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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
5/16

反撃の準備

 さて、困ったことになった。

 あの後『また明日の昼にでも会おう』と約束を交わして、俺たちも適当な宿をとって休むことにした。ソナにはまた後で連絡するらしい。

 『カーナイルの宿舎』という、木で出来た古めかしい雰囲気のある宿でチェックインを済ませ、各々に割り当てられた部屋に入る。

 風呂に入り、さっぱりしたところで布団を敷き、売店で買った黒い半袖のシャツと、同色のスウェットパンツに着替えて眠りについた。そこまではいい、そこまでは覚えている。

 問題なのは『サクヤが布団に潜り込んで隣で寝ている』ということだ。

 なぜだ、なぜこうなった。

 体を起こして考える。確かに俺はロックをかけた。他人はおろか、例えパーティメンバーであってもそのロックを外すことはできないはず……。

 ――いや、例外があった。

 宿主に頼んで許可を貰えれば、ロックを外すことができるのだ。つまり、サクヤはわざわざ宿主に頼んで俺の部屋に侵入したということになる。

 率直な感想として述べるとするなら意味がわからない、だ。

 何か部屋に問題があったのなら、部屋を変えてもらえばいい。俺の部屋にくる必要は無い。俺に用があるならサクヤなら叩き起すだろう。

 それをしないということは特に用はなく、さりとて部屋に問題があるわけではない。布団に潜り込むなど、まるで絵に書いたかのような幼馴染み行動だが、おそらく咲夜にそんな乙女心は存在しない。

「おい、起きろ」

 隣で寝息をたてているサクヤをゆさゆさと軽く揺すってみるものの、『ん……ううん……』とか言うだけで起きる気配は無い。

 揺れた拍子にサクヤの長い黒髪が一房流れて顔にかかる。普段の強気な様子はなりを潜めており、まるで幼子おさなごのような寝顔を見せている。

 端整な顔立ちとも相まって、それはとても綺麗なものに見えたが、あいにく俺に幼馴染みを眺めて楽しむ趣味はない。

「起きろ」

 頬を無遠慮にベシベシと叩いて、文字通り叩き起こす。すると不機嫌そうな声で唸りながら、サクヤが体を起こした。

 寝ぼけまなこを擦りながら俺を見て、辺りを見回してからもう一度俺を見る。

「おはよう」

 白いキャミソール姿の同級生があくび混じりに言った。この時点で事の重大性を理解していないのがよくわかる。

「おはようじゃねえよなんで俺の部屋にいるんだ」

 『男の部屋にそんな格好で、しかも一緒に寝るとかどんな神経してんだ』という意味合いを込めて言ったのだが、どうやらうまく伝わらなかったようで、ただただ首を傾げるばかりのサクヤ。

「何か問題でも?」

「襲うぞコラ」

 やや本気混じりに言ったその言葉を、しかしサクヤは全く気にした様子もなく、平然と「やれるものならやってみなさい」と返してきた。

 当然ながらそんなことをする気力もないわけで、俺は嘆息するだけにとどまる。

 そんな俺の様子を見てサクヤはフン、と鼻を鳴らして続ける。

「そもそもあんたにそんなことができるわけがないのよ。できもしないことは言うもんじゃないわ」

「お前それ絶対他のやつには言うなよ……もういいから自分の部屋戻れ」

 頭を抱えて、追い払うように手を動かす。全く、どうしてこうも咲夜は――

「あ、それなんだけどあたし部屋解約したから」

「は?」

 衝撃のセリフが俺を襲い、思考を停止させる。部屋を解約した? なんで?

「二部屋も要らないんじゃないかと思ったのよ。料金だって二倍になるし。一部屋に二人で住めばお金も浮くしその分をアイテムに当てた方がいいわ」

 つらつらと言い募るサクヤ。しばらく呆然としていた俺はそのセリフで我に返る。

「ちょっと待て」

「何よ」

「お前は倫理観は無いのか」

「このゲームが始まった時からそんなものは存在してないわよ」

 一見正論にも思えるサクヤのセリフ。しかしその前から咲夜には『男女が一緒に生活する上で気にしなければならないこと』への関心が薄い。

 かと言って羞恥心が完全に無いのかといえばそういうわけでもない。以前、お調子者が咲夜の胸を触ろうとした時は腕折りかけてたし。

 とすると俺を男として見ていないか、単純になめられているのかのどっちかだ。多分後者。

「いいからさっさと着替えましょ。約束の時間までレベリングでもして暇を潰すわよ」

 メニュー画面を操作するサクヤ。『あ、ローブ無いわね……まあいいわ』と適当な事を言って昨日と同じ、薄い水色のTシャツに白のフレアスカートという姿になり、手にかしの杖を装備してくるくると回す。

