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準備

装備も整ったところで酒場に向かう。

お互い特に持つものなどはない。

手ぶらだ。

……ん?

いやちょっと待て。

俺はともかく、カノンが手ぶらなのはおかしくないか。

さっきは自分のことを商人だと言っていたのに。

それとなく聞いてみることにする。


「そういえばカノンは商人らしいけど、積荷や馬車は持っていないの?」


するとカノンは「しまった」という顔をした。

「あー……」と気まずそうに切り出す。


「実のところボクは一文無しでね。アリムがお金を持っていなかったらどうしようかと。いやはや、商人を名乗っておきながら面目ない次第だよ」


マジかよこいつ。人のお金をアテにしてやがった。

さっきの武具屋でのやりとりや、やるべきことを順序だててくれることからも優秀なのは間違いないが、なんか複雑な気分だ。

これくらいのことでキャラバンを解消する気にはならないけれど、

やり返したい気持ちに駆られる。

少しからかってみるか。


「じゃあお互いここまでの関係ということで」


背を向けて逆の方向に歩きだそうとする。


「まっ、待ってくれ!それは余りにも薄情じゃないかい……?」


涙目で引き止められた。


「だ、大丈夫、確かに僕はお金を持ってないが、それに見合うだけの働きはするさ!

残った資金で移送のための《チック・チック》を買って、《アウドゥムラ》を倒すクエストを出す。その上で、君を宿に泊めるお金だって捻出してみせようじゃないか!」


そう言った後で、「やっぱり宿は言いすぎたかもしれない……」と声を小さくする。


実際のところ、この世界の金銭感覚は全く分からないので

カノンがそういう役割を担ってくれるのはかなり助かっている。

俺一人なら、武具屋でボッタくられたとしても恐らく気づかなかっただろう。

それに、この金自体行きずりで貰ったものだしな。

別にキャラバン資金とすることに異論は無い。

むしろ、手を組むと言った以上は一蓮托生でいくべきだろう。


俺は笑いながら「冗談だよ」と返す。

カノンは安堵の息をついた後、からかわれたことを悟って頬を膨らませた。



「だからごめんってばー」


ムスっとした顔をして通りを歩くカノンをなだめたりすかしたりするものの、

中々機嫌を直してくれない。


「ふん、ボクがどれだけ焦ったのかも知らない癖に」

「悪かったって。少しからかいたくなっただけだよ。カノンのことは頼もしいと思ってる」

「本当に?」と聞かれたので「本当さ」と返す。

カノンの表情が柔らかくなる。どうやら許してくれたようだ。


「そう言えば、《チック・チック》って何なの?」


話題を変えるため、気になっていたことについて聞いてみる。


「ああそうか、君は転生者だから知らないのも無理はないね。

キャラバンを始めるなら必要なモンスターさ。

そうだ、なんなら先に《チック・チック》の方を覗いてみるかい?」



「お客さんは運がいい。丁度活きのいいのが入ってきましてね」

丸々と太った店の主人が、鶏とダチョウを足して2で割ったような生き物を連れてくる。

大通りでも何度か見かけた生き物だ。これが《チック・チック》か。

人懐こい上に馬力もあって、人や荷台を運ぶのにはうってつけのモンスターらしい。

だが、通りで見かけたのは例外なく白いトサカに黒い体毛をしていたのだが、

連れてこられた《チック・チック》は黄色いトサカに白と黒の斑模様だった。


カノンもこの色合いは初めて見たようで、

「普通とは色が違うようだが、大丈夫なのかい?」と確認している。

主人は「大丈夫どころか、長年この商売をやっていますがここまでの奴は稀ですな」と太鼓判を押す。


「お客さんは可愛いですし、初めてのキャラバンということで。門出を祝うという意味も込めてサービスさせて頂きますよ」


それを聞き、「へぇ」とカノンは目を細める。それから気合十分といった感じで袖をまくると、「よーし、じゃあアリムは外で待っていてくれ」と俺を店の外に押し出した。



外で待つこと数十分、結局カノンが連れてきたのは大通りで見かけたのと同じ、普通の《チック・チック》だった。


白黒のあいつはどうしたのか、と尋ねると


「奇をてらっていただけだったよ。確かに普通よりも速かったけれど、その分餌代が洒落にならない。

門出を祝うと言いながら、バッタ物を掴ませるつもりだったという訳さ」


