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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
2/16

ソウルダイブ

 八月七日。高校一年の夏休み。うだる様な暑さが部屋を支配し、うるさい蝉の鳴き声がそれを更に加速させる。

「暑い……」

 呟きながら額に溜まった汗を拭う。運動部のマラソンコースなのか掛け声らしきものも聴こえてきた。

 この暑い中よくやると、半ば呆れつつ机の上に広がる紙束に目をやる。進学校であるうちの高校名物『夏休みの友』だ。

 『さあ、夏休みの今がチャンス! 他のライバルに差をつけよう!』がコンセプトらしいが別に何と競っている訳でもない俺にとってはただただ迷惑な代物である。俺に限った話ではないだろうが。友を語るわりには全く容赦の無い量。敵と名乗るべきである。

 そんな敵も溜まっているが、暑さのせいで全くやる気が起きない。一応、扇風機はかけているものの、この日の気温は四〇度を超えており、そんな小さな抵抗などは容易く吹き飛ばしてしまう。

 このまま溶けてしまおうか、などという下らない考えが頭に浮かんだその時、携帯がメールの着信を知らせる。内容を確認すると、ただ一言。


 『あたしの家に来なさい』


 届いたメールにそれだけが書いてあった。簡素と言うか素っ気ないと言うか。

 いつも通りの事とはいえもう少し何とかならないものだろうか。我が幼馴染ながら心配になる。

 正直、この暑さの中外へ出るというのはただの自殺行為だと思うのだが、こいつの誘いを蹴ると、必ずと言っていい程後で詫びを要求してくる。たとえそれがどんなに理不尽な誘いだとしてもだ。

 仕方が無いのですぐに行くとメールを返して外行きの服に着替え、幼馴染――東雲しののめ咲夜さくやの元へ向かうのだった。






 咲夜はいわゆるお嬢様というやつで、容姿端麗・文武両道と絵に描いたかのような完璧超人である。そのため学校でも当然人気があるのだが、とにかく愛想が悪い。

 話し掛けても会話は続かず、時には罵倒されたりもする。

 俺に対してはそれがかなり顕著に表れ出会い頭には罵倒が当然、話し掛けても無視が基本のスタイルである。最近でこそ会話程度なら出来る様になったが。

 人気があるというのは『それが逆に良い』などという信者達による布教効果のおかげだろう。

「おっそい」

 出迎えるなり、腕を組みながらこちらを叱責する咲夜。いや、そもそも時間指定などは無かったし、出来る限り早く着く様に急いだはずだ。本来二〇分はかかる所を一〇分で来たのだから、労いの一言くらいはあってもいいはずなのでは。

「あたしが来いって言ったら五分で来るのよ、この犬が」

「無茶言うな。どんなに急いだって一〇分はかかる。そして俺はお前の犬になった覚えは無い」

「うるさい。いいからシャワーを浴びて来て。汗だくで見苦しいのよ」

 相変わらずの罵倒の嵐。酷い言い様だな、オイ。

「はいはい、分かったよ。シャワー借りるからな」

 俺に拒否権は無い。咲夜の言うことは絶対なのだ。

「着替えは後で持って行ってあげるから感謝しなさい。確かあんたが前に泊まりに来た時のがあったはずだから」

「ヘーヘーアリガトヨ」

 それでもせめてもの反撃として感謝の気持ちなど微塵も込めず、あからさまな棒読みで言ってやったが、凄まじい眼光で睨んで来た為、仕方なく中断。

「浴び終わったらあたしの部屋に来て」

 それだけ言って咲夜は長い黒髪を翻しながら自分の部屋に戻って行った。

 シャワーを浴びてから女の子の部屋に行く、などと字面にすると少々いかがわしいものがあるが実際には、このクソ暑い日に無理やり呼びつけられ、着いた直後に暑苦しいと罵倒され仕方なくシャワーを浴びるに過ぎない、という事実が否応無く現実を突き付ける。別に何かを期待している訳でもないのだが。

