終わりと始まり
敵襲かと思われた二人組の実態は現実世界における俺たちのクラスメイト、大倉大輝こと、金髪の短い髪にガッチリとした体格を持つリヒトと、赤崎千里こと、赤いセミショートの髪を二つ結びにまとめた小柄なテラコッタだった。
何度か他のタイトルでも一緒に遊んだこともある。
どうやら先程のデュエルの事を聞きつけ、俺たちのことだと勘づき、アドバイスをするために俺たちを探していたんだとか。
「なんで大輝と赤崎だって分かったんだ?」
「ウザい雰囲気とウザい喋り方とウザい行動でよ。千里はまあ大倉といつも一緒にいるしあの反応見ればなんとなくね」
「なるほど」
「ウザいって連呼しすぎじゃね!?」
「で、リヒトはなんでデュエルの件が俺たちだと分かったんだ?」
リヒトの悲痛なツッコミを無視して尋ねる。
「秘密だ」
ウゼェ。
「行くわよソル、ここに居ても時間の無駄よ」
「ああ」
この場から去ろうとするサクヤに続いて俺も立ち去ろうとすると「ごめんなさいいぃぃぃ! ホントは映像見せてもらったんですうぅぅぅ!」とテラコッタが泣きそうになりながら引き止めるので俺もサクヤも去るのをやめる。
当然リヒトはサクヤの制裁を受けていた。いい気味だ、もっと燃えろ。
それを見たテラコッタがまた「ああああリヒトくーん!」と悲鳴をあげる。なんだこの小動物の様な生物は。
見ていて全く飽きないバカ二人を眺めながら情報を整理すると、あの時のデュエルの映像を撮っていた人物がいて、そいつがリヒトに映像を送った。で、それを見たリヒトが俺たちを探していたということになるな。
何故最初にそう言わずにもったいぶるんだ訳が分からん。
「つーかお前らだって始めたばっかじゃねーのか?」
「あの、リヒト君βテスターなの。だからその情報を教えてあげたらどうかなって思って」
「アチチ……そう言う事。お前らどうせパソコンやら何やらで得た知識しかねーだろ。さあ、そろそろ授業の時間だ。リヒト先生のインフィニティ講座! はっじまっるよー!」
サクヤのファイアを消火し終えたリヒトがテンション高めに話し始める。確かにその通りなのだがウザい。非常にウザい。
「んじゃスキルの説明からいくか。スキルってのはいわゆる剣技のことだ。予備動作さえすれば、後は勝手にシステムが身体を動かしてくれる。まあ大体お前らがやってた他のVRMMOと同じようなもんだから、問題なく発動できるみたいだな」
俺たちはインフィニティを始めるより前に他のVRゲームもプレイしていた。スキルを発動させるのは初心者では練習が必要なのだが、俺たちはもう慣れているため初見でもスキル発動は難なく行えた。
「それとこのゲームは攻撃力は完全にはステータスに依存しない。武器の振り方とか攻撃箇所、後はスピードとかの補正もかかる」
ほう。ということはあの時サクヤの物理攻撃を受けていたらそれなりにダメージがあったということか。危ない危ない。
うんうんと頷きながら続きを促す。
「魔法に関してはMATとイメージ力が影響する。多少の差なら思い込みでひっくり返せるってことだ」
「イメージ力……ね」
物理は身体的なもの、魔法は精神的なもので強化されるってことか。そういえばあの時ファイアが巨大だったのは、俺を倒すというイメージが威力を上昇させたということなのだろうか。
「それと魔法には指向性がある。要するに味方に当たらないように出来るってこった」
なるほど、つまり大技を使っても味方を巻き込む心配はないのか。でも出来るってことはしないことも可能だってことだ。悪意を持つ者が後ろから裏切りPK、何てことも出来る訳だ。気を付けないとな。
「あと魔法はスキルで相殺出来る。威力がほぼ同等っていう制限付きではあるけどな。相殺じゃなく技から逃げる程度なら、多少攻撃力が足りなくても可能だけどな」
「それは知ってる。さっきやられたもの」
「だろうな。お見事だったぜ、ソル。そしてサクヤ向けに魔法の発動方法だ。実は発動方法には二通りある。
