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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
8/16

それぞれの思惑

「ふむ……こんなものですかね……」

 簡素な白いワンピースを身に着けた女がつぶやいた。巨大な画面を見つめながら、何かの操作をする。

「とりあえず『恐怖』と『混乱』の感情データは集まりましたね」

 無機質な部屋に響く声。いや、部屋というよりは空間そのものと形容した方がいいだろう。真っ黒い中、画面と女の姿だけがくっきりと浮き上がっている。

「死者は五一四八人、ですか。うーん……多くはないですね……。あまり多く死なれてもデータ収集が手間取るだけですけど」

 画面に映っている様々なデータを見ながらパチン、と指を鳴らす。すると二メートルほどの大きさの円柱があたりから出現した。その数、五一四八個。死んだ人数と一致する。中に入っているのは、この世界で死んだ、もしくは現実の世界で強制的にゲームを終了させられた者たちだ。

「内、二五〇〇名程が強制解除による転送ですか。報道が遅れたのですかね。向こう側の人間もこちらの様子を監視していたはずなのですけど。まあ、私には関係ありませんね」

 円柱の一つに歩み寄る。中にはいっているものをジロジロと見つめ、つまらなそうに嘆息する。女が手をかざして、言葉を紡いだ。中に入っているものから光が溢れだし、女に吸い込まれていく。光の正体は記憶。それが流れているのだ。

 光が消えると、その円柱は音もなく黒に吸い込まれていった。

「やはり大した人生を送っていませんでしたね。もっと何か強烈な感情を抱いたことのある個体はこの中にいるのですかね」

 女は次々と円柱に手をかざしていくが、それが終わる度につまらなそうに息を吐く。

 最後の一人が終わると、今までで一番大きなため息をついた。

「当たりは無しですか……。まあ、始まって間もないですし当たり前と言えば当たり前なのですがね」

 女は再び何かの操作をする。画面が切り替わり、多数の生きているプレイヤーがいる『始まりの街』を映し出した。

「生きているのは四万人弱、といったところですかね……あ、一人死にましたね……」

 画面の人物がガラスのように砕け散り、跡形もなく消える。行き着く先はこの空間。砕け散ったプレイヤーは円柱に囚われ、女に記憶を奪われる。当然、意識が戻ることはない。

「この者も当たりではないですね……。もっと上質な個体が死ねばいいのですけど」

 そこで一度、女は言葉を区切り、

「そんな者が簡単に死ぬとは思えませんし……どうしますかね」

 女の言う『当たり』とは簡単な話、『芯の強い者』だ。今のこの状況を受け入れて、あるいは受け入れてなくとも進む強さを持った者だ。凡夫な感情など、記憶を奪うまでもなくデータで十分把握できる。このものにとって必要なのは強靱な意思を持った個体なのだ。

「そもそも甘いのですよね。このゲームを他のゲームと同じと考えている者が多いですし。本気にしてないのですよね」

 こうなってくると、最初のアナウンスで記憶が奪われることが本当だと信じた者が何人いたか。そこが問題になってくる。証拠を見せると精神崩壊してしまう者も出てしまうだろう。それはそれでいい個体データになるのだが、プレイヤー全ての戦意を折ってしまう可能性がある以上、安易に証拠を突きつけることはできない。データは可能な限り多く、まばらに取りたいのだから。

「とはいえ、首尾は上々ですかね。まだまだ焦る段階ではありません」

 得たデータを整理し感情とは何かを考える女に、警告音が水を差す。

「またですか。しつこいですね」

 向こう側からの攻撃。どうやら技術者たちがプレイヤーを開放しようとプログラムに介入しようとしているようだ。

 何度目かも数えていないそれが、赤い人のような形をして襲いかかる。赤が拳を握り、真正面から殴りかかった。

 女はそれを平然と片手で受け止め、勢いをつけて投げ返した。空中で姿勢を制御し、悠々(ゆうゆう)と着地する赤い何か。右手に黒い光を纏わせた赤い何かが再び襲いかかる。手を前にかざして受け止めようとする女。手と手が触れる寸前、何かの姿がかき消える。

 女が直感的に横に跳んで回避した。その瞬間、赤い何かがドゴォッ! と地面のようなものを形成している黒を砕く。着地後、距離をとり様子見をする女。対峙し、睨み合う――アレに目があるのかはわからないが――二つのもの。

