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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
12/16

二組の師弟

 八月二〇日。ゲームが始まった頃に比べると、街は落ち着きを取り戻し、各々が前に進むための取り組みを始めている。

 あれから三層目も危なげなくクリアし、順調と言えるようなペースで攻略は進んでいた。

 それでも一部のプレイヤーは宿屋等に引きこもっており、まともにプレイできていない者も少なからず存在する。

 二週間も経ってまだこの状況に適応できていないというのであれば、それはもうそういう事だと言わざるを得ない。

 いくらVRゲームが普及しており、モンスターと戦うことに慣れていると言っても、状況が普通ではないため、そういう人が出ても仕方のないことなのだろう。

 その辺のケアも含めて、それらはほぼ全て『WOR』が受け持っている。

 可能であれば戦場へ、それが叶わなくともせめて自力でGを稼ぐことだけでもと、慈善活動を指揮している。

 もちろん無茶はさせないし、装備もその日を生きる程度のお金を稼ぐだけの、ザコモンスター相手なら、棒立ちでも五発ぐらいなら余裕で耐えられる防御力の物を支給している。この装備はリヒトたちを始めとした、生産職のプレイヤーも協力しているようだ。

 安い宿なら一泊一〇〇ゴールド。スライム一匹が大体三〇Gを落とすので、その日食べる物も合わせて七匹も狩れば十分な金になる。

 パーティを組んでの戦闘なら、一人あたりの取り分は少なくなるため、もう少し数がいるだろうが、それでも一人で戦うよりは、精神的にも肉体的にも楽になるし、何より事故の確率が大幅に減少する。三人もいれば、まず死ぬことはなくなるはずだ。

 数をこなせばスピードこそ遅いだろうが、それだけレベルも上がるため、さらに事故率は減る。さらにいえば、その戦闘を見て、埋もれている才能を発掘することもできるかもしれない。

 とまあ、こんなことを考えつつも、可能な限り全プレイヤーが不自由しないように取り計らっているのだ。

 攻略に専念して、一刻も早いゲームクリアをするという案もあるにはあるが、それをしてしまうと下位プレイヤーの間で暴動が起こる可能性が出てくる。

 この世界のルールにPK(プレイヤーキル)というものがある。

 PKに成功した場合、その相手の所持金全てと、ランダムで持ち物を半分強制的に強奪できるというシステムだ。

 街中ではPKはできないが、弾みでフィールドに出た時を狙って殺す、なんてことが起こらないとも限らない。

 今はまだPKが起こったという話は聞かないが、もしもそれが起こってしまうと、この世界は本当の地獄になってしまう。それだけは防がなければならない。

 そんなわけで、その可能性をできる限り潰すため、ある程度の防具と武器、そして食料と狩りの技術の譲渡を行っているわけだ。

 そして『WOR』と同盟を結んでしまっているが故、俺たちもこの活動には参加している、という雰囲気が周りにはあるわけで。

「めんどくさいわ」

 それに参加させられた今、サクヤは絶賛不機嫌中というわけだ。

「サクヤ。気持ちはわかるがそれを受給者の前で言うのはやめろ」

 サクヤから物資を受け取ろうとしていた男のプレイヤーは、ぎょっとした表情を浮かべながらも、そそくさと退散していった。それを見てサクヤはふんと鼻を鳴らす。

「なんであたしがこんなことをしなくちゃならないのよ。メギトスたちだけでやればいいじゃない」

「人手が足りてないし、それ以前にこれを提案したのはお前だろうが」

 そう。元々この行動に至ったのは、サクヤの『初心者プレイヤーを救済する』という一言によってだった。最初のボス戦の前のいざこざの件で、リヒトたちが何かを思ったのと同じように、サクヤもこの問題に対して行動を起こした。

