ギルド交流戦
この世界に囚われてから一週間が経った今日。もうそろそろこの時点で攻略に積極的な者と、そうでない者が明確に分かれたように思う。一応俺たちは積極的な部類に入る。
『WOR』の情報屋が第一層での戦いを記事にして一つ三〇〇Gで売っており、その中には『ディクテイター』の名前も書かれていた。それなりに名前も広がり、そこそこの有力ギルドとして見られるようになったわけだが。
「いいからそれよこしなさい」
「うるさいこれは大事にとっておいたんだ」
下らなきこと、底辺の如し。俺とサクヤは、初日の時と同じように『ミーミルカフェ』でショートケーキの奪い合いをしていた。
「ほらクッキーあげるから。今日は三枚くれてあげるわ」
「一枚もいらねぇからその手を引っ込めろ」
ケーキを巡って壮絶な奪い合いがテーブルの上で敢行される。凄まじい速さで展開される攻防は嫌が応にも視線を集めた。それほどまでに速く、洗練された動きの攻防だったのだ。惜しむらくはその対象が倒すべきモンスターではなく、嗜好品であるケーキであることだが。
「いつまで粘る気? 早く諦めなさいよ」
「お前が言うな」
最後の一口なのだ。この前はあまりに自然過ぎて反応できなかったが、今回はそうはいかない。しばらく手を叩き落としていると、諦めたのかサクヤの手が止まる。やれやれ、ようやく食べられる……と思ったのも束の間。
サクヤがテーブルを強く叩く。衝撃でケーキが宙に舞い上がり、イチゴと分離した。反射的に素早くケーキに右手のフォークをぶっ刺して回収し、口に放り込む。イチゴは依然、宙に浮いたまま。その隙にサクヤが素早くフォークをイチゴに突き刺そうとする。だが甘い。ケーキだけに。
さらに左手に備え付けのフォークを装備し、サクヤのフォークを迎撃した。
「チッ」
サクヤが小さく舌打ちをする。続けて右手の二撃目を放つが、それはサクヤに阻まれた。ケーキが飛ばされてからここまで、わずか一秒。イチゴの軌道は頂点に達し、自由落下が始まる。
なおも奪い合いは続く。突き刺そうとすれば弾き、掴もうとすれば叩き落とされる。そして、ついにイチゴがテーブルに触れようとした、瞬間。
「「はああ!」」
声と動きが完璧に重なり、テーブルの脚を二人同時に蹴り飛ばす。テーブルが吹っ飛び、イチゴの落下時間が延長された。足にわずかな鈍痛が走るが、そんな些細なことを気にしている場合ではない。目を逸らすな、集中しろ。全神経を研ぎ澄ませ。一瞬でも気を抜けばサクヤに持っていかれる。
二刀ならぬ二フォークで次々とイチゴを狙うが、さすがというべきか、サクヤはそれを全て弾いてみせる。『ルナティックソードマン』の名は伊達じゃない。
どんどんと、イチゴの滞空時間が減少していく。もう時間が無い。
「ふっ!」
そう感じた俺は左手に持っていたフォークを右手に受け渡す。二本になったフォークをイチゴを刺すべく手を前に突き出す。それをさらに防ごうとしたサクヤのフォークが動いた。サクヤのフォークと俺のフォークがぶつかる寸前で、二本のフォークを開く。弾くはずの対象を見失ったサクヤのフォークは虚しく空を切り、その隙に箸の要領でイチゴを掴む。
「あ……」
サクヤが小さく声を漏らした。心なしか、どこか悲しそうな顔に見える。
「……欲しいのか?」
「……うん」
珍しい。こんなに素直に頷くとは。そうか、そんなに食べたかったのか……。
「そうか……なら」
「!」
ゆっくりとイチゴを持ち上げて。
「自分で頼め」
何かが切れる音がした。
「で、武器強化すんの?」
「ああ。昨日は散々だったが今日は大丈夫だろ」
ヒリヒリと痛む頬を抑えながら、昨日の出来事を思い出す。
俺は昨日、成功率九九パーセントを三回連続で失敗するという快挙を成し遂げた。ありえないことではないが、それでもへこむ。何かしらのバグを疑ったレベルだ。だが、VRMMOもいわゆるネットゲームの一種だ。往々にしてこういうことはある。何故か悪いことは連続して起こりやすいというのがネットゲームのジンクスなのだ。界隈では『物欲センサー』と呼ばれるオカルトチックなものではあるが、このゲームも例に漏れず搭載しているようだ。