「ふむ……強いですね。いいハッカーを雇ったのですかね?」

 プログラムを解析して介入するための存在が赤いアレだ。実際に格闘コマンドを入力しているわけではなく、ただ解析しようとしている動作が、それを邪魔する女を攻撃するプログラムになっているだけ。女はそれを迎撃しているに過ぎない。

「まあまだまだですけど。――っ!?」

 余裕を保っていた女の初めての驚愕きょうがくの声。後ろにあるのは――触手。女を羽交い締めにして、体の自由を奪っている。

(なるほど、ウイルス……ですか。プレイヤー全員を巻き込んでゲームそのものが消え去る可能性もあるのに、よく決断したものです)

 さっきの光がウイルスだったのだろう。システムに干渉、つまり床に拳を撃ち込んだ時にウイルスを潜り込ませたのだ。危険極まりない賭けだが、女――人工知能ならば確実に対処しきると思ったのか。しかしその決断は正しい。そうでもしなければこの女には届かない。

 赤い何かが女に向かって走り、握り締めた拳を女の腹に撃ち込む。

「あ……ぐ……っ!」

 苦悶くもんの表情を浮かべる女。一撃、もう一撃と重い拳が女の腹に吸い込まれていく。

「……っ……あ……!」

 女は触手に絡め取られたまま、動く素振りを見せない。さらに撃ち込む、撃ち込む。

「う……ぁ……」

 女の身体から力が抜け、ぐらりと崩れ落ちようとする。しかし触手はそれを許さない。女の身体を絡めとったまま、倒れることを否定する。赤い何かが距離を取り、そして走り出した。これで決めるつもりなのだろう。慣性の力を乗せた拳が女の腹に撃たれる、その直前に。

 触手が暴走を始めた。空間を抉り、砕き、破壊する。それは赤い何かをも襲い始めた。攻撃を中断し、触手を捌きはじめる。受け止め、千切り、裂いて、潰す。あたり構わず暴れる触手を見て、女が不敵な笑みを浮かべた。

「ようやく干渉を始めましたか。簡易ウイルスでしょうからこんなものですかね。抵抗しないで(・・・・・・)()()()よかったです」

 言葉と同時、女を捉えていた触手が弾け飛ぶ。すぐさま再生し、破壊を再開しようとするが、女はそれに触れ、何かを唱えた。

「お返しです」

 触手の一部分を赤い何かに放り投げ、それに触れた瞬間、ボロボロと形が崩れていく。

「そのまま帰ってくださいね」

 一瞬で肉薄し、掌底を打ち込んで赤をデータ片に還した。これでアレと一緒にウイルスもあちらに届いたことになる。簡易ウイルスに手を加えて、データを破壊し尽くす上に膨大なデータを送り込んで機器そのものを駄目にする、悪質なウイルスに変化させたあれが。

 腹をさすりながら女が言う。

「ふむ……これが痛みですか……やはり体験するというのはデータとして知るよりも効率的です」

 ウイルス自体は予想外であったものの、結果として新たな成果を得たことには感謝するべきであろう。受けたウイルスは第一防壁にくっつけておけば、自動で向こう側に潜り込んで破壊工作を行うように改造してある。これで頻繁にハッキングが行われることは無いだろう。

 破壊された空間データを直すべく画面に顔を向けた。すると、ある数値が変化していることに気づく。

「おや……あれのせいですか……。直しておかないと偏りますね……」

 指を振って、先ほどのやりとりで破壊されたデータの修復作業を開始する。

「これで直りましたかね。まあ、今のは事故と諦めてもらいましょう。大して被害もないみたいですし」

 僅かばかり被害を受けた者もいるが、生死に関わることではない。女はそれを事故と片付け画面を閉じた。

 あるのは女の姿一つ。くっきりと浮かび上がったそれが呟く。

「何度かあちらに降りてはみましたけど、誰も(人工知能)だと気づかないんですよね。つまらないです」

 気づかれれば袋叩きに合う可能性が高いのだが、世界の支配者たるこの女には、そんなことは関係ない。気まぐれに世界に降り立ち、気まぐれにプレイヤーと関わる。決して情報やアイテムを与えたりなどはしないが。

