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背中から伝うガサガサした感触と共に目が醒めた。

目を開くと同時に視界に飛び込んできた情報から、どうやら自分は大変なことになっているようだと直感する。

朦朧とした脳は一瞬で覚醒し、慌てて背中を起こすと同時に周囲を見渡した。


深い緑が周囲を包み込んでいた。

木々が乱立し、ところどころで木漏れ日が揺れてはいるのだが、

全体として非常に薄暗いことに変わりはない。恐らく、森の中でも深いところにいるのだろう。

何が起こっているかよく分からないまま自分の足元に目を向ける。

枯れ葉が全体的に散らばっていた。

ガサガサした感触の正体はこれらしい。


次いで、自分の服装がいつものジャージ姿ではなく、フードの付いたボロのマントを纏っていることに気づく。

自分の胸部が膨らんでいることにも。

慌てて胸を触ると、如何とも形容し難い柔和さが伝わってきた。


下腹部にも喪失感があった。

これまでの人生で苦楽を共にしてきたはずの息子の気配が無くなっているのだ。

え?と思いながら、自分の仮説を確かめるため頭を覆っていたフードを外す。

髪の毛をつまんで見てみると、鏡の前で見慣れた黒はどこかに消え、銀色が

薄暗い視界の中で鈍く輝いていた。


落ち込んだ人がしばしばそうするように、「あー……」と漏らしながら(女性特有の甲高い声だった)

自分の顔を両手で覆う。

普段考えるときに使う癖なのだが、それは思考よりも先に

自分の顔を触ったときの違和感をもたらすことになった。


大きな目、小さいが高い鼻、唇は薄く、長方形だった顔面は円形になっているのが分かる。

恐らく、というか間違いなく、自分は女なのだろう。

鏡がないためハッキリとは分からないが、それもかなり顔立ちの良い。


どういう経緯でこういうことになったのか全く分からないが、

なんとはなしに立ち上がってみる。

やはりと言うべきか、視界はいつもより低くなっていた。

前後左右どちらに進めばいいのかも分からないため、

取り敢えず起き上がった方向に真っ直ぐ進んでみることにする。



数分程歩いてみたが、映画や小説の中でしか知らなかった森は確かにリアルな質感を伴い、

人工では一切ない、容赦ない自然としてぶつかってくる。

安全な場所が分からないという不安、いつ熊や猪に出くわすかもしれないという不安は

心を締め付けるのには十分すぎるものだった。


森の中だけあって虫を見ることも多いのだが、

元から生理的に虫を受け付けないというのもあって、見つけるたびに背筋がぞわっとする。

足で踏んでしまったときなんか最悪で、反射的にその場から飛び上がってしまった。


視界に入る風景も、写真にすれば荘厳な景色として映るのかもしれないが、堪能する余裕なんてあるはずもない。

足取りは重く、頼りとなるものもないまま歩き続ける。

絶望と対峙したのは、丁度そんなときだった。


大きな生物が近くにいるというのは、ズシン……という音とともに地面が揺れたことからよく分かった。

だが、既にこちらの気配を察していたのだろう。

身を翻して逃げようとするよりも先に、そいつと目が合った。


どちらかといえば熊に近い見た目だが、決して熊ではない。

動物というよりもむしろモンスターと形容すべき存在だった。

体長は3mにも届くだろうか、背中にはアルマジロのような甲殻、口からは鋭く尖った牙が剥き出しになっている。前足から長く伸びる爪は最悪を想像させるには十分すぎた。


「グゥルルル・・・」


涎を垂らしながら、獰猛な目で品定めをしてくる。

一瞬、本能が逃げようと警鐘を発したが、すぐに諦観がそれを上回った。

ああ、これはダメな奴だ。例え逃げたところですぐに追いつかれるだろう。


「グガアアアアアア!」


モンスターの動きは速かった。

一瞬で至近距離まで迫り、腕を振り下ろしてくる。


死が近づく中、儚い人生だったなと何故か冷静に自分の人生を評価する。

不可抗力だったし、仕方ないと思えたのかもしれない。

こんなとき定番になるのは走馬灯なのだろうが、

意外と昔のことは何も浮かんでこなかった。

自分の命を奪おうと迫る爪を尻目に、少し寂しくなる。


だが、モンスターの爪がこの身を刻むことはなかった。

体に届くよりも速く、空を切る音と共に、後ろから飛んできた矢がモンスターの目に吸い込まれていく。

いくら堅い甲殻を纏っていても目を穿たれてはひとたまりもないのだろう、

モンスターは悲鳴を上げて後ずさった。

時を待たずして2本、3本と追加の矢が飛来する。

矢は精確無比にモンスターの喉元に命中し、モンスターは苦しそうに喉元をかこうとして、

そのまま地面に崩れ落ちた。


ズシン……という重厚な音を立ててモンスターが斃れる。

同時に、ふっと膝の力が抜けて俺はその場にしゃがみ込んだ。

立とうとしても力が入らないって本当にあるんだな。

力を込めようとしても、膝は震えるばかりでいう事を聞いてはくれなかった。


後ろを振り向くと矢をつがえた男がこっちに向かってくるのが見えた。

先のモンスターの毛皮から作られたのだろう防具に身を包んでいる。

身長は180cm近く、年は30前後だろうか、ブロンドの髪をオールバックにし、

精悍な顔立ちをしていた。


男は俺を見て頷くと、そのままモンスターに歩み寄りもう一度喉に矢を放った。

死んだフリでないかどうか確かめたのだろう。

モンスターはピクリとも動かず、そこで初めて男はため息をつき、額に流れていた汗をぬぐう。


「あ、あの……」


恐る恐る、命の恩人に声をかけようとする。

が、それよりも先に男が口を開いた。



「限ゼ思イ目はタイ燻ら當丈宅ハヲ?」

「……え?」

「限ゼ思イ目はタイ燻ら當丈宅ハヲ?」



おいおい、こういうときって普通言葉が通じるものじゃないんですか。

マジで人生ハードモードだな。勘弁してくれ














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