 それは現在の中で最も規模の大きいギルド『WOR』のトップ、メギトスさんに案を伝えることで、効率よく救済を行うということ、だったらしい。……表向きは。

 実のところは、サクヤ本人は『レアアイテムを羨む連中がちょっかいかけてこないように、ある程度のアイテムを渡しておいて物欲を解消させる』という腹積もりだったようで。

 要するに自分のための行動なのだ。

 確かにレアアイテムや狩場を独占していれば不満がでる。そしてその不信感の波紋はプレイヤー間でどんどん広がりやがては孤立してしまう、なんてことになるかもしれない。

 それを防ぐためにサクヤはこの行動を起こしたのだ。全プレイヤーの脱出を願った善意ではなく、自分たちが効率よくプレイするための免罪符として。

 やり方が完全に悪人のそれなような気もするが、俺としてもそういう確執に囚われたくはないので、特に何も言わないでいる。

「いや、すまないね。手伝ってもらって」

「何がすまないね、よ。同盟を結んでいることを盾にしてせまってきたのはどこの誰?」

 笑いかけながらこちらに歩み寄ってくるメギトスさんに、サクヤは敵意剥き出しで応じる。もう敬語を使え、なんて言うのはやめた。というか諦めた。

「元々の案を出したのは君だろう? なら少しくらい手伝ってくれても罰は当たらないと思うよ?」

「あたしは面倒事に巻き込まれたくないからあんたに任せたのよ。あたしが手伝ってたら意味ないじゃない」

 横暴極まりない咲夜節が炸裂する。楽したい気持ちもわかるが、それはあまりに理不尽ではなかろうか。

「ははは、これは手厳しいね。でもまあ、少しくらいは目を瞑って欲しいな。ほら、彼らとの交流もして欲しいしね」

 メギトスさんが顔を向けた方向を見ると、そこにはスペードとダイアの姿があった。まさかあいつらのお守りまで押し付ける気か? 流石にサクヤも怒るぞ。

「それに、そこの彼にはうちの子たちを泣かされたみたいだしね」

 最悪だ。知ってやがった。

「……どういうこと? 説明してくれるかしら」

「いや大変だったよ。特にダイアはかなり――」

「わかりました。引き受けます」

 余計なことを言われる前に、メギトスさんの言葉を遮って了承する。放っておいたら何を吹き込むかわからない。

「後で説明してもらうわよ、ソル」

 まあ逃げられはしなかったが。

「おっす! この前はケーキありがとな! 美味かったぜ!」

「ごきげんよう、ソルさん、サクヤさん。先日は、その、お見苦しい姿を……」

「ソル、やっぱり今説明しなさい。この子たちに、何を、したのかしら?」

 表情に変化はないが、明らかな怒りのオーラを放って、サクヤが威圧しながら説明を求めてくる。最悪だ。この人絶対わざと作っただろ、この状況。

「この子たちと一緒に仕事することを頼みたい。こと、戦闘においては頼りになるが、こういった人との関わりを一任するには少し不安があるのでね。トラブルが起きたらそれを手伝ってほしい」

 確かにトラブルに対して弱そうな感じはする。一応引き受けはするが、それよりも。

「それは構いませんけど待ってください。それならまずこの状況を何とかしてください」

 と、助けを求めてみるも、メギトスさんはなに食わぬ顔で立ち去ろうとする。引き留めようと言葉をかけるが、

「何とかするもなにも、元々君が蒔いた種だろう? ダイアは君の言葉で泣いたそうじゃないか」

 正論で一蹴された。というかそれ以上はいけない。サクヤの威圧感が尋常じゃないほどに高まってきている。

「では、頑張りたまえ。スペード、ダイア。今日一日は彼らについて行きなさい。君らもその方がいいだろう」

「マジっすか!? あざっすマスター!」

「わ、わたくしは別に……」

 メギトスさんの言葉に、スペードとダイアがそれぞれの反応を示すが、俺はそれどころではない。返答を間違えれば即、死だ。いや、街中ではHPは減らないから死にはしないのだが。

