決別
部屋の奥にはロジーナの骸が安置されていた。
ロジーナの遺体の損傷は激しかった。身体だけでなく、顔も焼けただれ、髪も熱によってチリチリになっていた。
真実を知っている母親のフィオナでさえ、正視に耐えない無残な姿だった。
できれば見せたくなかった。娘のこのような無残な姿を人目にさらすことは、フィオナにはとても耐えがたいことだ。
それでも、フィオナにはこれ以外の方法は思いつかなかった。
このような無残な姿をみれば、たいていの人間は嫌気がさすはずだ。これで諦めてくれるはずなのだ。
フィオナは自分にそう言い聞かせていた。
フィオナに促され、クレメンスはふらふらとロジーナの遺体に近づいた。そして、その姿を確かめるように、じっと眺めた。
「ロジーナ……」
そうつぶやくと、遺体の枕元にひざまずいた。
「ロジーナ。なんという姿に……」
まただ、と思った。
また、自分だけ生き残ってしまった。
また、守ることができなかった。
助けることができなかった……。
もうあんな悲劇は二度と起こしたくない。
そのために魔術の修行に打ち込んできたのだ。
今の自分は、あの時の無力な子供ではないはずだった。
それなのに、また、大切な人を守ることができなかった。
一番大切な女性を、こんな姿にしてしまった。
クレメンスはロジーナの顔をジッと見つめながら、優しく愛おしむように、その焦げ付いた頭部を撫で、まるで生きているかのように慈しみを含んだ声で語りかける。
「さぞや熱かったであろう。苦しかったな……」
できることなら、代わってやりたかった。
ロジーナはまだ若い。
厳しい修行を終え、やっと魔力を制御できるようになったばかりなのだ。
これからだった。これから人生を楽しめるはずだった。
希望に満ちた未来が待っていた……。
「ロジーナ……」
クレメンスはロジーナの手をぎゅっと握る。
ロジーナは強がってはいたが、繊細で傷つきやすく、いつも孤独と不安を抱えている子だった。
今もきっと、冥界を泣きながらさまよっているに違いない。
そばに行ってやらねばならない。
いや違う。
孤独に押し潰されそうなのは、自分の方なのだ。
逢いたい……。
ロジーナにもう一度逢いたい。
ロジーナのそばにいたい。
ロジーナのいない人生など考えられない。
もうたくさんだ。
そんな人生などいらない……。
フィオナは口をぎゅっとおさえ、顔をそむけた。
心が痛む。これ以上みていられない。
自分はなんとひどい仕打ちをしたのだろうか。母親である自分が注いでやれなかった愛情を、この男がずっと娘に注ぎ続けていてくれたのだ。それなのに……。
「すぐに私も逝く」
クレメンスの言葉にフィオナはハッとし、すぐさま視線を戻した。
まさにクレメンスが短剣を喉に突き立てるところだった。
間に合わない。
動転するフィオナの目の前で、突如、クレメンスの持った短剣が粉々に砕け散った。
フィオナがハッと振り向いた先にロジーナが立っていた。
フィオナはロジーナが短剣を破壊したのだと悟った。
ロジーナは淡く輝く銀色の光を纏っていた。その眩く神々しい姿は、彼女が既に人ではない、神の娘であるということを物語っていた。
「師匠」
ロジーナはクレメンスに駆け寄った。
「無事だったのか」
クレメンスは確認するかのように視線を動かし、ロジーナの頭から足の先までをながめた。
やはり……。
クレメンスは心の中で呟いた。
初めてロジーナを見た時から、薄々気がついていた。ロジーナの魔力には、質も量もただ桁外れだ、というだけでは説明のつかない何かがあった。他の者にはない異質な気配があった。大きなものを無理矢理小さな器に詰め込んでいるような不安定さがあった。
今、自分の目の前にいるロジーナは、そういう不安定さが全くない。これが本来の姿なのだろう。
「ごめんなさい。私……」
クレメンスはふっと嗤った。
「やはり人間ではなかったか」
「……はい」
ロジーナはこくりと頷く。
「そうか」
クレメンスは視線を落とした。
ロジーナは人間ではない。おそらく、この神殿の主――ウィドゥセイト神に連なる者なのだろう。
もはや人間である自分がどう足掻いても決して手の届かない、どうすることもできないくらい遠い存在になったのだ。もう、彼女は自分など必要ではない。役目は終わったのだ。
クレメンスは大きく頷くと顔をあげた。
「師匠?」
「私はもうお前の師ではない」
きょとんとするロジーナに、クレメンスはさらに続けた。
「お前はもう師など必要としない存在だ。そうだろ?」
クレメンスは何か言おうとするロジーナの頭をポンポンとおさえた。
「さらばだ、ロジーナ」
クレメンスはにっこりと笑うと、くるりと向きを変え、生者の世界――光り輝く扉に向かって歩き出した。




