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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
7/16

決着、そして

 

「――っ! 全員避けろぉぉぉ!」


 メギトスさんの必死の叫びも虚しく、ゴブリンロードはまるでゴミを払うように斧を振るい、プレイヤーたちを吹き飛ばす。吹き飛んだプレイヤーの中にはHPはレッドゾーンへ突入している者もいるが、幸い死者は一人もいないようだ。ヒーラー部隊をすぐに寄越よこせばなんとかなるだろうが、痛みまでを癒せるわけじゃない。即時復帰は難しいだろう。今ので前線が瓦解した。マズイな……。


「みんな、大丈夫か!?」


『もっ、もう無理だ! みんな死ぬんだ!』


 前衛が壊滅状態に追い込まれ、半狂乱になる者が出てきた。メギトスさんの言葉もあまり意味がなくなってきたな……このままじゃ本当に全員ゲームオーバーだ。誰かが時間を稼ぐ必要がある。

 後衛部隊には任せられない。ヘタに攻撃してタゲをとったら脆い後衛ではすぐに死んでしまう。それ以前に、既に魔法を放っているため、今はろくなダメージ源にならない。なら誰がやる? 誰に頼る? そんなことを考えている暇は無い。


「ソル、何秒保つ?」


 後ろからの声に振り向くと、サクヤがいた。

「……多分三十秒」

 質問に答えつつも限界に近いことを伝える。その答えを聞いたサクヤは、しばらく何かを考え込んで、

「わかった。こっちに攻撃が飛ばないようにしてくれればそれでいいわ」

 杖をくるくると回しながら言った。

「……了解」

「僕も行きます」

 一人で行こうとする俺に、ソナが名乗りをあげた。

「…………お前なんで無事なんだ」

 ソナはアタッカーのはず。ならさっきので吹っ飛ばされてるハズなのだが……。

「疲れてたので様子見してました。運がよかったです」

「サボってんじゃねーよ」

「力を温存していたと言って欲しいですね」

 物は言いようだな。

「いいのか? かなりキツいぞ 」

「このまま死ぬ方がキツいです」

 冗談めかして笑うソナ。

「…………だな」

 俺も武器を構えて、『視界拡大』を再発動させ、床を足のつま先でトントンと叩く。

「こんな状況でよく笑えるな」

「そうですね、僕はおかしいのかもしれません。でも多分ゲームやってたらこれぐらいの逆境は何度もあったでしょう?」

「記憶を奪われるゲーム以外ならな」

 皮肉を皮肉で返して、走る。

「『乗斬じょうざん』いくぞ」

「はい!」

 先に放たれた斬撃に自分の斬撃を乗せて後押しし、斬撃のスピードと威力を底上げするプレイヤースキル――『乗斬』。

 ソナのふところに入ってかがみ、刀単発スキル『斬空ざんくう』に合わせて斬り上げる『スラッシュ』で威力をブーストする。ゴブリンロードの足に赤いラインが引かれ、続けて二人でスキルを発動させる。刀二連撃スキル『双爪そうそう』と片手剣二連撃スキル『ダブルスラッシュ』。刀の二連振り下ろしと片手剣の交差する斬撃がさらにラインを増やす。

 ゴブリンロードが怒号をあげ斧を振り下ろす。それをステップで躱しつつ、ゴブリンの腕に飛び乗り駆け上がる。

 肩まで到達し、怒りの形相でこちらを睨む醜悪しゅうあくつらと目が合った。ギラギラとねばつくような殺意の色を赤い目に浮かべるゴブリン。

 ぞくりと、背筋が凍る。しかし今はそんなものに構っている暇はない。注意をこちらに向け続ける!

 身体をひねり、剣を腰の辺りに持っていく。片手剣三連撃スキル『スクリプトフォー』。右から左へ水平斬り、鋭角に斬り上げ、最後に斬り下ろす。数字の四のように見える斬撃を顔に叩き込んだ。

 ゴブリンロードは怒りの雄叫おたけびをあげ、巨大な左拳をこちらに振るう。肩から飛び降りそれを回避するが、今度は両手を組み、頭の上に振りかざして、一気に振り下ろしてきた。避けようにも空中では身動きが取れない。

「はあっ!」

 そこに気勢と共に打ち出されたソナの刀単発スキル『砕突さいとつ』がゴブリンロードの一撃をギリギリのところで逸らした。しかしゴブリンロードは刀が刺さったことなど関係無いと言わんばかりにそのまま振り下ろす。刀は突き刺さったままなので自然、ソナもそれに引っ張られる形になり、勢いよく地面に叩きつけられる。

 俺自身も風圧で吹き飛ばされ地に打ちつけられた。瞬間、全身に凄まじい激痛が走り、肺の空気が押し出される。

 ニイィ、と不気味な笑みを浮かべ、斧を持ち上げるゴブリンロード。まずい……身体が動かない……!