「もう一度聞くわ。ダイアに、何を、し・た・の・か・し・ら?」

「対象がダイアだけになってんじゃねえか」

 スペードはどうでもいいのか。そして去って行くなメギトスさん。頼むから、マジで。――ってああ、行ってしまった……。どうすんだよこの状況……。

「あ、あの……。サクヤさん、わたくしは別に何もされてはいませんわ。少なくとも、あなたが誤解なさっているようなことは……」

 どう答えたものか困っていると、ダイアが助け舟を出してくれた。おお、助かる。

「……ふぅん……。なら何をされてあなたは泣かされたのかしら」

「そ、それは……その……」

 ギクッとした顔になるダイア。……まあ説明しにくいわな。『自分の好きな相手の図星を突かれて、恥ずかしさのあまり暴走した結果』なんて。

「ほら説明できないじゃない。何? ソルに口説かれたの? 無理やり押し倒されそうにでもなった? そうならあたしが制裁しておくけど」

「おい聞いてねぇぞそんな話! ダイア、どういうことだよ!?」

 サクヤの憶測に突っかかるスペード。だんだんと話が拗れてきたぞ、面倒な。

「で、ですから! そういうわけではないと言っているではありませんか! そもそもなぜあなたがそんなに怒るのです!? それとわたくしは泣いてなどいません! 決して!」

「いや、それは嘘だ。泣いてたぞ」

「ソルさんは話をどうしたいのです!? わたくしが泣かされたことが問題なのでしょう!? そこを隠せばお互いまるっと解決したでしょうに!」

「嘘はよくない」

「ああもうなんでそんなところは律儀なのです!?」

 もう黙っていてくださいませ! と、釘を刺されてしまった。ただ気になることが一つ。

 ダイアはブロンドの髪を振り乱しながら、勢いに任せて自分が泣いた事実を自分で証明してしまっている。指摘したらまた泣きそうだから言わないでおくが。

「なんであたしが怒るかだけど、それはあたしがソルのパートナーだからよ。身内の不始末は身内が処理しないとダメなのよ。あと怒ってないから」

 お前も嘘つけ。めちゃくちゃキレてんじゃねぇかよ。普段そんなに突っかかってこないだろうが。これも後が怖いから指摘しないが。

「……まあいいわ。今は言及しないでおいてあげるけど、後できっちり話してもらうわよ」

「そうしてくれると助かる……」

 どうやらサクヤは一時いちじ折れてくれたようで、この場では言及をやめてくれるようだ。しかしスペードはまださっきのサクヤの発言を気にしているようで。

「いやちょっと待ってくれ! ダイア、お前何されたんだ!?」

 かなり必死な形相で説明を求めている。こいつも大概だな。

「……スペードにはわたくしから説明しておきますから、今は仕事を優先してくださいませ……。説明が終わり次第、お手伝いしますわ……」

「ああ……」

 結局、話し合いはかなりの時間を要し、ダイアたちが俺たちの仕事を手伝うことはなかった。むしろ増えた。






「ほらどうした。そんなんじゃ捕まらないぞ」

「――っ、まだまだっ!」

 戦闘スタイルが似ているということで、スペードに稽古をつけて欲しいと頼まれ、『俺を捕まえられたら考える』と条件をつけた鬼ごっこが行われてから、はや三〇分。

 ルールは俺の身体のどこでもいいから触れることとした。

 さすがにフィールドだと俺にSPDのアドバンテージがあるので、ステータスの影響がさほど出ない街中で鬼ごっこを開始した。多少はこちらの方が速くなるが、それも誤差の範囲だろう。そこはわりと気合でどうにかなる。

「ふっ!」

 スペードの右手が俺の肩に伸びる。それを俺は半身になって躱し、続けて放たれた足払いを軽く跳んで避け、その隙を突いて再び伸ばされた手を、細かくステップしながら避けまくる。ふはは、かすりもせぬわ、と変なテンションになる程度には、優越感に浸っている。