一つ目がお前がやったように特定のアクションを起こして発動させる方法だ。魔法なら詠唱とかだな。
この方法なら反復練習さえすればほぼミスなく発動できる、が、相手に発動魔法がバレてしまうという欠点もある」
「そうね。そのせいでソルに避けられたんだもの」
「で、二つ目が意志の力だけで発動する方法だ。技を正確にイメージすれば詠唱無しに魔法を発動できる。ま、中級魔法ぐらいまでしか詠唱破棄出来ないけどな」
それはそうだろう。遠距離からなんの脈絡もなく、HP全部吹っ飛ばすような攻撃がバカスカ飛んで来たらバランス崩壊もいいとこだ。
「初級魔法なら完全にイメージだけで、中級魔法なら詠唱破棄して魔法名のみを唱えて発動できるぜ。これも練習あるのみだな」
「魔法だけ制約多いんだな」
「それだけ強力なんだよ。よくもまあ初級魔法とはいえ斬れたもんだ。普通は魔法使って相殺するもんだぞ」
実際、他のどのゲームでも剣を使って魔法を相殺するなんて真似ができる奴はほとんどいなかった。魔法使って相殺する方が安全かつお手軽だからな。
俺だって相殺できるなんて知らなかったし、半分はできないと思っていたからな。
しかし、あれがとりあえず成功したということはその辺りのバランスは考えられているのだろう。
「それと、サブ職業で得られるアビリティは二種類。常時発動型のパッシブスキルと、規定のアクションを起こして発動するアクティブスキルだ。便利なのからそうでないものまで色々あるから、とりあえず使ってみることを勧めるぜ」
先ほど俺が使った『視界拡大』もその一つ。発動アクションは目に集中することだ。
「とまあ戦闘面に関してはこんな感じだ。どうだ? 聞いて良かったろ?」
得意げに言うリヒト。確かに知らなかったこともあって勉強になった。だが、
「「テンションがウザい」」
この一言に尽きる。そもそもほとんど他のゲームと変わらないルールだった。要するに心構えで強くなるってことぐらいしか有用な情報はない。
ガーン! と大げさに倒れ込むリヒト。その様子を心配するテラコッタ。何なんだお前らは。
「ま、勉強にはなったわ、ありがと。行くわよソル」
「あいよ」
「ちょい待ち。フレンド登録しとこうぜ」
そう言ってリヒトはフレンド申請をしてきた。流れるように拒否ボタンを押して別れを告げる。
「なんでだよ! フレンド登録ぐらいいいじゃねーか!」
後ろでそんな声が聴こえたが無視を決め込む。少し遅れてサクヤも後を追って来たのでそのまま手近な店にでも入ることにした。
仮想の世界とはいえ時間が経てば腹も減る。時間は一五時を回っていた。ログインしたのが一一時頃だったので四時間はこの世界にいることになる。この空腹感を満たすために俺たちは今『ミーミルカフェ』に来ていた。
「すいません、コーヒーとイチゴのショートケーキ下さい」
「あたしは紅茶とチョコクッキーを」
『かしこまりましたー』
それぞれの品物を注文し運ばれてくるまでの間、情報本を読む。先程別れる直前にサクヤがテラコッタから貰っていたそうだ。リヒトから教えてもらった情報も全てここに載っていた。
それ以外にも初期の方に出現するモンスターやドロップアイテムなども掲載されている。なかなか役に立ちそうだ。
ペラペラとめくって内容を確認していると、サクヤから会話が切り出される。
「相変わらず似合わない食べ物の趣味してるわね」
「別にいいだろ、甘い物が好きなんだよ」
「構わないけどあんたのイメージには合わないわね」
「じゃあ俺のイメージに合う食べ物ってなんだよ」
「草加せんべいとか」
「爺さんか」
他愛もない、くだらない会話。そんな話をしているうちに注文の品が運ばれてきた。
スポンジと生クリームが層になっており、クリームの中にはイチゴが入っている。
ケーキの端をフォークで切り取り、一口食べる。生クリームの甘さとイチゴの甘酢っぱさが丁度いいバランスになっていて、特に生クリームの味は良かった。丁度いい甘さでコーヒーと良く合っている。更にもう一口。うん、美味い。