 ゴウッ! と風を切り、傲然ごうぜんと振り下ろされる死が、俺の身体を斬り裂く。寸前で。

 甲高い金属音が響く。

「何やってんだ! さっさとソナ連れて逃げろ!」

 リヒトが一人で、その巨大な斧を止めていた。左腕が無くなっている。さっきの攻撃を受けたときにやられたのだろう。ということは当然、痛みもその身体をむしばんでいるはずで。

「お前……左腕が……」

「誰かさんたちのおかげで痛みには耐性があるんだよ! いいから早くしろ! もう持たねえ!」

 スキルではないとはいえ、ボスの攻撃だ。たった一人でそう長く止めていられるものではない。リヒトの想いを無駄にしないためにも、痛みに歯を食いしばって耐え、ソナを救出してその場を離れる。

「うぎぎぎぎ……!」

 膝を地につけ、なんとか持っている状態。もう後数秒持つかどうかだろう。かといって俺の力ではリヒトの重量を運ぶことはできない。何か方法を考えようにも痛みに気を取られて思考が回らない。どうする……!

「『ウィンド』」

 誰かの魔法名コールと共にリヒトの前に風の塊が現れ、弾ける。突風がリヒトを吹き飛ばし、斧がその場所を砕く。

「ギリギリね。無茶しちゃダメよ?」

 青い三角帽に青いローブ。明るく快活な話し方をするその人は。

「ルミナス……さん……」

「二人でボスに突撃なんて無茶よ? あ、三人か。まあ助かったからいいけど」

 大人が子どもに注意するように(その通りなのだが)優しく諭すルミナスさん。そうは言ってもあの状況では仕方がない。とにかく、時間は充分稼いだぞ。

「上出来ね。テラコッタ」

「うん! 『マジックアップ』!」

 サクヤの合図でテラコッタが魔法を使う。MATを上げる支援魔法バフだ。

二重展開ダブル

 サクヤが起句を口にすると、サクヤの周りに魔法陣が二つが展開される。黒魔道士スキルの熟練度三百で開放されたらしい『多重展開』という名のアビリティ。

 なんでもかなり集中する必要があるらしく、今回みたいに誰かがおとりにならないと使い物にならないそうだ。本人曰く、「そのうち息をするみたいにできるようになるわ」だそうだ。

「『ブラストバーン』」

 中級黒魔法炎系『ブラストバーン』の詠唱破棄。魔法陣が赤く輝く。

「落ちよいかずち、我に仇なす敵をて。『ライトニングボルト』」

 同じく中級雷系『ライトニングボルト』。こちらはまだ詠唱破棄できるほどイメージが強固でないらしい。残ったもう一つが黄色に輝き、準備が整う。

 その様子に本能的な危険を感じたのか、ゴブリンロードが斧を振り上げる。床を抉るように振り、岩のつぶてを大量に飛ばしてきた。サクヤは『二重展開ダブル』に集中しているため、避けることはできない。だがおそらくそれすら見越してテラコッタを呼んだのだろう。

「『バリア』」

 サクヤの前に透明な壁が張られる。それは殺到するつぶてを全て防ぎきってなお、そこにあり続けた。

「ふっふっふ。私の見せ場がここで来たよ! ついにしっかり活躍したよー!」

「はいはい、よくやったわよ」

 そうは言うけど支援魔法バフって凄く役に立ってるんだけどな。サクヤは適当にテラコッタをあしらい、ゴブリンロードに向き直る。

『マジックアップ』がかかった状態での『多重展開』。この魔法は――

「散りなさい!」

 ――現在発動できる魔法で、ほぼ最強の威力を誇る。

 極大の火柱と轟音の落雷がゴブリンロードを包み込む。雷炎がゴブリンロードのHPを凄まじい勢いで奪っていき、残り一割を切り、あと一撃いれれば確実に倒せる。そんな場面で。