 だが汗をかいて気分が悪かったというのもまた事実なので、好意――なのかは分からないが――に甘えておくとする。

 俺はシャワーを浴びる為脱衣所に向かった。





「おっそい」

 可能な限り早くシャワーを浴び終わり、すぐさま咲夜の部屋に向かったというのに二回目の叱責。こいつは待つということが出来ないのだろうか。

 溜め息をつきながら部屋を見回す。

 女の子の部屋、と言うにはあまりに質素過ぎる、最低限の物以外何もない部屋。不要な物はバッサリと切る咲夜らしいといえば咲夜らしいが、花の女子高生としてそれはどうなのだろうか。

 などと思いつつも一応女の子であるこいつの部屋をあまりジロジロ見るのも失礼だと思い、先ほどのセリフに対する不満を口にすることにする。

「お前は一言目には『おっそい』だな」

「黙りなさい、このダメ男が」

 徹底した罵倒と共にペンダントの様な物――フルダイブ型VRMMOをする為に必要な機械、『ソウルコネクト』をこちらに投げ渡した。

 ソウルコネクトは人間の中に存在する魂をゲームの世界に飛ばす。要するにゲームの中を現実世界と同じ感覚でプレイ出来るようにするということだ。

 魂を飛ばすといっても人間の中から消えて無くなるわけではなく、最低限呼吸をすることができる程度の意識は残すためと、再び元の体に戻るために僅かに魂の残留は身体に残り続けるので、死んだりすることは無い。らしい。

「それつけて、ダイブしなさい。準備は出来てるから」

「お前はわざわざゲームする為に俺を呼びつけたのか?」

 若干の苛立ちを含ませた声で問う。しかし咲夜にしては珍しい、上機嫌な声でゲームのパッケージを二つ拾い上げ、こちらに見せつけながら言った。

「ふふん、これを見てもまだそんなことが言えるかしら?」

「! そ、それはまさか!」

 咲夜が持っているのは今日発売されたばかりのソフト、『インフィニティ』だった。

 発売前からその自由度の高さが高評価を集めており、βテスター募集も募集人数の一〇倍以上の人数が殺到し、わずか一時間で終了を告げたという伝説を持っている。

 俺も買う為に並ぼうとしたのだが、あまりの行列の長さに諦めたのだ。聞く所によると先頭集団の方達はどうやら一週間前から並んでいたらしい。

 いくらゲーム好きとはいえ、そこまでの根性は残念ながら持ち合わせていない俺は諦めるしかないと、言い聞かせてきたのだが……。

「一体どうやって手に入れたんだ? まさかお前が並んだ訳じゃないだろ?」

 こいつの性格から考えて自分が並ぶという選択肢は存在しないだろう。並ぶとすればそれは咲夜に頼まれた(命令とも言う)俺になるだろう。

「田中と加藤に並ばせたのよ」

「お前は鬼か」

 あいつらに並ばせたのか。

 確かにあいつらはゲームに興味はないし咲夜のファンクラブに入るほどに心酔しているから咲夜が頼めば喜んで並び、差し出すのだろうがそれにしたって赤の他人に並ばせるか? 並ばせるな、咲夜なら。

「いいからやんの? やんないの?」

 じれったそうに咲夜が言う。答えなど考えるまでもない。

「やらせてください」

 やりたくない訳が無い。一ゲーム好きとして、こんなチャンスは手放せない。

「ならあたしの条件を呑みなさい。一、ゲーム内ではあたしのパートナーになること。二、あたしの言うことは絶対遵守。三、これからはあたしのことをご主人様と呼びなさい」

「二つ目と三つ目以外は了解だ。さあ、早く始めようぜ」

 逸る心を抑えつつ、ソウルコネクトをつける。咲夜も冗談だったのか、特に文句を言うことも無くソウルコネクトをつける。

「さあ、いくわよ」

 大きく息を吸って、ゲームの世界へ行く為の呪文を唱える。

「「ソウルダイブ!」」

 意識と身体が切り離された。

 ……ん? 何かおかしな点があった気がするが……まあいいか。





 視界の暗転と浮遊感。そして徐々に明確になっていく世界の輪郭。そこにある幾つかのタイトルの中から『インフィニティ』の世界を選び、中へと飛び込む。

 『welcome to the infinity!!』と文字が表示され、プロローグが流れ出す。普段ならこういったものも含めて楽しむのだが、基本的に後からでも見られるのと、今すぐにゲームをしたいという気持ちが大きかったというのでここはスキップ。