 しかしここでも問題が一つ。

「シャツ、穴空いてんぞ」

 昨日のスライムの粘液で溶けてしまった部分をまだ直していないため、未だにところどころに穴が空いてしまっているのだ。それを指摘すると『もう攻撃受けないから問題ないわよ』と返ってきた。違う、そうじゃない。昨日も言っただろうが。

「そんなパンクなファッションで外に出る気か」

「グチグチうっさい」

「あのな、お前は良くも悪くも人目につくんだよ。そんなやつがそんな格好してたら――」

「あーもうわかったわよ! 昨日のあんたの白いシャツ貸しなさい、それ着るから!」

 余程うっとうしかったのか、珍しく声を張り上げるサクヤ。俺がシャツをオブジェクト化すると、すぐさまそれをひったくり、薄い水色のシャツの上から着る。

 やや大きめのサイズなのでブカブカではあるが、気になる程ではないだろう。

 全身真っ白の黒魔導師は今もなお、ブツブツと何かを言っていたが、この件に関しては俺は何も間違ったことは言っていない。

「昨日服の替えを買っとけって言っただろ」

「必要ないもの」

 サクヤはこの姿勢を崩さない。一体何を考えているのか。

 もうこういったことに関しては俺が管理することにしよう。じゃなきゃいずれ誰かに襲われてしまう。こっち(ゲーム)でもあっち(現実)でも。

 俺も右手の指を振ってメニューウィンドウを出し、皮の肩当てと胸当てを装備し、鉄の剣を腰から下げる。防具については、少し溶けかかっているがさほど問題ではないだろう。昨日は赤いシャツと青いズボンという見た目に痛い姿だったが、俺は派手な色が苦手なため、全身黒の上下に着替えた。

「さ、行くわよ」

「少しぐらい待っててくれよ」

 準備が終わるのを確認し、部屋の外に出ていくサクヤ。それに慌てて追いつく俺。いつも通りだ。何も変わらない。

 階段を降り、宿舎を出ようとドアを開ける。瞬間、

「暑っ!?」

 凄まじい熱気が襲ってきた。昨日までは過ごしやすい気候だったはずなのに、急になぜ……。

「まあ現実が夏なのに、あれだけリアルさにこだわるこっちが涼しいなんてあるわけないわよね」

 冷静にサクヤが分析する。いや、暑いったって限度があるだろ。建物が若干揺らめいてんだけど。

「だったらなんで昨日は暑くなかったんだ?」

「さあ? 暑さから逃げるためにゲームしてる人もいたでしょうし、その人たちを逃がさないようにするためじゃないかしら」

「何そのフェイント」

 それが事実であるかどうかは定かではないが、どちらにせよ迷惑極まりない。俺全身黒だぞ。ガンガン熱吸収するんだぞオイ。

 一気に汗が噴き出す。暑い……暑すぎる……。

「白、ありがとね」

 普段の様子からは考えられないほどいい笑顔で感謝の言葉を告げるサクヤ。ああ、本当にいい笑顔だな、コラ。






「失せろ」

 ウルフの心臓部を『スラスト』で貫き、HPバーを消し飛ばし、そのまま残りの一体に肉薄して『スラッシュ』で斬り裂く。僅かに残ったウルフのHPをサクヤの『ファイア』が削り切った。