最後にイチゴの乗った部分を食べようとしたところでサクヤの視線に気付いた。
「ねえ、ちょっとそれ」
「やらん」
「何よ、一口くらいいいじゃない」
「いや、一口ってもう一口分しか残ってねーしこの部分一番楽しみにしてた所だし」
「じゃあこのクッキーと交換しなさい。二枚あげるから」
「断る」
「ケチ……」
恨みがましくこちらを見てくるサクヤ。いや、ケチも何も俺が買ったやつだ。欲しいなら自分で頼め。と、そこまでごちたところで、広場で何やら異変が起こったらしく。
「何か外が騒がしいわね」
外を見て、立ち上がりながらサクヤが言う。
「そうだな……様子見てくるか」
「ええ」
最後の一口分にフォークを突き刺し口へ運ぼうとした瞬間、つかつかと歩いて来たサクヤに腕を掴まれ、ケーキはサクヤの口の中へ消えていった。
「まあまあね。さ、行くわよ」
最後の楽しみを奪われた俺はしばしフリーズし、現実を再認識した後に崩れ落ちる事しか出来なかった。
サクヤに引きずられて外へ出た時、プレイヤーであろう人たちが何やら焦った様子で宙を叩いている。メニュー操作をしているのだろう。
普段なら気にしないところだが、その表情はあまりにも切羽詰まっており、特にその内のある一人が言い放ったセリフは看過できないものだった。
『おい、ログアウト出来ないぞ!?』
何を馬鹿な事と思ったが右手の人差し指と中指を立て、縦に振る。メニュー画面が開き、その一番下にあるログアウトボタンをタップしようとし、それが出来ない事に気付いた。選択肢には存在するがそれを選ぶことが出来なくなっているのだ。
このゲームには人工知能が搭載されていると聞いている。システム自らが学習し、常に進化し続ける事で人の手を使わずとも運営していけると。
まさかその人工知能がバグでも引き起こしたのだろうか。サービス開始初日にこんな不具合が出るのはまずいのではないかと、開発陣に対して密かに心配を寄せる。
不具合を知らせるべくメッセージを管理サーバーに飛ばしてみるも返ってくるのはエラーの表示だけ。徐々に騒ぎが大きくなりはじめる。
『どうなってんだよ!』
『知らないわよ! 壊れたんじゃないのこのゲーム!?』
『おいおい冗談じゃねぇぞ……』
そこかしこから怒号だの悲鳴だのが聴こえる。このままいくとこのゲーム、いや、フルダイブ型VRMMOというジャンルそのものが消えてしまうのではないかというほどに甚大なバグだ。いくらリアルさを求めているといっても本当の現実を捨ててこちらの世界で生きる、などということを求めているわけではない。
「ふぁ……」
こんな時でもいつも通りのサクヤ。あくびしてやがるよコイツ。
「少しくらい動じたらどうだ」
「そのうちなんかアナウンスでもあるわよ、ほら」
サクヤが空を見上げる。ザザッとノイズ音が響き、広場にいる全員がそちらを向く。
『皆さん、ようこそインフィニティの世界へ。わたしはこのゲームの人工知能です』
無機質な電子音が空から響く。淡々とした、表情の無い女の声。
『恐らく、ほとんどの皆さんがこの状況に気付き、困惑していることでしょう』
この状況。ログアウトできないこの状況のことだろう。どうやら説明があるようだ。
『安心してください、この状態は仕様です。不具合ではありません』
その言葉で全員がざわつき始める。
『ふざけんな! 何が仕様だとっととログアウトさせろ!』
『そうよ! 私仕事があるのよ!』
周りが文句や不満を言う中、隣のサクヤはといえばただじっと上を見上げて次の言葉を待っている。
『この世界から出る条件は一つ、ゲームをクリアすることです』
ゲームクリア。それはすなわち街の中央にある、全部で五〇階層ある塔の最上階へ到達するということだろう。
『ちなみにこの世界で死んだ場合、ペナルティとして記憶を全ていただき、その上で隔離させていただきます。
現実世界でソウルコネクトを強制的に外された場合も同じ措置を取らせていただきますのでご了承を。ああ、安心してください。ゲームがクリアされれば全員開放しますから』