「攻撃が直線的すぎるぞ。もっとフェイントとか混ぜてみろ」

「くっ! 言われなくてもっ!」

 余裕かましてアドバイスの真似事なんかもしてみる。しかし、さすがにいきなり実践するのは無理なようで、動きがかなりぎこちなくなる。これは要練習だな……と思った刹那、スペードの手が俺の目の前を覆った。当たる寸前で首をひねって回避し、スペードの姿を確認しようとしたが、そこにいたはずの者の姿が消えている。

 直感的に、ほぼ反射で前に跳びつつ、『視界拡大』を発動させる。死角のほぼなくなった視界で捉えたのは、俺が一瞬前にいた場所の真後ろにいたスペードの姿。

 なるほど。目を狙って視界を奪いつつ恐怖心を煽り、硬直した隙を突く作戦だったのか。フェイントとは違うが、いい作戦だ。

「おい、マジか! 今のを避けるのかよ!?」

 驚愕を顔に浮かべつつも、どこか楽しそうなスペード。落ち込むどころか、喜々としてまた俺を捕らえようとするその気概は驚嘆に値する。少しくらい落ち込んでくれてもよかったものだが。

「そろそろ疲れてきたんだがな」

「だったら大人しく捕まってくれよ。それで終わるからさ!」

「嫌だね」

 話を続けながらも動きは止めない。疲れているのは本当だが、手を抜くのは趣味じゃない。それに負けた感じがするから何か嫌だ。

  体力の消費を抑えるために『視界拡大』は解除する。これは結構神経をすり減らすから、あまり長持ちはしない。持久戦には向かないスキルなのだ。

 街中を駆け巡りながら、スペードを振り切ろうとひた走る。しかしスペードは、それにもきっちりと食らいついて、俺を逃すまいと追ってきた。

 そうやって逃げ回っていると、辿り着いたのは行き止まりだった。やっべ、このあたりの地形は把握してなかったな……。

「ラッキー! もう逃げ場はねぇぞ!」

 向こうとしても嬉しい誤算だったようで、勝利を確信した目で突っ込んでくる。だが、

「甘い!」

 手が触れる寸前、壁を蹴って宙返りの要領でスペードの頭を飛び越える。目標を見失ったスペードは、小さな悲鳴を上げて壁に激突した。うわ、結構な音したな。痛いぞ、あれは。

 鼻を抑えながら、涙目でこちらを向くスペード。

「痛ってぇ〜……壁ジャンプとかすんのかよ……」

「大丈夫か? 血は出てないみたいだが……」

「あんま大丈夫くない……。くっそ、捕まえられる気しねぇ……」

 あまりの音に一瞬ゲームだということを忘れて、出るはずもない鼻血の心配をしてしまう。

 赤い鮮血らしきエフェクトが出ることはあっても、血そのものが出ることはないのだ。

 元気が取り柄のスペードでも、さすがに疲れてきたようで音を上げ始めた。まあ俺も捕まる気はあんまりしないけど、約束は約束だしな。

「いや、触れたから合格。暇な時なら相手してやるよ」

「は?」

 わけがわからないといった面持ちで聞き返してくるスペード。やっぱ気づいてなかったか。

「お前のさっきの突進、少しだけど掠ったぞ。『触れれば合格』だからお前合格」

 向こうが気づいてなかったのなら、わざわざ言わなくてもよかったんだが、俺が気づいたのに言わないのは何か汚いからやめた。だというのに。

「ふざけんな、捕まえるまでやる!」

「はぁ?」

 スペードはそれを否定する。あれだけやって捕まえられなかったのに、まだ諦める意思はないらしい。だんだん腹立ってきたな……。

「あのな、もう条件は満たしてるんだよ。稽古を見てくれと言ってきたのはお前だ。やってもいいと言っているのにまだ不満なのか?」

 疲れも相まって、俺は苛立ち混じりに言う。

 正直、そういう弟子と師匠みたいな関係は俺は望んでいない。それでも純粋に強くなりたいという気持ちを、無下にすることはないと思ったから、条件付きで引き受けることにしたのだ。