 名前入力画面が表示されたので名前を入力。

 すると職業選択画面が表れた。いくつかの種類の戦闘用職業が出現し、俺は『剣士』を選択。ポイント割り振りへと移動。ATK・MAT・DFE・MDF・DEX・SPDの六つから選んでポイントを割り振るようだ。

 フルダイブ型VRMMOである以上、試されるのは自分の身体能力であろうと思い五十あったポイントはSPDに振れるだけ振り、残りの二十ポイントはDEXに振る。

 ATKに振らなかった理由は中途半端に振ったところで大したダメージは与えられないだろうと思ったから。攻撃も全て躱すか逸らすつもりでいるのでDFEも必要ない。同様の理由でMDFもカット。

 俺はこれからの獲得ポイントを全てSPDとDEXに注ぎ込むつもりなので、それならDEXに振ってクリティカル時のダメージを高めた方がいい。その後アビリティを幾つか選んで次の画面へ。

 そこはサブ職業が選択出来る画面のようで、言わばサポートスキルの様なものがより多く獲得出来る職業の様だ。

 表示された職業は更に多彩で『商人』『鍛冶屋』といったオーソドックスな物もあれば、『ギャンブラー』『占星師』といった戦闘には全く関係ない物まで多数ある。

 果ては『ニート』といった訳の分からない、最早職業とは言えない物まで存在する辺り、作成側の無節操さが垣間見える。

 全部見るのも楽しそうだが、咲夜を待たせると後が怖いので断念。可能な限り自分に合ったサブ職業を見つけようと検索をかけるが、なかなかこれといった物が見つからない。

 いっそ目を瞑って適当に選ぶかと考えた時、ある職業か目に止まる。直感的にこれだと感じそれを選択。

 全ての項目が終了し目の前に扉が現れる。いよいよ『インフィニティ』の世界へ降り立つ時が来た。

 深呼吸をし、ギィィ……と重い扉を開くと光が目に入り、視界がぼやける。慣れて来た目で見たそこに広がっていたのは広大な草原。

 空からは太陽の光が降り注ぎ、辺りからは川のせせらぎや動物の鳴き声が聴こえる。

「すげぇ……」

 思わず声を漏らす。今までにもVRMMOをプレイしたことはあった。だがそれらはいかにも『作り物』といった感じが拭い切れていなかった様に思う。

 しかしこれは違う。匂いや音、果ては空気や熱までに質感がある様に感じる。まさしくもう一つの現実と呼べるであろうこの世界はその名の通り無限の可能性が広がっているのだろう。

 しばし腰を下ろして世界に見とれていると、すぐ後ろから扉の音が聴こえてきた。

 数秒後に「すごい……」と俺と全く同じ感想を漏らしていたその声の主は、咲夜――サクヤだ。

 このゲームではアバターは自動生成されるのだが、サクヤは運が良かったのだろう。

 腰まで届く夜色の長い髪に、宵闇を思わせる瞳。黒のローブを身に纏い、手には樫の杖を持っている。やや顔つきが大人っぽくなっていることと背が少し伸びていることを除けば、現実のサクヤとなんら変わらない姿だった。

 俺の方が先に到着しているのはかなり珍しい。この機会に今まで言われ続けた、あのセリフを口にすることにする。

「おっそい」

 その言葉を聞いたサクヤは僅かに顔をしかめたが、特に何を言うでもなく俺のそばに座った。

「悪い、ちょっと言いたくなった」

「いいわよ、遅れたのは事実だもの」

 いつもと変わらない口調の中に、少しだけ申し訳なさを含ませた声色が新鮮だった。僅かに罪悪感を感じるものの、あまり気にしても仕方ないと割り切り、スッパリと忘れることにする。いつも言われてるんだからこれぐらいはいいだろう。

