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魔道士

中に入った途端、空気が変わったのが分かった。

心霊ビデオを見たときに首筋がスっとするようなあの感覚。

ここは普通とは違う場所なのだと、直感で感じ取る。


殺風景だった外形に似合わず、家の中は雑多な物に溢れていた。

天井にはランタンがいくつも吊るされ、

棚には紫色の水晶や小さめの壺が所狭しと並んでいる。

部屋の中央、大きなテーブルには水晶の髑髏が置かれ、こちらを睨めつけていた。


そしてテーブルを隔てた向かい側、紙ではない……羊皮紙のようなものに羽ペンで何かを書き綴っている老人が一人。

年は70前後だろうか、長い白髪があちこち無造作に跳ねている。

見るからに偏屈そうな顔。

老人はしばらくペンを動かしていたが、やがて手を休めると席を立ち、羊皮紙のようなものを掴んでこちらに歩いてきた。

男が緊張した面持ちで老人に話しかける。

老人はそれに対し短く言葉を返し、すると男は安堵した様子を見せた。

男は俺の頭をぽんと撫で、かと思うと、くるりと踵を返して家から出て行く。


老人は男が出て行ったのを見届けると、次に俺の方を見た。

年を取っている外見の割に背筋は真っ直ぐ伸びており、

自然見上げる格好となる。

老人は手に持っていた羊皮紙のようなものを俺の頭上高く掲げ、おもむろに何かを呟き始めた。

なされるがままにしていると、元々非日常的だった部屋の空気が少しずつ、しかし確実に歪んでいくのが分かる。

そして、


「お、おお……!?」


突然俺の奥底から、何か別の力が噴出した。

飛び出た力は奔流となり、部屋の中を荒れ狂う。

今まで閉じていたものが一斉に解放される感覚。

味わったことのない全能感に包まれながら、感じていた心霊的な感覚の正体をこの力のことだと悟る。


暴れ狂うエネルギーは次々と部屋に飾られていた道具へ吸い込まれていった。

ランタンの火は一斉に灯り、耐え切れなかったのか、棚に並んでいた紫の水晶玉が次々に砕け散る。

こちらを向いていた水晶の髑髏はその色を黒から黄、緑、青と変え、強烈な赤になったかと思うと突然色を無くし、それから真っ二つに割れた。

だが、この部屋を滅茶苦茶に荒らしても、尚激流は止むことがない。


部屋全体が紫に強く輝き、轟々と唸りを上げる。

目の前の老人は苦しそうな表情をしながらも詠唱を続けた。

行き場を失くしたエネルギーはいよいよその勢いを増していき、部屋全体がミシミシと音を立て始める。


時間にすれば一瞬だったのだろうが、

何十分も経ったかのように感じた。

木屑がパラパラと降り注ぎ、いよいよ部屋が耐え切れなくなってきたところで老人の詠唱が止む。

同時に、何か白いチカチカしたものが目の前を通ったかと思うと、

渦巻いているエネルギーが急速にしぼんでいった。

徐々に俺の体に戻っていき、終いには完全に体に収まる。


「もう大丈夫じゃろう」


老人は額の汗を拭うとそう言ってため息をついた。

あれだけ逆巻いていた力も、今では体の奥で落ち着いているのが分かる。

やろうと思えばこの力を外に出すことも出来そうだ。

恐らくさっきの10分の1も満たないだろうが。

しかし、今大事なのはそこではない。


「あの……言葉が、分かるんですか?」


「分かるも何も今お主が契約したのじゃよ。この世界の、疎通を司る精霊とな」


言葉が通じるのが分かってほっとしたのも束の間、

また分からないことが増えた。

精霊?

この力といい、俺の常識からかけ離れたことばかりだ。


「しかし――」


そう言って老人は惨状となった部屋の中を見渡すと、「ふん」と鼻を鳴らした。


「お主のせいで、ワシが長年かけて収集した魔道具がほとんどガラクタになってしもうたわ」

「ご、ごめんなさい」

「謝る必要はない。ワシが未熟だったというだけじゃ。転生者を相手に、こうなることを予測できなかったのじゃから」


何か含みのある言い方だ。

転生者だとこうなって当たり前ということなのだろうか。

というか、そもそも転生者ってなんだ。ここは異世界ということか?

疑問が募る。


「私が転生者だって分かるんですか?」


あれ?