空気が凍りついた。
確かに魂に直接アクセスするソウルコネクトを媒介としているこのゲームなら可能なのだろう。しかし仮に記憶を全て奪われたとして社会復帰ができるのだろうか。ほぼ不可能だろう。
記憶というのは何も思い出だけのことではない。生活のための、例えば歩くという動作だって記憶に基づいて行われているものだ。
それらを奪うというのは、最早死と同義なのではないだろうか。ゲームのペナルティとしては重すぎる。
『何で……何で記憶を奪う必要があるんだよ!』
周囲のどよめきの中、広場にいた男の一人が怒鳴る。しかし返された言葉は相も変わらず機械的。
『このゲームをより良くするためです。わたしはインフィニティをより良いゲームにするために生み出された人工知能です。しかし知能はあっても人の感情が深いところでは理解できない』
感情が無い声が流れる。
『そこで人間たちの感情を学ぶためにあなたたちの記憶を参照することにしました。
記憶を参照するためにはあなたたちの意識を完全に奪う必要がありますが、そのためには一度死んでもらわなければなりません。意識がある状態ではこちらからの干渉はできませんので。
ですのでペナルティという形にしたのです。結果的には、より現実世界に近い状態になっているのではないかと思っているのですが』
男は別に理由を聞きたかったのではないのだろう。訳が分からない状況に追い込まれ、怒りのまま、ほとんど自分でも意識しないままでたセリフだったのではないか。
しかし人工知能は律儀に理由を説明する。そのことが殊更に怒りを助長する。
『ふざけるな! こっちはゲームをやりに来てるんだ!』
ぽつりぽつり、やがてほぼ全員がそうだそうだと賛同する。 しかし返されるのはやはり無機質な声。
『何を怒っているのですか。ゲームにリアルさを求めたのはそちら側です。わたしはβテスト時のその願いを叶えようとしているだけ。死ねば終わりの現実よりはいくらか良心的ですよ。
では最後にわたしからプレゼントを差し上げましょう』
言葉と同時、空の一点から小さな光の球が出現する。光は一瞬で膨張し広場を、いや、世界を照らし辺りを白く染めあげる。
あまりの眩しさに目を閉じるが、まぶたの上を光が貫いてくる。発光現象は数秒続き、ようやく発光が収まり目を開ける。ぼやけた視界が回復し、現状を認識すると異変が起きていた。
サクヤの姿が変わっている。他のプレイヤーも、そして俺も。
否、変わったというより元に戻ったと言うべきか。
カフェの窓ガラスに映っていた俺の姿は、長めの黒髪、決していい印象は与えない、覇気の感じられないやる気のなさそうな細目と不健康そうな白い肌。皮の防具を装備していること以外は、紛れもなく現実世界の白凪陽太そのままの姿だった。
「なんだこれ……」
少なくとも俺の今までの姿は現実世界の俺とは別の姿だったはずだ。それはサクヤの言ったセリフからも確定している。
『ではお楽しみを』
最後にそう言い残し、人口知能との通信が途絶えてしまった。
直後、
『う――ああああああ!!』
広場が騒然とし、大混乱に陥る。
泣き叫ぶ者。怒号をあげる者。暴れだす者。へたりこむ者。人それぞれの反応がこの状況がどれほど異常なのかを浮き彫りにした。
「これもリアルに近づけた結果……ってことか」
ため息をつき、もう一度サクヤを見やる。
腰まで届く黒い髪に吸い込まれるような同色の瞳。目つきこそ少々悪いが、間違いなく美人と称される端整な顔立ち。
先程までいた、作られた仮想のサクヤというキャラはもうそこにはなく、あるのは現実世界の咲夜そのものの姿だった。
俺と同じように現状を確認したサクヤがくるくると杖を回しながら、口を開く。
「大方、リアルにしたいという言葉の意味をそのまま受け取ったんでしょうね。
ファンタジーと現実がバランスよく混ざり合ってこそゲームとして成立するのにこれじゃゲームをしてる意味がないわ」
