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迷宮1

冒険者に対する周囲の人々からの信頼は決して高いものではない。

Aランクともなれば英雄的扱いを受けることがあるものの、

基本的に彼らは無法者と認識されている。

例えBランクだったとしても、その例に漏れることはない。

AランクとBランクとでは、その知名度に天と地ほどの隔たりがあるのだ。

通常の商人にとってはBランク冒険者など、小耳に挟んだとしてもすぐに忘れてしまう存在である。


しかし、「気鋭の冒険者ティンダロス」などという一見チック・チックの糞ほども役に立たない情報を、カノンが忘れることはなかった。

記憶力には自信があったのだ。

そこらに居る一山いくらの商人より、遥かに多くの物事を知っているという自負もある。


だが、彼女は冒険者ではない。

それ故に、彼らに対して有している知識も表層的なものでしかなかった。

仮にカノンが、同業者の間で絶えることのない彼らの噂について知っていた場合、

決して彼女は彼らに依頼することを良しとしなかっただろう。

猟犬ティンダロスはしばしば、飼い主にすらその牙を剥く――





王都トルアトスを出て数時間、

最初俺が居た森よりも遥かに大きな森の中に迷宮はあった。

森の中であるにも関わらず、周辺に木々は生えていない。

地面が大きくせり上がり、天然の洞窟を形作っている。


「こんなのが自然に出来るものなのか?」


入口を探す途中チック・チックに揺られながら、荷台の横に座るカノンに尋ねる。


「ああ。迷宮に関しては謎が多くてね。出現するときは何かしら兆候があるらしいが……なんのために出現するのか、なぜ最初からこんな形なのかは未だに分かっていない」


「ふーん」


俺たちとペースを合わせてくれている《ティンダロス》の方を見る。

二人で一羽の《チック・チック》を乗り回しているらしい。

荷台に座ってそれを引かせるというようなことはせず、直接背中に跨っていた。


迷宮を外から壁伝いに進み、やがて入口の前に着く。


「さて。朝も説明したが、もう一度確認しておく」


テルヒムはそう前置きして、続きを口にした。


「この迷宮に階層はない。《アウドゥムラ》まで道が一本続いているだけの単純な造りだ。途中いくつか小枝のような道があって、魔物はそこから現れる。一度倒せば、後ろから挟み撃ちにされるといったことは無い。だから――」