「機嫌悪いわね、ソル」

「うっさい」

 機嫌悪くもなる。暑さのせいで汗がとめどなく噴出し、いくらかが目に入る。拭おうとしても手そのものに汗がついているため、余計に汗を塗りたくることになるのだ。痛い。

 その上、皮の防具のせいで中がやたらとムレる。あまりにもストレスフルなので既に防具装備は解除している。

 現在時刻は十一時。俺たちのレベルは五。ここに来たのが九時ぐらいだったから約二時間ほどで四レベルあげたことになる。

 結構な重労働だったが、お陰で『天空の塔』の一階ならまず死ぬことはないレベルマージンを稼げた。スキル熟練度もそれなりに上がって万々歳なのだが。

「消えろ」

 暑さと疲れのせいで若干精神崩壊気味になっている俺。

 新たにポップしたスライムを『ダブルスラッシュ』からの『スラスト』で撃破する。

 プレイヤースキル――システムに規定されていない技術のこと――通称『スキルコネクト』。スキルにスキルを繋げる連撃技だ。その性質上、モンスターに張り付いて攻撃し続けるため、反撃を貰わない程度の判断力が必要になるものの、雑魚相手なら一方的に戦闘を終わらせることが出来る。

 また、この手のゲームにありがちな、技後の硬直時間や技の再使用時間、技を使うためのSPスキルポイントがないため(同じく魔法にもMPマジックポイントは存在しない)、それらを気にすることなく連発できる。

 ただしシステム的なスピードアシストがあると言っても、見切れない程の速さは出ないため、慣れられた場合余裕で防がれたり、割り込まれたりするという欠点もある。

 当然一部の例外スキルもあるが。

「もういいんじゃないかしら。充分安全圏だしシャワーでも浴びてさっぱりしましょ」

 朦朧もうろうとし始めた意識の中でサクヤの提案が聴こえる。否定する理由も無い。むしろありがたい。一度宿舎に戻ってから、そのあとにリヒトたちと合流すればいい。掠れた声で返事を返して、来た道を戻る。

 黒い服をまとってユラユラと歩く姿は、さながら幽鬼のようであったことだろう。

 帰ったところでサクヤがいきなり服を脱ぎ出したり、「タオルが無い」とか言って一糸纏わぬ姿で出てきたりと色々ハプニングもあったがそれはまた別の話。






「で、いつになったら俺をフレンド登録してくれるんだよ」

 金属鎧を装備したリヒトの第一声がそれだった。見た目は暑苦しいものの、暑さ対策として『クーラードリンク』なるものをがぶ飲みしているため、そのあたりの問題は解決している。もっと早くにその存在を知っていればあんなに汗をかくこともなかったのに……。

 それはいいとして、リヒトに対する返答は当然――

「しないんじゃないかしら」

「しないと思う」

かたくなだなオイ!」

 だって登録したらうっとうしい程メッセージ飛んできそうだからな。

サクヤはといえば、修復に出していた黒のローブをテラコッタから受け取って、それを装備し直している。

その際、俺の渡しておいた白いシャツを地面に投げ捨てたのは怒ってもいいところだろうか。

「そんなことより五人戦闘の練習ですよね? お二人とも疲れているようですけど大丈夫ですか?」

 サラリとリヒトの願いを『そんなこと』呼ばわりしたソナが、確認をとる。密かにショックを受けたらしいリヒトが、その大きな身体を項垂れさせている。

「「大丈夫じゃない」」

 俺とサクヤの声が揃った。おおシンクロ。

「はあ!? お前ら何考えてんの!? 今日練習あるって言ったよな!?」

 ガバッと顔をあげ、リヒトが大声で叫び散らす。まあ当然の反応だ。

「うっさいわね、やらないとは言ってないでしょ。『大丈夫か』と聞かれたから答えただけよ」

「紛らわしい言い方すんな!」

 俺は単純にサボりたいだけだったけどな。

「ったく……。あ、そうそう『天空の塔』のことなんだけどな。やっぱりこっちも仕様が変わってた。どうやら一日経つと内部構造が変化するらしい」

「つまりどういうことだ?」

「一日、正確には午前零時(れいじ)にダンジョンが変化するんですよ。平たく言えば『不思議のダンジョン』です」

 リヒトの言葉を引き継いで、茶髪を揺らしたソナが説明する。厄介な性質を持たせてくれたものだ。それでは先遣隊を派遣する意味が薄くなってしまう。変化直後に突っ込めば別だが。

