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システムオーバーロード  作者: 林公一
インフィニティの世界
11/16

災難散々罪悪感

酸攻撃アシッド来るぞ! 魔導師部隊、用意!」


『了解!』


 第二層攻略、ボス名『ギガントスライム』。体長、胴回り――多分胴だろう――共に五メートルと、一階層のゴブリンロードを超える巨体。打撃は効果が薄く、斬撃を加えれば斬りつけた箇所から腐食酸が噴き出す。通常のスライムのさらに厄介なやつだ。口なのかどうかはわからないが、そこから緑の粘液を全方向に飛ばし、俺たちを腐らせようとするギガントスライム。だが、当然対処法も大体一緒なわけで。


『『フレイムウォール!』』


 魔導師たちが同時に『ファイア』を放つと、まるで炎が壁のように連なり、粘液を燃え散らす。正式な魔法名ではないが、俺たちは『フレイムウォール』と名付けた。

 今回のボス戦ではあのスライムに対応するために、こちらは一層のボス戦とは違う編成をしている。

 まず、酸攻撃アシッドを防ぐための魔導師部隊。魔導師部隊は炎担当と風担当の二つに別れている。

 『WOR』所属、ギリアンさんがリーダーを務める炎魔法部隊が放った魔法を、同じく『WOR』所属、ルミナスさんがリーダーを務める風魔法部隊が拡散させることにより、広範囲をカバーできるため、防ぐときはこの技をメインに使っている。

 次に攻撃部隊なのだが、こちらに関しても現在は魔導師がほぼ担っている。というか、武器による攻撃の効果が本当に薄すぎるのだ。

 ということで俺たちはひたすら防御に回り、魔導師の攻撃時間を稼ぐ役割になってしまっている。

 人数も前回よりも一〇人程増え、その分部隊の人数に余裕ができた。もちろんそれでも油断はできないが。

 また、陣形はギガントスライムを取り囲むようなものではなく、一箇所に固まるようにしている。こいつの特徴は範囲攻撃なため、下手に取り囲むような形にすると守りきれないからだ。動きも緩慢だし、一箇所に固まるデメリットは今回はない。

 ちなみにリヒトとテラコッタは店が忙しいとのことで今回のボス戦は参加していない。代わりにソナに自分の武器を託していたが、ソナのビルド構成的に一切使えないものなので、それらはただのゴミとして扱っている。

「ちょっと、しっかり守りなさいよ」

「うるさい。数が多すぎるんだよ」

 ギガントスライムから伸びた数十もの触手が、俺たちを倒さんと襲い来る。そのうちの幾つかがサクヤに迫ったので、それを斬り飛ばしたのだが、どうやら斬り飛ばした時の切り口から飛び出た腐食酸が、サクヤにかかってしまったようだ。

 結果、サクヤの纏っている黒のローブの一部が溶け、中に来ている薄い水色の服が露出してしまった。

「これの何が嫌って、ベトベトした感触は残ることよね。溶かす力はそんなに大したことないけど不快だわ」

 心底嫌そうに顔をしかめるサクヤ。しかしそんなことを気にかけている暇はない。

「まだ来るぞ。あとどれぐらいかかる?」

「三〇秒くらい」

「了解」

 再び迫る触手を『スラッシュ』で斬り裂きながら時間を稼ぐ。

 既にボスのHPゲージは一段目を割っており、二段目の半分近くまで減少している。攻撃パターンは変わらないらしいが、代わりに触手の数や、酸攻撃アシッドの範囲が増大していくらしい。実際、先程までは『フレイムウォール』を使わずとも躱せた酸攻撃も、かなり範囲が広がっている。多分三段目まで行くと、部屋全体を覆うレベルになるのだろう。

