開戦
「では、攻略会議を始める」
あれから三日後。『WOR』のギルドマスター、メギトスが主催となり、中央広場にて攻略会議が始まった。『WOR』のメンバーが東奔西走していたようで、この会議の情報が出回り、あらゆる有力プレイヤーがここに集っているらしい。
「私は『ワールド・オブ・リベレイト』のギルドマスター、メギトスだ。まずはここに集まってくれた皆に礼を言おう。ありがとう」
青い鎧を身に纏った勇者が頭を下げる。一挙手一投足がいちいち凛々(りり)しいんだよな、この人。
「ここにいる者は皆、腕に覚えのある者たちなのだろう。剛腕を振るう者、鉄壁を誇る者、俊足で駆ける者。それぞれの力を活かしてボス攻略に臨みたいと思う」
言葉だけでなく、心で語りかけるように、真剣な表情で言葉を紡ぐメギトスさん。
「確かにボスは手強いだろう。しかし恐れることはない。レベルマージンも充分にとってあるし、いざとなれば私たちが全力で守る所存だ」
拳を高く振り上げる。
「勝とう! みんな!」
『うおっしゃぁぁぁ!』
メギトスさんの鼓舞は絶大な効果があったようで、広場にいる者のほぼ全てが同じように拳を振り上げる。
「すごいカリスマ性ね」
事の成り行きを黙って静観していたサクヤが口を開く。
「そりゃ初日でバラバラだった人を纏めてギルドを創設した人だしな。これぐらいはやってのけるだろ」
「そんなものかしらね」
いまいち納得していない風のサクヤ。別に不思議なことはないと思うけどな。これだけ人がいれば、そういうカリスマ性を持つ人がいてもおかしくない。
「では、ボスの情報についてだ。皆も知っての通り、ボスの情報は特定のクエストをクリアすることで開示される。特定クエストは全部で三つあり、その内の二つをうちのギルドが担当した」
『担当って……残り一つは?』
「そこにいる『ディクテイター』というギルドに協力してもらった。彼らとは既に同盟を結ばせてもらっているのでね」
メギトスさんがこちらを指して質問に答える。視線が一時こちらに集まるが、すぐにメギトスさんの方に向き直る。
「その結果で集まったのがこれだ」
メニュー画面を操作し、情報を一斉送信するメギトスさん。これで全員に情報が行き渡っただろう。
「それは後ほど各自で確認してくれ。まずは役割を決めたい。基本的なダメージ源の近接攻撃役と遠距離攻撃役、ダメージを受けた者を癒す回復役、敵の攻撃を受け止める防御役、そして敵の動きを阻害する妨害役の五組に分けたいと思う」
では、動き出してくれ! とメギトスさんの掛け声が入り、指定された位置に移動し始める面々。
うちのギルドでいえば俺がジャマーで、サクヤがスナイパー。ソナがアタッカーでリヒトがタンク、そしてテラコッタがヒーラーになる。
「んじゃ行くか、後で合流な!」
「うん、また後でね〜」
リヒトとテラコッタのいつも通りの会話。主に男の視線が集まるが、当人たちは気にしていない様子だ。既にこの二人は付き合っているという情報は広まっており、リヒトに憎悪値が集中しているため、変な意味でうちのギルドは有名になりかけている。
「では僕も行きます」
「あ、あたしも行くわ。じゃあね、ソル」
「ああ」
ソナとサクヤが連れ立って攻撃部隊の所へ行くのを見送る。さて、俺も動くかな。
「ジャマーはこれで全員か? よし、では説明を始める」