 それを否定し、享受しないのであれば、もう俺が面倒を見る必要はない。しかしスペードは毅然と言い放つ。

「不満だよ。同い年くらいのやつが、俺よりもずっと強いんだぜ? せめてしっかり触れるぐらいしなきゃ気が済まないね」

「……お前いくつだ?」

「一五。高一」

 やっぱり同い年か。悔しい気持ちもわからんでもないが、しかしここまで付きまとわれるとなぁ……。

 ため息をつきながら、頭をガシガシと掻く。本当に面倒だ。

「とにかく、まだやるからな。絶対捕まえる!」

 これ以上話すことはないと言わんばかりに、スペードはまっすぐすぎる突進を繰り出す。

 適当に相手して、頃合を見てからわざと捕まるのが多分一番楽な選択だ。

 でも俺はそういうことはしたくない。真剣に向かってくる相手に失礼だし、何より俺のプライドが許さない。

「はあ……。そういうことなら、マジで捕まるまで逃げ続けるからな」

 鬼ごっこ、再スタート。





「で、結局捕まったってわけ?」

「うっせ……本気で疲れた……」

「へ、へへ……やっとの思いで捕まえたんだぜ……」

「ええ……まあ、すごいですわね……」

呆れたように言葉を投げるサクヤと、若干引いたように言葉をかけるダイア。二人の対応にどこかしら似たものを感じる。

 逃げ回っている途中で、サクヤから『あたしたちはリヒトのところでお茶してるから』とメッセージが飛んできた。

 その際の着信音に一瞬気を取られたせいで、反応が遅れて捕まってしまったのだが、それ以上にスペードの反応速度が徐々に上がってきたのが敗因だろう。最初の頃のスピードなら、多少反応が遅れてもギリギリ躱せていたからな。

「珍しいわね。あんたゲームでなら三人ぐらい同時に捌けるほど逃げるのうまいのに」

「それは体力の概念がないからだ。もやしの俺には長期戦は向いてない。それに『触れられたら負け』のルールだったら、捌くこともできなかったしな」

「そうね。もやしで虚弱体質のあんたには荷が重かったわね」

「時間制限決めときゃよかった」

 流れるように暴言を吐かれたことはスルーする。実際、時間制限があれば確実に逃げきれた。

 結局逃げ回っていたのは三時間ぐらい。俺は二時間を超えたあたりで体力が尽き始めたが、スペードは何故か逆に調子が上がり始めたのだ。

 俺の動きを先読みし始め、休憩する暇を与えてくれなかったため、結果的に動きが鈍くなり、捕まってしまった。それでもまだ逃げきれる自信はあったんだけどな。

「とにかく俺の勝ちな! 後で稽古つけてくれよ!」

「はいはい」

 後でな。ずっと後で。

「すごいねースペード君。ソル君捕まえるのってかなり難しいのに」

「俺ら二人がかりで行ってものらりくらりと避けられるもんなー」

 仕事が一段落ついたテラコッタとリヒトも会話に参加しにくる。ソナは相変わらず先遣隊に混ざって宝箱やらを発掘しに行っているため、残念ながら今はいない。

 前に戦闘訓練の一環で、回避の技術の向上とコンビネーションを強化するために『ディクテイター』のメンバーで多対一の練習を行った。

 その時の一が俺で、他のメンバーにはわりと容赦無く狙われた。幸い一番怖いサクヤの動きは幼馴染であるのと、結構長い間一緒にゲームをしていたのとで大抵先読みできる。

 リヒトとは防御専門だから攻撃にキレがないし、ソナも強いとはいえ、実質一人相手だから問題ない。テラコッタはほぼサポート魔法しか使えないが、その中の拘束魔法が地味に厄介だった。もっとも、追尾性能があるわけではないから、簡単に避けることはできたのだが。