逆にそれを脅しの種にして、格安で譲り受けてきたそうだ。

相変わらず凄い交渉力だ。

なんで俺と出会った時は無一文だったのだろう。

聞いてみると、「ボクだってたまには失敗するのさ」と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

どうやら思い出したくない話らしいので、深くは突っ込まないようにする。



《チック・チック》を引き、今度こそ酒場に向かう。

そういえばお昼を食べていなかったことを思い出し、

冒険者登録や《アウドゥムラ》についての情報収集ついでに、酒場で食事にしないか提案してみた。

だが、「それだけは有り得ない」と猛烈に反対される。


「少し我慢をしてでも、宿で食事を取るべきだ。《チック・チック》の糞よりはマシ、程度の食事にありつくために敢えて金を払うというのなら、僕は反対しないが」


そんなに酷いのか。

曰く、「酒場はお酒を飲む場所だからね。食事には期待してはいけない」とのこと。



宮殿から大分離れた先、王都の城門近くに酒場はあった。

まだ夕暮れ前だというのに、遠くからでも喧噪の声が聞こえてくる。

近づくと、店内では多くの男がビールをかっくらって肉を頬張っているのが見えた。

《チック・チック》を店の脇に待たせ、中に入る。


酒場に入り、登録出来る場所を見つけるよりも速く、好奇の視線が俺とカノンに集まっているのが分かった。

周囲でひそひそと声が上がる。


「おい、あんなに可愛い子ここに居たっけ?」

「いや、見たことねえな」

「お前どっちが良い?俺は銀髪の方」

「は?どう考えても黒髪の子だろうが。ぶっ飛ばすぞ」

「……お前とは分かり合えると思っていたんだがな」


突然取っ組み合いを始める席がちらほら。

おい、全部聞こえてるぞ。

容姿を褒められること自体に悪い気はしないが、

どうにも釈然としない。

ちらりとカノンの方を横目で見ると、

どこ吹く風、といった様子で酒場の受付嬢に話しかけていた。


「新しくキャラバンを組むことになってね。片割れを冒険者として登録しておきたいんだが」


おっとりとした顔の受付嬢がこちらを見て微笑む。


「冒険者登録ですね、かしこまりました。こちらの用紙にお名前をご記入ください」


そういって羊皮紙のようなものを手渡された。

条件反射のように「アリム」と書こうとして、すんでのところで思いとどまる。

そういえばこっちの文字なんて知らないぞ。

手を止めて困っていると、察してくれたのかカノンが代筆を申し出てくれた。

名前を書いて提出する。


「受理しました。以上で冒険者登録は終わりとなります」


え、もう終わりなの。

名前を書いただけで?


「はい。なるだけなら誰にもできるんですよ。

次に、ランクについて説明させていただきますね」


何度も繰り返してきたのだろう、流暢な話し口で説明がなされる。


「冒険者にはA~Fのランクが与えられます。

最初は皆さん一律に、Fランクからのスタートですね。

信用のこともありますから、Fランクの間はギルドから斡旋されたクエストしか受注することが出来ませんし、冒険者として得られる特典も限られています。

功績が認められた場合は昇格試験を受けることができますが、

そのときはまたお知らせすることにしています。

質問等あればどうぞ」


随分とあっさりした説明だ。

そう言うと

「冒険者の方は、その……体を動かす方が得意な方が多いですから」

と苦笑いされた。

最小限の説明に留めておかないと、パンクする奴が後を立たないらしい。

留めておいたにも関わらず理解されないことも多々あるらしいが。


「さて、これで私からは以上です。早速クエストを受注されますか?」

「それなんだが、クエストを募集しようと思っていてね――」


カノンがそう割り込み、受付嬢と募集の手続きを始める。

クエストの内容を説明した際、受付嬢は俺とカノンを見て驚いた顔をしたが、

すぐに元のおっとりした顔に戻った。

依頼が依頼だけに、ノービスがこんなクエストを募集することに戸惑ったのだろう。


「はい、クエスト【《アウドゥムラ》までの露払い】ですね。受理しました」


クエストの募集が完了し、後は宿でクエストの受注を待つだけとなる。

酒場を出る祭、折角なので疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「ここの人たちって皆底抜けな性格なんですね」