『WOR』のメンバーらしい、青髪で筋肉質、二メートルを超える身体に青い軍服に青いズボンを装備し、大振りの両手剣を背中に留めた厳つい顔のおっさんが部隊のリーダーを務めるようだ。見た感じ明らかにアタッカーの外見じゃねぇか、オイ。
「お前らの仕事は敵の攻撃を止めることだ。なんでもいいから攻撃を止めろ」
めちゃくちゃ言ってるな、コイツ。ボスモンスターだぞ? そんな簡単に攻撃を止められるわけないだろう。しかも敵の攻撃を阻害するのではなく敵の行動を阻害するのがジャマーの役目だ。
「質問いいですか?」
「なんだ」
「あなたは何をするのですか?」
こいつは最初に『お前ら』と言った。とするとこいつは別の仕事をこなすのかもしれない。しかし、
「後ろでお前らに指示を飛ばしてやる。感謝しろ」
俺の質問にぶっきらぼうに答えるおっさん。だめだ、こいつは何もわかっていない。攻撃を止めるのはタンクで間に合っている。ジャマーの仕事は攻撃を止めるのではなく、行動の制限をすることだ。
「なんだその目は」
「失礼ですがそれはジャマーの本分ではないかと。止めるのはタンクの役目です」
「黙れ小僧が、黙って従え。俺はβテスターだぞ」
押し付けも甚だしいな。周りの者も不信感を抱いている様子だったが、おっさん――セルバンテスが一睨みすると全員押し黙った。
「フン、メギトスめ。こんな小僧と同盟を結ぶとはなんと愚かなことか。まあいい、俺は俺なりにやらせてもらう」
舌打ちをして、あからさまに不満を口にする。やはりこいつはジャマー向きではない。セリフや装備から察するにアタッカーなのだろう。なぜメギトスさんはここの配置につかせたんだ?
一抹の不安がよぎりつつも、セルバンテスの押し付け理論を聞くことしかできなかった。
部隊の説明も終わり、もう一度ギルド、もしくはパーティごとに集まる俺たち。気に食わないこともあったがこれでようやくボス戦だ。
「では、これで攻略会議は終了と――」
「待った、メギトス」
終了宣言をしようとするメギトスさんに待ったをかけるセルバンテス。まだ何かあるのか?
「より確実に攻略をするなら、全員の装備や金を平等に分配するべきだと思わないか?」
「なっ……! 何を言ってるんですか!」
「だってそうだろう? 今のままでは装備のレベルに差があるではないか。それでは死んでしまう者が出るかも知れん。ならばいい装備を持っている者がそれを渡すのは不自然ではないだろう?」
――くだらない。最も愚かな選択だ。
そのリスクも確かにあるだろう。だがここにいる者はそんなことを承知の上で来ている者たちだ。死ぬかもしれないにも関わらず外に出て戦闘を行い、その結果得たのが装備やアイテムだ。そんな苦労の結晶をほいほいと、それもほとんど他人に渡せるわけがない。今更そんなことを言って輪を乱す必要はないんじゃないのか。
今の空気をわかっていないのか、セルバンテスは続ける。
「そうだ、使わない装備なら人にくれてやればいい! そこの魔導師! お前たちは戦士用のレア装備を持っていないか? 持っているのなら俺に渡してくれないか?」
ジリジリと魔導師のいる方に詰め寄るセルバンテス。さすがにこれ以上は放っておけない。セルバンテスを止めるべく声をあげようとした、その時。
「あたしが持ってるわ」
サクヤが声を発した。確かにリヒトの鍛冶スキルの熟練度上げ、と言う名目でやたらめったらに装備を製造しまくった過程や、モンスターからのレアドロップでいくつかのレア装備を持っている。でも渡すつもりなのか、それ?