「どこからその情報を?」

 サクヤが聞く。確かにそれは気になるところだ。

「『ワールド(W)オブ(O)リベレイト(R)』っていう結構大きなギルドのギルマスさんが教えてくれたの。わりと無茶して調べたみたいだね」

 二つ結びにした赤髪をいじりながらテラコッタが答える。ってことはデスゲーム開始初日でギルドを纏めあげて、その上塔に挑戦したってことか? 勇者だな、そいつ。

 大きなギルドということは相当数の人数を纏めていることになる。俺たちみたいな少数ギルドとは編成の難易度が段違いだ。よくもまあ成し遂げたもんだな。

「今の段階でマッピングはどうなってる?」

「大体半分くらいみたいだけど多分今日……っていうか攻略が本格化するまではもう調べないだろうね。二回目に突入した時はびっくりしたんだって」

「苦労して調べ上げたデータが全部おじゃんになったら、そりゃびっくりするだろうよ」

 ゲーム開始二日目にしてこの情報があるということは、初日のレベルが低い状態で塔に潜入したということだ。死にかけた場面だってあっただろうに、そのデータが全部無駄になったら俺ならうつになる。

「それはともかく」

 黒髪の魔導師が口を開く。

「今は連携の確認の方が先よ。ここからはそれが命綱になるかもしれないんだから」

 サクヤの言葉でみんなの顔が引き締まる。そうだ。暢気のんきに喋っている場合じゃない。これは紛れもなくデスゲームだ。一人のミスがチーム全員の命をおびやかすかもしれなくなる以上、連携技術の向上は必要不可欠だ。

「全員聞け」

 静かに、しかし確かにみんなに伝わるように。『ディクテイター』のギルドマスターとして。

「今からギルドのルールを決める」

 覚悟を決めて、言葉を紡ぐ。

「一、仲間を絶対に疑うな。全員が全員に命を預けろ。二、一人での行動は絶対にするな。特にフィールドに出るときは必ず誰かと一緒にいろ」

 一呼吸おく。

 全員の意識がこちらに向いているのを感じる。命の重み。たかだか十七年しか生きていない俺には深く理解することはできない。

 それでも。誰一人欠けることなく。このゲームをクリアするためには。

「三、必要だと感じたら自分の独断専行を最優先させろ。今言った二つを破棄しても構わない。それが仲間のためであるならルールなんてクソ喰らえだ。仲間が生き残る可能性のみを追求し続けろ。…………以上だ」

 これが『ディクテイター』の絶対遵守のルールだ。仲間を守るための、不破のルール。しかしこれは言外に、俺たち以外・・をないがしろにすると言っていることになる。

 それをリヒトたちが理解しているかどうかはわからない。ただ、サクヤだけは確実に、言葉の裏の意味に気づいているはずだ。咲夜サクヤは元来頭の回転が早いほうだし、それ以前に一緒にいる時間の長さが違う。俺の考えていることなどお見通しなのだろう。

 それでも、

「決まりね。じゃあさっさとフィールドに行きましょ」

 それを指摘することなく、意見を呑んでくれたのは気を利かせてくれたからか。

 心の中でありがとう、と礼を言い、『ディクテイター』として初めての戦場に赴くのだった。






 ある程度、五人戦闘にも慣れたところで休憩。既に訪れた回数が三回目となっている東の草原には一部、モンスターがポップしない場所がある。その木陰に集まっている者も俺たちだけではなく、いくつものパーティが雑談を交わしたり、遠くの戦闘を眺めたりと、各々好きなことをしているようだ。

 倒すことよりも連携の経験を積むことに重きをおいたので、レベルはそれほど上がらなかったが、おかげで感覚を掴めてきた。これなら集団戦レイドにも対応できそうだ。

 今の段階でレベルは俺とサクヤが七、リヒトとソナが六、テラコッタが四である。リヒトとソナはβテスト時の引き継ぎとしてレベルが当時の一割分だけ上乗せされていたらしいので、それなりに高くなっている。テラコッタも俺たちに比べれば低いものの、塔の一階ならなんとか耐えられるレベルにあるため、戦果は上々だと言えるだろう。

 一つ予定外のことがあったといえばソナの上達ぶりか。VRMMOはβテストを合わせても一週間そこらしか経験がないと言っていたが、少し教えただけでスキルをほぼ百パーセント発動できるようになっていた。

 モンスターと対峙しても怖気付おじけづかない度胸。そして戦闘勘を掴むセンス。このゲームにおいての『天才』と言ってもいい。リヒトの教え方が上手かったこともあるだろうが、この成長ぶりは嬉しい誤算だ。リヒトが紹介したいと言ったのも頷ける。