「もうあんた特攻してきたら? 斬撃なら通るんでしょ」

「代わりに嫌ってほど粘液を浴びるハメになるんだよ。そんなのはごめんだ」

「そう、ならいいわ。でもどうせ後で誰かが突っ込まなきゃならないわよ」

「その時はその時だ。必要な時が来たら行く」

 だが、魔導師の独壇場となるのかと言えばそうでもなく、ラスト一本になったあたりで、攻撃の通りが変化する。

 具体的に言えば『スライムにとっての心臓部に当たる核』にしかダメージを与えられなくなるのだ。

 その上、その核は魔法攻撃完全無効という仕様になっているらしい。どこまでも楽をさせてくれないゲームである。

「さて、もうそろそろ二段目も消失するわね。で、誰が突撃するかとかは決めてんの?」

「……一応、俺が先陣切ることになってる」

「そ。ならいいわ、どうでも」

 準備だけしてさっさと行きなさい、と追い払うように手を振るサクヤ。もうそろそろ三〇秒経つし、離れても問題ないだろう。

 一つため息をついてメギトスさんの部隊、とどめを刺す部隊に合流しに行く。

「お、来たね、ソル君」

「正直俺の攻撃が役に立つとは思えませんが」

 若干投げやり気味に言葉を発する。可能であればああいうタイプの敵とはお近づきになりたくない。

「普通の攻撃部隊なら、ね。だが、このボスは性質上、弱点しか攻撃が通らなくなるタイプのようだからね。攻撃力の低さはあまり関係ないよ。それに君には別の役目があるしね」

 しかしそんなことは当然関係ない。クリアのためには誰かが犠牲にならなければならないのだ。

「……そろそろですかね」

「だな。魔導師部隊、準備!」

 メギトスさんの指令で、部隊の全員が武器を構える。

「こじ開けろ!」


『了解!』


 魔導師部隊が詠唱を開始する。次々と赤い魔法陣が浮かび上がり、その中から煌々とした炎が燃え上がる。


「さってと、私たちもいきますか! いくわよみんな!」


 数人、緑の魔法陣を浮かべるルミナスさんの風魔法部隊。ルミナスさんを除いた、部隊の全員が同じ魔法を発動させ、炎を纏める。さらに、

「巻き起これ、切り裂け、吹き荒べ! 天と地を繋ぐ巨大な螺旋! 『リーシストルネード』!」

 ルミナスさんの魔法、『リーシストルネード』が炎を巻き込み、爆炎の嵐へと変貌を遂げる。そして『ギガントスライム』の体を粘液もろとも蒸発させながら突き進んで、スライムの体に巨大な穴を作り、そしてボスの弱点である『核』を露出させた。緑色の『核』は、おそらくはシステム的に保護されていて、絶対に切れることはないのであろう、糸のようなものでその場に固定されており、規則正しくドクンドクンと脈打っている。

「さあ行ってこい、ソル君!」

「了解です」

 つま先で床をトントンと叩き、全力で前に跳ぶ。放たれる触手を捌き、あるいは足場にして、一直線に『核』へと向かう。

 肩の位置に剣を持っていくとグリーンの輝きが宿る。そして、身の丈程もある巨大な核を『スラスト』の一撃で貫く。

 クリティカル判定を示す、青いスパークのようなエフェクトが輝き、ボスの体力ゲージを少し、だが目に見えて減少させた。

 このままラッシュを仕掛けることができれば、この戦いは幕を引けるのだが、そうは問屋がおろさない。俺が今居る位置は、穴が空いているとはいえスライムの体内にあたる。スライムの放出したものとは別物なのか、あれとは比べ物にならない程強力な腐植酸が滴り落ち、俺のHPを蝕む。その上触手までいくつか出現し、攻撃を仕掛けてきた。

 さすがにHPが持つとも思えなかったので、もう何発か与えてから離脱。するとその数秒後、核を中心に膨大な量の粘液が飛び出し、スライムの体を元通りに直したばかりか、プレイヤーの頭上に降り注いで戦力を削ぎにきた。

 魔導師部隊の魔法は少し前に使ったばかりで、あれを全てカバーはできないため、結果として何人かはモロに粘液を浴びることになってしまった。申し訳程度に剣を盾がわりにしたものの、俺もその一人。

「くっそ、ふざけんな……」

 悪態をつきながら体についた粘液を払う。しかもこれは穴の中にいた時と同じく、強力なタイプの酸だ。装備の腐食に留まらず、プレイヤーのHPまでもを削っていく。俺以外の浴びたプレイヤーもそれなりの思いをしているようだ。

「……うわ、剣がボロボロだ……。もう使えないか」

 右手の剣は、まるで何年も研いでないかのように錆びつき、場所によっては溶けてしまっており、剣としての様相を成していない。これでは斬ることはできない。もはやただの鉄の棒と化してしまった。