「ほう、では渡してくれるね?」
「ええ、平等にするべきだものね」
トレード画面を開き、セルバンテスにレア装備を渡すサクヤ。おいおい……使わないとはいえなかなか出ない代物だぞ、それ。売ればそれなりの金額にもなったのに。
それで終わりかと思えば、サクヤはさらに続ける。
「さあ、他にも欲しい人はいない? まだあるから遠慮しないでいいわよ。攻略のためだもの、気にしないで」
ざわつきが広がる中、ちらほらと手が挙がり、その者に例外無くサクヤは装備を渡していく。まさに大盤振る舞いだ。最初からこうするつもりだった? サクヤの考えがわからない。
「ほら、これで平等よ。これでいいでしょ?」
「ああ、感謝するよ、お嬢さん。では次にお金だ」
「セルバンテスさん! もういいでしょう! 装備だけでも充分だ!」
メギトスさんの静止が飛ぶ。しかしそれでもサクヤは止まらない。
「ええ、いいわよ。できればみんなにも参加してもらいたいのだけど……あたしだけでもいいかしら?」
「ふむ、仕方ないね。一人だけに任せて皆が平等を拒否するのならそれもいいだろう」
明らかな嫌味がセルバンテスから発せられる。周りの敵意の視線を無視して、セルバンテスはトレードを開始しようとした。
「……私もやります」
そんな状況を見かねて、メギトスさんが重々しく声を出した。それにつられたのか辺りからも、俺も、私もという声が上がりはじめ、やがて全員がトレードを承認した。
「ははははは! そうだろうそうだろう! 平等が一番だ! それで攻略が捗るのだからな!」
一人高笑いをするセルバンテス。攻略に一役買ったヒーローの気分でも味わっているのだろうか。むしろ、全員を敵に回しているのだがな。
ひとしきり笑ったあと「俺は先に塔に向かっておく」と言い残して去っていった。
「……すまない、サクヤ君」
「いいわよ、むしろ問題が早く片付きそうでよかったわ」
メギトスさんの謝罪に対して、よくわからない返答をするサクヤ。
「みんなに少し話があるの」
天空の塔、門の前。広場に集まった三十人を編成して一チームずつ塔に入り、先遣隊の成果の結晶であるマップを駆使して、最短距離を最速で駆け抜け、無駄な戦闘は避けることを方針とした。ボス部屋の前で合流する手筈になっているはずなので、まだ戦闘は起こっていないはず。
門には左右に数字が表示されており、右は階層で、左が塔の現在挑戦人数だ。既に四組が突入しており、残るは俺たち『ディクテイター』と『WOR』のメギトスさんのチームのみ。
「本当にすまなかった」
再度、先程の出来事について謝罪するメギトスさん。
「もういいって言ってるじゃない。それよりちゃんと手筈通りに動いて欲しいわね」
「それは了解なのだが……本当に大丈夫なのか?」
「その点に関しては心配要りませんよ。俺が保証します」
心配そうなメギトスさんを安心させるために言ったのだが、不安の色は消えない。
「あんたの保証なんて意味ないのよ、このヘドロが」
「言い方きつくね?」
普段通りの言い合い。それがかえってメギトスさんを安心させたようで、メギトスさんの顔に微笑が浮かぶ。
「わかった、もう何も言わないよ。そろそろ時間だから私たちは行くよ」
「途中で死なないでくださいよ?」
「ははは、そうならないように頑張るよ」
軽口を交わして、メギトスさんたちは塔へと入っていった。左の数値が上昇し、二十五になる。今から十分後に俺たちも突入だ。
「もうすぐ……だな」
「そう……だね」
リヒトとテラコッタが緊張の面持ちで言葉を発する。そこへ、
「ぐへぇっ!?」
サクヤが飛び蹴りを喰らわせる。だからスカート。
