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思い切る

 フィオナに促され、ロジーナは部屋に入った。

部屋の中は、霧がかかったように薄暗く、石のようなものでできた寝台がいくつか並んでいた。


ロジーナはゆっくりと部屋の中をみまわした。

「師匠」

ロジーナは寝台のひとつに駆け寄った。

そこにはクレメンスが横たわっていた。

クレメンスは身体に大きな火傷を負っているようだったが、胸は規則正しく上下していた。


生きている。

ロジーナはホッと息をつくと、崩れるように膝をついた。

眠っているクレメンスの顔をじっと見つめた。


今までの出来事が走馬灯のように浮かんでは消え、消えては浮かんだ。



 はじめてクレメンスに会ったときのことを、ロジーナはあまりよく覚えていない。

それくらいロジーナは幼かった。


ロジーナは物心ついたときには、すでに孤児院にいた。

幼かったとはいえ、ロジーナは他の子供たちと自分が異質であると感じていた。

ロジーナは感情が高ぶると、よく魔力を暴走させた。


孤児院で共に暮らす他の子供たちは、明らかにロジーナを恐れていた。

周囲の大人たちもそうだった。

ロジーナが感情を高ぶらせそうになると、まるで腫れ物に触るかのような言動になった。

大人たちは優しい微笑を浮かべてロジーナに接してはいたが、瞳の奥には怯えがあった。

ロジーナはそれを敏感に感じ取っていた。


子供たちのあからさまな怯えよりも、大人たちの隠した恐怖のほうが、ロジーナは怖かった。

いつもロジーナは怯えていた。

周囲に、そして自分自身に。


ある日、積もり積もった恐怖が爆発した。

覚えているのは、子供たちの泣き声、大人たちの怒声と悲鳴。

ロジーナは、恐怖にひきつり、忌み嫌うような視線に囲まれた。


何が起きたのかわからなかった。

どうしていいか分からなかった。

ただ怖かった。

助けて……。

ロジーナの心は声にならない悲鳴をあげていた。

そこに現れたのがクレメンスだった。


クレメンスからは、ロジーナに対する恐怖の感情を全く感じなかった。

ロジーナははじめて自分を怖がらない人間に出会った。

クレメンスはロジーナにむかって「私はお前と同類だ。お前は私たちの仲間だ」と言った。

「私とともに来なさい。安心しなさい。私は決してお前を見捨てない」そう言って、手を差しのべてくれた。

ロジーナはそれからのことは、ほとんど覚えていない。


その後、ロジーナは内弟子としてクレメンスに引き取られた。


ロジーナはけっして良い弟子ではなかった。

それどころか、ひどい問題児だった。


ロジーナは、いつまで経っても力の制御が上手くできず、癇癪を起しては、よく魔力を暴走させた。

不貞腐れて、クレメンスの元を飛び出したことも何度かあった。

それだけではなかった。

ロジーナは周囲ともうまく打ち解けられず、トラブルをよく起こしていた。

ロジーナがなにか問題を起こすたびに、クレメンスはその後始末に奔走していたように思う。

ロジーナが何度も問題を起こしても、クレメンスは根気よくロジーナを指導し続けてくれた。


クレメンスの粘り強い指導で、ロジーナは一人前の魔術師となることができたのだ。

クレメンスがいなかったら、ロジーナは人間ひとの世界で生きていくことはできなかった。



「師匠」

ロジーナはそうつぶやくと、クレメンスに触れようとして手を差し出した。

が、触れる寸前でそれを止めた。


もうロジーナは人間ひとではないのだ。

人間ひとであるクレメンスにとって、ロジーナは異質の存在なのだ。


ロジーナは差し出した手を握りしめ、そのままゆっくりと立ち上がった。

もう一度、クレメンスの顔をじっと見てから、思い切るように背を向けた。

そして、そのまま歩き出すと、部屋を後にした。

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