「これって研ぎで何とかなるのか……? このゲーム変にリアル志向だしなぁ……」

 どうせすぐに乗り換えるとはいえ、少し愛着があっただけにショックだ。

 ご丁寧に『錆びついたアイアンソード+5』と表示されたアイテムをストレージに直し、新たに『アイアンナイフ+2』を装備。

 前の強化の時に、少し余った素材で強化した武器だ。最大強化までは到達できていないが十分実用レベルにはある。

「ソル君、大丈夫かい? 予想外の反撃がきたね」

「どうせ今回も情報外の何かがあるとは思ってましたけど……。というかもしかしてそれ見越して俺に先陣切らせました?」

 俺の僅かな怒りを込めた質問に、メギトスさんが口元に微笑を湛えて答える。

「君なら何かあってもどうにか避けるだろうと思ってね。ヒヤリとはしたけどね」

「下手したら死んでたんですが。あと過大評価しすぎです」

 もしもあの至近距離で喰らってたら本当に死んでいたかもしれない。

「生きているならいいじゃないか。それに過大評価しているつもりはないよ。ルミナスさんの『リーシストルネード』をほぼ一人で打ち破っておいて、評価するなというのは無理があると思わないかい?」

「……一人じゃ、ありません」

 目を逸らしながら反論するが、あまり効き目は無かったようで。

「さあ、攻撃方法もわかったところで次の作戦に移行しようか。サクヤ君の方の準備はどうだい?」

 さっさと次の作戦にいこうとする。評価されるのは嬉しくはある。しかし、そのせいで死にかけるような思いをするのなら、その評価は撤回してもらわなければならない。俺はまだ死ねないのだから。……とはいえ、今さら何かやってもわざとらしく見えるだろうけど。

 ちらりとサクヤを横目で見る。俺の視線に気づいたサクヤが軽く頷いた。どうやら大丈夫なようだ。

「OKみたいです」

「よし、ならまずはあれを排除しようか。さあ、降ってくるぞ」

 ギガントスライムが一際大きな溜めの後、一気に緑色の液体を放射状に噴き出す。しかし、それは先程までの溶かす粘液ではなく、大量のスライムだ。その数、およそ一〇〇。こちらの人数を超える数のスライムのうえ、さっき使った魔法のせいで、魔導師部隊は範囲攻撃の効果が薄くなっている。

 しかし、これは情報にあったパターンだ。当然対策も用意されている。

「レベルが低くて助かったよ。おかげでこの距離でも一撃で倒せる」

 メギトスさんのバスタードソードから光が燃え上がる。剣士専用片手剣単発スキル『スイープバスター』。本来なら攻撃が届かない間合いだが、このスキルはその光にも攻撃判定がある。

 紅蓮の光が緑を斬り裂き、スライムを纏めて葬りさる。

 光の部分は刃の半分程度のダメージとはいえ、レベル差があるため十分倒せる。少し穴を空けてもらえれば、後は俺たちの仕事だ。

「んじゃ行きます。ボスは任せました」

「任せろ。必ず倒すと約束しよう」

 その言葉は最後まで聞かずに、斬撃に一瞬遅れてスライムの雨に飛び込む。

 ――あれの、応用。

 一匹に飛びつき、斬る。そして、スライムがポリゴンとなり、砕け散る一瞬前に、その(・・)スライムを(・・・・・)足場にして(・・・・・)再び加速。ぶにゅんとした不安定な足場でも、俺のSPDなら十分な速度がでる。直線上にいるスライムを斬り、また同様に足場に。

 鉄の短剣を振りかざして、次々とスライムをポリゴンの欠片に変えていく。地上に降り立つまでに一二体。

 ボトボトとスライムが降り注ぎ、床が緑一色に染まる。すぐさまナイフを逆手に構えて地を蹴る。すり抜けざまに五体程ポリゴンへと変え、止まった隙を狙って飛び込んで来たのであろう七体を蹴り飛ばし、斬り裂き、突き刺して活動を停止させる。残り六七体。


