『ディクテイター』
モンスターとの戦闘も終え、街へと戻ることにした俺たち。
思ったよりもスライムが(嫌な意味で)リアルで苦戦したため、あの一戦しか戦えていない。粘液に関してはどうやら製品版にて追加された要素らしい。誰だよあんな要素追加したやつ。
当然ながらβ版ではなかった要素も出てくるのだろう、テラコッタの情報本も信憑性は半々といったところか。テラコッタの、と言うよりはリヒトのと言うべきなのだろうが。
本格的なレベリングは明日からにするとして、今日はもう休もう。
帰路に着く途中、何度かあの事について注意したりもしてみたが「あんたに言われる筋合い無い」と聞く耳持たず。
嫌われているかと思えばゲームに誘ってきたり、仲が良いかと思えば罵詈雑言の嵐。いまいち距離感が掴めない。
「そういえば何で俺をこのゲームに誘ったんだ? しかもわざわざ取り巻きに買いに行かせてまで」
最初に感じた違和感。俺がインフィニティを持っていたなら多分誘ってきただろう。
だが今日発売の、しかも並ばなければ手に入らない程人気の物を、他人に並ばせてまで二つも手に入れ、誘った相手が俺というのが解せない。
普段のサクヤなら間違いなく俺に並ばせた挙句、プレイするのはサクヤだけという横暴を働く。
丁度いいタイミングなので聞いてみる。
「別に、ただの気まぐれよ」
しかし帰ってきたのは曖昧な返事。
「気まぐれ、ね」
それも事実なのだろう。サクヤは騙したり、冗談を言ったり、隠したりはするが嘘は言わない。今回のパターンで言えば何かを隠しているのだろう。
気にならないと言えば嘘になるが、無理やり聞き出すこともない。話したくなった時に話すだろう。
「そうよ、気まぐれ。それよりあのローブどうしようかしらね」
「新しいの買えばいいだろ。それか鍛冶屋に直してもらうか」
言いながら先程の戦闘を反芻して思う。最初にサクヤと戦ったときや、リヒトをぶん投げた時は気づかなかったが、どうやらある程度体力という概念が存在しているようだ。
HPではなく体力。すなわち疲労があるということだ。痛みがあるのだから疲労があってもおかしくはないが、不健康生活を主としている俺にとってはなかなか辛い要素だ。
それでも剣を振り回したり、走ったりしてもこの程度の疲れしかないのは、おそらくステータスが関係している。
サクヤはともかく、インドア派が多く集まるゲームにおいて、その人の体力を再現したらゲームどころではなくなるからだろう。疲れるものは疲れるが。
「鍛冶屋がこの初期状態でいるかしらね」
サクヤの声で意識が引き戻される。ああ、ローブの話だったな。
確かに今、まともにプレイできているものはほとんどいないだろう。あんな説明のあった後で普通にプレイしている方が異常なのかもしれないが。
ただでさえ少ない生産職がこの状況でプレイできているのかどうかと言われれば、うーんと言わざるを得ない。
だが確実に生産職であり、しかもそこそこプレイ歴もあるプレイヤーに心当たりがある。
「テラコッタに連絡入れてみろ」
「は? 何で……ってそう言う事ね」
右手を振ってウィンドウ操作をするサクヤ。俺からは見えないがテラコッタを呼び出しているのだろう。
「あ、テラコッタ? うん、そうあたし。リヒトいる? ……うん……うん、直して欲しいのよ。え? 無理? 何で……分かった、そっちに行くわ」
メールではなく通話機能を使ったようだ。まあ、急ぎの用事だしそっちの方がいいな。しかし何やら芳しくない様子。
「どうだって?」
「何か大変だって。とにかく行きましょ」
歩く足を早め、始まりの街へと急ぐのだった。
「はいはい情報は逃げないから押さないで! お金さえ払えばちゃんと渡すから!」
広場の公園の一角に人だかりが出来ている。我先にと押し寄せる人々の中から聞こえる一際大きな声は、最初にアドバイスしてやると偉そうに宣ったリヒトの声だった。
百八〇センチはあろうかという身長に、黄色の短い髪。体格もよく、何より底抜けに明るい性格が頼りがいのあるアニキ分、といった雰囲気を漂わせている。
学級委員長を任されているだけあって、カリスマ性もそれなりにある。が、バカであり、ノリがうっとうしいことが多いため一部のやつには敬遠されている。