しばらく歩くと、リヒトとテラコッタが営業している店、『赤輝の万事屋(仮)』が見えてきた。扉を開けて中に入る。扉につけられた鈴がなる。
「いらっしゃいませ〜何の御用ですか〜?」
すると赤と黄色を基調にした、フリルのついたメイド服を着たテラコッタが出迎えてくれた。
どうやらこれはテラコッタが『裁縫スキル』の熟練度上げの時に作った代物のようで、『どうせならそれ着て売り子でもやれば?』と俺が何気無く言った一言によってこうなってしまった。
本人も結構ノリノリだった上に似合っているし、見た目の可愛さも相まって、特に男性客からの支持が凄まじいそうだ。
「俺たちの時はそれやらなくてもいいんだけどな」
「ダメだよ。お客様なことに変わりはないし」
「はいはい、武器強化だよ」
「かしこまりー!」
ビシッ! と指先を伸ばした手を額につけて、にこやかに敬礼をするテラコッタ。あざとい。
店の奥で何やら作業をしていたリヒトもこちらに気づいたようで、何の用かも悟ったようだ。
「で、素材は集まったのか?」
「一応な。ほらこれ」
指を振ってウィンドウを出し、装備欄をタッチ。『アイアンソード』をオブジェクト化してリヒトに渡す。続いてアイテム欄をタッチして、素材も渡す。
この世界での武器強化や武器・防具錬成は、その時に使った素材の種類でステータスが違う。さらに、素材を普通よりも多く使うことで成功率を上げることも可能だ。錬成されるもののの強さで成功率は決まってくるが、当然性能が良くなれば良くなるほど成功率は下がるため、基本的には余分に素材を用意する必要がある。俺の目的は昨日と同じDEX強化だ。
「これだけあれば足りるだろ。今日でフル強化する」
「今度は一つもプラスつかないんじゃない?」
「うるさいぞサクヤ」
考えないようにしてるんだ、頼むから黙っててくれ。
「ま、やってみるさ。失敗しても文句言うなよ」
そう言ってリヒトは素材の鉱石をいくつかまとめて炉に放り込む。数十秒ほど待つと鉱石が溶け始め、一つの素材になろうとする。鍛冶場に熱気が篭る。溶け合い、混ざり合い、そして。
「うし、とりあえず完成。後は――」
リヒトが指を振って何かの操作をすると、何かのケースが現れた。ケースの中身は鍛冶で使う道具の数々。その中の一つである、トングみたいな物を出して炉の中に出来た『融合鉱石』を取り出した。
『アイアンソード』を金床に置き、『融合鉱石』をその上に重ねて置くと、鍛冶用のハンマーを取り出してそれを叩く。
ガァンガァンとともすれば折れてしまうほどに強く打ちつけて、武器と鉱石を結合させていく。もっとも、 鍛冶用のハンマーでは武器破壊をすることは出来ないのだが。
数十回ほど打ち付けると、鉱石が輝き始めた。それは徐々に光そのものになり、『アイアンソード』に吸い込まれてゆく。この現象は――
「成功、だな。まずはプラス一だ」
「よかった。次も頼む」
「あいよ」
再び炉の中に鉱石を入れて、取り出し、重ねて、叩く。強化を繰り返された俺の武器は、無事にプラス五に強化することに成功した。
「まあお前の場合、昨日が運悪すぎただけで本来ならこうなるのが当たり前だ」
「だよな……なんだったんだあれは」
まるで悪夢のような出来事だった。正直今回の強化も内心穏やかじゃなかったからな。
『アイアンソード』を受け取り、具合を確かめていると、後ろでりん、と音がした。誰かが入店したようだ。
『おーい、リヒトさんいますかー?』
あれは確か……『ディープスノウ』のメンバーのたかしだったかな。えらく普通の名前だが見た感じ中学生ぐらいだし、本名登録でもしたんだろう。オンラインゲームにおいて本名プレイは避けた方が無難ではある。特にVRMMOは仕草や言動が現実のそれと変わらない場合が多いため、自然と忌避される傾向にあるが、まあどんな名前でプレイしようが自由だしな。