「リュウガ、ミラ! ソル君に続け!」


『『了解です!』』


 後ろでメギトスさんの指令が飛ぶ。指令を受けた二人の援護を受けながら、着実に数を減らしていく。


『ミラ! タイミング合わせろ!』

『言われなくても!』


 二人の剣士が、メギトスさんと同じく剣にカーディナルを宿す。息のあった二人が振るう剣の軌跡がXを描き、多くの緑を消し飛ばした。


「……さすが」

 感心と少しの嫉妬心を胸に、目の前の敵を屠り続ける。


『ラスト!』


 最後の一匹が儚い音を立てて消え去った。もう邪魔者はいない。

 向こうでサクヤの詠唱が聞こえる。『マジックアップ』がかかった『二重詠唱ダブル』での中級魔法なら、十分穴を開けられるだろう。後はあの人たちの仕事だな。






『おおおっ!』


 ギガントスライムに最後の一撃が入った。ボスのHPゲージが完全な透明になり、ゼロになったことを知らせる。

 直後、ボスの体が水色に変色し、ひび割れ、爆散する。

 勝利を示す金文字が燦然と輝き、第二層ボス『ギガントスライム』戦の終わりを告げた。

 どうやらLABは、ギルド『ギャラクシア』のメンバー、『メテオ』がとったようだ。そしてMVPの欄には――俺の名前?


「おめでとう、ソル君」

 メギトスさんが俺の方に歩いてきながら、賛辞の言葉を送る。

「どうやら決死の特攻と、スライム大量虐殺が大きなポイントだったみたいだね」

「どっちも不本意極まりないです。というか、特攻させたのはあなたでしょう」

 メギトスさんのやや意地悪な言い方に、少しばかり不快感を抱く。他に言い方はないのだろうか。

「ははは、いやすまないね。しかしもっと喜んだらどうだい? MVPB(ボーナス)もあるだろう」

「『Gと経験値の大量獲得』ですか。ぶっちゃけLAB装備のが欲しいです」

「それはまた次回以降だね。それに君はレベルをあげた方がいい」

 どこか含みのある言い方。やっぱり何か気づいたか……。

「……まあ、あんな暴れ方すれば勘づきますよね」

 SPD特化による移動しながらの連撃、もしくは弱点狙いの精密攻撃。そりゃどっかでバレるよな。

「君の場合はばれたところで特に問題ないだろうがね。力はともかく、速さには対応しにくい」

 高速で、それも弾丸じみた速さで駆け回る相手には確かに対応しにくい。先回り、先読みすればいいのではないかと思われがちだが、実際はその程度では追いつけない。反応速度がどうとかではなく、まず正確に攻撃を防ぐのがほぼ不可能なのだ。

 一直線に突っ込んでくる相手なら止められる。連撃だってまだなんとかなる。だが、フェイントなどを絡めた高速移動戦闘は、自分がその速度に慣れてないとまず対応できない。俺が速さに特化し始めた理由の一つだ。

「とにかくひとまずは終戦だ。街に戻って乾杯といこうじゃないか」

「……パスで」

 またあいつらの面倒を見るのはゴメンだ。ボス戦には来ていないが、祝勝会には参加するだろう。いや、絶対に参加しに来る。なんだったら自腹でも来る。

「そうか、残念だ」

 小さく苦笑するメギトスさん。う……少し罪悪感が……。

「いいじゃない。行ってきたら?」

 俺が小さな良心の呵責に耐えていると、また別の方向から声がした。サクヤか。

「あのな、お前は先に帰ったから知らないかもしれないが、あいつらを処理するのはかなり面倒なんだぞ?」

 あの時は、酔いが回って大音量で歌を歌うリヒトの頭に肘うちをかまして、倒れ込もうとしたところを膝で蹴りあげ、飛び上がりつつかかと落としを決めて意識を奪った。さすがにテラコッタにはそんな真似はできなかったので、リヒトの無残な姿を見せることで気絶させようと企んだが、意外なことに死に体のリヒトの頭を踏みつけて、まるで女王様の様に高笑いをしていた。見てる分には楽しかったので、しばらく眺めていたが、ある程度すると飽きたので帰りはソナに押し付けた。

