暴走
「そんな……」
ロジーナは呆然とクレメンスの後姿をながめていた。
分かっていた。人間のクレメンスにとって、自分は異質の存在だ。そばにいることは許されない。
しかし、クレメンスからの「もうお前の師ではない」という言葉が、胸の奥に小さな亀裂を生んだ。
もう二度と会うことも言葉を交わすこともできない。
その事実が実感を伴ってロジーナの心を浸潤していく。
一歩一歩遠ざかるクレメンスの背中。
分かっている。クレメンスがロジーナを突き離したのは、ロジーナが神の娘だからだ。決して疎ましく思ったからではない。
それでも、心の奥底からわきあがる感情がある。
見放された、と。
息が止まりそうなほど胸が締めつけられ、じわじわと瞳が潤んでくる。
「……言ったじゃない」
涙がぽろりとこぼれる。
ロジーナのまとっている銀色の光が密度を増してゆき、辺りの景色が蜃気楼のようにゆらゆらと揺れ始める。
感情が光とともに膨れ上り、あっという間にロジーナを飲み込んだ。
「見捨てないって言ったじゃない!!」
絶叫が空間を引き裂き、その亀裂はみるみる広がっていく。光は最高潮に達し、辺りの空気が震えた。
その時、突然、辺りが闇に包まれた。
「この未熟者め。出直してまいれ!」
地底から響いてきたような声が辺りにこだました。
闇はゆっくりと凝縮し、銀色の光を纏った男性の姿となった。
辺りは一瞬にしてもとに戻り、まるで何事もなかったかのようだった。ロジーナとクレメンスの姿がないことを除いては。
「案ずることはない。人間の寿命など、長くてもせいぜい百年だ」
ウィドゥセイトはフィオナにそう言った。
百年。確かに、悠久の時を過ごした神にとっては、瞬きするほどの短い時間であろう。しかし、ついこの間まで人であったフィオナにとって、百年はとても長い時間に思えた。
またしばらくの間、ロジーナに会えない。少しさみしい。
しかし、フィオナは何の心配も感じていなかった。娘の傍にはクレメンスがいる。娘が幸せならば、フィオナはそれで満足だった。