「う……おおおおお!」


 今までどこにいたのか、セルバンテスが飛び出してきてゴブリンロードに向かっていく。LABラストアタックボーナスを狙っていたのだろう。LABを取れば激レア武器や防具が手に入るのだから狙うのは当たり前なのだ。横取りされるようであまり気分のいいものではないが、これこそが俺たちが狙っていた状況だ。

 目論見もくろみ通り、セルバンテスがトドメをさし、圧倒的な力を振るったゴブリンロードが膨大なポリゴンの欠片となって爆散した。

 空中に獲得経験値とアイテム、ゴールドが表示され、『Congratulations!』の金文字が輝き、その下にMVP獲得者とLA獲得者が表示される。LA欄にはもちろんセルバンテスの名前が、MVPにはメギトスさんの名前があった。


『勝った……勝ったぞぉぉぉ!!』


『うおおおおぉぉぉぉ!!』


 ゴブリンロードの咆哮の数倍大きい勝鬨かちどきが上がる。さ、さすがに疲れた……。

「お疲れ様です、ソルさん」

「お疲れ様〜」

 ソナとテラコッタからねぎらいの言葉がかかる。だが返事をする余裕がない。元々俺は体力がないんだよ。

「こんぐらいでへばってんじゃないわよ、この負け犬が」

「うるさい……勝っただろうが……」

 サクヤの罵倒は全く変わらず。まあ、元気なのはいいことだ。まだ仕事が残ってるしな。

「全くしょうがねぇな! ほら、俺がおぶってってやるよ!」

「死ね」

「容赦の欠片もねぇ!」

 黙れ、お前のふざけた冗談につきあってる余裕はないんだよ。

「そんなことより後は任せたぞ、サクヤ」

「わかってるわ」

 ここからが勝負だ。最初に起こったいざこざを解決する。


「ふ、ははは! やったぞ! 俺がとった! 俺が倒したんだ! フハハハハ!」


 ゴブリンロードがいた場所で一人高笑いをするセルバンテスに近づくサクヤ。

「おめでとう、セルバンテス」

「おお、お嬢さん! まあこの俺にかかればこんなものよ! ハハハハ!」

 勝手な行動ばかりしておいて何様のつもりなのか。結局ジャマーとしての役割を一つも果たしていないじゃないか、という俺の感想は置いておくとして。

「そうね。まあ何はともあれ、とりあえずLABで手に入れたアイテム、捨ててくれないかしら?」

「…………は? 何を言っている?」

 いぶかしげな表情で問うてくるセルバンテス。

「何って、決まってるじゃない、平等をきっするためよ。あなた言ったわよね。『平等であるべきだ』って。だったらLAでしかとれないアイテムなんて捨てるべきよ。そんなの平等じゃないわ」

「なっ……!」

 そう。これこそが俺たちが狙って起こした状況。あの時、全員で遠距離攻撃すれば間違いなく倒せたはずのボスをサクヤだけが攻撃したのはHPの調整をするため。前衛が吹っ飛ばされたのは予想外だったが、セルバンテスが出てきやすい状況を作るためにはむしろ好都合だった。

「さあ、早く捨ててくれない? 平等が一番なんでしょ?」

 淡々と追い詰めるサクヤ。

「ふ、ふふ……」

 顔を俯かせて何かを呟くセルバンテス。

「ふざけるなァァァ! 俺がとったんだ! これは俺のものだ!」

 ガキの理論だな。まあそう来るだろうと思ってはいたが。

「平等平等と言っていたわりにはそんなことを言うのね。あたしが装備やお金を配布したのはなんだったのかしら」

「黙れ! お前が勝手にやったことだ! 俺は強制なんてしていない! そうだ、チャンスは全員にあったんだ! 俺がそれをたまたまとっただけだ、平等じゃないか!」

 自分のおこないをたなにあげて激怒するセルバンテス。呆れてものも言えない。

「あたしの渡したレア装備やお金だって全員手に入れられる可能性があったのよ?」

「黙れぇぇぇ! そんなに言うのならデュエルだ! 最初のステータス配分、職業の選択、全て自分で選んだのだ。振り分けポイントだって全員同じだったはずだ! 卑怯とは言うまいな!」

