変わった真剣な表情で言った。
ロジーナは驚いてタチアナの顔を凝視する。
「ほら、あれよあれ。今ごろ撤収してるから、行き違いになっちゃうとね」
タチアナはカラッとした笑顔をつくった。
ロジーナは眉間にしわを寄せながら、タチアナの顔を見つめる。
さっきのタチアナは、いつものタチアナではなかった。
どう考えても不自然だった。
「嫌ぁねぇ。みんなすぐに戻ってくるわよ」
タチアナはニコニコしながらロジーナの肩をポンとたたく。
ロジーナは、相変わらず疑り深い目でじっとタチアナの顔を見つめている。
「おお、そだ。あー忘れてた、忘れてた。年とると忘れっぽくなって嫌ぁねぇ」
タチアナはわざとらしく手をポンと打った。
「マル君。さっきの書類だけどー」
タチアナは大声で叫びながら、向こうに見える人影を追って行ってしまった。
ロジーナは眉間にしわをよせたまま、タチアナを見送った。
タチアナの姿が見えなくなると、ロジーナは視線を落とした。
すっきりしない。
何かがおかしい。
明らかにタチアナは何かを隠している。
なぜだかひどく嫌な予感がする。
やっぱり、この違和感を解決するには、現場に行ってみるしかない。
ロジーナは再び意識を集中する。
クレメンスのすぐ近くに、兄弟子カルロスの気配もある。
他にも熟練した師範魔術師たちの気配を感じる。
ロジーナは術を完成させると、彼らの気配を頼りに、現場へと瞬間移動した。