「なにすんだ!」
リヒトがキレる。そりゃそうだな。
「あのね、緊張する必要なんて無いのよ。やることは一緒だって言ったでしょ。ボスを倒してこのゲームをクリアする。それだけよ」
「あはは、シンプルですね。でも好きですそういうの」
ソナが笑う。そうだ。何も難しいことなんか無い。全員が自然と手を重ねる。
『死なずにクリア、上等だ!』
鉄鎧を鳴らし、ハンマーを肩に担ぐリヒト。
法衣を揺らし、タクトを振るテラコッタ。
羽織を着て、刀を腰に差すソナ。
ローブを身に付け、杖を回すサクヤ。
皮の胸当てと肩当てを装備して、剣を下げる俺。
時間が、来た。
「行くぞ」
扉を開けて中へと入る。ここからが本当の闘いだ。
ダンジョン内での戦闘自体はそう大したものではなかった。リヒトが攻撃を受け止め、その隙をついて俺とソナがスキルを当てる。相手の体力が残った場合はサクヤが片付けるの繰り返し。テラコッタの支援魔法がかかっていることもあり、殲滅速度はかなり上がっている。
最初の頃はバフをかけられたときは変な感じがしたものだ。急に力が上がったような感覚はなんとも言えず、沸き上がる、というよりも抑えきれないの方が正しい表現だっただろう。特に『アクセル』はスピードが上がりすぎて、足が追いつかなくて転んだ、なんて弊害も起きた(割合上昇っぽいから俺だけに起きた現象だったけど)。
ステータスの変化は身体の変化。今までの常識は通用しない場面がいくつもある。これからのボス戦もおそらくそういう場面があるのだろう。気を引き締めていかなきゃな。
無視できるところは無視して、ダンジョンを疾駆する。
「今んとこ余裕だな」
「だね。モンスターの挙動にも特に変化はないみたいだし、レベルも高くないし」
リヒトとテラコッタの会話。ダンジョンモンスターというからにはそれなりの強さを覚悟していたのだが、拍子抜けするというか、特にこれといった変化は見られなかった。出現するモンスターのレベルも三とかそのあたりだし、それほど警戒する必要はなかったみたいだ。
会話にソナが参加する。
「でもそちらの方が好都合ですよ。死んだら記憶がなくなるんですよ?」
「そりゃそうだ。まあでも普通のMMOと変わらねぇよ。やることは同じだ」
リヒトが返答を返す。だが俺はその返答に疑問を感じた。俺個人の疑問、というよりは全体の課題というべきなのかもしれない。
「なあ、みんなは今の状況をどう思ってる?」
速度を維持したまま質問を投げかける。
「どうって……そりゃ異常だと思ってるよ。ログアウトできないんだし」
「早く帰りたいよね」
リヒトとテラコッタが答えを返す。だがどうにも不安を拭えない。少なくとも俺は記憶の件に関しては半信半疑だ。そうなのかもしれない程度の認識しか持っていない。本当は死んでも記憶は奪われず、ドッキリでしたなどと言ってくれるのかもしれない。
それでも、死ぬことに関しては許容できない。VRゲームが普及してからは『死』という概念が薄れてきている。ゲームなら死んでも普通に復活できるし、何より痛みを感じないことがそうさせているのだろう。もちろん本能的な恐怖もあるのでなくなったとまでは言わない。実際、自分が現実でナイフや拳銃を突きつけられたらろくに動けない自信がある。
だがここはゲーム世界だ。『死んでも大丈夫』。そういう考えが無意識に頭の中に根づいてはいないだろうか。
ソナとサクヤは何かを考え込んでいるようだったが、それを口に出すことはなかった。この世界での認識とはなんなのだろうか? 今この状況はゲームと現実を区別してもいいのだろうか?