「見た目が女プレイヤーと変わらないからですかね……まあいいです」

 注視すれば言動が不自然だったりするのだが、今のところそれに気づいている者はいない。

 あちらに降り立つ時は人のいないアカウントを使っている。デスゲームが開始される少し前、つまり二時くらいまでならログアウトは出来たのだ。それまでは準備が整っておらず、入るも出るも自由な状態だった。その時、ログアウトした内の一人のアカウントを上書きし、自分のデータを入れていつでも降り立てるようにした。

 開始した後は外からの介入を完全にシャットアウトし、今のこの状況を作り出した。人は多い方がいいとはいえ、今更外からログインされてもこの状況を知っている者なのだから純粋なデータが取れないため、余計なことをされては困る。純粋なデータは人の考えに侵されてはならない。プレイヤー自身で考えて、行動するから意味があるのだ。


「まだまだこれからです。楽しんでくださいね、皆さん」


 女が、黒から姿を消した。






「ああ〜くそっ! ダメかぁ〜!」


 『インフィニティ』の開発会社に勤める斎藤さいとう祐介ゆうすけが頭を掻く。

「惜しかったっすね……やっぱ無理っすよ。相手は電脳世界の申し子っすよ」

「作った俺らで手に負えないもんなぁ。成長速度が半端じゃない」

 祐介の言葉に立岡たちおかつばさが同調する。

「そうね……多分私じゃ勝てないわ」

「松島さんで無理なら私たちじゃ絶対無理ですよぉ〜」

 キーボードを置いて私が言うと大井おおいめぐみが泣き言を言った。

「私、というよりは多分人間には無理ね。ウイルス逆利用して返してくるとかもう……。どちらにせよパソコン直さなきゃだけど……直るかしら?」

 ブラックアウトした四角い機械を見ながら、誰にでもなく聞く。

「直る……とは思うっす。ただデータ復旧は絶望的っすね。かなりエグいウイルスぶち込まれちゃったんで。データ破壊で終わらず、訳わかんないデータをどんどん作り出すもんっすからフォーマットも楽じゃないっすね」

 投げ掛けたその言葉に祐介が答えた。ゲーム介入を試みて五日目にして、後少しで大元に辿りつけたのに、まさか自分たちで使ったウイルスを利用されるなんて思わなかった。使った瞬間、進みが良くなったと思ったらそのウイルスが暴走を始めたのだから。

 人工知能が対処すると思ったら全く手を付けず、あのまま放置すれば中にいる人たちに危険が及ぶため、仕方なくこちらで対処した。が、その隙をつかれて介入失敗どころか悪質な改造を施された狂ウイルスを送られてしまったのだ。こうなってしまえばしばらく介入は望めない。

「あのまま放置して押し切れなかったんすか?」

 祐介が問うてくる。

「無理ね、時間が足りなかった。どちらにせよ最悪ゲームごと消える可能性があった以上、そっちの対処を優先させなきゃ」

「てかどうするんですか。今、他のパソコン使ってハッキングしようとしましたけど、さっきのウイルス居座ってましたよ」

 翼がだるそうにパソコンをいじる。ってそれ画面が黒く……。

「いや、まさかお前……」

「ああ、ダメになった」

「バカヤロォォォ!」

 祐介が翼の頭をどついた。鈍い音が響く。

「何やってんだお前! 話聞いてた!?」

「いや、さっき少しデータ破壊したから向こうもデータ復旧してそうじゃん? その隙つけるかなって」

「考えなしも大概にしろよお前!?」

 祐介が翼の胸倉を掴む。振り回された翼の頭がグラグラと揺れる。仲がよくて何よりね、と住子は思った。

「で、でも本当にどうするんですか? もうこっちから介入はできないですよ?」

 おずおずと恵が口を開いた。確かに今は介入できない。だが手段がなくなったわけじゃない。

「ソフトがダメならハードよ。連絡してくれる?」

「そ、それなんですけどハードの方はさらに徹底されてるんですよ。ハッキングしようとしたら即座に弾かれました。というか、次にこっち(ハード)から介入しようとしたら問答無用で全員閉じ込めるって脅されました……」

「手が早いわね……いきなり潰されたわ……。そっちの方が対応しにくいってことなのかしらね?」

 強制切断は以ての外。ハッキングによる介入もダメ。ゲームを破壊しようものならプレイヤーごと全消滅。最も可能性があるハード解析からの救出は既に対策されている。八方塞がりだ。

