夜祭
村は朝から祭礼で賑わっていた。
日中は神輿や山車が村じゅうを練り歩いていた。
賑やかな音楽や歌声、掛け声や歓声がひっきりなしに響いていた。
ロジーナはそんな村の様子を窓から眺めていた。
村の祭りは、都の祭りとは比べ物にもならないくらい規模は小さかった。
それでも、祭りの独特の雰囲気は変わらなかった。
懐かしい。
ロジーナも昔は祭りに参加していた。
祭りのだいぶ前から準備に駆り出され、当日も山車や神輿で大忙しだった。
懐かしい記憶を思い出しながら、ロジーナはうつらうつらとしていた。
*****
あれはロジーナが内弟子として入門したばかりの祭りの日のことだった。
日が暮れると、ロジーナは独りぽつんと取り残されていた。
ロジーナは弟子の中でも最年少で、兄弟子達とは少し年齢が離れていた。
日が落ちると、兄弟子たちは思い思いの格好をしてさっさと出かけて行ってしまった。
ふと気がつくと、ロジーナの周りには誰もいなくなっていたのだ。
いくら賑やかとはいっても夜だ。
幼いロジーナは一人で出かけることはできなかった。
外の喧騒とは裏腹に、しーんと静まり返った室内で、ロジーナは頬をふくらませていた。
「おいていかれたのか」
振り向くとクレメンスが立っていた。
ロジーナは眉間にしわを寄せ、うんうんと大きく頷く。
クレメンスはかがんでロジーナと目線を合わせる。
「そんなに頬を膨らませたら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
ロジーナの頬はさらに膨らんだ。
クレメンスはロジーナの盛大に膨らんだ頬を押す。
ぶぅ。
奇妙な音をたてて頬がへこんだ。
ロジーナは眉間のしわを深くする。
「わかった、わかった。そんなに怒るな」
クレメンスはくすりと笑うと、ロジーナに向かって手を差しのべる。
「では姫君。参りましょうか」
ロジーナはいぶかしげにその手をちらっと見てから、探るようにクレメンスを見上げた。
「夜祭りに行きたいのであろう?」
ロジーナの顔がみるみる明るくなる。
「さあ姫君」
ロジーナは瞳をキラキラ輝かせ、手を出した。
外は昼とは別世界のようだった。
蝋燭で照らされた道を様々に仮装した人々が行き来していた。
広場には露店が並び、中央には山車が置かれ、その周りで踊っている人々や演奏したり歌っている人々もいた。
ロジーナは見るものすべてが珍しく、キョロキョロしっぱなしだった。
気がつくと橋の上に来ていた。
「ロジーナ」
クレメンスが夜空を指さす。
ロジーナはそちらに視線を動かした。
空には花火が上がっていた。
金色に輝く大輪の華。
はじめてみる打ち上げ花火に、ロジーナは口をぽかんとあけて見入っていた。
翌年も、その翌年も、ロジーナは兄弟子たちにおいてきぼりにされた。
そんなロジーナをクレメンスは夜祭りに連れて行ってくれた。
いつしかロジーナはクレメンスが夜祭りに連れて行ってくれることを楽しみに待つようになっていた。
祭りの日、ロジーナは日が暮れるとワクワクしながらクレメンスを待つ。
クレメンスは毎年必ずロジーナを夜祭りに連れて行ってくれるのだった。
*****
ふと気配がして目を開ける。
「起こしてしまったか」
どうやらクレメンスがひざ掛けをかけてくたようだった。
ロジーナは軽く首を横に振った。
「ちょっとうとうとしてただけ」
「そうか。体調はどうだ?」
クレメンスはロジーナの顔をのぞき込むように尋ねる。
「うん。今日はとてもいいわ」
ロジーナの身体はかなり回復していた。
特に日暮れ後は全快したといってもいいくらい絶好調になる。
「そうか。ならば久しぶりに出掛けるか」
クレメンスは微笑むとロジーナに仮面を差し出す。
今日はお祭りだ。
人々はみな思い思いの仮装を楽しんでいるのだ。
ロジーナは仮面をつけてみた。
ちょうどいい具合に火傷跡が隠れる。
「では姫君。参りましょうか」
仮面をつけたクレメンスが手を差し伸べる。
ロジーナはくすっと笑うと手を出した。
外はすっかり日が暮れていた。
今夜は満月だった。
村の中心へと向かう道の両側に、小さな足元行灯が設置されている。
仮装した村人たちが、月明かりと行灯の光に照らされる中を行き交う。
太鼓や笛の音。
楽しそうな人々の声。
まるで別の村に迷い込んだようだった。
ロジーナはクレメンスの後をついていく。
思えば、ずっとクレメンスの背中を追いかけていた。
すぐ目の前、手を伸ばせば届きそうなくらい近いのに、届かない距離。
絶対に届くことのない背中。
それをずっと追いかけてきた。
届かないと分かっているのに、追い求めずにはいられなかった。
永遠に届くことはないと思っていた……。
クレメンスが立ち止り、振り向いた。
思わずロジーナはクレメンスの腕にしがみつく。
「ん?どうした?体調がよくないのか?」
ロジーナは首フルフルと振って否定する。
ヒューーーー
音につられてロジーナは空を見上げる。
ドン
パラパラパラ
空に大輪の華が咲く。
ロジーナの脳裏に幼い日の記憶がよみがえる。
もう二度と見ることはないと思っていた……。
もう二度と見ることができないと思っていた……。
クレメンスがロジーナの肩を優しく抱く。
「こうしてまたお前と、見ることができようとはな」
ロジーナの胸がトクンと鳴った。
クレメンスも同じように想ってくれていたのだ。
心が満たされていく。
ロジーナはクレメンスに身体をあずけた。
クレメンスはそれにこたえるように、ロジーナを抱き寄せた。