見た目より器用であり、また自身も創作好きであるため、ゲームでは専ら生産職についている。
「安全な狩場から市場情報まで載ってる情報本、一つ五〇〇ゴールド! さあさあどんどん買って行ってグボォ! 誰だおい……ってサクヤ?」
人混みを掻き分け、スカートだというのに迷いなくリヒトに回し蹴り。だから気をつけろと言ってんだろうが中見えるぞ。
「何してんのよ」
盛大に吹っ飛んだリヒトを睨みつけ、周囲のどよめきも意に介さず高圧的に迫る。
街中では多少の差はあれ、ステータスの影響はほぼ無いらしい。少女が大男を吹っ飛ばしていることからもよくわかる。最初にリヒトを投げ飛ばした時もそうだったしな。そもそもそうでなければセクハラやり放題だ。
「資金集めだ」
「何のよ」
「鍛冶屋に決まってるだろ? 俺は戦うより生産でサポートする方が性に合ってる。俺は世界一の鍛冶屋になるんだ!」
キラキラした瞳で夢を語るリヒト。蹴られて膨れあがった頬をさすりながらでなければ多少は格好もついただろうに。
面倒臭そうにサクヤが続ける。
「はぁ、もういいわ。今は鍛冶屋じゃないのね?」
「ああ、違う。けど俺じゃお前の装備直せないぞ?」
「え?」
「杖持ってるってことは魔導師か何かだろ? ローブとかの布防具は鍛冶屋じゃなくて裁縫士の仕事だ」
さすがリアル志向。分けてきやがった。
「裁縫士なんて誰がやるのよ、地味そうだし誰もやらなさそうじゃない」
杖をクルクルと回して愚痴るサクヤ。
「そんなことないよ。楽しいもん」
そこに若干不満気な声を上げる女の声。そちらに振り向くと、小さな赤髪を二つ結びにした少女、テラコッタがいた。
リヒトとは対照的に、女子の平均身長よりもかなり小さく童顔。にも関わらずある一部分が不釣合いに大きいため、下が見えずに歩くのに苦労すると言っていたのを聞いたことがある。
要約すると、ロリ巨乳である。ちなみにリヒトと付き合ってるリア充でもある。
一見、性格や人望のおかげでみんながついてきているかのように見えていたうちのクラスの面々。特に男子はこの事実があるため、仕事を全て大輝に押し付け、失敗すれば制裁を加えるという、大義名分を得るためについてきているということをコイツは知らない。まあ嫌われているわけではないのだが。
ここで気付いたことなのだが、最初の自動生成されたアバターは、どうやらその者の現実の姿を美化したものに近くなるらしい。だから大抵違和感なく受け入れられるし、今のこの状況になっても、容姿についてのパニックにはなっていないのだろう。髪型とかのカスタムは今でもできるみたいだが。
「お! お帰りテラ。どうだった?」
「バッチリ! 場所取れたよ」
「よっしゃ! ありがとな」
「えへへ、ありがと~」
テラコッタの頭を撫でるリヒト。気持ち良さそうに眼を細めて、撫でを享受するテラコッタ。
こういう事を人前でするからのちのち敵を生むことになる。
「いないと思ったら。何してたの、テラコッタ」
「場所取りだよ、鍛冶屋の場所取り。お金が溜まったから申請に行ってたの」
「ああ、資金ってそういう……」
納得したような声を出すサクヤ。リヒトはといえば再び情報売りに戻っている。
「今はまだ仮だけどね。鍛冶屋と情報屋、裁縫屋が繁盛したらお店を持つんだ」
「裁縫屋? 誰がするの?」
「わたしだよ? サブ職裁縫士だし」
ふむ、リヒトとテラコッタの店か。一箇所でなんでもできるのは便利だな。贔屓にするとしよう。
「それ、今からやるの?」
「うん、とりあえずこの人だかりが落ち着いたらね」
「じゃあこれお願い」
「あ、うんわかった……ってうわぁ! 何これ何でこんなにボロボロなの!?」
サクヤに渡されたローブを見て驚きの声を上げるテラコッタ。そりゃそうか、ボロ切れみたいになってるし。
「スライムにやられたのよ。粘液飛んでくるからテラコッタも注意してね、防具溶かされるから」
「ええ!? 聞いてない! 聞いてないよリヒト君!?」
必死の形相でリヒトに詰め寄るテラコッタ。普通そうだよな、女の子はその反応だよな……。やっぱりサクヤが異常なんだよな……。
「俺も知らねーぞそれ!? 何その変更!? 要らねぇ!」