 時刻は三時を過ぎたくらいで、照りつける日差しのピークを過ぎたあたりだ。しかしピークを過ぎようが、ドリンクを飲んでようが暑いものは暑い。パタパタと手で顔をあおぐ。

 サクヤに風魔法なり水魔法なりでも撃ってもらえば少しは涼しくなるのだろうが、まず間違いなく普通に攻撃されるだけなので断念。かといってテラコッタは白魔導師である故に、攻撃魔法を使えない。俺、リヒト、ソナは何をいわんや、だ。

 そんな折、テラコッタにメールが届いた。

「あ! 来たよ、リヒト君!」

「おお! ついに来たか!」

 テラコッタの待ってましたと言わんばかりの声を聞き、リヒトも同調するように声をあげた。

「何のメール?」

「ふふふ……それはね……」

 サクヤの問いに勿体付けるように返答を返すテラコッタ。このあたりが大輝リヒトに似てきている。

「第一回! ギルド会合のお知らせだよー!」

「パス」

「早いよ! もう少し考えてくれてもいいんじゃないかな!?」

 ものの一瞬で提案を一蹴する俺。面倒だからな。

「考えるも何も攻略進んでないのに何を話すんだよ。そもそもそんなにギルドがあるのか?」

「すいません、少し盛ったんです。本当は『WOR』の人たちとこれからについてお話しないかってだけです」

 テラコッタの言葉を、ソナが苦笑しながら訂正する。なるほど、そういうことならまだわかる。

「情報収集するなら利用できるわね」

「サクヤちゃん、そういう利己的な考えやめない?」

「あら、あたしたちは『ディクテイター(独裁者)』よ。他人なんて利用するためにあるのよ」

「最低だね! サクヤちゃんの方がマスターに向いてるね!」

 ああ、さっきのあれ、気を利かせたんじゃなくて利害が一致してただけか。

「まあ本心はさておき」

「本心なんですね……」

「情報は多い方がいいわ。話し合いに応じましょ、ソル」

 ソナの小さなツッコミを意に介さず、話を俺にふるサクヤ。

「なら行くか。いつからだ?」

「今日の午後五時からだって。場所は中央広場」

 ならそれまではダラダラと過ごすか。もう疲れた。

「じゃあカフェ行きましょ。甘い物が食べたいわ」

 杖をくるくると回しながらサクヤが立ち上がる。実質的なマスターがサクヤになりそうな雰囲気を感じつつも、特に問題は無いと結論づけて流れに身を任せることにした。






 デスゲームの宣誓があった中央広場。決していい思い出があるとは言えないその場所に、二つのギルドが相対する。

「やあ、どうも。私が『WOR』のギルマスのメギトスだ。よろしく」

「同じくサブマスのルミナスよ。よろしくね」

 メギトスと名乗った男は見た感じだと二〇代前半くらいか。青を基調とした鎧を着込み、腰に大振りの剣を携えている。さながら勇者の様な出で立ちだ。

 ルミナスさんも、同じく二〇代前半くらいで、青のローブを装備しており、頭に同色の三角帽子を被っている。どうやら青がギルドカラーらしく、他の付き添いの者もみんな青を基調とした何かを装備している。

「『ディクテイター』のギルドマスター、ソルです。よろしくお願いします」

「同じくサブマスターのサクヤ。よろしく」

 自己紹介と握手を交わす。サクヤ、お前もうちょっと愛想よくできないか?