俺と言うつもりだったのが、勝手に私と口にしていた。

外見に引っ張られたのだろうか。


「分かるさ。昔から予言されておったからの。それに、前例も確認されておる」

「いるんですか?私みたいな人が他にも」

「居た、と言った方が正しいか。古い文献には載っているのじゃよ。異なる世界から来た者のことがな。

まあそれはさておき、言葉が通じるようになったところでまずは名乗っておこうかの。ワシはグレゴリー。村付き魔道士のグレゴリーじゃ。お主の名は?」


う。

早速名前を聞かれたか。

名前を聞かれたときのことなんて考えてもいなかった。

まさか言葉が通じるとは思ってなかったし。

えーと……まあいいや。適当に名乗っておこう。


「アリムです」

「そうか。アリムよ、すまんがワシから多くを説明することはできない。

王に口止めされておってな」

「何か理由があるんですか?」

「それも言えぬ。しかし、最低限のことは説明しておこう。

お主が居る場所の名前と、その身に宿る力の正体くらいは」


グレゴリー爺さんはそう言って続きを口にする。


「お主が居るこの場所は《ローディア大陸》という。

大陸にはいくつか国があるが、ここはその中の1つ、《トルアトス王国》の領内じゃ。

村の名前は……まあ、これは別に必要ないじゃろう。

それから、先程の力はマナという。

ワシら魔道士はマナを操り魔術とする。こんな風にな」


爺さんは人差し指を立てて言葉を紡いだ。


「灯れ――《点火/Ignition》」


指先から紫色の炎が浮かび上がる。

小説や漫画では定番だが、実際に魔術を目の当たりにしてみると中々違和感があった。

俺のいた世界では必要なプロセスが、一切省かれているからだろうか。

グレゴリー爺さんは遊ぶように炎の大きさを変えた後、手を振って消した。


「それで、じゃ。魔力を解放してすぐのところで悪いが、

お主には王宮へ向かってもらわねばならん。

転生者が現れた場合、できる限り早く面通しさせよというのが王のご意向でな」


随分と急な話だな。

人の住んでいる場所に出たと思ったら、1日もしない内に王宮に招かれるとは。

重要視されているのだとすればまんざらでもないが。

転生者というのはそれだけイレギュラーな存在なのだろうか。


別にそれは構わないが、王宮へ向かう前に一言、俺を助けてくれたあの夫妻に礼を言っておきたい。

その旨を述べると、しかしグレゴリー爺さんは首を横に振った。


「ならぬ。転生者を余り一般人に接触させるなと仰せつかっておる」

「でも、ここから王宮までは結構時間がかかるんじゃ」

「手間は取らせんよ。お主には転移の呪文で向かってもらう」


ううむ、なら仕方ないか。

また機会を見つけて礼を言うことにしよう。

「分かりました」と言うと、

爺さんは「その前にまずはこれじゃな」と言って、

床に散らばる残骸に目を向けた。

気にする必要は無いと言われたが、改めて見ると罪悪感がひしひしとこみ上げてくる。


「あの、片付けならお手伝いさせてください」

「要らんよ」


俺の申し出をぴしゃりと跳ね除けると、爺さんはまた目を閉じて口を開いた。


「欠片よ 併呑せよ 道を開け――《聚合/Sort out》」


すると、散乱した水晶片やランタンの残骸が一箇所にまとまり始める。

自分で掃除しないのかよ。

いや、一応自分でしてるのか。

便利だな魔術って。


部屋に空きが出来たところで、爺さんは部屋の隅に立てかけてあった、俺の肩程ある大きな羊皮紙のようなものを床に広げた。

大きな六芒星が紫に光り輝いている。

その淵には文様がびっしりと書き込まれていた。

いや、淵だけではない。六芒星自体が文様で出来ているのだ


これを書くのにどれだけの時間を要したのだろうか、見当もつかない。

爺さんは輝く六芒星を見つめながら「ワシが魔力を込めるまでもなかったか」と、小さな声で呟いた。

気のせいか、その顔には翳りが差しているようにも見える。

だが、すぐに素の表情に戻ると


「転移呪文のスクロールじゃ。中央に立ちなさい」


と促してきた。言われた通り中央に立つ。

爺さんは何度か深呼吸すると、目を閉じて静かに詠唱を始めた。


「流転 存在者よ 変位せよ 不確は故に 必定ではなく 万物は揺蕩う――《転移/Teleportation》」


爺さんが一言唱える度、羊皮紙の文様は一層輝きを強くし、淵の文様がぐずぐずと溶け始める。

文様が全て溶けると同時に、スクロールから強烈な光が立ち込めた。


全身をまばゆい光が包み、視界が白く染まる。




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