叫びながらも情報は売り続けるリヒト。
どうやらフィールドには出てなかった様子。この様子だとモンスター戦は俺たちの方が情報が多くなりそうだ。
「お前的には嬉しいんじゃないのか?」
リヒトの意外な反応に口を開く俺。女の子の服がはだけるんだから一般的な男には嬉しい変更のはずだ。しかしリヒトの反応は――
「千里の肌を他人に見せてたまるかぁ! 全部俺のもんだ!」
こうなった。恥ずかしげもなく声高々に宣言する溺愛系男子の叫びだった。ああ、そうですか。周りが引いてるぞ。あとリアルネーム出すな、禁忌だぞそれ。
テラコッタはテラコッタで嬉しそうにモジモジしてるし。バカップルが。
「とにかくお願いね。あとリアルネームを叫ぶのはやめた方がいいわよ、もう意味ないけどね」
リヒトの行動に半ば呆れながら、つまらなそうにつぶやく。
意味が無いと言ったのはこの状況だからか、声が大きかったことからか。
「お前はどうなんだよ、サクヤ。だってお前――」
そこまで言ったところでサクヤがキッ! と睨みをきかせて、リヒトを黙らせる。
サクヤも昔は別の名前を使っていたが、最近はリアルネームをゲームでも使用することが多い。理由を聞いてみても「気まぐれ」の一点張りだ。
別に『サクヤ』はゲームでも出てくる名前だし、リアル割れなどの問題はないといえばないのだが、それでも抵抗はありそうなものなんだがな。
元ローブをテラコッタに預け、その場を後にしようとするサクヤ。
「あ、待ってくれ」
「フレンド登録ならしないわよ」
そこにリヒトが声をかけるが一刀両断。徹底してるな、フレンド拒否。
「違う――って何でだよ! してくれよ! ……そうじゃなくて会わせたいやつがいるんだよ」
「会わせたいやつ? 誰よそれ」
「まあ来てくれ」
人も減ったところで店仕舞いの支度を始め、商品であった情報本も全てストレージになおし、歩き始める。
俺はこのまま帰ってしまってもいいのだが、サクヤがついて行ってしまったので、仕方無く俺もついて行く。もし、放って帰れば後でどんな目に合わされるか知れない。
「よっし、行くぞ!」
「おー!」
妙にテンションが高いリヒトとテラコッタが、ある意味羨ましく思える俺だった。
リヒトたちがホームにしているという『シルビスの宿屋』。外観、内装ともに白を基調にした西洋風の造りで、部屋数は全部で二四室ある。
その内の二つがリヒトとテラコッタの部屋のようだ。いくらバカップルといえど、さすがに部屋を分ける程度の常識はあるようで安心した。
今回はテラコッタの部屋にお邪魔することになっている。
「お邪魔!」
「ただいま〜」
リヒトとテラコッタがそれぞれの言葉を口にする。入るなり真っ先に椅子にもたれかかるリヒト。テラコッタは先程買ったティーカップ三つと戸棚にあるティーカップを二つ取り出し、俺たちの前に並べる。
「ちょっと待っててね、今何か出すから。何か飲みたいものある?」
「俺はカフェオレ!」
「紅茶がいいわ」
「コーヒー」
「見事にみんなバラバラだね……。まあいいや、ちょっと待ってて」
「ああ、ありがとう」
カフェオレと紅茶と……と呟くテラコッタにお礼を言いつつ、リヒトの向かいの席に着く。親しき仲にも礼儀あり、だ。クラスメイト同士でも感謝の気持ちを忘れてはいけない。
「で、会わせたいやつって誰なのよ」
せっかちなサクヤがリヒトに言葉を投げかける。
「まあ待てって、連絡入れたからその内来るだろ」
暢気な返答に不服そうな顔をしながらサクヤも俺の隣の席に着いた。
数分経ってから各々頼んだ飲み物が出来上がる。テラコッタがそれを配り終えて、自身も席に着く。
それからはしばらく雑談を交わした。最初にここに来た時の感想や戦闘面での大変さ。人口知能に対しての不満や愚痴なんかもこぼれた。リヒトのノロケは少々イラついたが(サクヤは耐えかねて拳を撃ち込んでいた)。
その雑談の中でリヒトがこんなことを言い出した。
「なあ、人工知能って言い続けるの何か嫌じゃないか?」
「嫌っていうか不便ではあるわね」
「だったらさ! 俺たちで名前つけようぜ!」
「一人でやりなさい」
「勝手にしろ」
「お前らは俺が嫌いなのか!」