 ……へぇ。ある意味筋が通っている。確かに平等性に訴えるなら効果的だろう。頭に血が上っているわりにはいい返しだ。理不尽なのには変わりないが。

「ふぅん……いいわ、受けるわよ」

 指を振り、デュエルの操作をしているのであろうサクヤ。ほどなくして空中に『デュエル!』の文字が浮かびあがる。

 対戦が始まるまでの猶予時間に、ポーションを飲んで回復を行うサクヤとセルバンテス。

 普通に考えれば魔導師対戦士では結果はほぼ見えている。残念ながら戦士の勝ちだ。戦士の強みはその強靭さにある。多少の攻撃では怯まない、ゴリ押し戦法ができる貴重な戦力として名を知られている。魔導師が即座に発動できるタイプの魔法では、体力を削り切る前に斬り倒されて終わりだろう。

 セルバンテスもそれがわかっていて、このデュエルを申し込んだのであろうことは顔を見ればわかる。しかし、ことサクヤに関してはその心配はない。

 時間がゼロになる。と同時にセルバンテスが背中の大剣を引き抜いてサクヤに襲いかかる。対するサクヤは杖をくるくると回して、つまらなそうにため息をついた。

 振り下ろされる大剣を一歩横に動いて避ける。続けて横薙ぎに振るわれた一撃を軽くジャンプしかわした。

「ぬうううん!」

 次々と振るわれる攻撃を最小限の動きだけで躱していくサクヤ。


『おいおい……あの子って最初にそこの男にやられてたやつだろ? なんであんなに強いんだよ』


 外野のセリフを耳聡みみざとく聞きつけたのか、そちらを睨んで黙らせる。セルバンテスがよそ見をした隙を狙って大振りの一撃を放とうとし、大剣を頭の上に掲げると、剣がルビーレッドに包まれる。確か、大剣単発スキル『グラビティ』だったかな。見た目ともあいまって威力の高さを感じさせる上段斬りを、しかしサクヤは、

「動きが見え見えなのよ」

 くるりと回転してそれを避け、杖をセルバンテスの鼻頭はながしらに叩き込んだ。

 ダメージこそないものの、痛みはかなりのもののはずだ。鼻は人体急所の一つであり、そこを思いっきりぶっ叩かれたのだから。

「まだやる?」

 サクヤの挑発的なセリフ。それに逆上したセルバンテスがめちゃくちゃに剣を振り回す。しかしそんな精細せいさいのない攻撃はサクヤには当たらない。避ける合間に杖を振るい、少しずつダメージを与える。


「驚いたな……あそこまでやれる子だとは……」

 メギトスさんが声を漏らす。まあ魔導師が魔法も使わず戦士を圧倒してんのは異常だよな……。

「あいつ昔は剣士だったんですよ。ちょっと前にスキル無し、自分の剣術だけで戦うゲームありましたよね」

「ああ、システムアシスト無しだとろくに戦えないインドア派に身体を動かすことを強制する鬼畜ゲーか」

「なんか恨みでもあるんですか……? まあそれはいいとして、あいつその中のゲームの一つの高ランカーなんですよ」

 俺も誘われたが現実の身体能力を参照するため、ろくに身体が動かず上位にはいけなかった。インドア派のために存在すると言っても過言ではないゲームで、現実の身体能力依存の設定にするとは斬新だなと呆れた記憶がある。

「もしかしたら聞いたことあるかもしれないですね。『ルナティックソードマン』って呼ばれてました」

「…………それって高ランカーどころか……」

 メギトスさんが顔を引きらせる。俺は肩をすくめて、多分想像通りですと返した。

「そういうこともあってこっちでも剣士選ぶと思ってたんですけどね。とにかくそろそろ決着っぽいですね」


 セルバンテスのラッシュを軽々とかわし、逆に次々に杖を叩き込む。ダメージこそ低いものの、確実にHPを減らしていく。

「ぬおおおお!」

 セルバンテスが大剣を横に構えて薙ぎ払う。サクヤがそれをかがんでけ、杖をね上げ、セルバンテスのあご射抜いぬき、顔を仰け反らせる。さらにそのまま振り下ろして顔に痛打を与え、後ろに回り込み首元に一撃。

「沈みなさい」

 ラストに倒れ込むセルバンテスの顔面にかかと落としを叩き込んだ。SPDは単純に脚力に影響する。サクヤはSPDに準振りしているので足技に限り、それなりの攻撃力を有する。その一撃でセルバンテスのHPがレッドゾーンに入った。