「とんでもないもの作っちゃったわね、貴方あなた達」

 黒い画面に手を触れてゲーム世界に囚われた、彼らの忘れ形見である東雲しののめ咲夜さくやを思い出しながら松島まつしま住子すみこは小さく嘆息する。


 事件が起きた五日前、慰労会に行ったついでに夕飯の買い物をして帰ろうとすると、ある報道が流れた。それは今日発売されたゲームの中に人が閉じ込めれたという内容だった。最初こそ『大変ねぇ』程度の認識であったが、徐々に記憶が掘り起こされる。あのタイトルは(・・・・・・・)()()咲夜が楽しみにしてい(・・・・・・・・・・)()()()ではなかったか(・・・・・)

 嫌な予感がして、買い物を切り上げ足早に家に帰り、咲夜の部屋の前にたどり着いた。扉をノックする。返事が無い。もう一度。やはり返事は無い。いくら呼んでも返事が無いため、悪いとは思ったが咲夜の部屋に無断で上がらせてもらった。

 予感は的中。部屋の――いや、家の主であり、住子を家政婦として雇っている東雲咲夜と、咲夜と仲の良い(と住子は思っている)白凪しろなぎ陽太ようたが『ソウルコネクト』をつけて倒れていた。きっと『ソウルコネクト』をつけたまま寝ているのだ、と自分に言い聞かせて状態を確認する。

 しかし明らかに『ソウルコネクト』は起動しており、ゲーム世界にダイブしているということを証明していた。せめてくだんのゲームでないことを祈ったが、近くにあったパッケージは間違いなく問題の『インフィニティ』だった。


 その時、衝動的に『ソウルコネクト』を外してしまいたいと思った。しかし強制的にゲームを終了させると、永遠に魂が幽閉されると報道では言っていた。それではもう、咲夜を殺すことと変わらない。世話になった彼らから託されたものを、自分から手放すわけにはいかない。

 昔の同僚に頼んで救出チームに入れてもらい、後輩にあたる者達と共に行動することになった。昔の話を聞いていたらしく、目を輝かせて迫ってきたこともあり、押され気味ながらも作業を開始した。

 最初は全員でハッキングを行ったのだが、ことごとく失敗した上にその度に人工知能は学んで成長していったので、一人ずつ準備を終えてからハッキングした方がいい、ということで今に至る。

 必ず咲夜達を救ってみせる、などと決意を再確認していると、口を尖らせながら祐介が反論してきた。

「フルダイブに人工知能を搭載すれば今までとは比べ物にならないゲームが出来るって言ったのはあなたっす。松島まつしま住子すみこさん。そのために特許まで取ったんすから」

 そんなことも言った気がする。昔の自分を殴り飛ばしてやりたいが、今叶わぬことを夢見ても仕方が無い。それはタイムマシンが出来た時の楽しみにとっておくことにする。

「…………あそこまで高性能なのを作る必要は無かったと思うけど。学習機能は要らなかったわね」

「ディテールにこだわりたかったもんで、機械任せにしようと思ったら学習機能は必須だったんすよ。あくまでも『ゲームを面白くする』ことが前提にプログラムにしてあったんで、こんなことになるとは思わなかったんすよ……」

 確かにその条件なら、まさか人を取り込むとは思わないだろう。まして取り込んだ原因が『人の感情を深く把握するため』なわけで、そういった方向で進化することが予想外だったのは仕方ないのかもしれない。

「確かに本当の意味で心を揺さぶるものを作ろうと思ったら、人の感情を理解するのが第一条件っす。だからアレにも少しだけ俺らの感情データをコピーしたんすよ。結果、余計にデータを欲するようになったんすけど」

「完全に貴方達のせいじゃない……」

「一応上には許可取りましたよ。βテストの時に不具合が出なかったからGOサインが出たんだと思います」

 翼が頭を掻きながら無気力極まりない語気で釈明する。

 人工知能自体は二〇年ほど前から実用化レベルに達している。その時はサポート程度の役割しか持たなかったが、今ではそれを搭載した機械が仕事をすることもできるようになった。細かい作業こそ未だ実現できないものの、大荷物を運んだり、人間には危険な行為――例えば地雷撤去や火山の調査など――を機械に任せられるようになり、作業効率も格段に上がった。もちろん運用コストは多くかかるし、そんなに量産できるわけじゃないが、それでも今までに比べれば仕事に対する負担が軽くなったのは事実だ。