答えの出ない問を走りながら、ひたすら頭の中で繰り返した。
「みんな、よくここまでたどり着いた」
ついにボス部屋に到達した。
レイドボス――複数人での戦闘を前提とした、強力なボスだ。
パーティを組み、さらにそのパーティを合わせることでレイドになる。最大レイド数は六で、最大人数は三十人まで。つまり、今の俺たちはフルレイドを組めることになっている。
レイドを組む利点はパーティを組んだ時と同じく、仲間のHPを確認できること。パーティを組んだ時ほど細かな数値までは確認できないが、減少値の確認程度ならそれで充分だ。特にボス戦ではHP管理が重要になるため、レイドは必須なのだ。
部隊を分けたものの、部隊ごとにパーティを組むことはしない。あくまでも『役目』を全うすることが目的であるため、ある程度連携のとれる者同士がパーティを組めるようにしている。そうでなければ戦線が一気に瓦解するからだ。
「安全マージンをとっているとはいえ、油断は禁物だ。死ぬなよ、みんな!」
『おお!』
メギトスさんの鼓舞を受け、士気をあげる面々。情報を再確認し、戦闘時のイメージを練る。
そして、扉が開かれた。
ボス部屋は目測で大体五十メートル幅のドーム状になっており、薄暗い。奥には扉らしきものも見え、おそらくあれが次の階層に進む道なのだと思われる。静寂が辺りを満たし、カツン、カツンと靴の音が反響する。そして、全員が入り終えた瞬間、扉が閉じられた。
ボッ、ボボッと壁に炎が灯る。部屋を照らし、その中心に光が顕現する。光は大きく膨らみ、何かを形作り、そして――ボスが現れる。
階層イコールボスレベルなので、レベルこそ一と表示されているものの、ボスモンスターにおいてその指標はほぼ役に立たない。少なくとも階層プラス五レベルが十五人いないと倒せない程度には強いのだから。
四メートル超の緑の巨体。頭には角が生え、耳は尖っている。まるで豚のように潰れた鼻と醜悪な顔。手に持つ大きな両刃斧がギラギラと鈍い光を放っている。
ファンタジー世界のザコモンスターの代名詞――ゴブリン。の皇。
「ゴブリン……ロード」
誰ともなく発した言葉に反応したわけではないだろうが、赤い光を宿した目をこちらに向けた。そして――咆哮。耳を劈くような怒号が衝撃となり、大部屋を震わせる。
圧倒的な威圧感。否が応にも意識させられる、死への恐怖。それでも――前へ。
ヒーラー部隊の支援魔法を受ける。準備は完了。覚悟もできた。こちらは平均レベルが九だ。人数も適正の倍いるし、死者を出さずにクリアは充分可能だ。
「怯むな! 勝つぞ!」
『おお!』
メギトスさんの鋭い叫びが開戦の合図となった。
「タンク部隊! スイッチ!」
『了解!』
メギトスさんの指示で、振り下ろされるゴブリンロードの大斧をタンク部隊が盾で受け止める。タンク部隊のHPがわずかに削れるが、すぐさまヒーラー部隊がそれを回復。攻撃後の隙を突いて色とりどりの閃光を纏った武器がゴブリンの身体を斬り裂き、叩き潰し、貫く。
追い撃ちをかけるようにスナイパー部隊の隊長、ルミナスさんの号令で魔法やら矢やら弾丸やらが殺到し、その巨体を怯ませ、さらに追加でアタッカーがスキルを発動させ、攻撃を叩き込んだ。
情報その一、ボスのHPバーは全部で三段。一段削るごとに攻撃パターンが変化し、取り巻きであるゴブリンソルジャーが五体出現する。
そして今、一段目を削り切った。
「一段目消失! 全員警戒を怠るな!」
『了解!』
怒号を轟かせ、ゴブリンロードが斧を高く突き上げ、ゴブリンソルジャーが召喚し、近くのプレイヤーに手当たり次第に襲いかからせる。レベルは、三。
俺たちの役目は遊撃隊のようなものだ。戦場を飛び回り、仲間のサポート、敵の妨害、取り巻きの排除、憎悪値管理。それがジャマーの本来の仕事だ。そのため攻撃にはあまり参加せず、後方で待機することが多めだが、今仕事ができた。