 顔を抑えてのたうち回るセルバンテスにサクヤが冷ややかな目で告げる。

「さて、まだ続ける気があるなら構わないけど、」

 一度言葉を切り、

「殺すわよ」

 底冷えのする声で言い放った。セルバンテスのみならず、周囲のプレイヤーまでもが気圧けおされ、後退あとずさる。それでもセルバンテスはいくらか気力を取り戻したようだ。

「ガキが……なんで俺の邪魔をする!」

 この状況でも自分の主張を曲げないつもりのようだ。その根性は大した物だが、サクヤに対しては逆効果だ。

「あなたがしたことを覚えていないのかしら? 最初に輪を乱そうとしたのはあなたよ。あたしがああしなければ今頃不和が起きていたでしょうね」

「あの程度で乱れる仲間意識などない方がマシだ!」

「そう、ならあたしは乱したくないからあなたを殺すわね。せっかく芽生えた仲間意識を壊す人なんていない方がマシだから」

 杖の先をセルバンテスに向ける。ほのかに赤く光る杖は、魔法の発動の前兆ぜんちょうを意味する。それは明確な殺意のサイン。

「わ、わかった! 返す! 金も装備も全部返す!」

 さすがに危機を感じたのか、命乞いを始めるセルバンテス。しかしサクヤは止まらない。

「あたしはそんなこと求めてないの。邪魔だから排除するのよ。平等を求めたのはあなただけど、それを邪魔するのならあなたはいらない」

 ゴミを見るような目でセルバンテスを見下ろすサクヤ。杖に宿る赤い光はサクヤに呼応するように輝きを増していく。

「さて、言い残すことはあるかしら?」

 一歩、一歩とセルバンテスに近づいていく。カツン、カツンと響く死の音。ついに光は炎に変わり、青い巨漢を消し炭にする準備ができている。

「ヒッ……」

 今までにない情けない声を上げるセルバンテス。確実に近づいてくる死への恐怖に、ついにプライドが砕けたのだろう。

「じゃあね、バイバイ」

「待っ――!」

 サクヤが杖を振り上げ、振り下ろす軌道が赤い弧を描いた。杖の先から炎が噴き出し、セルバンテスの身体を覆う。

「うわあああ! 死にたくない! 俺はまだ――!」

 その言葉を最後にセルバンテスは気を失った。死の恐怖が精神にセーフティをかけたのだろう。精神が壊れる前に気を失わせるのは防衛本能としてあることらしいからな。だがセルバンテスのHPはレッドゾーンに入って(・・・・・・・・・・)からは少しも減ってい(・・・・・・・・・・)ない(・・)

「なんて、冗談よ」

 べ、と舌を出して杖をくるくると回すサクヤ。魔法の指向性。それを利用した作戦だ。とりあえずセルバンテスをキレさせてデュエルに持ち込み、サクヤが圧倒して死ぬ直前まで追い込んだ後、言葉で恐怖を煽って魔法を放つ。普通に撃てば確実にあいつは死んでいただろうが、魔法には指向性が存在するため、意識すれば人を傷つけないこともできるのだ。

 前提としてサクヤがセルバンテスをボコボコにする必要があったが、その辺は特に問題なく行えるだろうと踏んでいた。VRMMO系のゲームの熟練者なら説明の段階であんな理不尽なことは言わない。少なくとも役割を把握していない時点で初心者同然なのはわかってたからな。サクヤの実力は痛いほど知っているし。

「さて、これでもう攻略に口出ししてくることもないでしょう。くだらない平等理論は破棄よ」

「あ、ああ……助かった、ありがとう」

 先程から引き攣った笑みを崩せないでいるメギトスさん。サクヤはいぶかしげにメギトスさんを見て、何かに思い至ったのか、こちらに視線を投げかけてきた。多分想像通りだよ、サクヤ。