完全なる拒絶の意を示すサクヤと俺。テラコッタはオロオロしながら俺たちとリヒトを交互に見回している。
「何でもいいじゃない」
「だって何か言いづらいじゃん。語感も悪いし」
「どうでもいいだろそんなの」
「じゃあいいよ! 俺が付ける! その名も」
「「却下」」
「まだ何も言ってねぇんだけどおぉぉぉ!?」
本当にイジり甲斐のあるやつだ。ここまで反応のいいやつはそうはいない。
「じゃあ『ノウ』ってどうかな?」
全く進展の無い無為な会話の中に射し込む一筋の光。初めてまともな意見が出たな。
「ほら、人工知能って感情を知りたいって言ってたじゃない? それにこの世界のことを全部知ってるし。だから『ノウ』」
なるほど。know――知る……か。
「いいんじゃない? 短くて」
「採用基準はそこなのかな」
サクヤの適当な採用基準に苦笑を浮かべるテラコッタ。
「俺もいいと思う。覚えやすくて」
「サクヤちゃんよりはましな感想だけど褒めて欲しいのはそこじゃないよ」
俺の賛辞の言葉にも曖昧な表情で答える。
「俺もいいと思うぜ! でもやっぱり俺の」
「「黙れ」」
「なんで俺には当たり強いんだよおぉぉぉ!」
「ごめんリヒト君、ちょっとうるさい」
「テラまで!?」
悲壮な表情を浮かべるリヒト。それがおかしかったのかテラコッタがクスクスと笑い始める。
隣を見るとサクヤも静かに微笑んでいた。珍しいものを見たな。
「……何じっと見てんのよ」
こちらの視線に気付き一転、ジト目になるサクヤ。
「いや、普段お前全然笑わないから珍しいなって」
「……別に笑わない訳じゃないわよ。笑えるような出来事が少ないってだけ」
「……そうか」
昔はよく笑ってたのにな、と幼い頃の記憶を思い出す。
家から全然出ない俺を探検と称して外へ引っ張り出し、些細なことでも眼を輝かせていたあの頃のサクヤ。幼いせいもあるだろうが、少なくとも近所の同年代の子どもたちに比べれば、好奇心が旺盛だった。
それが原因であんな事になってしまったというのは皮肉な話だ。
好奇心は身を滅ぼす。しかしサクヤに限って言えば滅ぼしたのは自分ではなくーー
「……ル。…………と……ル。……ソル!」
記憶の海に沈んでいた俺を無理やり引っ張りあげる大声。
「聞いてたの? 今の話」
「あ、ああ、悪い、聞いてなかった」
いつの間にか話が切り替わっていたようだ。謝罪を済ませ、何の話かと聞く。
「『ギルド』を作らないかって話よ。ったくちゃんと聞いてなさいよね」
『ギルド』。複数のプレイヤーが集まった、いわば寄り合い所のようなもの。所属すればパーティメンバーを探したり、交流を深めることが容易になる。
その上、ギルドストレージが追加され、最大一万個までアイテムを預けることができる。しかしこれは共用ストレージのため、本当に大事なアイテムは自己管理しないと後で痛い目を見ることになる。
便利は便利だが……。
「別に要らないだろ。お前らで勝手に作って必要な時だけ呼んでくれ」
俺は一人、もしくはサクヤとパーティを組んで進むつもりだし、アイテムもそこまで溜め込むこともない。個人ストレージだって三百は入るのだから。
「今のこの状況じゃギルド作るの難しいんだよ。こんな状況だぜ? どうしたって疑心暗鬼になる」
他のVRMMOと違い、ここでするのはリアルなコミュニケーションだ。
その上こんな状況とあれば、信用できる人間など数えるほどしかいなくなる。他人のギルドに入ろうなどと考える者はそうはいないだろう。リヒトの考えは正しいと言える。
「それに俺たちとギルドを組んでくれれば格安で鍛冶屋を使わせるぜ? ある程度なら優先権だってやるよ。もちろん素材は自分たちで取ってきてもらうけど、悪い話じゃないだろ?」
「む……」
この提案はちょっとグラっとくる。予約無しで、しかも格安で武器や防具の手入れをしてくれるのはかなりありがたい。それならいいかと顔を縦にふろうとしたところである問題に気付いた。
「ギルドって五人からじゃないと作れないだろ? あと一人どうするんだよ」
今ここにいるのは俺、サクヤ、リヒト、テラコッタの四人。ギルドを創設するには一人足りない。
「ああそれは……っと。来たみたいだぜ」
外から来客を知らせるベルが鳴り、テラコッタがドアを開ける。