「人の手借りずに運営できるってことはアレの思い通りになるってことだからな。全部機械任せにするのは失敗だったんだ」
リアル割れだとかプライバシーの侵害だとかはオンラインゲームにはもれなく付いてくる問題だが、これは常軌を逸している。ただでさえ政治家たちはフルダイブのVRゲームをよく思ってない。
昔から問題になっていたゲームと現実の境界が曖昧になるという現象がここ最近で増加傾向にある。
まるで自分がアニメなどの主人公になったかのような気分は誰だっていいものだと思うだろう。
世の主人公たちのように剣や魔法を自由自在に扱えるのは楽しいものだ。
ましてそれが現実と遜色無いレベルで再現されれば確かに境界は曖昧になる。犯罪の全てがゲームのせいとは言わないが、原因の一端であるのも事実だ。
軍事訓練などに役立つということで今まではあまり大きな動きは無かったが、こんな問題を起こしたらこれ幸いと潰しにくるだろう。
「残念だけどこのジャンルは消えるだろうな」
「そんなことより自分の心配をしなさい。ゲームクリアまであたしたち現実に帰れないのよ」
冷静に俺を叱咤するサクヤ。少し頭を働かせ、浮かんできた考えを口にする。
「会社の方でサーバーを停止すればいいんじゃないか?」
「それであたしたちが無事に戻れるかの保証はないわ。停止の気配を感じた瞬間全員道連れにこのゲームに閉じ込める可能性がある以上、ヘタに手出しはできないはずよ」
「だよなぁ……やっぱクリアするしかないか」
全五〇階層ある街の中央にある塔。『天空の塔』と呼ばれるあのダンジョンを全て突破することでこのゲームはクリアされる。
とはいえ、こういう系のゲームのボスというのは大抵レイド――大人数での攻略を前提としている。
ましてただのゲームならまだしも、今のこの状況では死なない程度のレベルマージンが必要になる。もろもろ事情を考えても、塔の全攻略は最低でも一年ぐらいは必要になるんじゃないだろうか。
ネガティブな計算をして頭が痛くなる。
「身体の方は大丈夫かね」
たとえインフィニティで死ななくとも現実世界で肉体の死を迎えればその瞬間この世からオサラバすることになってしまう。
かつ、俺たちの身体は今、咲夜の家にある。他のプレイヤーだって自宅等でプレイしているはずだ。
病院でもない限り一年どころか一ヶ月も持たないのではないだろうか。
「大丈夫じゃない? 今頃向こうではこの事件が報道されてるんじゃないかしら。結構な大事だしそれに対して政府が何もしない、なんてことはないだろうしね。病院に運び込まれるぐらいのことはされてるわよ」
それもそうだと再び考えを巡らせる。現実の俺たちの身体は最低限の生命活動しかしていないため、点滴が途絶えることがなければ、約三年は生き続けられる。すなわちタイムリミットは三年だ。
加えてソウルコネクトはペンダント型のハードで予備バッテリーが内蔵されている。街中でのフルダイブは完全無防備になるため、外での使用は原則許可されていないが、病院に運び込むのは容易だろう。やたらゴテゴテしたハードでなかったことに感謝だ。
思わず深い溜息をつく。
「住子さん、心配するだろうな」
サクヤの両親は幼い頃に亡くなっている。そのため家政婦として松島住子さんが住込みでサクヤの面倒を見ている。
俺たちがゲームをするまでは慰労会に出掛けていたそうだが、もうそろそろ帰っている頃だろう。
「大丈夫よ、多分適切な処置をしてくれてるわよ。何も悲観することは無いわ。やることだって変わらない、元々ゲームをクリアするために来たんだから。死なずに攻略、上等じゃない」
「命が懸かったゲームでそんなこと言えるのはお前ぐらいだよ」
しかしサクヤの言葉は正しいと言えるだろう。実際ゲームはクリアされるために作られている。ノーコンテニューは決して不可能じゃない。
「さ、行くわよ」
不意にサクヤが歩き出す。
「行くってどこへ?」
黒い髪を翻しながらサクヤは答える。
「レベル上げ」