「あいよ。今日は何の用で?」
『防具を貸してくれると聞いたのですが……』
「おう。期間と場所を教えてくれれば、そこにあった武器防具を貸し出すぜ」
『えっと、期間は一週間。場所は『陽光の森林』です』
「ならこれだな。レンタル料は半額先払いの一五〇〇Gだ」
『あ、はい。ではこれで』
「確かに。んじゃ頑張れよ!」
Gと引き換えに篭手と鎧を渡し、たかしがその場でそれを装備して、手を振りながらこの店を出ていった。
やりとりの内容はともかく、気になる点が一つ。
「いつの間にレンタルなんか始めてたんだ?」
少なくとも、昨日の時点ではそんな商売を始めていることは知らなかった。
「うん、前にセルバンテスさんが言ってたじゃない? 『武器や防具は平等にするべきだ』って」
リヒトの代わりにテラコッタが答える。
「あの人の言うことも正しいと思うんだよ。普通のゲームなら顰蹙ものだけど、デスゲームになった今は、誰かが抜きん出るよりも地力を整えた方がいいんじゃないかってね」
「それは……まぁ」
「やり方が強引だっただけで、考え方は間違ってるとは言えないんだよ。だから『レンタル屋』を始めたの。タダではさすがに難しいけど、対価を貰えればみんな納得できるしね」
おお……確かにそうだな。数人〜数十人が図抜けて強くなるよりも、戦力を平均化した方が連携も取りやすくなるし、何より全員にそういったチャンスを与えることで、不和を起こしにくくできるしな。
「で、レンタル料するときは最低でも前金に半額貰うことになってる。期限は最長一か月」
リヒトがテラコッタの説明を引き継ぐ。ん? でも……。
「期限ったってそんなの口約束だろ? 破るやつも出てくるんじゃないのか?」
「心配無用だ。レンタルするといっても、あくまで所有者は俺たちだからな。ここに並べてる武器や防具は、全てギルドの共用ストレージに入れてあるものだ。そんで、装備する方法は二つある。そのうちの一つのルールを利用してるんだよ」
「確か『装備欄から選択して装備する方法』と『オブジェクト化してそれを直接装備する方法』だったよな」
「ああ。その二つ目の方法を使えば他人でも装備させることができるし、所有者が俺たちである以上、ストレージに戻せば強制的に装備を解除させることもできるからな。ダンジョン内で急に装備が無くなるリスクを犯してまで、期限を破るやつが出ると思うか?」
なるほど。受け渡しじゃなくてその場で装備させたのはそのためか。結構考えてるんだな。
「当然、ルールを守らなかったやつはブラックリストに載せる。見つけたら搾り取るためになぁ!!」
泥棒ダメ、ゼッタイ。
「というわけで、今後ともうちの店を御贔屓に!」
そしてテラコッタの屈託ないように見える笑顔。だが中身は真っ黒だ。ドス黒い。隙あらば俺たちからも搾り取る気だコレ。
苦笑いで返して、今日の予定を聞く。
「んー? 別に無いよ? 何かするの?」
「いや、模擬戦でもやらないかって誘いに来たんだよ。メギトスさんとこのギルドとの交流戦が今日あるんだと」
今日三時から広場で『WOR』との交流戦がある。ルールはポイント制。HPは存在せず、攻撃を当てると威力、場所に応じてポイントが加算されていく。さすがに今の状況ではHP制は危なくてできないからな。
「ふーん……。サクヤちゃんも出るの?」
「ええ。pvpはこんな状況だとなかなか出来ないしね。今のうちに対人戦、特に集団戦は経験しておいた方がいいわ」
のちのちプレイヤー側から敵が出ないとも限らない。そうでなくとも、人型モンスターとの戦闘勘を掴むのにも適しているし、やっておいて損はないだろう。
「んー……ならやろうかな。リヒト君はどうする?」
「んじゃ俺も出るわ。二時くらいに店閉めて行くから適当にブラブラしててくれ。登録もやっておくから」
「了解」
今が一時過ぎぐらいだから後二時間後。狩りでもしてるかな。
「あ、あたしは別行動するわ。時間には間に合わせるから大丈夫よ」
「何か用でもあるのか?」
「少しね。あ、あとソナはあたしが呼んでおくわ」