「ま、いいわ。疲れたからめるのはあなたに任せるわね」

 つかつかとこちらに歩いて来るサクヤ。やばいかな、これ。


「総員に告ぐ! 今この時を持って、第一階層のクリアを宣言する!」


『っしゃああぁぁ!』


 再び大きな勝鬨が上がった。後はポータル的なので街に帰るだけだな。っとやばい、かなり怒っていらっしゃる。火の玉がガンガン飛んでくる。

 それを避けながら横目で奥の扉に入っていく人たちを確認する。俺も早く帰って休みたいのだが……。

「とりあえず死ね」

「こんなところで死ねるか」

 今はこの状況をなんとかしなければならないのだった。っておい、リヒト、テラコッタ、ソナ。普通に置いていくな、助けろ。





『カンパーイ!!』


 ボス戦で得た金のほとんどを酒場を貸切にすることに使ったらしい、酒好きのメンバーによる祝勝会という名の飲み会が開かれている『アックライの酒場』。ボス戦参加メンバーを中心に、NPCも混ざって大騒ぎ。どこにそんな元気が残っているのか疑問が残る。

 サクヤとの(無駄な)死闘を終えたあと、『カーナイルの宿舎』に戻り、ほとんど倒れ込むようにして布団にダイブし、即座に眠りについた。その時は気にする余裕が無かったが、フラフラと後ろをついてきてたサクヤも大体同じような行動をとっていたので、結果、また一つの布団で二人が寝るという事態になってしまった。これではあのバカップルのことを言えない。むしろこっちが冷やかされる。

 ボス戦が始まったのが四時前ぐらいで、終わったのが五時くらい。エキシビションマッチが十五分ぐらい続いて宿に戻ったのが五時四十分ぐらいで、起きたのが七時過ぎだったかな。今が九時過ぎなのであれからまだ五時間ほどしかっていない。

 まだ疲れも残っているしぶっちゃけ帰りたいのだが、メギトスさんが直接誘いに来てくれたため、帰るに帰れない。誘いを無下にするようなことはできるだけしたくない、のだが。


「うはははは! 三番、リヒト歌いまーす!」

『おおーいいぞー! やれやれー!』

「あははは! リヒト君上手〜!」


 もうそんなこと全てを振り切って帰りたい。あのバカップル、酔いやがった。確かにVRワールドだから酒は未成年でも飲める。そして酔っ払える。だが昔から酔っ払いは面倒くさいと相場が決まっているのだ。好き好んであの中に入る気は起きない。

「あれ〜? ソル~元気ないぞぉ〜? もっとテンション上げぶへぁっ!」

鬱陶うっとうしい、近づくな」

 入らなくても絡まれる始末だ。もうやだここ。


「すまないね、無理やり誘って」


 ふと、声がした。そちら振り返るとメギトスさんが立っていた。

「どうしてもお礼がしたかったんだ。色々とありがとう」

「俺は特に何もしてないですよ。礼ならサクヤとソナに言ってあげてください」

「戦線瓦解時に奮戦していたじゃないか。あれがなければ何人かは死んでいたかもしれない」

「結果的に全員助かりましたし、よかったじゃないですか。それに俺がやらなくても誰かがやりましたよ」

 謙遜するなと微笑ほほえまれたが、手をヒラヒラと振るだけにとどめた。実際ほとんどあの二人のおかげだしな。


「何話してるんです?」


 メギトスさんと話していると、ソナが興味を持ったように話しかけてきた。隣にはサクヤの姿もある。

「珍しいツーショットだな」

「絡まれたくなさそうにしていたので護衛をしていました」

「いいナイトぶりだな」

 本当によくできたやつだよ、お前は。

「で、何話してたのよ」

 サクヤが若干不機嫌そうに口を開いた。なんで不機嫌?

「君たちのおかげで一階をクリアできたって話だよ。ありがとう」

 メギトスさんが頭を下げるとソナも慌てて頭を下げ返した。

「ま、積もる話もあるでしょうしゆっくりしたら? あたしの護衛はもういいわよ、ありがとね、ソナ」

「あ、はい、わかりました。どこへ行くんです?」

「風に当たりに行くのよ。じゃあね」

 そう言ってすたすたと行ってしまったサクヤ。相変わらず自由だな。

「ふむ、彼女にも後で改めて礼を言わねばな」

「いらないと思いますよ。あいつ、そういうのあまり気にしないんで」

 いやしかしだな、と言い募るメギトスさんの言葉をさえぎって話題を変える。

「それはそうとセルバンテスはどうしたんです? あとLAのアイテムも」

「……一応まだギルドにいるよ。下手に脱退させると他の人に迷惑がかかるかもしれないからね。監視をつけて行動することを条件に、LAのアイテムもそのまま保持してもらっている」

