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王宮


目を焼くほどの強烈な光は徐々にその輝きを鈍くし、

ようやく見開けるようになった時には周囲の光景が一変していた。

先ほどの狭い空間ではない、多くの人が居る広間の中心に立っている。


広間の内装は一言で言えば華美で豪奢、質素からは凡そかけ離れていた。

床には模様が、天井には絵がそれぞれ描かれている。

柱には一つ一つに細かな意匠が施されており、中央には絢爛と輝くシャンデリア。

奥に鎮座する巨大な玉座はそこに腰掛ける人物と相まって、衛兵や貴族、商人といった出で立ちの周囲を有象無象に感じさせた。


突然現れた俺を見て周囲がどよめき始める。

「なんだ今のは……」「何もないところに人が?」「魔術か?それもかなり高位階の」「いやしかし、何故それをこのような年端もいかぬ少女が……」

喧騒となりかけたそれはしかし、


「喧しいな」


玉座の人物が発した一言で静まった。

見た目は中年だが、中年特有の悲壮感などは一切感じさせない。

視線を交わした者が凍るかと思うほど鋭い眼光。

深紅のマントは彼のおどろおどろしさを一層醸し出させており、

見れば見るほどそのカリスマに目を奪われそうになった。

彼がここ……えっと、《トルアトス王国》だったか?の国王と見て間違いないだろう。


王がジロリとこちらを見据える。

同時に、周囲の視線が一斉に俺の方を向いたのを感じた。

プレッシャーが襲いかかる。

何か言わなくてはという威圧感。

喉をゴクリと鳴らして、おそるおそる口を開いた。


「あの、グレゴリーという人に言われてここに来たんですが……」


途端、再度ささやき声が満ち始める。

「グレゴリー?あのグレゴリー=ザムディン様のことか?」「トルアトス救国の英雄じゃないか」「消息不明だと言われていたが、生きてらしたのか……」


だが、国王はそのささやきを遮るかのように立ち上がると、パンパンと手を鳴らして告げた。


「本日の謁見はこれで終了とする。ヨーゼフと側仕えを除き、疾く退出せよ。尚、今耳にしたことの口外を禁ずる。破った者はそれなりの報いを受けるものと知れ」


そう命じるが早いか、一つ一つの柱の側に待機していた衛兵が動き出し、あっという間に人払いが済まされる。

ものの数分で広いホールには俺と王様、ヨーゼフと呼ばれたキツネ目の大臣、側仕えの4人のみとなった。

王は改めて玉座に腰掛け、口を開く。


「余こそは《トルアトス王国》が国王、カール=ロスマン=トルアトス4世である。転生者よ、余に対し名乗ることを許そう」


良く響く重低音。

「○○することを許す」なんて初めて聞いたぞ。

流石に王様だけあって喋り方も高慢だな。

まあここは下手に出ておくに越したことはないだろう。

でも、王様レベルの偉い人に対する話し方ってどうすればいいんだろう。


「お初にお目にかかります陛下、アリムと申します」


とりあえず敬語を使ってみたのはいいが、

お辞儀の仕方がまったく分からない。

頭を下げてはみたものの、キツネ目の大臣は気に食わなかったのかムッという顔をした。

だがカール王は別段気にする様子もない。


「アリムよ、ここに来る際にグレゴリーは何か言っておらんかったか?」

「いえ、特には……」

「そうか。転生者が現れた時には手紙を添えるよう言っておいたはずなのだがな」


念のため腰元を探ってみると、いつの間にか手紙が縫い付けられていたことに気づく。

あの爺さんいつの間にこんなことしてたんだ。

側仕えを経由して手紙を渡す。

カール王は封を開くとしばらく手紙に目を通していたが、やがて

「灯せ――《点火/Ignition》」

唱えたと同時、赤い火が手紙を焼いた。


「事情は分かった。アリムよ、そなたの命を救ったのは我がトルアトスの民だ。それはすなわち、そなたが我がトルアトスに救われたことを意味している。

――故に、余に奉仕する機会をやろう」


う、うん?

なんで手紙を読んでその結論に至った?

一瞬耳を疑うが、カール王は気にする風でもなく続きを口にする。


「半年ほど前、我がトルアトスの領内に迷宮が現れてな。それ以来魔物が活発になってきておる。冒険者が口を揃えて言うには、その迷宮には巨大な牛の魔物が居座っているらしいのだが、」