俺たちも飲むのをやめてドアの方を向く。
そこにいたのは男にも女にも見える、幼さの残る中性的な顔立ちの者。年の頃は一四歳くらいだろうか。背丈は百六〇センチぐらいで、細身。俺も人の事は言えないが。
少し長めの髪は茶色に染めており――現実でもそうなのかも知れないが――うなじのあたりで髪を束ねている。半着の上に羽織、下は袴を身に付け、腰には刀と思しき物を装備していた。
「遅いぞ、ソナ」
「すみません、でもお土産持ってきましたから許してください」
たはは……と笑う来客から発せられた声は、これまた男とも女ともとれる中性的なもの。これでは判別がつかない。
「あ、あなたたちがリヒトさんの言ってた人たちですね」
こちらに気付いた『ソナ』と呼ばれたプレイヤーが、身体をこちらに向き直す。
「僕、『ペルソナ』っていいます。ソナと呼んでください。リヒトさんとはβテスト時に知り合いました」
アバターネームもどっちともとれない名前。一人称で判断するなら男だが、昨今自分のことを『僕』どころか『俺』という女も少なくない。
かと言って『男か? 女か?』と聞くのも失礼「あんた男? 女?」過ぎだろサクヤ。
「あはは、一応男ですよ。見かけって大事ですねぇ……」
どこか悲しげに呟くペルソナ、もといソナ。怒りだすこともなく、疲れたようにこぼしたその言葉は『今までも相当聞かれてきたんだろうなぁ……』と苦労を感じさせるものだった。
ソナはテラコッタからティーカップを受け取り、中の液体を飲み始めた。
「ふーん、あたしサクヤ。よろしく」
「俺はソルだ。よろしくな」
サクヤと俺も交互に自己紹介を始める。しかしサクヤ、聞くだけ聞いておいてその反応はいかがなものか。
サクヤはもう興味は無いとでも言いたげに机に向き直り、また紅茶を飲む。
俺は頭を掻き、ソナに『悪いな』と視線で送った。
ソナは手を軽く振り、気にしてないとジャスチャーで返す。よくできた少年――でいいんだよな――だ。
「これで五人だ。どうだ?」
リヒトが確認するように俺に声を向ける。
サクヤをチラリと見やると小さく「勝手にすれば?」と口が動いた。
ため息をついて指を振る。ギルドメニューを操作し、『ギルド創設』をタップ――
「って俺が創設者でいいのか? なんか流れで開いちゃったけど」
したところで気づく。別に誰でもいいんだろうが、提案者はリヒトだし、リヒトが創設者となるのが筋というものではないだろうか。
「ああ、別に構わないぜ。誰がやったって一緒だからな」
それならいいかと操作を続け、音声入力でそれぞれの名前を入れ、メンバーを確認したあと、決定ボタンを押す。
と、ここで二つの問題が発生。
一つはギルドマスターとサブマスターの決定。もう一つはギルド名の決定だ。
まずは一つ目の問題を解決することにする。
「あ、俺! それ俺がやりたい!」
リヒトの激しい主張が響く。さて、誰にしようか……。
「誰かやりたいやついるか?」
「だから俺! 俺だってば!」
誰もいないか……。ソナと目が合ったが『自分には務まらない』と言わんばかりの苦笑を浮かべて、ティーカップを持ち上げたので断念。
「あんたがやりなさいよ、ソル。創設者でしょ?」
紅茶を飲み終わったサクヤが俺に言葉を飛ばす。創設者ったって成り行きなんだけどな。
「おい、聞こえてるだろ! 俺やるってば!」
まあ、誰もやるやつがいないなら仕方ないな。ぶっちゃけそんな大した権限もないし誰でもいいだろ。
メンバー欄の『ソル』をタップして決定。何か隣で誰かが崩れ落ちる音が聴こえたがどうでもいいコトだ。これで正式に俺がギルドマスターになった訳だ。あとはサブマスターだが……。
「じゃあサブはあたしね」
意外なことにサクヤが立候補した。
「いいのか?」
「あんたの手綱取れるのが他にいる?」
辺りを見回す。若干頼りない赤毛の少女。会ったばかりの年下の少年。バカ。うん。
『サクヤ』をタップし、サブマスターに任命した。
続けて二つ目。
「ギルド名かぁ……難しいねぇ……」
先程妙案を出したテラコッタもこの課題は難しいようだ。
「だったらせめてこっちは俺が決める! 超カッコイイギルド名! その名はオッフゥ!」