「……そうですか」

 まあ妥当な落としどころだろう。少なくとも野に放つよりはずっといい。手に持ったグラスを傾け、液体を口に含む。う、やっぱり変な味……苦い。ジュースにすればよかった……。

「ソナ、俺も風に当たりに行く」

 ソナは何かを少し考えこんだあと、

「わかりました。楽しんでくださいね」

 妙なことを言い出した。なんか勘違いしてないか、こいつ。

「お前の想像してることじゃないと思うぞ」

「大丈夫ですよ。僕は何も知りませんから」

 なんとなく言っても無駄なような気がしたので、そのまま放置してベランダに行くことにした。





 ベランダに一人――他のプレイヤーもいたが――佇む少女。夜よりもなお、深い黒髪が風を受けてさらさらと流れる。気配に気づいたのか、こちらに振り返るサクヤ。

「何しに来たの?」

「一人じゃ寂しいだろうと思ってな」

「余計なお世話よ、このボウフラが」

 いつものやりとりもそこそこに、本題を切り出す。

「ありがとな、ボスを倒してくれて」

「倒したのはセルバンテスよ。あたしじゃないわ」

「あそこまで削ったのはお前だよ」

「それを言うなら時間を稼いだあなたが一番の功労賞よ。あたしはやることをやっただけ」

 素直じゃないなと言うと、お互い様よと返された。それもそうだと少し笑って上を見上げる。

 既に空は黒く染まり、点々と星がまたたく。たまに白い光が尾を引いて流れることもあった。しばらく眺めていると、サクヤが言葉を発する。

「あんたがいてくれてよかったわ」

「ん?」

「あんたのおかげで、あたしはあたしでいられるから」

「急にどうしたんだ?」

 唐突なサクヤのセリフの意味がよくわからず聞き返す。

「でもあんたは変わらない。いえ、変わったのかしらね。どちらとも言えないけど」

 意味深なサクヤの言葉。

「……お前、酔ってるのか?」

「……そうかも。ごめんなさい、先に帰るわね」

「なら俺も帰るよ」

 サクヤについて行こうとすると「あんたはあのバカ二人を引っ張ってからよ」とさとされてしまった。いや、それはその通りなんだけどひたすら嫌だ。

 せめて出口までは送ると伝えると、肩をすくめられる。この場合は俺は肯定ととる。

「じゃあね」

「ああ、気を付けろよ」

 若干心許(こころもと)ない足取りでフラフラと歩いて行くサクヤ。やっぱり少し酔ってたか。早めにあいつら回収して俺も帰らないとな。


「まだまだ行くぜー!」

『フゥゥゥゥー!!』


 とりあえずぶん殴って意識奪っとくか。






 リヒトとテラコッタの身柄を拘束し、ソナに引き渡して(押し付けともいう)宿に放り込んでおくように伝え、俺も宿舎に戻った。

 二つあった部屋の一つを解約してしまったので、当たり前というか、サクヤが俺の部屋で寝ていた。

 起こすと不機嫌になりかねないので、物音を立てないように、慎重に足を運んで風呂場に向かった。別にゲームだから多少汚れても、しばらく時間が経てば汚れは消える。が、そこは気分というものだ。たとえゲームであろうと習慣までもは早々消えるものじゃない。

 簡単にシャワーを浴びて、上下黒のスウェットに着替える。最初に持っていた赤と青の上下は既に売っぱらっており、その金でもう一着、上下黒のセットを購入した。なんやかんやでスウェットのまま戦ったりしてたし、そろそろ普通のTシャツなりを買う必要があるかな。金も貯まったし。

 脱衣所から出て、リビング兼寝室に戻る。変わらずすうすうと小さな寝息を立てているサクヤ。なんとなくその姿に安心感を覚えた。

 こんな世界でも俺たちは変わらずに生きている。だが変わらずに生きていけるということは、別に現実世界に戻る必要はないということではないか? そんな考えが頭に浮かぶ。

 ――いや、違う。

 どんなにリアルだろうと、これは作り物だ。俺たちがいるべき世界ではない。本当の居場所ではないのだ。


 俺は必ず現実に帰す。何があろうと絶対に。


 布団を被り、目を閉じる。静かな闇の中、急激に襲ってきた睡魔に抗うことはせず、俺はゆっくりと微睡まどろんでいった。


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