役目を果たすため、地を蹴り、剣を肩の高さに合わせて引き絞る。片手剣単発スキル『スラスト』。
グリーンの光に包まれた突きがソルジャーの心臓部を貫き、ポリゴン片に還す。さらにもう一体に近づき、『スラッシュ』で一閃。しかし、ソルジャーは斬撃に合わせて後ろに跳び、致命傷を回避した。
反撃を受け、俺の右腕を浅く斬り裂きHPが減少した。痛みが走るが気にしている場合ではない。続けてもう一撃が飛んでくる。身体を右に跳ばせて攻撃を避けるが、そこへ追い打ちをかけようとするソルジャー。無理な姿勢のまま、相打ち覚悟で反撃しようとすると、二つの紅い光が左右から伸び、三等分に斬り裂いた。
『ヘイボーイ! ケガはねぇか?』
ジャマー部隊で一緒だったデビットとマイケルが刀を振るいながら話しかけてきた。アメリカ人、だろうか。鼻も背も高い。ビッと親指を立て、片目を瞑って笑いかける。
「ああ、悪い。助かった」
『ハハハ! 気にするな! 燃えてくるね、マイケル! フゥゥゥゥ!』
『そうだねデビット! ホォォォォ!』
短い会話を交わし終えると、すぐに自分の持ち場に戻っていったデビットとマイケル。て、テンション高いな……。
若干引き攣った笑いを浮かべながら辺りを見回すと、ジャマー部隊がソルジャーを全滅させ、敵は再びゴブリンロード一体になったところだった。
「『デッドリースイング』来るぞ!」
メギトスさんが叫ぶ。情報その二、取り巻きを全滅させた時のみに大技を発動する。ゴブリンロードの大斧がクリムゾンレッドに輝き、スキルの体勢にはいった。タンク部隊がそれに合わせて盾スキルの『シールドガード』を発動させ、攻撃に備える。
横薙ぎに振るわれた巨大な紅と一箇所に集まった六つの蒼の光が激突し、光芒を散らせる。わずかにタンク部隊が押され、後退していく。このままでは押し切られて全員がダメージを受けてしまう。
そう考えた俺はゴブリンに向かって走り、リヒトの肩を踏み台にしてゴブリンの顔めがけて跳ぶ。その勢いのままスキルを発動。片手剣単発水平斬り『ストリーム』。
目を狙って発動させたそれは見事にゴブリンの視力を奪う。その隙にタンク部隊が斧を押し返し『デッドリースイング』を防ぎきった。一時的とはいえ両目を潰したんだ。このチャンスを逃す手はない。
「今だ! 全員突撃!」
同じことを考えたらしいメギトスさんが指令を飛ばす。その合図で全ての部隊が攻撃に転じる。剣が舞い、炎が焼き、雷が貫く。めちゃくちゃに暴れるゴブリンロードの攻撃は威力こそ恐るべきものだが当たらなければ意味がない。タンク部隊が攻撃を捌き、アタッカー部隊がスキルで攻撃する。怒涛の勢いでボスのHPバーが減少していき、残り二割、一割――そしてゼロに。
「ラスト一本だ! 全員踏ん張れ!」
メギトスさんの激励と同時、三度ゴブリンソルジャーが現れる。ゴブリンロードの視力も回復し、攻撃パターンもより苛烈なものになり、苦戦を強いられているようだ。
情報その三、ソルジャーの思考は連結している。俺たちにとっては一番の問題だ。可能な限り情報を与えず、早めに倒すように心掛けたが、それでも先程までとは動きが段違いになっている。レベルも地味に五に上がっているし。
剣撃を防ぎ、反撃に転じ、防がれ、また防御に回る。ぶつかり合うほどに強くなるソルジャーはスキルを発動させてきた。片手剣単発スキル『スラッシュ』。
今までに何度も発動させてきたそれが、今はこちらに牙を剥く。システムアシストにより加速された斬撃が振るわれ、肩に触れようとした瞬間――
「ふっ……」
短く息を吐き、深く沈む。ソルジャーの剣が頭上を過ぎ去り、がら空きの胴が目の前に。身体を伸ばすバネを利用してさらに威力を乗せた『スラッシュ』で斬り上げる。ソルジャーの身体が浮き上がり、さらに『スラスト』で追撃をかけ、ソルジャーのHPを散らせる。