主にセクハラの方向で。

カノンが手続きをしている間、ひっきりなしにパーティーを組まないかと誘われた。

中には色々すっ飛ばして告白してくる奴すらいた。

勿論全部断ったが。


だが、そんな俺の副音声に気付くことなく、受付嬢は柔和な笑みを浮かべる。


「冒険者は死と隣り合わせですからね。

昨日酒を酌み交わした友人が次の日には《トラヴィス》の餌になっている、なんてことも珍しくありません。

いつ死ぬか分からないんだったら、せめて今を精一杯楽しく生きた方がいいじゃありませんか?」



次の日、早速クエストが受注されていた。

酒場でお互いに顔合わせをする。


「《ティンダロス》、王都トルアトスを中心に活動する気鋭のBランク冒険者チームだね」

「ははは、どうやら俺たちも少しは名が知られるようになったらしい」


青い髪を尖らせた青年が朗らかに笑う。


「まずは自己紹介といこうか。リーダーのテルヒムだ。主に遊撃と戦闘中の指示を担当してる。

で、タンクのオリヴァス。敵の攻撃はこいつが引き受ける。」


全身をプレートメイルに包んだ巨漢がこくりと頷いた。


「次にメイジのシュテーク。第二位階までの魔術が使える」


黒の長髪に白のローブをまとった、いかにも利発そうな男。


「その内第三位階まで使いこなせるようにしてやりますよ」

「おう、Aランクを目指す以上はそうなってもらわないとな!……で、最後にシーフのロゼッタ。このギルドの財布兼トレジャー担当だ」


オレンジ色の髪をした女が「よろしくねん」と麦酒の入ったグラスを持ち上げる。


「これが俺たち《ティンダロス》だ。《アウドゥムラ》までの露払いは任せてくれ」


次いで、こちらも自己紹介をする。

「私の名前はアリム、えーっと……メイジ?かな。こっちはカノン。

カノンは商人だから、今回迷宮には入らない。だから、私を《アウドゥムラ》のところまで連れて行ってもらうのが今回のクエストだ」


「おう、大船に乗った気持ちでいてくれ」と胸を叩くテルヒム。


「質問させてもらっても?」と白いローブの男……シュテークが手を挙げた。

「同じ魔を志す者として興味があります。一体お一人でどうやって《アウドゥムラ》を倒すつもりなんですか?」


核心を突く質問。

シュテークのみならず、テルヒム達も興味深そうな顔をしている。

だが、それに関して答える気はなかった。

カノンは既にこちらの素性を知っていたから話したが、

なるべく第五位階の魔術を使えることは伏せておきたい。

だんまりを決め込んでいると、「……分かった、深くは聞かねえ。シュテークもそれでいいな」とテルヒムがとりなした。


「俺たちはとにかくア……アリウムだっけか?済まねえな、名前を覚えるのは苦手でな。とにかくアンタを《アウドゥムラ》のところまで連れて行く。それでいいんだな」

「うん、それで頼む」


理解のある相手でよかったと胸を撫で下ろす。

「《アウドゥムラ》は確かに強力だが、迷宮内のモンスターは実はそれ程強くない。Bランク以上の冒険者ならば十分対処できるだろう」とは昨日のカノンの言葉だ。

《ティンダロス》なら実力面でも申し分ないだろう。

Bランク以上に対する依頼なだけあって、流石に報酬は高くついたらしいが。

カノンが「これだけあれば荷台はおろか、交易品だって十分な量を揃えられるのに!」と宿屋で嘆いていた。


「で、仕掛けるのはいつにすんだ?俺たちは別にいつでも構わねえが」


両手で顔を覆い、少し考える。

いくらカノンの値切りが上手かったといえど、

《チック・チック》を買った今、手持ちのお金は心許ない。

クエストの報酬を払ってしまったら、残り幾ばくかしか残らないというのは俺でも分かる。

ならば、早い内に越したことはないだろう。



「準備が整うなら、明日にでも」

「決まりだな」


よろしく頼む、とテルヒムと握手を交わす。



準備は整った。




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