「すごいわね」

 その言葉の中の抜けた主語を俺は理解している。いや、誰であろうと理解できるだろう。

「ああ……すげぇな」

 賛同する様に言葉を紡ぐ。

「嘘みたいね、ここがゲームの中だなんて」

「そうだな、やっぱり何もかもがリアルだな」

 風が俺達の頬を撫で、髪を揺らす。花の香りが辺りに漂い、鼻腔をくすぐる。俺達は隣り合って世界をしばらくの間眺めていた。

 はたから見るとまるで恋人同士の様に見えるのだろう。しかし何食わぬ顔で咲夜が俺の下腹部を抓っているのが現実。超痛え。やっぱ根にもってんじゃねえか、あのセリフ。






「それより何? その顔」

「ん? 変なのか?」

「変よ。あんたはいつも通りのマヌケ面がお似合いよ」

「ひでぇな」

 世界の観察もとりあえず終え、いつも通りのサクヤの罵倒。こればっかりはどこに行っても変わらない。

 鏡がない為自分の姿を確認することが出来ない。それほど酷いアバターというわけではないだろうが少し不安になる。

「そんな変なあんたをを叩きのめしてあげるわ」

 サクヤが何かの操作をすると、目の前に『デュエル』の文字が現れる。

「いきなりデュエルかよ」

「慣れるには実戦が一番よ」

 強引だがそれもそうだと思いYESボタンを押す。

 空中に『ゲットレディ?』の文字が現れ、三十という数字が秒刻みで減少する。


『お、デュエルか?』

『いいぞ! やれやれ!』


 どうやら他のプレイヤーたちの目に止まったようだ。どんどん人が集まってきたが、そんなことは関係ないと言わんばかりにサクヤは憮然ぶぜんとした態度を決め込む。

 俺自身も人の視線は気にならないので準備を進めつつサクヤに尋ねる。

「お前職業とサブは?」

「敵に教えるわけないでしょ、と言いたいところだけど特別に教えてあげる。『黒魔道士』と『修行者』よ」

「ふーん、珍しいな、いっつも剣士なのに。俺は『剣士』と『観測者』だ」

 言いながらも俺は剣を、サクヤは杖を構える。カウントが残り一〇秒を切る。

「じゃ、いくわよ。諸々(もろもろ)やり方はわかってるわよね?」

「当然」

 三、二、一、スタート。

 ゼロになった瞬間、全力で前へダッシュ。SPDに極振りしているだけあってそこそこ速い。このまま間合いに入って魔法をうたせぬままラッシュで終わらせようと思っていたのだが、サクヤは予想もしていない行動をとっていた。

 何とサクヤもこちらに向かって全力ダッシュしていたのだ。てっきり魔法を使う為に距離を取るかと思っていた俺は面食らってしまう。

「おまっ……魔導士のクセに接近戦とかっ……!」

「常識なんて壊す為にあるのよ」

「何か理不尽だ……」

 魔導士という職業を無視し杖を振り回すサクヤ。無理矢理急ブレーキをかけ攻撃を防ぎつつ、後退する。とはいえ、接近戦になれば有利なのはこちらだ。

 前衛職と後衛職とでは、基礎能力が違う。どれだけ見た目が強烈そうな攻撃でもここはゲームの世界だ。魔導士である以上、得意なのは魔法であって物理攻撃ではない為、そこに攻撃力はほぼ存在しないはず。

 わざと攻撃を受けて、杖を掴んで動きを封じ、カウンターで決めてしまおうと軽く作戦を立てる。

「喰らいなさい!」

 サクヤが杖を大きく振りかぶる。作戦通り防御の体制をとる。

 そこで気付いた。サクヤが薄く笑っていることに。

「炎よ!」

 詠唱と共に杖の先が赤く光る。

「『ファイア』!」

 ゴウッ! 炎がほとばしり、俺を焼き尽くさんと襲いかかる。

「あぶねっ!」

 咄嗟に防御を解き、力一杯右に飛ぶ。

 炎は俺の顔を少し焼き、左の空間を燃やしながら後ろに抜けていった。

「何で避けるのよ」

「いや避けるだろ普通」

 不満そうに言うサクヤ。避けなきゃ今頃炭だぞ俺。てか今のでHP五分の一ぐらい削られてんだけど。

 今の火力はまさか……。

「お前MATに極振りしたろ」

「あら、ばれちゃった。因みに残りの二十はSPDに振ったから」

 相変わらずの防御を捨てたビルド構成。ひたすら攻めに特化したサクヤのスタイルはここでも健在のようだ。

「いいからさっさと灰になりなさい、この生ゴミが」

「なってたまるか」

 言い返しながら、ジリ、ジリと距離を詰める。サクヤの方は、先程の様な不意打ちはもう使えないと悟ったのか、逆に距離を開けようとしてくる。

 魔導士の紙防御と体力なら、俺の攻撃力でもクリティカルを出せれば一発か二発ぐらいで倒れてくれるだろう。しかしあの魔法を一、二発貰ってしまえば、恐らくこちらが蒸発してしまう。