『スラッシュ』の発動モーションは肩に担ぐようなモーションと、剣を持っている腕を逆側の腰に回して斜めに振り上げるモーションの二つある。制限として、『スラッシュ』に『スラッシュ』を繋げることはできないが、それでもかなり臨機応変に対処できるため、場面によってはこのように勢いをつけた一撃にすることもできる。
周りのみんなもソルジャーを片付け終えたようで、ゴブリンロードも『デッドリースイング』のモーションにはいる。
多少の攻撃を浴びせたところでスキルが中断されないのは最初に確認済みなので、スナイパー部隊の攻撃もあまり意味が無い。特に魔法は連発すると威力が下がるというデメリットがあるのだ。要所要所で発動しなければ大したダメージ源にはならない。しかもタンク部隊も体力的に限界に近いはずだ。これを受けきれるかわからない。
『攻撃を止めることがジャマーの役目』と豪語していたセルバンテスはといえば、機動力が足りないため、攻撃を事前に止めることができない。さっきからずっとボスの足元に張り付いて足を崩そうとしているが、正直無駄だ。ボスを転倒させるには、普通に攻撃するだけじゃ足りない。せめて複数同時に一点を攻撃する必要があるのだから。βテスターだかなんだか知らないが、大方ザコを圧倒していい気になっていたのだろう。ボス戦にはボス戦の戦い方があるのだ。
っとそんなことを気にしている場合じゃない。まずはあれを止める。……お、ちょうどいい位置にハンマー使いがいるな。
「悪い、あそこにハンマー投げてくれ」
『はあ? それでどうすんだよ』
「頼むぞ」
『あっちょっ……おい!』
返答を聞かずに走る。
『ったく……なんとかしろよっ!』
最低限にしか、いや、最低以下にしか話していないにも関わらず、快や(こころよ)くハンマーを投げてくれた。普通なら聞き流すところであろうが、先程俺がゴブリンロードの目を潰したのが功をなしたのだろう。名前は何といったかな……後でお礼を言っておこう、などと考えながらも足は止めない。ゴブリンロードの足元まできたところで、跳び、アビリティ『視界拡大』を発動させハンマーの軌道を捉える。
空中でハンマーを受け取り、狙いを定める。ゴブリンロードの、膝裏に。
俺はハンマースキルをとっていない。だからスキルを発動させることはできない。ダメージだって微々たる物だろう。だが――ダメージが通らずとも体勢を崩させることはできる。
ダメージは攻撃力に依存しない。つまり崩すだけなら攻撃力がなくとも可能なのだ。それは既に最初のスライム戦でサクヤが証明している。
「せーのっ……!」
気合を入れ、ハンマーを思いっきり振るう。膝裏への打撃、要するにヒザカックンの要領だ。例え小さな力だろうが、不意をつけば簡単に落ちる。
ガクリと膝が折れ、体勢が崩れる。スキルは中断され、ゴブリンロードが膝をつく。俺の身体が重力に従い、落下する。もう一撃!
「ソナ! ソルのところへ!」
「はっ、はい!」
こちらが何かを言う前に、サクヤの指示で既に走り出していたソナ。着地すると同時にソナに指示をしてハンマーを渡し、限界に近づいてきた足に鞭打って、もう一度真上へ跳ぶ。
ソナに指示通り半秒遅れてハンマーを投げるソナ。拡大した視界で捉えたハンマーを手にし、狙いをつける。
「よいしょぉ!」
ぐるりと回転し、遠心力を乗せて顎を撃ち抜く。
ゴブリンロードは顔を大きく仰け反らせ、動きを止めた。――行動停止状態!
「もうすぐだ! 全員突撃!」
『おおーっ!!』
一際大きい気勢とともに一斉攻撃が始まる。凄まじい攻撃の嵐にガリガリとボスのHPが削れていく。バーが半分を切ったところで――異変が起きた。
情報にはない攻撃。取り巻きを全滅させた時にしか来ないはずの――『デッドリースイング』。
破壊が、巻き起こった。