「基本的にはテルヒム達が魔物を狩り、私がその後に続く、だな?」

「そうだ。中は暗いから松明を灯して進む。その明かりを目印に着いてきてくれ」


シュテークが「灯し火よ――《点火/Ignition》」と唱え、

松明に火を灯す。

それをロゼッタが受け取ると、《ティンダロス》の面々は迷宮へと歩を繰り出した。


「よし、じゃあ私も行ってくるよ」

「大丈夫だとは思うが、気をつけて」

「ありがとう。上手くいったら美味しい物でも食べよう」

「良いけど、あんまり高いのはダメだよ。ボクたちのキャラバンは金欠なんだからね」

「あはは、そうだったね」


カノンと軽口を交わす。

これが一応キャラバンとしての初行動になるんだ。

成功させないとな。

俺はそう意気込むと、《ティンダロス》の後を追った――。



中は迷宮というだけあって、幅の狭い道が続いている。

横一列に並べるのは三人が限界だろう。

四人以上だと、満足に武器を振るうのは難しそうだ。

暗がりの中、前方で揺れる松明を見失わないよう進む。


途中何度か魔物と遭遇したが、

露払いは任せろと言うだけあって、彼らの動きは統率の取れたものだった。

オリヴァスが敵の攻撃を受け止めた後、

テルヒムが曲刀で斬りかかる。

次いで、状況に合わせてシュテークが魔術を放ち、

仕留めたところをロゼッタが素早く剥ぐ。

手馴れた、隙のない動き。

危なげなく道を進んでいく。


数十分ほど歩いただろうか。

大分深いところまで来たところで、テルヒムが「さて」と口にした。


「ここまで来れば大丈夫だろう」


そう言うと、敵が居ないにも関わらず武器を構える。

銀の曲刀が、松明の火に照らされギラリと光った。


「まだ《アウドゥムラ》のところまでは距離があるようだけれど」


そう言うと、テルヒムは「ハッ」と吐き捨てた。

オリヴァスは顔を鎧で覆っているため分からないが、ロゼッタやシュテークもニヤニヤと笑っているのが窺える。


「なあアンタ、俺たちがアンタを《アウドゥムラ》のところまで連れていく、本気で思ってたのか?」

「――どういう意味だ?」


テルヒムは両手を広げ、見下すように笑った。


「自殺に付き合うため死地を掻い潜るのと女一人殺すの、どちらが楽かという話さ」

「私たちがこの辺の魔物に負けることはまずないでしょうが、万が一ということもありますからね」

「そうそう、最近は物価も上がって薬草だって馬鹿にならないしぃ」


成程な。

こいつら、最初から依頼を真面目にこなすつもりなど無かったらしい。

俺を自殺志願者だと踏んで、より楽に依頼をこなせる方法を取ったのか。


「迷宮の外には私の仲間が居る。彼女にはなんて説明するつもりだ?」

「《ティンダロス》は契約通り、無事に依頼主を《アウドゥムラ》のところまで送り届けた。しかし彼女は行ったきり、二度と戻ってこなかったのさ」


せめて楽に殺してやる、悪く思わないでくれよ――

そう言ってテルヒムが斬りかかってくる。

同時に、


「弧を描け 蒼の翼――《氷結/Freeze》」


援護するように、シュテークの杖から氷弾が放たれた。

銀と青、二種類の死が迫る。

逃げ場は無い。

仮に後ろを向いて走っても、すぐに追いつかれるだろう。

こうなった以上、取れる手は一つしかない。

躊躇している暇はなかった。

なりふり構わず、俺はスクロールに記されていた《力ある言葉》を詠み上げる。


「原初に乞う 一滴の火 はじまりの火 我らの敵を 灰に還せ――《灼熱/Burning》」


俺を起点として、文字通り灼熱が吹き荒れた。


「ば、馬鹿なッ 第五位階――」


シュテークが驚きの言葉を言い終える間もなく、

放たれた炎は氷弾を容易く飲み込み、《ティンダロス》に対しうねりを上げて襲いかかる。

味方を守るべくオリヴァスが盾を地面に突き立てるのを最後、視界が赤く染まった。


炎は徐々に静かになり、揺らめきを残すのみとなる。

光に照らされ、どろどろに溶けた盾や鎧が地面と溶けて混ざっているのが見えた。

肉や骨といった人の名残は一切残っていない。

ただ黒ずんだ、炭のようなものが四ヶ所に点在している。


この世界に来て、俺が初めて手にかけたのは人だった。

心臓は痛いくらいに鼓動を早め、冷や汗がびっしょりと流れる。

不可抗力だったとはいえ、俺が彼らをこんな風に変えってしまったのかと思うと、朝食べたものが食道にせり上がってきた。

思わずその場にしゃがみ込み、激しく嘔吐する。

動物を殺したときとは絶対に違う、どうしようもない嫌悪感。


胃の中の物を出し切った後、

焼け跡が目に入らない所まで進み、壁にもたれかかった。

回らない頭で今後のことをぼんやりと考える。

迷宮を切り上げカノンのところに戻るべきか、それともそのまま《アウドゥムラ》の討伐に向かうべきか。


別に《アウドゥムラ》を倒すのが義務というわけではないが、

今戻ったとして、再びここに来れる自信はない。

その場合、きっと心は折れてしまうだろう。

そうするとあの気の食わない王様に大きな貸しを作ることになる。


幸いというべきか、マナにはまだ余力があった。

恐らく後二発は打てるだろう。

先の炎の影響か、近くに魔物の気配もない。


毒を食らわば皿までだ。

後一度魔術を唱えれば帰れる。そう自分に言い聞かせると、ふらつく足取りで先へ進んだ。


明かりもないまま、真っ暗な通路を歩く。

運が良かったのか、途中で魔物に出会うこともないまま

狭い一本道から開けた空間に出た。

足を踏み入れた途端、四方に設置された炬火台に火が点る。

周囲に光源が満ちた。


中央には祭壇が置かれていた。

そこにあぐらをかいて鎮座する魔物。

体長は6,7m程度だろうか。

牛のような角を生やした頭に加え、筋骨隆々とした体格をしていた。

巨大な刺叉を携えており、その威圧感、存在感は今まで出会ったあらゆる生物と一線を画している。

牛というよりもデーモンと言った方が近い風貌。

これが《アウドゥムラ》で間違いないだろう。


魔物は侵入者を確認し、立ち上がると咆哮を上げる。


「グゥルルルルアアアアアアアア――!!」


それから舌なめずりをするように俺を見据え、口を開いた。


『よくもまあ懲りずに来たものだ。人の子よ 小さき者よ』


魂の芯に響くような、荘厳な声。

というか、言葉が通じるのか。

意外だった。

取り敢えず正体を聞いてみる。


「お前が《アウドゥムラ》でいいんだな?」


しかし、それはどうやら相手にとっても同様だったらしい。

驚嘆の声が上がる。


『貴様……我の言葉が分かるのか?』

「ん?普通に分かるけど」


分からないものなのか?

特にカノン達と違った言葉を話しているようには思えないが……。

そう言えばグレゴリー爺さんは「言語精霊と契約を交わした」と言っていたな。

その影響だろうか。


《アウドゥムラ》は昔を思い出すようどこか遠い目をした後、


『ふん、珍しいな。幻種の言葉を理解できる人間など我は一人しか知らぬ。

だが、それ故に悲しくもある。ここに侵入した以上、我は貴様を殺さねばならないのだから』


そう言ってのっそりと起き上がり、一歩ずつこちらに近づいてきた。

話が通じるとはいえ、どうやら交渉の余地は無さそうだ。


相手には悪いが、さっさと決めさせてもらうことにしよう。

出会い頭で悪いが、俺も色々と疲れてるんでな。


「原初に乞う 一滴の火 はじまりの火 我らの敵を 灰に還せ――《灼熱/Burning》」


《アウドゥムラ》の手が俺に届くよりも速く、詠唱が終わる。

同時に、炎が魔物の全身を包み込み、焼き尽くすべく燃え上がった。

視界を覆うほどの火が煌々ときらめく。


やがて炎が弱まり、視界が徐々に明瞭になる。

牛の丸焼き一丁上がりだ。

魔物が焼き尽くされたのを確かめるべく、

視界が完全に晴れるまで待つ。

だがそれは、信じたくない光景を俺にもたらすこととなった。


「嘘だろ……」


体中を焦がしてはいる。

しかし、Bランク冒険者を跡形もなく焼き尽くす程の魔術を正面受けて尚、

《アウドゥムラ》は変わらずそこに立っていた。





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