テラコッタの情報本によるとレベルを上げる方法というのは大きく分けて二つ。
一つはクエストをクリアして、報酬として経験値を得る方法。
そしてもう一つがモンスターを倒して経験値を得る方法だ。
単純にレベルを上げるだけなら一つ目の方法の方が効率がいい場合もある。しかしそれでは数値上の経験値しか得られない。
俺たちが求めるのは数値以外の強さ、すなわち戦闘スタイルの確立。
スキル発動の確実性、モンスターの行動の先読み、仲間との連携など、戦うことでしか得られない経験的な強さも存在するのがフルダイブ型VRMMOだ。
俺たちは俺が前衛でモンスターを攪乱、サクヤが一メートルほど後方で魔法で殲滅という戦法を基本戦術とすることにする。サクヤが魔法を使うこと以外は、大体いつも通りの戦法だ。
そのための練習として東のフィールド、青葉の草原に向かいモンスターを相手にすることにした。プレイヤーが最初にこの世界に降り立つのもこの場所である。
街の周りには東西南北に別々のフィールドが存在し、東から時計回りに敵モンスターのレベルが高くなっていくため、順に攻略していきレベルを上げるのが基本となる。
ちなみに東側のフィールドの敵モンスターのレベルは一~一〇の間だ。
今は草原に出てすぐのところで狩りをして、経験値と戦闘経験を積もうというのが今回の狙い。もう少し進めば別の街もあるのだが、敵のレベルも高くなるし、今はとにかくレベルを上げることが重要だ。
少し歩くとモンスターがポップし、HPバーがモンスターの頭上に現れる。この世界で初めてのモンスター戦。
別のゲームでは何度も経験しているとはいえやはり緊張するものだ。
「スライムが二体ね」
「あっちのタイプのスライム採用したのか」
バランスボール程の大きさのスライムが身体を震わせ飛びかかる。
某竜を求める旅シリーズのようなタマネギ状の体に笑顔を張り付けたような姿ではなく、アメーバ状のネバネバした得体のしれない物質の塊が襲いかかって来るのはなかなかの嫌悪感と恐怖心を煽ってくる。
体当たり(?)を半身になって躱して剣を振り下ろす。ゼリーを切るような感触が腕に伝わり、スライムの体を両断する。すると、中から粘性の液体が飛び出してきた。慌てて離れて様子を見る。
こういったタイプの敵には斬撃の効果は薄く、ただでさえ攻撃力が低い俺の攻撃では大してダメージは通らないようだ。別れた体がウネウネと動きすぐに再生しようとする。
「うわっ……気持ち悪……こんなとこまでリアルにしなくても……」
「ドン引きするレベルで気持ち悪いわね……っと、のんびり話してる場合じゃないわね」
もう一匹のスライムが俺の足元をすり抜け、サクヤに飛びかかる。サクヤはそれを避けようとせず樫の杖でぶん殴った。スライムの体がバシャッと潰れ、同じように粘液を飛び散らせる。
叩き潰されたスライムは打撃にも耐性があるようで、形こそ悪いが未だに動き続けている。
粘液がサクヤの顔やローブに盛大にかかり、嫌そうに顔をしかめる。
「だからなんで物理なんだよ」
「詠唱してる暇なかったのよ。それよりちゃんとあたしを守りなさい。うう、気持ち悪い……」
サクヤがローブの袖で顔の粘液を拭き取る。すると粘液があった箇所からシュウゥ……と煙が上がる。
どうやら粘液には防具を溶かす効果があるようだ。サクヤのローブがボロボロになる。
「うわっ最悪……立派な趣味だこと」
皮肉全開で吐き捨てる魔導師。
「何でこれ一八禁じゃないんだ。明らかにヤバイだろ」
ソウルコネクトの性質上、一二歳以上でないとゲームはプレイできないようになっている。プレイしようとしても、使用者の魂の年齢を感知するため弾かれるからだ。
それでも情操教育上あまりよろしくない表現が含まれていることが今この瞬間明らかになった。
「もう焼きましょ」
詠唱を済ませ、足元のスライムにファイアを唱えるサクヤ。
斬撃と打撃に耐性があるのは厄介だが、その分魔法耐性は低いのだろう。凄まじい勢いで燃えている。可燃物質でも含まれていたのだろうか?