「あら、ギルメンの面倒を見るのはギルマスの役目じゃない。成り行きとはいえ責任は持ちなさい」

 ピシャリとサクヤが言い放つ。それは確かに正論だ。正論だが、

「お前もサブマスだろうが」

「何も聞こえないわね。どちらにせよ、付き合いは大事よ。行ってきなさい」

「お前が付き合い云々を言うのか」

「あたしにできないから言うのよ」

 自分をよくわかっているからこそ出るセリフだ。サクヤは人付き合いがうまい方ではないし、それならまだ、俺に任せた方がいいのだろう。テラコッタやリヒトなら社交性が高く、うまく付き合っていけるのだが、あいつらは暴走するからな。抑制役としても俺は行くべきなのだろう。

「はぁ……面倒だな……」

「面倒でもなんでもやるのよ。頑張りなさい、ギルドマスター」

 最後にそう言って、サクヤも他のみんなと同じように脱出ポータルに乗った。サクヤの身体が淡い光に包まれたかと思うと、光が一瞬強く輝き、そして姿が消えた。街に戻ったのだ。

「さて、では私たちも行こうか。来てくれるね、ソル君?」

「……はい」

 サクヤにあそこまで言わせた手前、ここで断ることはできない。渋々ながら、要求を呑むことにした。





「第二層突破を祝して、乾杯!」


『カンパーイ!』


 メギトスさんが祝杯を上げると同時、全員が飲み物を上に掲げる。

 俺たちは前回と同じく『アックライの酒場』に集まり、祝勝会を開いた。多分これは恒例行事になるのだろう。

 俺も適当な食べ物と飲み物を注文し、それを口に運んで時間を潰している。ちなみに今回の祝勝会代は、三割程俺が負担することになった。

 MVPBとこの前倒したゴールドスライムから出た換金アイテムのおかげで、お金には少し余裕があるからな。

「ソル! 二層突破おめでとう!」

「おめでとー! この調子でガンガン進もー!」

 足早に駆け寄ってくるリヒトとテラコッタ。案の定、自腹切ってでも祝勝会に参加しに来た。何がこいつらをそうさせたのだろうか。

「そんなに参加したいものなのか、これ?」

「だってお祝いごとだよ? 参加しなきゃもったいないじゃん。こういうことはみんなで祝わないと!」

 テラコッタが満面の笑みでそう言う。確かにめでたいことではあるが、層を突破するごとに祝うとなると、残り四八回は祝うことになるのだが、それはどうなのだろうか。攻略ペース的にも週一、二回は開催するというハイペースだし。

「みんな、ね。サクヤは参加してないけどな」

「参加するしないは自由だからね。その証拠に、ボス戦に参加してない人もたくさんいるじゃない? 四〇人ぐらいって聞いてるけど、ここにはもっといるし」

 確かにこの酒場にはNPC含めて一〇〇人近くいる。ボス戦参加者の倍以上の人数だ。といっても、NPCがここに来る理由というのも、別にプレイヤーの勝利を祝ってのことではない。

 このゲームはあくまでも『RPG』なので、設定上の目的というものがある。しかしそれは塔の頂上に到達しボスを倒せば世界に平和が訪れる――なんてものではなく。

 ある日突然『天空の塔』が現れ、そこの主が『私は神だ』とのたまい、たまに街に降りてきて食べ物やら何やらをかっ攫っていく。それを止めようと街人が一丸となり、そいつを追い払おうとしたが、その自称神の力は絶大であり、あらゆるモンスターをその支配下に置いているため、一般人には手出しできない。ならばこの街に立ち寄った戦士たちにボコってもらおう、というシナリオらしい。

 要するに『力を持て余した暇神様が迷惑行為をしてるからぶちのめそう』という話である。何のことはない。ただの集団リンチだ。ある意味無限の名を関するに相応しい目的だと言える。場合によっては永遠に終わらないからな。何だったら繰り返しすらありえる。

 だからNPCがここに来るのは憂さ晴らしなのだ。内心的には『オメーの配下倒されてやんのザマーミロ!』と言ったところであろうことは、想像にかたくない。嫌になるほど人間らしい(・・・・・)考え方だ。

 一応塔がなぜ現れたのか、主の目的は何なのかという謎を解く楽しみもあるが、この世界の住人の目的が全員一致でアレなため、こちらとしても真面目にやるのがバカらしくなる。