 ある程度なら狙ってクリティカルを出せるのがフルダイブ型ゲームの良いところなのだが、それでも多少は運が絡んでくる為、有利なのは向こうの方だ。

 それを分かっているのだろう。サクヤは薄っすらと笑みを浮かべている。

「フー……」

 小さく深呼吸。覚悟を決めて前を見据える。剣を構えてダッシュを開始する。サクヤも応戦する為に杖を前に突き出し、そして唱える。

「『ファイア』!」

 何故か先程よりも更に巨大な火炎が迫る。いくらSPDに極振りしたといっても初期ボーナス程度の速力では完全回避は難しい。あれは掠っただけでも大惨事だ。その後の杖の攻撃でも削り切られてしまう可能性が高い。だから――。

「えっ!?」

 だからこちらもスキルで応戦することにした。剣を担ぐ様な姿勢をとると、ブルーの光が剣を包む。単発攻撃スキル『スラッシュ』。

 青い軌跡が火炎を斬り裂き、道を作る。スピードを全開にしてその穴に飛び込む。ダメージは――ゼロ。

「嘘……」

 呆然とするサクヤに剣を突き付け、ニヤッと笑って宣言。

「俺の勝ち」

 おおっ! と歓声が上がり、拍手が起こる。

「…………」

 反面、無言でつまらなそうに杖をクルクルと回すサクヤ。

「あんた知ってたの? 魔法をスキルで打ち消せる事」

「なんとなくな」

 正直、魔法に対してスキルが有効なのかどうかは半分賭けだったんだけどな。一応、魔導士に対しての対抗策が剣士には無い、なんてことは無いだろうと思っていたので、その対抗策を考えればその答えは出た。

 それはすなわちスキルでの相殺。同程度の威力のスキルをぶつければ相殺出来るのでは無いかと考えたのだ。

 厳密には俺の攻撃力では相殺は出来ずに、小さな穴を作るのが限界だったがとにかく上手くいって良かった。

「……ふーん、まあいいわ。ところで」

「うん?」

「まだ勝負は終わってないわよ」

「は? って危なっ!」

 横一線に杖を振るうサクヤ。危ういところで回避し、距離をとる。

「危ねえだろが」

「うっさい死ね」

 言葉遣いがやや乱暴になってきた。これは機嫌が悪くなってきた証拠だな。

 仕方なくメニュー画面を操作し『デュエル』の項目をタッチ。操作を進め『リザイン』の文字を押す。空中に『ウィナー サクヤ』という金文字が輝く。

「何降参してんのよ」

 不服そうにサクヤが言う。

「降参しなきゃ勝つまでやるだろうがお前」

「あたしが負けるとでも言いたい訳?」

 無言。

「フン、まあいいわ。今回は勝ちを貰ったげるけど次は完勝するから」

「へーへー」

 『いい勝負だったぞー!』『ナイスファイト!』と称賛の声が聞こえるも、絶賛不機嫌中のサクヤにはその言葉は火に油。

 ギロリ! と観客を睨みつけ、睨みつけられた者たちはそそくさと退散していった。

 全く納得がいかない、という様子が明らかに見て取れる。

 しかしこうでもしないと本当にサクヤが勝つまで、それこそ何時間も、場合によっては何日も続いてしまうのだ。この判断は賢明だったと言えるだろう。

「それで? 次はどうするのよ」

 不機嫌なままサクヤが尋ねる。

「とりあえず街へ行ってみよう。こんなとこにずっといても仕方ないだろ」

「了解よ」

 サクヤの了承も得て、俺たちはこのゲームの中で一番始めに辿り着く街、『始まりの街』へ行くことにした。






 始まりの街は、このゲームにログインした時にほぼ必ず最初に訪れる街だ。武器に防具、道具など冒険のために最低限必要なものならここで揃えられる。

 また、酒場や宿屋もある為、ここを拠点とするプレイヤーも多いらしい。基本的な戦闘方法、いわゆるチュートリアルが受けられるのもここらしい。

 らしいというのはあくまでもβテスト時の情報なので今はどうなのかは分からないから。だがそこまで大きな変化はないだろう。既に、多くのプレイヤーがこの街で思い思いに過ごしているようだ。