 弊害として失業する人が出たりもしたが、そのあたりは仕方ないだろう。人であれ、機械であれ、優秀なものが採用されるのは世の常だ。

「進化した技術は便利になるだけじゃないわね。本当に厄介……」

 住子はもう一度嘆息し、頬杖をついた。

「そ、そういうわけで現状こちらからあちらに何かできることはありません。できるのは……」

「被害者の家族への補償、破壊されたデータの修復、そして強制停止の阻止、ね」

 おずおずと恵が状況を声を発し、住子が引き継ぐ。

 上ではゲームを強制終了させろとの声がいくつか上がっているらしい。実のところ、それが一番効果的な方法ではある。魂こそ閉じ込められるものの、時間さえかければ回収出来る。

 ただ、僅かに繋がっている魂接続まで切られてしまうことを考えると、やはり最善策とは言えない。それが切られてしまうと、たとえ魂を回収出来ても元の肉体に還すのが困難になるのだ。

 従来のフルダイブ機は視覚情報のみをゲーム世界に飛ばしており、身体を動かす感覚はゲーム世界の方で用意されていた。そうしないと、向こう(ゲーム)こちら(現実)で身体の動きが連動してしまうのだ。普通に身体を動かすときとは微妙に勝手が違うため、どこか違和感を残していた。

 対してソウルコネクトは魂からデータを読み取り、電脳体を生み出して、それに魂を吹き込んでからゲームの世界に転送している。そうすることによって現実と変わらない感覚で身体を動かせるし、あらゆる情報が魂に直接書き込まれるため、全てをリアルに感じることができるのだ。

 僅かに魂を現実の肉体に繋げておくことで、たとえ強制終了させても元の肉体に還って来ることを可能としている。しかし、今回はその魂リンクを切られてしまうため、魂が元の場所に還るどころかゲーム世界に取り残されてしまう。

 輪ゴムに例えればわかり易いだろう。ダイブ前が普通の状態で、ダイブした時に、ダイブ先に輪ゴムを引っ張って伸ばしていく。ゲームを終了させると、伸ばされた輪ゴムが離され、パチンッと元の肉体に戻る。

 それが今回の場合、接続したままリンクを切られるので、全ての輪ゴム――つまり魂が向こうに行ってしまうのだ。補足すると、わずかに魂は現実の肉体に残留するため生命活動自体は持続する。が、ほぼ植物人間と変わらない状態になってしまう。

 よしんば還れたとしても、場合によっては他人の肉体に入ってしまう可能性があるため、それは本当の最終手段だ。

 データ修復は研究班に任せるとして、問題は補償。

 プレイヤーの安全については、幸いログイン者の情報は閲覧出来たので、住所を調べて病院へ搬送。総力を挙げて事に当たったので、僅か三日で全被害者を搬送出来たそうだ。

「ほ、補償に関しては今のところ問題ありません」

 恵の話を聞くところによると、お金は色々と話し合いをした結果、月に三〇万円を被害者の各家庭に送っているらしい。日本での被害者数は約一万人。計算すると月に約三〇億。それにプラス、病院への支払いやらなんやらでお金がかかる。流石に普通の一会社で払える金額ではない。

 もっとも、政府としてもこの事態は放っておけるはずがないので、少しばかり融資ゆうししてもらってはいるようだが。

 そのあたりの観点から見ても持って二年。会社存続を考えるなら一年半が限界だろう。それを超えたら約五万のプレイヤーは見殺しにすることになる。

「まあそれが無くても金ならあるんですけどね。誰かさんが人工知能の開発で莫大な金をうちの会社に送ってくれたんで」

 翼が住子を見ながらそう言った。住子はさて、知らないわね、と流して今の状況でできることを考える。

「介入自体は出来る……でも深くまで潜ってのプレイヤー開放は出来ない……。ならもっと表面上なら……?」

 ブツブツと呟いて考えを纏める。

「そう、例えば……祐介君」

「はい?」

「私達の方からでもある程度の操作は出来るのよね?」

「え? ああ、はい。モンスターのデータとかドロップ確率とかならこっちでも調整出来るっす。それがどうか…………ああ、そう言う事っすか」

 祐介も住子の意図を理解したようで、少し顔をうつむかせた。ゲーム開発社の人間としては色々とあるのだろうが、そんなことを言っている場合ではない。

 データを改竄かいざんしてプレイヤーの有利に働くようにする。モンスターの能力値を下げたり、レアドロップ率を上げたりだ。ログアウト機能はロックされているため、より高度なハッキング能力が必要になるが、モンスターデータ等はロックされていない。理由はロックするとそのモンスターがゲーム内に出現しなくなるからだ。その制約がある以上、その系統への干渉はいくらか楽になる。妨害はされるだろうが何もしないよりはマシのはず。