 そんな理由があるので、このゲーム内での目的は頭からは一切排除している。戦闘中にこれを思い出すと、気が抜けて死にかねないからな。

 しかしこいつらのために金を払わなくちゃならないのか……嫌だな……。

「そんな露骨に嫌そうな顔するなよ、ソル。めでたいことだぞ? 人の多いところが苦手なのは知ってるけどさ」

「お前ら含めたバカのために私財を使うのが嫌なだけだ」

「うはは、ほんっとお前はブレねぇなあ!」

 酔っているのか、バシバシと俺の背中を叩きながら大声で笑うリヒト。酔うのが早いよバカ。誰がお前の処理すると思ってんだ。

「まあそれはともかく、改めて二層突破おめでとう! わたし達は向こうに行ってるから、ゆっくり楽しんだ方がいいよ――ってわたしが言えることじゃないんだけどね」

 笑いながらテラコッタが言う。でもまあ、一部は俺の金でもあるし、それなりに楽しむさ。

 そう返して、テラコッタたちと別れる。といっても、楽しむのは飯ぐらいのもので、歌だとかダンスだとかには参加しないけどな。目立つのはあまり本意じゃない。





「――で、すげーんだよ! 今度一緒に行こうぜ!」

「あまり無理に誘うものではなくてよ、スペード。ソルさんにも予定というものがですわね――」

 最悪だ。面倒なのに捕まった。

 どうやら、いい景色の場所を見つけたらしい。確かにそんなにいい景色なら見てみたい気がするが、正直そんなものにかまけている暇はない。景色を見つけるぐらいなら、狩場を見つけてほしい。――というのはあまりにも自己中心的過ぎるか。

 こいつらは好意でこう言ってくれているのだ。ならば答えはおのずと決まってくる。

「断る」

「ええー!? なんでだよー!?」

 なんでも何もあるか。俺にもやるべきことがあるんだ。

「ほら、だから言ったでしょう。ソルさんは忙しいんですのよ」

「だってさー、めちゃくちゃいい景色なんだぜ!? あれ見たら絶対に感動するって!」

「悪いが俺は景色がどうこうで心が動かされることはほぼないんだよ。それにそんな時間があるならレベルを上げる」

 スペードのこの意見で確信したが、こいつらはあまり危機感を持っていない。あの発言をそこまで気にしておらず、クリアを焦っていない。楽しむ側(・・・・)のプレイヤーだ。

 本来でればそれが正しい。だが、この状況に至ってはゲームのクリアが何よりも優先されるべきなのだ。すなわちそれは、ステータスの強化が最優先であることの証左に他ならない。

 残念ながら、人の手で造られたポリゴンの塊を見て、足を止めている暇はない。

「ちぇっ、つまんないの。見せたかったなー」

 腕を頭の後ろで組み、口を尖らせるスペード。そしてそれを嗜めるダイア。……いい、コンビだな。

「あまりわがままを言うものではありませんわ。そ、それに、ほら、どうしてもと言うのであれば、わたくしが、その、一緒に……」

 ……おお? これはまさか……。

「そう! 前に行ったときはゆっくり見られませんでしたし、もしかしたらもっといいスポットがあるかもしれませんし! スペードが行きたいというのであればですけど!」

 一気にまくし立てるダイア。その顔を見ると、頬がわずかに紅潮している。……ほう、これはあれか。そういうことなのか?

「ああ……。でもダイアも用事があるって言ってたんじゃなかったっけ? わざわざそこまでしなくてもいいよ」

「! いえ! 日にちを間違えてましたわ! それは明後日でしたから予定が空きましたわね!」

「ん? そうなのか? なら一緒に行こうぜ! そうだ、明日は穴場スポットを見つけに行こう! 誰も知らない、俺たちだけの場所をさ!」

「……! ゴホン。し、仕方ないですわね。そういうことなら行ってさしあげますわ」

 ダイアがわざとらしく咳払いをし、さっきまでの剣幕を取り繕う。明らかに手遅れなのだが、スペードは気づいていない様子。おい、マジか? あんなわかりやすいのにか?