「すみません、こいつ人見知りなもので……」

 一応のフォローはするものの、当人は何処吹く風。仲良くなれとは言わない。ただもう少し関わりを持とうとしてくれ。

「ははは、構わないよ。知らないおじさんに近づかれれば女の子としては当然の反応さ」

 至って大人な対応だ。いい人オーラが溢れ出ている。気にした様子もなく、爽やかに返事をするメギトスさん。

「まだ『おじさん』なんて歳でもないでしょう?」

「そう言ってくれるのはありがたいね。とにかく、話し合いに応じてくれたこと、まずは礼を言おう。ありがとう」

 メギトスさんが深々と頭を下げ、ルミナスさんも帽子をとり、同様の仕草をする。

 慌てて頭を上げるよう伝えると、ゆっくりとおもてを持ち上げた。

「後ろの君たちもよろしくね」

 ルミナスさんが、『ディクテイター』の面々を見つめながら快活な笑顔で言う。うちのサブマスとは正反対で、社交性が高いみたいだな。俺も別に高いとは言いがたいが。

「さて、早速で悪いが情報交換といこうか。君たちに有益な情報になればいいのだけどね」

「交換できるほどの情報は持ってませんけどね」

 メギトスさんの言葉に苦笑いで返す。実際、それほど大した情報は持っていないのだから。

「では始めようか」

「そうですね。テラコッタ、頼む」

「はいはーい」

 情報分野はテラコッタの専売特許だ。噂好きが高じて情報屋稼業を営むほどなので、俺が出る幕はない。他の面々と雑談したりしますかね。






「ふむ……なるほどね……。いや、勉強になった。ありがとう」

「こちらこそですよー。情報ありがとうございます」

 『WOR』の面々と雑談を交わしている間に話がまとまったようだ。こっちはこっちで戦闘の技術などの話をしてたので退屈することはなかった。色々収穫もあったしな。

「終わった? メギトス」

「ああ。面白い話を色々聞けたよ」

 向こう側にも有益な情報はあったようで何よりだ。貰ってばかりは気が引けるからな。

「何話したの?」

「んー? 安全なレベリングの方法とか、鍛冶屋の場所とかだね。もちろんうちの店の宣伝もバッチリだよ!」

 サクヤの質問にテラコッタが朗らかに返す。抜け目ないな。商魂逞しいことだ。

「一応聞いておくけど」

 サクヤの声が小さくなる。

「ステータスとかまでは話してないでしょうね」

「大丈夫。そこまでは言ってないよ。って言うかそれバラしちゃったらアウトだよ。向こうもそれは言いたくないみたいだったし」

 それはそうだろうな。何かの拍子に情報が漏れたらPKされる可能性が上がる。ステータスやスキルがバレたら弱点が露見してるのと同じことなのだから。こんな状況だからこそ情報は正確に、多く、慎重に扱わなければならない。

「あ、一個気になる情報があったんだけど」

「何かしら」

「朝から防具を一切装備しないでウルフとかスライム相手に無双してたのってもしかしてソル君たち? 特に黒い人はなんか死神みたいになってたらしいよ?」

 あれ噂になってたのか。暑さに気を取られすぎてて周りを意識してる暇なんてなかったしなぁ……。

「ソルさんたち何やってるんですか……」

 呆れたようにソナが肩をすくめる。自分でもよくよく考えなくてもバカだと思う。

「攻撃を避ける訓練だと思えばいいじゃない。おかげであのへんのモンスターの攻撃は当たらなくなったし」

 一応そういう副産物もあるにはあったが、リスクを考えればやはり効率がいいとは言えないな。

「それとボス挑戦の日取りが決まったよ」

 その言葉で空気が変わる。メンバーに緊張感が走り、言葉の続きを無言で促す。

「挑戦は三日後の三時。日付が変わった瞬間に先遣隊を派遣して、ボス部屋を発見し次第攻略会議を始める、だって」

「いよいよですね……」

 ソナがこわばった声を出す。βテストと違い、今は全ての記憶、言いかえれば『今までの自分の存在』が懸かっている。緊張するのも無理はない。何かを言おうとすると、

「気にすることはないわ」

 サクヤの凛とした声が響く。

「することは何も変わらない。最初から目的は一つよ。『このゲームをクリアする』。デスゲームになろうがそれは同じよ」

「死なずに攻略。上等だ――だな」

 このゲームがデスゲームとわかった時に、サクヤが言っていた言葉。

 そうだ。最初はなから死ぬことなんて考えちゃいない。何も変わってないんだ。例え死に覚えゲーだとしても、ゲームである以上ノーコンテニューは可能だ。

 サクヤの言葉に全員が頷く。

「三日後だ。必ず一階を突破する。当然死者はゼロだ」

「当然! 俺が絶対に守り通してやるぜ!」

「サポートは任せてね!」

「微力ながら、全力でやらせてもらいますよ」

 各々の決意を胸に宿らせ、来るべきたたかいに備え

 る。

「足引っ張ったら燃やすわよ」

「わかってる」

 反撃の最初の一歩だ。絶対にクリアしてやる。見てろよ、ノウ。

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