サクヤのボディブローがリヒトの腹にめり込む。おお、的確に入ったな「ああああリヒトくーん!」でも『オッフゥ』は却下だな。
他は何か……。
「『ディクテイター』」
サクヤの呟きが静かに部屋に広がる。
「ディクテイター? どういう意味?」
「『独裁者』って意味よ。あんたにピッタリね、ソル」
テラコッタの問いなのに、俺に対して吐き捨てるように答えるサクヤ。
俺に向けられたその眼はどこか責めるような眼だった。
俺はその視線に気付かないフリをして『ディクテイター』と入力。
結局ほとんどサクヤが決めたようなものだが、今ここに『ディクテイター』というギルドが誕生した。
「俺がマスターやりたかったのに……こんなことなら俺が作っていれば……」
「ま、まあまあ。リヒト君には鍛冶屋っていう大仕事があるからみんな気を使ったんだよ、うん」
「甘やかしちゃだめよ、テラコッタ。そいつにやらせるとろくなことにならないわ」
テラコッタのフォローで少し元気になりかけたリヒトは、サクヤの無情な言葉で再び失意のどん底に叩き落とされる。
実際、ろくなことにならなそうだもんな。
「一体、リヒトさんはどんな扱いを受けてるんですか……?」
「「「こんな扱い」」」
ソナの疑問に俺とサクヤのみならず、テラコッタまでもが苦笑混じりに答える。
ソナが目でご愁傷様、と言っているような気がした。
「まあ、とりあえずはレベルとスキル熟練度上げ。それと連携の確認ですかね。みなさんは何のスキルをとったんです?」
何気なく言ったのであろう、ソナの純粋な疑問に言葉が詰まる俺たち。
「……もしかしてソナ君ってMMO初めて?」
おそるおそるテラコッタが聞く。
「はい。一応インフィニティのβテスターですけどほぼ未経験です」
MMOではスキルを聞くことはあまりよくないとされている。それが元で情報が他人に洩れたりする可能性があるからだ。
ほとんどデスゲーム状態の今なら余計に簡単に教えることはできない。
「あ、あれ? もしかして何か問題でした?」
オロオロと狼狽するソナ。大丈夫だ、と言ってはみるもののあまり大丈夫ではない。
今後のことを考えるなら情報は共有するべきだ。しかし残念ながら、会ったばかりの他人を信用できるかと言えば難しい。
どうするかと悩んでいると、
「はい、これがあたしのスキルとステータス」
サクヤがスキルばかりかステータス情報までを可視状態にし、迷いなく全員に見せる。
「ちょ、ちょっとサクヤちゃん!? いいの!?」
テラコッタが焦った様子でサクヤに確認をとる。
「いいも何も、バラしたやつから始末するから問題ないわ」
「怖いよサクヤちゃん!?」
一見暴論にも聞こえるが、これでもサクヤなりの優しさだったりする。半分くらいは本気だと思うが。
「では僕も公表しますね」
サクヤが情報を公表したことで、ある種の責任感と連帯感が生まれた。俺たちも次々に公表していく。
「ふむ……この感じだと僕が基本的なダメージソースになりそうですね」
「俺は盾役か。まあそのつもりだったけど」
「わたしはサポーターだね〜。頑張るよ」
「で、あたしが雑魚排除で」
「俺が攪乱、と」
順にソナ、リヒト、テラコッタ、サクヤ、俺の役目が決まる。
これが俺たち『ディクテイター』の基本形になりそうだ。
「じゃあ、僕そろそろ自分の宿に戻りますね」
時刻は既に八時を超えている。空も暗くなってきたし頃合だろう。
ウィンドウを閉じ、立ち去ろうとするソナ。ドアに向かって進んでいき、不意に立ち止まった。
「あ、そうそうソルさん」
振り返って俺に話す。
「あなた、攪乱だけじゃないですよね」
予想外の言葉に一瞬固まる。
「……なんでそう思う?」
質問を質問で返す。
「女の勘ですよ」
「お前は男だろうが」
さっき見たステータス画面からもそれは確定している。
「ふふっ、そうですね。冗談です、気にしないでください。ではまた」
今度こそ、ドアを開けて帰っていったソナ。
「何だったのかしらね」
「さあな」
そうは言いつつ、考える。なぜ攪乱だけではないと勘ぐられたのか、女の勘とは何なのか。当てずっぽうで言っただけかもしれない。ふざけただけかもしれない。
それでも俺は邪推を止めずにはいられないのだった。