 さて、どうするかと悩んでいると、


『おーい! そこの二人組ー!』


 後ろから大きな声が聞こえた。誰だこんな街中で大声を上げているのはと心の中で毒づきつつ振り返ってみると、やたらと大柄な男と小柄な女がこちらに向かって走ってきているのが見えた。見たところ同い年ぐらいか……。

 いや俺たちではない、きっとほかの二人組を探しているんだと辺りを見回してみるも二人でいるのは俺たちだけ。他の奴らはみんな四~五人でパーティを組んでいる為、あれは間違いなく俺たちのことを呼んでいるのだ。

「逃げるか、面倒だし」

「逃げましょう、面倒だわ」

 珍しく意見が一致した。俺は極振り、サクヤは準極振りしたSPDを全開にして猛ダッシュ。この時点ではさほど能力値に差はないので少しずつ差は開くもののサクヤを置き去りにしてしまうことはない。


『あ! ちょっ待っ……おーい!』


 追いかけて来るものの、こちらは現段階でほぼ最速なのだ。追いつけるはずもなく、少しづつ差は開いていき、後ろの声がだんだんと遠ざかっていく。このまま振り切ってしまおうと考えたとき、詠唱が聴こえた。声からすると女の方が唱えたようだ。

 PKプレイヤーキルでもする気か、と考えたが街中では体力ゲージは減少しない。なら一体何を……。


『アクセル!』


 魔法が発動すると後ろの二人組の身体が青白く光り出す。その途端、二人の速度が上がった。先程の魔法はいわゆる強化魔法というやつなのだろう。おそらくこのままでは追いつかれる。サクヤの方を見ると同じ考えのようだ、目で「どうにかしなさい」と訴えて来ている。

 ため息をつきつつ観測者のアビリティの一つ、『視界拡大』を発動。効果は全方位を見渡す事が出来るというもの。

 脳の処理が追いつかないためあまり長くは発動出来ないが、今からしようとしている事に対してならそう負担はかからないだろう。

 拡大された視界が後ろの男を捉える。男の手が俺の肩を掴もうとした瞬間、振り向きざまに男の腕を掴み、その勢いのまま一本背負の要領で地面に叩きつける。

 システム的なダメージこそないものの、痛みとしては身体に残る。それは既に俺が体験している通りだ。衝撃が少し大きかったのか男は目を回している。

「さて、どういうつもりだ? お二方」

 アビリティを解除し、既にサクヤに拘束されている女に向き直る。が、

「ああああごめんなさいごめんなさい! 悪気はなかったんです許してえぇぇぇ!」

 泣きそうな声で思いっきり謝られてしまう。

 返ってきた予想外の反応に俺もサクヤも固まる。その声に反応したのか目を回していた男が飛び起きた。

「うおおおテラコッタアァァァ!」

 大声を上げてテラコッタと呼ばれた女の元へ駆け出す。さすがのサクヤもその様子には気圧されたようで、テラコッタから手を離しこちらへ戻って来た。

 励まそうとサクヤの頭を撫でようとし、手を叩かれるといういつもの通過儀礼を終えたところで改めて二人の目的を聞く。

「いやー悪い! お前らが逃げようとするもんだからさー」

 極めて朗らかな、悪く言えば能天気な声で、男が謝罪の言葉を口にする。

「ただこのゲームのやり方っていうか常識? を教えておこうと思っただけなんだよ」

「お前らはNPCか何かか」

 発言だけ見ればチュートリアル用のNPCの様だが魔法を使ったところを見るとプレイヤーなのだろう。向こうは親切のつもりなのだろうがそれにしたっておせっかいがすぎると思うが。

「あれ? 俺らのこと分からないか? ソルとサクヤだよな?」

何故か俺たちの名前を呼ぶ男。VRMMOはプレイヤー同士でパーティを組まなければ名前が見えないはず。なのにこの男は俺たちの名前を知っている。

「分かるわけ無いだろ。逆になんでそっちは俺らのこと知ってるんだ」

 本当に運営の者たちなのではないかと疑い始めたところでサクヤが思い出したように言葉を発した。

「まさか大倉と千里?」

 返答は満面の笑顔だった。

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