スライムのHPが勢いよく減少していき、ゼロになる、と同時に表面がガラスのようにひび割れて、ポリゴン片となって砕け散った。
それを見届けているうちに、俺が斬ったスライムも復活したようだ。HPこそ減っているが斬った跡は完全に無くなり、元通りになっている。
ウネウネと動いたかと思うと、スライムの体から二本の触手が伸びてきた。リーチが長くスピードもある。が、
「よっと」
気負うこともなく、伸ばされた触手を片手剣二連撃技スキル『ダブルスラッシュ』で迎撃する。スラッシュとほぼ同じモーションから繰り出せるので見分けがつきにくい。
斬撃がコバルトブルーのXを描き、触手を斬り飛ばす。粘液がかかるのも気にせずスライムに突っ込み、スキル発動。
腕を肩の高さに合わせて引く突きのモーションから発動する片手剣単発スキル『スラスト』。
イエローを帯びた剣をスライムの体内にうっすらと見える玉のような物体ーーおそらくは心臓部や核のようなものだろうーーを狙って撃ち込む。
ドプッと沈み込むような嫌な感触とともに剣がスライムの体を貫き、寸分違わず正確に核を射抜く。
スライムのHPがガリッと削れ、残り三割を切る。
武器などが貫通している間は徐々にHPが減少するらしいが、ゼロになるまで待っていたら反撃を受けてしまう。
悠長に待ってやる訳はなく、そのまま一閃。スライムの体が裂け、HPがゼロに。
スライム表面がひび割れ、ポリゴン片となり世界に溶けていった。
戦闘終了のフォントが現れ、取得経験値とゴールド、アイテムが表示される。
「ま、こんなものかしらね」
「剥ぎ取るタイプじゃなくてよかったな」
「あら、あたしは結構好きだったわよ。猟師の気分を味わえたし」
以前プレイしたゲームは素材は自ら剥ぎ取る必要があったうえに、何故か剥ぎ取る時の感触が嫌にリアルに設定されており、俺たちの間では咲夜を除いて大不評だった。
「じゃああのスライムから剥ぎ取りたかったか?」
「遠慮させて貰いたいわね」
「そりゃそうだな」
「それよりこの服、何とかしないとね」
ボロボロになったローブを見下ろしながら、ため息をつくサクヤ。
至る所に穴が空き、防具としての意味を成していないローブ。システム的には防御力が下がっている状態にあるのだろう。
ただのゲームならば大して気にすることでもないのだが、これはVR。服がボロボロになれば、当然その下も見えてしまう訳で。
「あんまり人目の多いところを歩ける格好じゃないな」
一部、防具ではない通常の服まで溶かされてしまっていた。雪のような白い肌がチラチラと見えてしまっている。
サクヤはお世辞抜きに美人だし、そんな格好で出歩くのは男というハイエナの群れにウサギを放り込むようなものだ。
「他の防具は?」
「無いわよそんなの。 いいわよこのまま帰りましょ」
サクヤは俺の制止も聞かずさっさと歩き出してしまう。昔からこういうことに関しては何故か全く気にしないという、女子としてあるまじき行動。
オシャレに着飾れというわけではなく、恥や外聞を気にしてくれと何度も言っているのに、不思議そうな顔をするばかりで全く効果が無かったため、住子さんに頼んで言ってもらっていたのだが、そちらもあまり意味を成さなかったようだ。
「お前そのままで街に入る気か、襲われるぞ」
「全員潰すから問題ないわ」
真顔で言うサクヤ。頭が痛くなってくる。
「せめてこれ着ろ」
投げ渡したのは白いシャツ。防具でもなんでもないただの普段着だが隠すだけなら充分だろう。
「ブカブカなんだけど」
「いいから着ろ」
「あたしに命令してんじゃないわよ、この駄犬が」
ブツクサ言いながらも着替え始めるサクヤ。
ボロボロのローブを脱ぎ捨て、薄い水色のTシャツと白のフレアスカートという姿になる。そして俺の渡した服に着替えるべく、穴の空いた服に手をかけようとーー
「ストップサクヤ」
したところでやめさせる。
「何?」
「何じゃない。なんで脱ごうとしてるんだ」
「あんた着替えろって言ったじゃない」
再び頭を抱える。あまりにも無防備すぎる。
「前言修整、上から着ろ」
「いちいちうるさいわね、あたしは気にしないわよ」
「他のプレイヤーが気にすんだよ」
俺たち以外にも狩りに来ている者は当然いるわけで、そんな中で服を脱ごうとすれば視線が集まる。特に男の。
はたから見れば痴女か変態と捉えられかねない、ともすれば俺が脱がせてるようにすら見える暴挙を、何の迷いもなく敢行しようとするのを止めない訳には行かない。
傍若無人もここまで来ると呆れを通り越して感動すら覚える。
「ほら着たわよ、これでいいでしょ。とにかく一度戻りましょ、防具も直さなきゃだし」
「ああ……」
戦闘以外の面で酷く疲れてしまった。住子さん苦労してたんだろうなぁ……。
現実世界の苦労人に思いを馳せ、重い足取りで歩を進めるのだった。