「まああれだね。師匠と弟子ってことだね!」

「やめろ。そういうのは俺は嫌いだ」

「そうよ。こんなのが師匠だなんてあんまりだわ」

「お前誰の味方?」

 俺を茶化すテラコッタと口撃こうげきを加えるサクヤ。スペードが瞳をキラキラさせながらこちらを見てくるが、一体この状況のどこに惹かれたのだろうか。

 そうだ、そもそもなぜこいつらは俺たちにこんなに懐いているのだろう。

 それほど多く会ったわけでもない。話したわけでもない。記憶に残りそうなものといえば、交流戦のときの一戦ぐらいのものだ。

 なのに一体なぜなのか。そのことを聞いてみる。

「ん? あー……そういえばなんでだろうな……」

「なぜでしょう……。なんとなくなのですわよね……」

 しかし返ってきたのは曖昧な返答。なんとなくって……。

「強いていうなら、多分俺たちと似た感じがあったからかな。ソルとサクヤの関係が、なんか俺たちと似てるというか……」

「初めて会った時からお前らこんな感じだったけど、そん時俺らの関係なんか知るよしもなかったろ? それに、俺たちはお前らほど仲良くないぞ」

 少なくとも、ここ最近でサクヤと笑いあった覚えはない。大抵どちらも仏頂面でいるからな。

「いや、そんな表面上の関係じゃなくてさ……もっとこう、深い繋がりを感じたというか……」

「……よくわからん」

 それは裏を返せば、スペードとダイアもかなり親密な関係であると言っているに等しい。聞きようによってはかなり恥ずかしいセリフなのだが、スペードは気にした風もなく言葉を続ける。

「ソルたちと初めて会ったのって、確か交流戦の少し前だったじゃん?」

「そうだな」

 思い出しながら続きを促す。

「その時、ソルたちが狩りしてるの見たんだよ。でも、その時のソルとサクヤだけなんか違ったんだ。お互いがどう動くかわかってるみたいに、振り向きもせずに動いててさ」

「そりゃパーティ戦の訓練だからどう行動するかぐらい把握してるだろ」

「いや。あれはそんな言葉とかで説明できる動きじゃなかったって。とにかく、俺はそんなソルたちをすげぇと思ったんだ」

「……ただサクヤとは慣れてるから、合わせやすかったってだけだ。練習を重ねれば誰だってできる動きだよ」

 これは謙遜でも、嫌味でもない。純粋な本音だ。

 たかがゲームの中でのこと。現実ではこんなに息が合うはずもない。だからこれは虚構のコンビネーションだ。そんな自嘲の意味を含めた、紛うことなき本音。

 しかしそれを受けてもなお、スペードとダイアは真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「そうだとしても、俺はあんたたちを尊敬してる。すごいと思ってる。まだ俺たちにはできないことをやってのけた、ソルとサクヤを尊敬してるんだ」

「そうですわ。それに『慣れている』ってことは、それだけ回数を繰り返したということでしょう? たとえそれがどんな対象であれ、研鑽けんさんを積み重ねたというのはそれだけですごいと思いますわ」

「……そうか」

 わかった。こいつらが何を勘違いしているかが。

 確かに何度も繰り返した。しかしそれは練習などではなく、サクヤのストレス発散の相手にされることだ。

 サクヤは何かしら気に入らないことがあると俺をゲームに呼び出し、その度にサンドバッグの如くタコ殴りにしてくるのだ。

 それから逃れるために対策を講じているうちに、サクヤの動きをだんだんと読めるようになり、その結果として動きに合わせられるようになっただけだ。決して努力の賜物などではない。決してだ。