魔法の訓練でもするのだろうか。確かにモンスターがいるのといないのとでは、集中できる度合いが違うが。
「まあ時間に間に合うなら俺は構わない」
「ん。じゃ、また後でね」
長い黒髪を翻して、サクヤは店を後にした。じゃあ俺も行くかな。
「よっ……と」
『青葉の草原』奥地にある森、『陽光の森林』にて。襲い来るウルフとボアを斬り伏せる。出てくる敵のレベルは大体五くらいなので、既に一一に達した俺ならソロでも問題ない。『ダブルスラッシュ』と『スラスト』のコンボさえ決めればHPを完全に削り切れるため、かなり安定して狩りができる。
このゲームには『コンボシステム』というものがある。攻撃が当たってから一秒以内に攻撃を追加で当てると、攻撃力が増加する、というものだ。検証班によると倍率は一,一、一,二倍と上昇していき、最大で二倍まで上昇する、らしい。コンボが続く限り倍率上昇は持続するため、『スキルコネクト』及び、俺のステータス構成的にもかなり相性のいいシステムとなっている。
ソロならパーティで狩りをするよりも経験値が多くもらえるため、ただレベルを上げるという点ではどの方法よりも効率がいい。当然、一度窮地に陥るとリカバリーが効かなくなりそのままゲームオーバー、なんてことにもなりかねないので推奨はされないが。
「こんなもんか……ん?」
ドロップアイテムとGを確認すると、遠くで何か光るものが見えた。何だ?
「行ってみるか」
本来ならこういう場合、近づかずに遠くから確認するにとどめるのがセオリーだ。万が一、やたら強力なNMだった場合、一人ではまず間違いなくやられるからだ。だが見た感じ小さかったし、NMであってもなんとか逃げ切れる自信もあったので、俺は近づくことにした。
可能な限り足音をたてないようにし、気配を殺す。ゆっくりと、しかし確実に距離を縮めていき、そしてその姿を捉えた。それは、
「金の……スライムか……?」
黄金の体をうにゅうにゅと動かし、這うようにして移動するスライムらしきモンスターがそこに居た。モンスター名『ゴールドスライム』、レベルは八。このあたりのモンスターにしてはかなり高い。初めて会うモンスターだ。聞いたこともないし多分レアモンスターなのだろう。発見例が少なく、モンスターによっては条件を満たさなければ出会うことすらできないという、まさに稀少なモンスター。
大抵の場合強力であり、その分倒せばレアアイテムをドロップする――かもしれないため、出現場所を見つけてはそこに篭もり、ひたすらそれを狩り続けるプレイヤーもいたりする。俺は偶然にもそれに出会えたわけだ。
セオリーに従うなら、ここは立ち去るべきだ。今は一人だし、見た目はスライムとはいえ、強さまで同じなわけが無い。口惜しいが諦めるしかない。ヘタに手出しして死ぬわけにはいかない。
「……んだけどなぁ……」
やはり諦めきれない。もしかしたら俺が第一発見者かもしれないし、そうだとすればこういう情報は多い方がいいに決まってる。強さを測るだけ。そう自分に言い聞かせて剣を構える。一度深呼吸をして、スキル始動モーションをとる。片手剣突進スキル『トライチャージ』。
剣を正中線に構えて、足を前に跳ばせることで、高速の突進を繰り出すことができる。本人のSPDには関係なく、一定の速度で攻撃することができるため、重装備のプレイヤーたちには、その重さによるダメージアップも見込まれて、よく好まれる傾向にある。ただ、移動距離がキッチリ三メートルであり、動きも直線的なので、あまり乱発すると先を読まれて手痛い反撃を喰らう恐れがある。あと攻撃を置かれるとモロにカウンターを貰う。
ゴールドスライムが射程圏内に入った瞬間に、身体を前に。景色が線になり、ほんの一息でゴールドスライムに近づき、斬撃を入れた。が、
「硬っ……!?」
高い音を響かせて俺の剣を弾くゴールドスライム。こちらの攻撃に反応し、触手を伸ばしてきた。あの硬さは斬れない。金の触手に合わせて身体を動かし避ける。次々攻撃をと避けていくも、思ったよりスピードがある。