一拍置いて、


「現在は周辺に居る魔物の対応だけで手一杯でな。そこで、そなたに討伐に赴く誉れを与える。余に報い、トルアトスに報いよ。さすれば、余の庇護下に入ることを許そう」


「魔物相手に防戦一方なのは良くわかった。でもまずはこれを防戦してみろ」と言って殴りかかりたい衝動をこらえる。

冷静に考えなくても、とんでもないジャイアニズムだ

だが、ここで反抗的に接した場合、恐らく収拾がつかないことになるだろう。

今喧嘩を売るのが得策とは思えない。

状況が掴めない以上、主導権は完全に向こう側にあるからだ。


どう返答すべきか。

考えろ。

与えられた情報は少ないが、その中から最善の答えを導かなければならない。


必死に頭を動かしてここまでの流れを整理する。

そもそも、何故カール王はここに来たばかりの俺にこんなことを命じているのだろうか。

俺じゃないといけない理由は推測出来る。

牛の魔物を倒すだけの余力がこの国にはないのだろう。

だが、転生者であればそれが出来ると。


しかし、それをわざわざ今させる理由が分からない。

そう、問題なのは時期だ。

余りにも尚早過ぎる。

魔物を倒せという割に、事前に与えられている情報は明らかに少ない。


そこまで考えて、ふと一つの仮説が浮かび上がる。

恐らくだが、王国は俺を手駒にしたいのではないだろうか。

そう考えると、グレゴリーの爺さんが最低限のことしか話さなかった理由も説明がつく。

情報を統制し、トルアトスの民が俺を助けたという恩を着せることで、意のままに操れると踏んだのだろう。


パズルのピースが当てはまる感覚。

なるほど、良く分かった。

舐めやがって。

変な理屈をこねくり回していたが、結局俺が命を助けてもらったのは王国ではない、あの夫妻だ。

その恩をこの国、とりわけこの王様に返してやるつもりはない。


腹は決まった。

王国の手に余る魔物を俺が倒せるという以上、

求めるべきなのは王国の庇護を得て、カール王との上下関係に組み込まれることではない。

対等に物を話すことができる立場だ。

そのためのカードはある。

俺が転生者であるということそのものだ。


「お言葉ですが、国が討伐できないような相手を私が倒せるとは思いません」


まずはジャブ。

念のため転生者がこの世界でどれほどの存在なのか確かめなければならない。

カール王の眉がぴくりと釣り上がる。


「そなたは転生者だ。それが答えだ」

「何故転生者がそこまで特別な存在なのでしょうか?」


ここから転生者についての話を引き出させた上で、対等になるよう持ちかける。

そんな青写真を描いていたのだが、発言した直後、カール王からの視線が違うものになったのを感じた。


「ふん――成程な。ヨーゼフ、後はよきにはからえ」

カール王はそう言うと、もう興味はないとばかりに目を閉じる。

核心に入るどころか、ジャブすら当てる前に話をシャットアウトされてしまった。

交渉の余地は無いということか。

代わりにキツネ目の大臣がこちらへ近づいてくる。


「討伐についての説明は私からさせていただきましょう」


男にしては高めの声。


「魔物ついての情報収集は酒場で、装備は手頃な武器屋で行うといいでしょう。これらが円滑に進むよう、冒険者としての登録を済ませておくことをお奨めします」

「あの、私一文無しなんですが」

「それに関してはご心配なく。これをお使いください」


そう言われ、革で出来た袋を受け取った。ずっしりと重い。


しかし、お金だけもらってもどうにもならない。

魔物討伐について懸念していることを伝える。

転生者がどう凄いのか結局不明なままだし、第一俺は魔術を全く使えない。

だがキツネ目は「問題ありません」と言うと、側仕えに「例のアレを……」と指示する。

運ばれてきたのは青と赤、2種類の巻物だった。

大臣は王をチラリと見、「構いませんか」と声をかける。

王は目を閉じたまま頷き、キツネ目はそれを見届けてから赤の巻物をこちらに手渡した。


「いくらマナがあると言えど、通常ならば魔術の習熟には膨大な時間を要します。ですが、今アリム様に授けたのは《トルアトス王国》に代々伝わるスクロールにして第五位階の魔術《灼熱/Burning》。これは我がトルアトスの中でも秘中の秘となっておりまして――」


そこからこのスクロールがいかに貴重か延々と講釈される。

要約すると、どうやらスクロールを使えば、

それだけで練習することなく魔術を習得することができるらしい。

確かに便利だ。勿論、それなりのマナは必要となるらしいが。


それから転生者についての説明も受ける。

文献によれば、転生者はマナの含有量が常人よりも遥かに多いため、

死蔵していた高位階のスクロールも問題なく扱えるらしい。

要はマナに物を言わせて魔物を狩ってこいということだ。


結構滅茶苦茶なところもあるけど、こういうところはきちんと説明してくれるんだな。

いきなり放り出されたところで、討伐に向かう気はさらさら無かったが。

というか、いつの間にか討伐に向かう流れになっていることに今更気付いた。

まあ話を聞く限りでは大丈夫そうだし、しがらみを断つという意味でも受けるくらいはしてやるかと思い直す。

討伐した上で報酬を拒めば、トルアトスに対して貸しを作ることになるだろうし。

そうすれば、もう変な要求を押し付けられることもないだろう。


「忠告しておきますが、道中は決してご自身の正体を明かさないように。面倒なことになりますので」

「分かりました」


「私、転生者なんです」と言ったところで可哀想なものを見る目をされるのがオチだろうしな。

わざわざ言おうとも思わない。


貰えるものは貰ったところで「ではこれで」とお辞儀をして宮殿を発とうとする。

カール王は目を開くと、(まだ居たのか)と言いたげな顔をしてこちらを見た。


「三日くれてやる。準備ができ次第出立せよ」


はいはい。言われなくてもやってきますよ。





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