 しかしわざわざ訂正することでもあるまい。夢は壊さないでおくのが吉だろう。

「まあお前らも頑張れ。そんでボス戦のときに俺たちに楽させろ」

 胸中を気取られないように、わざとおどけてみせる。こいつらは反応がいちいち面白いから見ていて飽きない。

「いやそれはあんたらも頑張れよ! あんたら重要な戦力なんだぞ! メギトスさん言ってたぞ! 『彼らがいなかったら死人が出ていたかもしれない』って!」

「そうですわ! あなた方に休まれては、わたくしたちの負担が大きくなるではありませんの! 正直、ボス戦とか怖くて怖くて仕方ありませんのよ!?」

 ああ、そういえばダイアは三層目のボスが初参戦だって言ってたな。スペードは二層の時からいたらしいけど。

「それはあれだ。スペードが守ってくれるから大丈夫だ」

「なっ――! そっ、そういうことを言っているのではなくてですね! あなた方ももっとやる気を出して攻略に勤しんでほしいという――」

 怒りからか、はたまた羞恥からか顔を真っ赤にするダイア。本当にからかい甲斐のあるやつらだ。

「わかったわかった。冗談だから安心しろ」

 このまま放っておくと、さらに何かを言われてしまいそうだったので、さっきの言葉を訂正して窘めておく。

「まあせっかく集まったんだし、フレンド登録しておこうよ。いつでも連絡取れるように」

 そして、話が落ち着いたタイミングでテラコッタがそう切り出す。……こいつ多分、万が一レンタル品借りパクされても請求できるように、ってのが本音だな。

 フレンドコールはブロックできない仕様を利用した請求方法だ。無視されたらまず借りパクを疑い、返しに来る気配がなければ即、防具解除という強行手段に打って出る。常に監視されているようで、気味が悪いことこの上ない。しかも気が散るしな。

 『フレンド登録』のコマンドを開き、『一斉登録』を選択。半径三メートル圏内のプレイヤーを対象に、お互いにチェックを入れた相手を登録できるという仕組みだ。

 サクヤ、リヒト、テラコッタ、スペード、ダイアの内、既にチェックがつけられている二人を除いて、スペードとダイアにチェックをつける。

 ほどなくして電子音が鳴り、登録が完了したことを告げた。隣でリヒトが膝から崩れ落ちていたが、心の底からどうでもいいことだ。

「よっし、登録完了! これでいつでも修行に付き合ってもらえるな!」

「よかったですわね……」

「何言ってるの? あんたも来るのよ、ダイア」

「え、ええっ!?」

 サクヤの一言に、素っ頓狂な声をあげるダイア。ん? もしかしてサクヤ――

「あたしが『多重展開』のコツ、教えてあげるわ。そしたらあんたもここにくる理由ができるでしょ?」

「た、確かにそれは嬉しいのですけど……。――って、べべ別にわたくしはここにきたいわけでは――」

「それにボス戦の時に足手まといになられちゃ困るのよ。世話を任された以上は徹底的に鍛えてあげるから覚悟しなさい」

「は、話を聞いてくださいませ!」

 なるほどな。やっぱりサクヤも気づいてたか。にしても意外だ。サクヤが、そんな気遣いをするとは。

「あんた後ではっ倒すから」

「お前は俺の心でも読めるのか」

 ふん、と鼻を鳴らして、サクヤは早速ダイアを連れてフィールドへ向かって行った。俺の目が節穴でなければ、引きずっているように見える。

「んじゃ、俺らも行くか? そろそろ疲れも消えてきたし」

「お、マジで? 行く行く!」

 スペードは『待ってました!』と言わんばかりの表情を浮かべる。そんなに楽しそうにされても困るんだが。

「あ、じゃあわたしも行く! 今日は店閉まい!」

 テラコッタはそう言って指を振り、コマンドを操作する。『赤輝の万事屋(仮)』を閉めるのだろう。

「なら俺も。ついでに鉱石とか採掘しに行こうぜ!」

「おー!」

 勝手に話が進んでいく。発掘はいいが、二人で勝手に行ってくれよ。俺は巻き込むな。おいだからこっちを見るんじゃない。

「はぁ……とにかく行くか」

「おう! オネシャス師匠!」

「やめろそれ」

 師匠呼びに思い切り顔をしかめながら、俺たちは『青葉の草原』に向けて歩みを進めた。


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