ついに避けきれなくなり、剣を盾代わりにして触手を受け止める。その時、凄まじい衝撃が俺の腕に走った。重たいのだ。そのまま押し切られて後ろに吹き飛ばされてしまった。バック転の要領で着地し、相手を見据える。スライムの伸縮性に加えて、金の重さと硬さ。思ったよりも厄介だな……。
「ま、退く気はないけどな」
最初の思惑など何処へやら。既に退くという選択肢は頭に無く、倒すという意思のみが俺をつき動かしていた。悲しきかなゲーマーの性よ。だが異様に硬いだけの相手ならむしろ俺の得意分野だ。
ゴールドスライムがさらに触手の数を増やす。その数、合計三本。だが数は関係ない。どうせ全部避けるのだから。
つま先でトントンと地を叩き、ダッシュを開始する。するとゴールドスライムから伸びた触手が乱舞を始めた。叩き潰すように頭上から迫る触手を右に跳んで躱し、横薙ぎに振るわれたものはしゃがんで避け、その直後に突くようにして放たれた連続攻撃をステップで避け続ける。
合間合間に攻撃を加えて、ゴールドスライムのHPを削っていく。こういうタイプの敵は大抵HPが低めに設定されている。読みは当たっていたようで、一撃に対しての減少率が大きい。この調子でいけば倒せる。そう思ったとき、地面が急にせり上がった。
――土魔法!
咄嗟にそう判断し、次に起こる現象に備え、『視界拡大』を発動させた。瞬間、足元が崩れる。周りには土でできた大きな破片が浮いており、それら全てが魔法式に従って俺を襲う。中級土魔法『ショットガイア』。
背中から迫る破片が俺に当たる、寸前で。ぐるりと回転し、その方に足を向け、衝撃を吸収するように曲げて、一気に伸ばす。弾丸じみた速度で撃ちだされ、その先にある岩石も推進力の糧にする。
辺りで岩石同士がぶつかり、壊れていく中で俺はどんどん加速していき、景色が目まぐるしく変動する。そして、十分に加速がついたところで、ゴールドスライムに向かって刃を向けた。
硬いやつ相手の鉄則その二。クリティカルを当てろ。どれだけ硬かろうが、弱点位置に攻撃を当てさえすれば、その一撃のみDEFを無視する。
剣を肩の位置に上げ、引き絞る。グリーンの光に包まれた突きがゴールドスライムを貫き、その身体をポリゴンの欠片に変質させた。
「よし……っておお、すげぇな。三五六三Gか……」
ウィンドウに表示された獲得金額に思わず声が漏れる。普通のスライムが大体三〇Gぐらいだから、約一一八倍か……。経験値の方は残念ながらそれほど変わらなかったので、どうやらG稼ぎ用のモンスターだったらしい。
「獲得アイテムは……。……あー……」
得られたアイテムは大多数が換金用アイテムで占められていた。銅がほとんどだったが、まあ金はあっても困ることはないし、別に損はしてない。できれば何かレア装備の一つでもドロップしてくれればよかったのにと願うのは高望みだろう。
そろそろ時間だし、戻ることにするか。
中央広場では既に戦いが始まっていた。おいまだ少し時間あるぞ、まさか時間を間違えたか? と内心焦っていると、後ろから声がした。
「安心なさい。思ったより早くに人が集まったから、少し早めに開催しただけだから」
振り向くとそこにはルミナスさんがいた。青い三角帽子を被った、明るく快活なイメージの人だ。
「やっほーソル君」
ひらひらと手を振って笑顔でこちらに近づいてくる。
「こんにちは、ルミナスさん。対戦出てないんですね」
「うん、こんにちは。後でちゃんと出るわよ。人数が多いからチームを複数に分けてるの。それより今日はサクヤちゃんは一緒じゃないのね」
「いつも一緒にいるわけじゃないですよ」
「あら、いつも一緒にいるように見えるけどね」
カラカラと笑いながら言うルミナスさんに苦笑いで返す。
この人は何か苦手だ。ルミナスさんから視線を外して、対戦の方に目を向ける。
「今日はどれぐらい集まったんです?」
「今のところ五チームね。今対戦してるのがその内の一つの『ディープスノウ』」