「決まりだな! じゃあ帰ったら早速予定をたてようぜ!」

「あ、あまりはしゃがないでくださいませ……」

 パチンと指を鳴らして嬉しそうにするスペードと、どこか疲れた表情のダイア。そりゃあんなにコロコロ表情が変われば疲れもするだろうよ。

「じゃあ俺もう少し飯食ってるから、ソルさんと話でもしてろよ」

「えっ、ちょっ、スペード!?」

 んじゃな! と言い残して、食べ物が並ぶテーブルに向かって突撃していくスペードを見送り、隣のダイアに声をかけてみる。

「……お嬢様」

「はい、なんでしょ――、――!? ――!」

 不意に投げかけられたワードに、反射的に答えてしまったのか、慌てて口を抑えて、顔を赤くするダイア。あ、なんか反応が面白い。小動物みたいだな、こいつ。

「やっぱりお嬢様か。しかし、典型的なお嬢様言葉だな。今時いるんだな、そんなやつ」

 言ってから、嫌な言い方だったと後悔する。しかし幸い、と言っていいのか、別に気にした様子もなく、ダイアはそれに答えてくれた。

「はい。これは癖でして……。わたくしもおかしいとはわかっていますのよ? でもお母様の教育方針で……」

 ダイアがはぁ、とため息をつく。どうやらダイア自身もあまり好んではいないようだ。

「うちは、まあ、それなりの名家でして。そこの子女として相応しい教養を身に付けなければなりませんでしたから、お友だちと遊ぶ時間もあまりありませんでしたわね」

 想い出に浸るように目を閉じるダイア。そして言葉を紡いでいく。

「でも、そこで出会ったのがゆう――ゴホン、スペードでしたの。家が隣ってだけで友だちだ、なんて言って、無理やり外に連れ出そうとしたんですのよ? ひどい話ですわ」

 危うくリアルネームを出しかけて何とか踏みとどまり、言葉とは裏腹に、クスクスと楽しそうに笑いながら話すダイア。

「お母様はあまりいい気分ではなかったでしょうけど、わたくしはとても嬉しかったですわ。だからスペードには感謝しておりますの」

「……お嬢様かどうかを聞いてみただけで、あいつのどこが好きなのを言えとは言ってないぞ」

「なっ……!? なななな何を言い出すんですの!? わたくしはっ、別にっ……!」

 面白いぐらい、顔どころか耳まで真っ赤に染め上がる。……何だろうか、このイジメたくなる感じは。

「いや、見てればわかるぞ? あいつと一緒にいる時のお前、何か楽しそうだしな。メギトスさんも言ってたぞ。『あの二人は見ていてハラハラするよ。早くくっついてくれないかな』って」

「なっ……なっ……!? 何を言うんですかぁぁぁ!!」

 ついにその碧眼に涙を浮かべ始めたダイアが拳を大声を上げる。そして、その声に驚いた他のプレイヤーの視線がこちらに集まった。しかしダイアは気にせず続ける。おい、やめろ。この状況だと俺がすごい悪者だろうが。多少自覚があるけど。

 ――っておい、マジでやめとけ。後ろ――

「何でっ……何でそんなことを言うんですか!? わたくしは別にスペードのことなんて好きでも何でもありませんわよ!」


 ガシャーンと。

 俺の目の前、つまりダイアの後ろに来ていたスペードが、持っていた食器を床に落として割ってしまった。

 その音に驚き、振り返ったダイアが見たのは、困ったような表情で笑うスペードの顔。……やっべ。

「……あーっと……。いや、まあ知ってはいるけどさ。あんまりはっきり言われると傷つくなー、なんて……」

「……い……あ……違っ……! わたっ……!」

「うん、ごめん。俺先帰るわ。いやホント気にすんなよ? 知ってるから……うん、知ってた……」

 とんでもない誤解が生まれてしまった。いや、原因俺だけど。なにこれやばい。罪悪感で死にたくなってきた。うわもう二人とも泣きそうじゃねーか。

 出口に身体を向けて、一気に足を動かすスペード。その時に何か水のようなものが見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

「う……あ……ああああぁぁぁ――!」

 続いてダイアも外へ飛び出す。ダイアに至っては完全に泣いていた。もうやだここ。今回は完全に俺のせいだけども。もうやだ。帰りたい。

 迷わず俺はソナにメッセージを送り、帰路に着いた。

 あの空間の空気には耐えられない。心が死ぬ。HPゲージフルだけど精神的に殺される。


 後日、お詫びの品と共に全身全霊で謝ったのは言うまでもないことだろう。

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