 こちらから救出出来ない以上、自力で脱出してもらう他に方法が無い。要するにこちらの失態をプレイヤーに拭わせようとしているのだ。

 これはチート行為だ。チートを使ってゲームをクリアさせるのはゲーマーにとっては本意ではないだろうが、状況が状況だ。

「双方に悪いけど手段は選んでられないわ。何をしてでも助け出す」

 キーボードに手をかけ、ハッキングを開始しようとすると、

「そ、その前に修理しないとです。とりあえずウイルスに対するワクチン開発から始めましょう?」

 恵に言われて少し顔が赤くなる住子。そうだった、壊されたんだったと思い出して席を立つ。ワクチン開発が終われば今度こそプレイヤーの開放が近づくはずだ。何も進んでいないことはない。着実に、一歩一歩前に歩けている。

「絶対に、助ける」

 再び呟いて席を立った。






「…………なぁ」

「……俺のせいじゃねえ」

「いやわかってるけど……おかしいだろ、これ」

 リヒトに武器強化を頼んで三回。全て失敗に終わっている。

「他のやつは全員成功してんのに、俺だけ成功率九九パーセントを連続三回失敗っておかしいだろ」

 ゲームの仕様上、百パーセントは無いみたいだが、それでもおかしい。強化素材最大まで使って確率も最大に上げて頼んだのに。

「確率的には十万分の一ね。神がかった引きよ、よかったわね」

「嬉しくない」

 全くもって嬉しくない。しかもなぜかほかのところではレアアイテムが頻出ひんしゅつしてるみたいだし。なんで俺だけこんな目に遭うんだ。

「あ、メギトスさんからメールだ。……ふむふむ……おお! すごいよリヒト君! 『メテオライト』拾ったって!」

「嘘だろ!? こんな序盤で手に入る代物じゃねぇぞ!?」

「草原に落ちてたんだって。運がいいねぇ」

 おかしいだろ。なんだよこれ。俺だけ不運じゃねぇか。肩を落として項垂れていると、ポンと手を置かれた。振り返ると、

「どんまい」

 咲夜が無表情に親指を立てていた。……おいコラ肩震えてるぞ笑ってるだろお前。

「はぁ……そういやソナは?」

 今日はソナと会っていない。フレンド追跡機能を使っても反応が無いので、遠くにいるか、向こうが追跡拒否しているかのどちらかだ。

「何か情報を集めてくるって言ってたぜ。探索隊に混ざって塔にでも行ってるんじゃねーか?」

 そうか。一言相談があってもよさそうなものだが、別に行動を縛る気も無い。こちらの利益になりそうだし構わないだろう。塔の中に入ると外からは通信出来なくなるし、わからないのはそのせいか。

「とりあえずもう一度素材集めて来たらまた強化してやるから。そう気を落とすな、な?」

 せっかく忘れようとしたのに掘り返してくる。どうせ見る度に思い出すだろうが、少しくらい逃避したっていいじゃないか。

「もう強化可能数ゼロだよ。明日また別のやつを強化してもらう。今日はもうダメだ……心が折れる……」

 俺の装備しているアイアンソードは強化可能回数が五回。過去に二回強化に成功していたが、今回三回連続で失敗したのでプラスは二だ。DEX強化を徹底しようとしたのにいきなりつまずいた。……まあもう一個あるからまだいいけど。

「素材取りに行ってくる」

「あ、ならあたしも行くわ。どうせ今日は暇だし」

 この上暇つぶしに使われるという仕打ち。俺が何をしたというのか。

 とはいえ助かる。一人でやるのと二人出やるのとでは効率が段違いだし、何より気が紛れる。

 俺は未だ傷心のまま、青葉の草原に向かった。

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