『ディープスノウ』ってあれか。今日リヒトたちの店に来てたところか。
「中学生ぐらいの子たちのギルドで、人数は男の子四人、女の子三人の七人。男の子が剣士で女の子が魔導師のまあ、一般的なギルドね」
お、たかしがいる。頑張れー……って、あ……あー……。
「後ろを取られましたね…。」
無理に力で押そうとしたもんだから、逆に勢いがつきすぎて、防ぐと見せかけたフェイントに引っかかっていた。そして背中に一撃。『WOR』チームに大量のポイントが入った。
『タイムアップ! 勝者『WOR』!』
そしてここで対戦終了の声。両チームのリーダーが握手を交わし、大きな歓声があがった。
「……こうやって見ると、やっぱり普通のゲームみたいですね」
口をついて出た言葉。本来ならこうなっているのが普通なのだ。なのに。
「……そうね。というより、私たちが努めてそういう風に見えるようにしてるのよ。じゃないとここは地獄よ。現実の肉体は日に日に弱り、こちらの世界ではモンスターに怯え、いつクリアできるかもわからない不安に駆られる。私たちはあくまでも一般人で、ゲームやマンガの主人公じゃないのよ」
ルミナスさんは哀しげな目をしてそう言った。よく見ると、体が少し震えているのがわかった。
「……ごめんなさいね、少し愚痴っぽくなったわ。ま! それはともかく、これにだってクリアのための意味はあるのよ? 初心者プレイヤーに集団戦での戦い方を覚えてもらったり、交流の輪を広げたり。ちゃんと戦力のことを考えて色々やってるから、そこは勘弁してちょうだいね」
パン! と手を叩いて気持ちを切り替えたかのように話始めるルミナスさん。若干無理をしている感はあったが、あまりつっこむのも野暮ったいだろう。俺も今の話は忘れるようにして、次の対戦を眺めた。
『さあ、『WOR』の四連勝だぜ! この快進撃を止められるやつはいるのか!? 気になるなぁマイケル!』
『そうだねデビット! さあ気になる次の対戦カードはこいつだ!』
テンション高めな実況を送っているのは、いつぞや俺を助けてくれたデビットとマイケル。あの人らを雇ったのか。もしかしたら志願してきたのかもしれないが。
頭上の画面に表示された対戦カードには、俺たち『ディクテイター』と『WOR』の名前があった。
「さあ正々堂々と戦おう、ソル君。手加減は無しだ」
「はは……お手柔らかに」
試合前に握手を交わす。手加減無しっていってもなぁ……。
『さあ、固い握手を交わした二人! 片や、第一層で指揮をとり、見事ボスを倒してみせたメギトス率いる『WOR』チーム!』
『片や、そのスピードは天下一! ボスの猛攻にも怯まず時間を稼ぎ、全体の勝利に貢献したソル率いる『ディクテイター』チームだー!』
やや大仰で芝居がかった実況説明。広場が揺れているのではないかと錯覚するほどに大きな歓声があがった。
「で、ソルはルミナスと一緒にいたのね。私たちを探さずに。ルミナスと」
「たまたまだ。あと敬称をつけろ、呼び捨てにするな。探さなくてもお呼びがかかれば合流できるからいいと思ったんだよ」
「そう」
それだけ言って、ぷいとそっぽを向かれてしまう。いや、放置したのは悪かったよ。でも、なんとなく離れると厄介なことになりそうだったんだよ。あらぬ誤解を受けそうで。
「……ソルさんはサクヤさんに刺されても文句言えないと思います」
「言わないよ。言ったら刺される」
「逃げらんないんだね」
ソナの言葉に対する俺の返しに、テラコッタが哀れそうな目線と言葉を投げかける。うん、無理。
一応パートナーになるって契約でこのゲームをやらせてもらってるわけだからな。その契約破って他の女の人と一緒にいるのを見れば、怒るのも無理はないのかもしれない。
『カウント五秒前! 五! 四!』
『三! 二!』
まあそれはともかく。
「やるからには勝つぞ」
「当然ね」
「うん!」
「おう!」
「はい!」
『一!』
俺の呼びかけに、それぞれの返事を返し。
『試合――開始!』
開戦のゴングが鳴った。